47頁目「ジェラッ」
部屋割りを決めて大体の荷物を各々の部屋に詰め込んだ翌日、成り行きで同行する事を余儀なくされたメチョチョを引き連れてヒグンとフルカニャルリが買い物に出ていった。今日のオレは留守番である。
「掃除とかまじで何年ぶりだろ」
一人じゃすることも無いのでとりあえずオレはこの家の掃除をする事にした。
オレからしてみればここは立派な家だが、自分で家を所持出来るような上流階級の人間からしてみればこの家は少々手狭で、買い手が数年つかなかった為にホコリは溜まってるしツタや雑草も伸び放題。蜘蛛の巣がある部屋だってあった。
とはいえ家の中は昨日あらかたフルカニャルリと協力して綺麗にはした。念押しに箒で各部屋を掃いておく。
「高所の蜘蛛の巣とホコリはフルカニャルリが掃除してくれたのか」
手付かずだった梁の部分によじ登ってみたら驚き、ツルピカリンとしていた。
もしかしてメチョチョを寝かしつけ、オレがヒグンの部屋に行っていた間に雑巾を掛けてくれたのだろうか……? 言えよ、水臭い奴め。
「後でなんかデザート作ってやるとして。そろそろ外の掃除もするか」
家の中を掃除し終え、二階のヒグンの部屋横にある扉から外に出る。
窓、窓台も水拭きし、壁に張ったつる草はフルカニャルリが錬成した『超絶万能なんでも除草剤! なんにでも効くので要注意!』をふりかけて劣化するのを待つ。ちなみに命名者はフルカニャルリである、間抜けな名前だね。
石階段横には庭に出来そうなスペースがヒグンの部屋をぐるっと囲うようにあって、行った先は家の壁にぶつかるようになっている。
冬だってのにまだ根気強く残っている雑草がある。大した生命力だ、日向ではあるし水路沿いの通りに面してるってので繁茂する条件は揃ってはいるが、にしてもだろ。
近くの通りにあったガーデニング屋さんで買った鎌で雑草を切り取って一箇所に集め、下の土をひっくり返して根を除去して踏み固める。
春先でなにか植えた方がいいかな? まあヒグンの部屋の前だから判断はアイツに任せるけど。
「こんにちは〜!」
「あ、こんにちは。昨日から越してきました〜」
抜いた雑草やツタをコンポスターのつもりでDIYしたただの木箱に詰めていたら30代ほどの若おじって感じの男の人に話しかけられた。冒険者って感じはしない、ヒョロっとした感じの人だ。
「やっぱりそうでしたか! 僕は向かいに住んでいる者です! よろしければコレをどうぞ!」
「えっ、わあ!? い、いいんですか!?」
若おじさんは足早に向かいの家に入っていくと、玄関に積んでいた木箱を持ってきた。中にはぎっしりと詰められた玉ねぎや長ネギ、ハクサイといった野菜が入っていた。
ありがたい! 家こそ立派だがぶっちゃけオレら、金無いしな!
「あ、ありがとうございます! どうやってお礼したら……!」
「ああ構いませんよ、ご近所付き合いです。家庭菜園にハマっておりまして、お裾分けです」
「タダでなんて貰えませんよ! ……あっ! もしよければ上がってってください!」
お礼を渡そうと頭をグルングルンと回していたら一つ良さそうなものが思いついた。ヒグンが紅茶にハマってるということで街のちょっとお高い店で幾つか高級茶葉を買っていたのだ。
ヒグンの為に買っておいた物だが、多少なら使っても問題は無い。それを振る舞おう!
「大丈夫なのですか? 親御さんは……」
「大丈夫です! ささっ、どうぞどうぞ!」
若おじを家の中に招き入れ、一回の晩餐室(晩餐じゃないけどね)に案内し座ってもらう。
「私から出せるお礼と言いますと、これくらいの物しか無くて」
「そんなお礼だなんて」
「させてください。本来なら後から越してきた私達が挨拶回りでなにか渡すべきなんですもん。完全に頭から抜けてましたよ」
「あはは。立派な家柄の出なのでしょうね。今時そのようなマナー、形骸化していますよ」
「私もそう思って軽んじてますけど、施しを受けた以上は相応のお返しをしたいって思いますよ」
まあ、とはいえ出せるのが素人の淹れる高級紅茶というチグハグな物だが。仕方ないね、パックじゃなくて茶葉袋にドサッと入ってるタイプの物しかないから小出しで渡せないし。
とはいえ紅茶大好き好きくんのヒグンの教えでそこそこ真面目に紅茶を美味く淹れ方は学んできたから、風味を完全に潰すなんて事は無いと思うが。思いたい。
「申し遅れました。私、マルエルって言います。よろしくお願いします」
水を温めている間にぺこりと頭を下げて若おじに自己紹介をする。そして少し温まったまだ沸騰していないお湯をポットに注いで温めておく。
「アラン・トスタです。行商をしています。今は休暇中ですけどね」
「行商人さんですか! いいですね〜! 色んな所を旅して物を売る仕事ですよね」
「ははは、そうですね。その土地にしか生えない植物や採れない鉱物、出土品を探しに洞窟に入ったりもしますね」
「え、すご!? そんな命懸けなんすか!? 他の業者から買ったものを売ったりみたいな感じかと思っていました!」
「勿論そういった事もしますが、より稼げるのは人の手があまり加わっていない品ですからね。そういうのを採るために鍛えているんですよ? ほら」
アランさんが腕まくりして力を入れる。すると、ヒョロっとしていたと思っていた彼の腕の筋肉が隆起した。意外すぎて目を丸くしてしまった。
