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49頁目「悪い人はどこにでもいる」

「やあマルエルさん! これ、良かったら!」

「わー! ありがとうございます!!」



 今日も朝起きて下の階層の玄関先を掃除をしようとしたらアランさんに声を掛けられ、またもやドッサリと野菜を頂いた。ありがたや〜、ありがたや! ウキウキで家に入って食材保管室まで運ぶ。



「あ! マルエル! なにそれー!」

「おーメチョチョおはよう。これな、お向かいさんがくれた野菜だよ。メチョチョ、嫌いな食べ物とかある?」

「んーわかんない。食べ物あんまり食べたことない!」

「そっか、そいやまだ0歳だもんね。嫌いな物があったら遠慮せず言えよ」

「うんっ!」



 メチョチョの頭を撫でてやって洗面台で顔洗うのと歯磨きを教えてやり、床に置いといた野菜を運ぼうと戻ったらヒグンも起きてきた。



「おはよう、ヒグン!」



 無視されるかと思い勇気を出して声を掛けると、彼はオレと目を合わせてくれた。フルカニャルリの言った通り、グイグイと行ってみるものだな。一日寝たら怒りとか忘れてくれたようだ。



「おはようマルエル」

「見てこれ! 向かいのアランさんがまた野菜くれたんだぜ? めっちゃご近所さんに恵まれたよな〜私ら」

「……そうだね」



 あれっ? 世間話を振ったつもりなんだけど素っ気ない返しされた。まだ怒ってるというか、気持ち悪がってんのか? 夜這い紛いの事をしたの。


 ……まあ、確かに普段は当たり強い感じで接してはいるけどさ。それにしたって、甘えたりするのは気持ち悪いって思うかもだけど、こんなに拒絶することないじゃんよ。



「はあ」



 ため息を吐き貰った野菜を仕舞う。朝から嫌な気分だなぁ〜。




 *




「今日はめちゃ早く依頼が終わっためね〜!」

「よくやったぞ〜メチョチョ! まさか魔力から斧を生成出来るなんてな!」

「えへへー!」



 近辺の森での魔獣退治を終え四人で街に戻り、報酬金を受け取った帰り。


 メチョチョの奴、以前の悪魔だった頃の能力が一部まだ使えるらしく、魔力で巨大な斧を生成して敵をバッサバッサ斬っていくから頼りがいがあり過ぎた。一気にうちの火力担当が決まったぜ。


 ちなみに服装はみな普通に防寒着を着ている。もう冬ですからね、ヒグンの趣向に合わせてエロ衣装を新調したとして着用は出来ませんよ。凍え死ぬ。



「まあ攻撃力の高さには目を見張るが、まだ0歳児だからな〜。ちゃんと私らが補助して守ってやらないと。特にヒグン、『重戦士』スキルの活かし所だぜ」

「……」

「む。聞いてる?」

「ヒグン。無視は良くないめよ」



 オレからの言葉に何も返さないヒグンに対しフルカニャルリが目を尖らせて窘めると、彼はバツの悪そうな顔で「そうだね」と言った。

 ふふふ、素直な奴め。拗ねていてもやはり心の底は良い奴だからな、オレに逆らおうとも逆らいきれなかったか。



「マルエル」

「うむ。言いたい事があるのだろう? 聞いてしんぜよう」

「ごめん。そういうのいい」



 む。なんだその返し、冷たいぞ。


 ヒグンを見る。彼はオレと目を合わせず、斜め下を向いたまま言う。



「このパーティーに居たくないなら、無理に居てくれなくてもいいよ」

「……は?」



 なんか意味の分からないことを言い出した。なんて? 何で居たくないとかそんな話になってんの?



「僕らと冒険者なんか内心続けたくないだろ。最近依頼を受けても何もしないこと多いし」

「そ、それは、だって誰も怪我しないし。攻撃の役割は私なんかより三人の方が優れてるしさ。やる事ないじゃん」

「だからって退屈そうにする? 倒し漏らしがあったら面倒くさそうに処理するよね」

「え、えぇ〜? 何その怒り、こじつけすぎない? そりゃ退屈でしょ、やる事ねぇんだもん」



 何を当たり前なことを。することも無いのに楽しそうにニコニコしてる奴がどこにいるよ。頭ん中にメリーゴーランドでも搭載してんのか? オレは普通の脳みそ積んでるからやる事ない時は退屈ですよ。



「……だから、最近やけに女らしい行動を取って他のパーティーの人の目に着くようにしてるんだろ」

「はあ?」



 女らしい行動とは。まあ話には行くけどさ、暇だし。普通に女より男の方が話も合うしな。



「そもそも冒険者を廃業して、こんな富裕層の住む場所で相手探ししてるんだろ。玉の輿とか狙ってさ」

「玉の輿て。何ペラついてんのお前、キモイぞ」



 口が止まらないヒグン。フルカニャルリはメチョチョの耳を塞いでヒグンの言葉が耳に入らないようにしていた。ナイスだフルカニャルリ、今のコイツの思想は教育によくないからな。



「私がいつ玉の輿なんか狙ったんだよ」

「狙ってるだろ。最近ずっと男の話してるぞ」

「男の話だ? 何の事だよ、ご近所さんトークしかしてないだろ。それがな」「ずっとずっとそればっかりでもう辟易してるんだよ」



 ヒグンが強い口調で言った。こわ。



「……なに、妬いてんの?」

「妬いてないよ」

「妬いてるだろ」

「妬いてないって言ってるだろ! ずっとずっと、興味もないアランさんだかの話をされるのが鬱陶しいって言ってるんだよ!」

「おい、アランさんを悪く言うなよ。親切にしてくれてるだろ」

「それは君にだけな! 君もそれでデレデレしちゃってさ、男好きの女みたいに惚けた顔して!」



 男好きの女みたいにってなんだその語彙。童貞でも中々言わないだろそんなの。拗らせもここまで来たか。



「心外なんだが。私がいつそんな顔したよ」

「アランさんの話をしてる時はいつもニヨニヨニヨニヨしてるよ!」



 してねえわ。仮にしてるとしても変な含みはねえよ。実際何もしてないんだし。


 なんだ? コイツそんな程度の事で怒ってたのかよ。きーっしょ。普段気軽に女にセクハラする癖に、男の影があると機嫌損なって女に当たると。まじ救いようのない童貞野郎じゃん。なんでオレがこんな奴に詰められなきゃならねえんだよ。



「私に対して何も思いやがらねえ奴にガチャガチャ言われる筋合い無いんですけど。私がどこで何しようが自由だろ」

「何もするなとは言ってないよ」

「いいや言ってるね。つか意味分からん事でキレてるけどな、マジでお前情けない逆ギレしてるんだって気付けよ。どう考えてもお前なんか人にモテない気持ち悪い最低人間なムーブばっかりしてるやんけ普段。人に偉そうに説教できる立場じゃねえから。シラフで女の体をベタベタ触る様なやつがどうして他人に講釈垂れられるんだ? ちんこ握って洗ってもない雑菌塗れの手で女触んなよ気持ちわりぃ。勘違いしてんじゃねえぞボケ。私らがお前に着いていってんのは単にこの生活が新鮮だからってだけで、お前自身には特になんの興味もっ」



 バチンッて、フルカニャルリにビンタされた。痛すぎて笑えない。なに、真剣な目しちゃって。


 ……いや、普通に考えて言いすぎたわ。思っても無いことまで言っちゃったし。


 やべ、やべやべやべ。背中に嫌な汗がどっと流れる。頭に血が登ってついこっちの方がペラを回してしまった。なんでこうなったぁ!?



「ヒ、ヒグン。ごめん、今のは」

「……そうだね。君の言う通りだ」

「ちがっ」

「でも、ごめん。君の言う通りだし何も間違ってはないんだけど……今、君の事が少し嫌いになった」

「えっ」




 *




 マルエルの言っている事はごもっともだ。確かに僕のしている事は彼女らを汚すような行為ばかりだった。自分の欲望を押し付けすぎた、服装もそうだし。


 僕がマルエルに対し素っ気なくしていたのは、それこそ幼稚な理由だった。嫉妬だ。エドガルさん、リカルドさん、それにアランさん。


 色んな男性とすぐ仲良くなって距離の近くなるマルエルに対しいつも胸の内にしまっていた不満が最近になって噴出して、我慢出来なくなったというだけなのだ。


 でもこの感情に正当性はない、マルエルは僕の恋人でもなんでもないしマルエル自身も何もしていないのだから。

 だからこんな文句を言われる筋合いは無いし、嫉妬を向けられるのもおかしな話なのは理解していた。けど、それでもやはり我慢し切れなかった。



「今、君の事が少し嫌いになった」



 それは幼稚な僕の、正しい批判を雨のように浴びせてきたマルエルに対する囁かな抵抗のつもりだった。そんなつもりは全然なかった、僕はマルエルの事を嫌いになってなどいない。


 けれど、マルエルにはその言葉があまりにも重すぎたようだった。



「えっ」



 すぐに「今のなし!」とか言えればよかった。僕は何も言えなかった。



「嫌い…………そっか」



 胸に変な感触。奥でなにか詰まるような閉塞感と、フックを骨に引っ掛けられて持ち上げられるような浮遊感。その二つが合わさったような居心地の悪さに襲われる。



「……わた……っ」



 多分、僕の言葉にカウンターで「私も」って言うつもりだったのだろう。それでも彼女は完全には言葉を紡げず、不完全な発音のままどこかへ走り去っていった。



「マルエルッ!」



 マルエルを追ってフルカニャルリも走っていった。残されたメチョチョと二人、その場で立ち尽くす。



「ぱぱ?」

「……うん?」

「マルエルと喧嘩?」

「うん。そうみたいだね」



 そうみたいだねって、どんな返しなのだと我ながら思う。でもそれより上手い返しが思い当たらなかったから仕方ない。メチョチョがいるから耐えてるけど、結構僕にも余裕は無いのだ。



「ぱぱー」



 メチョチョが僕を呼ぶ。見ると、あどけない顔で僕を見上げている彼女と目が合った。



「ぱぱは、マルエルの事好き?」

「……ははっ、勘弁してよ。その下りはさ」

「あたちにとっては初めて。だから教えてほしいの、皆のこと。皆との関係」

「……そうだね。うん、好きだよ。マルエルの事」

「ふーん」



 興味無さげにメチョチョは相槌を返した。


 家に帰っても二人の姿はなかった。どこか別の所に居るようだ。


 夕方になっても二人は帰ってこない。



「……メチョチョ、お留守番できる?」

「ん、できるー! あたちお留守番?」

「うん、ごめんね。すぐ戻るから」

「今夜のご飯はカレーがいい!」

「あはは。カレーを知ってるんだ、いいね。分かった、じゃあ今夜はカレーにしよう」

「やったー!!」

「でもその前に、あの二人を見つけて来ないとね」

「うん! あたち待ってる!」



 メチョチョの返事を聞いて家を飛び出す。二人が居そうな所、そんなの全く想像つかないが。とりあえず手当り次第に探していこう。さっきまで足がすくんでいたけど、これ以上はボーっとしてられない。直に会ってちゃんと謝らないと……!




 *




「翼腕の他にもう二本腕があるハルピュイアか。珍しい、珍しい。早く新しいコレクションに加えたいな」



 部屋に飾ったハルピュイアやセイレーンの標本を眺めながら霊薬の調合を行う。ここまで蒐集欲をくすぐられる個体と出会ったのは実に200年ぶりだ、確実にあのマルエルとかいうハルピュイアは手にしておきたい。



「見た所歳は100歳前後、殺して標本にしても干からびるまであと200年はかかる。あはは、絶対手に入れないと。絶対に、絶対に。あはは、あはは」

「やっぱり悪い人」

「!?」



 声がした。幼い女の声だ。背後を振り向くと、そこにはマルエルの家の中で見た奇妙な見た目の幼女が立っていた。



「……どこから入った」

「窓から」

「窓だと? この家の窓は全て板を打ち付けているはず、割って入るなど不可能だ」

「んーん。窓から。窓は鏡だから、入れる」

「鏡? なにを言っている……?」

「分からない? 朝起きた時、鏡を見たら自分いる。つまり入れるっていうこと」

「……?」



 いや、入れないだろう。なんだその理屈。という窓は鏡では無いし。



「フルカニャはおまえの事を当て馬みたいと喜んでいた。人間関係が深まってくると見えてくる壁のような存在だって。とある二人の関係だけを見ていたい、それ以外を受け入れられない身勝手な奴からしてみれば邪魔者でしかない存在だって。でも、当て馬側にだって人生はあって、想いはあるんだからその存在を否定するのは良くなくとも言ってた。静観めねって言ってた」

「何言っているんだ、さっきから。お前は一体」

「でもおまえは悪い人。ぱぱ達に悪い事をしようとした」



 角の生えた幼女は何かをしようと片腕を上げた。攻撃の意思!



「遅い!」



 霊薬から手を離し、手のひらに極小化させておいた槌を原寸大に戻し幼女の頭目掛けて振るう。言っている事は理解出来ないが、僕を襲撃しに来たのは間違いない。角有りの獣人や亜人は怪力な事が多い、先手で確実に頭を狙う!



尽斧(じんぷ)ニグラト」

「へぁっ?」



 幼女の手に一瞬にして、漆黒の不定形の斧が出現する。巨大な岩肌のようなおぞましい造形の斧を、幼女は紙を丸めた棒でも振り下ろすかのような気軽さで振るった。


 一閃、槌を押し潰して僕の肩がそのまま直下に落ちる。体の左側が削げ落ちた。


 膝を折る。あまりにも一方的で圧倒的な暴力に充てられ、目の前の、背丈140センチメートルにも届かないであろう小さき影に完全に精神が屈服していた。



「なんっ、だこれえええぇぇっ!?」

「ただの普通の人なら何もしなかったけど、ぱぱ達を困らせる人だからダメ。あと悪い人だから、きっと死んでもあたちは怒られないからころす。あうと」

「待てっ、待て待て待て待て待て待てっ!!! こ、この標本達はそのっ、あのっ、違うんだ! 誘拐とかじゃなくて、落ちてた死体をそのまま、拾ってきたというか!!!」



 幼女が手の中で軽やかに柄の向きを反転させると、床に落ちて大穴を作った巨大斧の刃が回転し床を引き剥がした。ペン回しでもするかのような手軽さで斧の刃が舞い、僕の顎下に刃の先端が触れる。



「な、何が悪い! ハルピュイアもセイレーンも人喰いの怪物だ、魔獣認定されていた過去さえある! 人間社会に迎合している理由は偏に数が減って絶滅の危機に瀕しているからだろう!? 人間の事を餌としか見ていないのにあっちから擦り寄ってきて種を増やして、数が増えてきたらまた敵対するに決まっている! そんな害獣を殺して何が悪いんだ!?」

「知らない。あたちそういうの興味無い」

「はっ!?」

「問題なのはぱぱを困らせるという事。……あと、多数に対しての敵で悪人だから悪い。うん、そう。だからこの場合、あたちが正義だからこれでいい」

「ふざけっ」



 幼女が手を前に出すと、岩のような刃が僕の顔に押し付けられて顔面を半分に分断するよう力が加わる。一切の抵抗をすることは出来ず、そのまま僕の頭は茹でた卵を潰すようにいとも容易く粉砕されてしまった。

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