「おー! 触ってもいいですか?」
「勿論。どうぞ」
触らせてもらう。すげー、カチカチだ。ヒグンも筋肉はあるがそれよりも締まっている。使う用途が違うから構造が異なるんだろうな。
「あっ! いけねっ!」
筋肉をツンツンしていたらお湯が沸騰し始めた。危ない危ない。
ポットに入っている湯をカップに移し、空いたポットに茶葉を入れる。ティースプーン普通盛りで2杯分入れ、お湯が跳ねない程度の勢いでお湯を注ぎ、そのまま置いて茶葉を蒸らす。歯が細かい為これは2分ほど待ちだ。
「質問いいですか?」
「? はい。どうしました?」
「その腰の翼が気になりまして」
「これはまあ、なんと説明したら良いのか……」
「ああ、いえ。すごく綺麗だなって思いまして。よく手入れとかされているなって」
「! え、分かります!?」
ビックリした。漠然と綺麗だな〜とか変なの〜とか言われる事しか普段無かった。実はこの翼の手入れの為に割と良い金を出してるだなんて語る事でもないしな。
だからビックリして前のめりになってしまった。ややー、お恥ずかしい。
「ごめんなさい、つい興奮しちゃいました」
「あはは。しかし本当に隅々まで良く手入れされている。僕も職業柄、様々な生物の羽根を取り扱ってきましたが、ここまで丁寧に手入れされているのを見たのは初めてですよ。羽軸のハリや羽弁の光沢、見蕩れそうだ」
「そ、そんな……やめてくださいよ。恥ずかしい……」
「何故恥ずかしがるんです? 美意識の表れではありませんか、隠す必要なんてありませんよ!」
ひ、ひえぇ〜! そんな風に言われたのは初めてなので照れてしまう〜! 普段なら翼を使って顔を隠す所だが、今日はよりによって翼を褒められているからそうもいかず、行き場を失った翼を背中の後ろに隠す。
その時、事件が起こった。
背中に隠そうとした翼の先が紅茶の入ったポットに当たり、床に落としてしまったのだ。
「あっ!?」
気付いた時には既に手遅れだった。
「あ、ごめんなさい! オレッ、周り見えてなくて!」
「落ち着いてください」
急いで割れたポットを片付けようとしたらアランさんに優しく手を取られた。ビックリして彼を見たら、彼はオレの方なんか見ていなくて床に散らばったポットの破片を注意深く拾い始めた。
「あ、危ないですよ!」
「大丈夫ですよ。女性の体に傷をつけるわけにはいきませんから、ここは僕が片付けます。マルエルさんはどうぞ、座っていてください」
「割ったの私ですよ!?」
「動揺する様なことを口にした僕に咎がありますよ」
柔和な笑顔で言うアランさん。や、優しい〜、てか紳士〜! 絶対この人モテるやん、普通にイケメンだし。ひえぇ〜!
「美味しい……」
アランさんが割れたポットを片付けた後、なんと彼がオレを励ます為のとかなんとか言って紅茶を淹れてくれた。しかも相当美味い、ヒグンが淹れた物にも劣らない程上品に香りを引き立たせている。
「良かった。うちで使っているティースプーンとは大きさが違うので配分に不安があったのですが、問題なく美味しく淹れられたようだ。どうです?」
「お、美味しいです! めちゃくちゃ美味しいです!」
「あはは、よかった。もし良ければ今度僕の家にいらしてください。オススメの茶葉を教えますよ」
「はい! 是非とも! あっ、その時は絶対に今日のお返しの品を何か持っていきます!」
「はは、いいですよと言っても聞かなそうだ。それじゃ、どんなものをくれるのか期待しておきますね」
「ハードルを上げられた!? むむむ、どうしよう……!」
わざとらしく考える素振りを見せるとアランさんは快活に笑った。
「ただいまー!」
「わーい! お洋服ー!」
「こら! 走ったら危ないぞ二人とも」
アランさんと紅茶を飲みながら話していたらヒグン達が帰ってきた。フルカニャルリとメチョチョが楽しそうにオレのいる晩餐室に駆けてきた。
「わ! 知らない人間がおり!」
「知らない人間おりー!」
「おかえり二人とも。知らない人間呼ばわりは良くないぞ〜」
フルカニャルリとメチョチョが互いの背中に交互に隠れる。どんどん後ろに下がるからやがて壁にメチョチョがぶつかった。アホか。
「ただいまマルエル。って、お客さんかい?」
「向かいに住んでるアランさん。引越し祝いでって野菜くれた! めっちゃ良い人!」
「アラン・トスタです。よろしくお願いします」
アランさんがヒグンと握手をする。フルカニャルリにも手を差し出すが、彼女は警戒してヒグンの背に隠れた。
「あらら、そちらの銀髪ちゃんには嫌われてしまったかな?」
「すいません。人見知りなんですよ」
「違く! 警戒は生物に必要な能力!」
「何も怪しいことはねえよ。アランさんは行商人で、美味い紅茶を淹れられるしすげぇんだぞ! 色んな話を聞かせてくれるんだ! 吟遊詩人かってな」
「そうなのめか?」
「うむ!」
「その紅茶……」
ヒグンがオレ達が飲んでいる紅茶に意識を向ける。ふむ、使っちゃいけなかったか? もし気にするのなら買い足しておこう。
「あたちメチョチョでしゅ! よろしく!」
メチョチョがアランさんの前に来て小さな手を伸ばした。フルカニャルリの真似っ子をしていただけで人見知りじゃないらしい。
アランさんは彼女の手を取らずじっと見つめていた。
まあ、悪魔っ子だしね。まず間違いなく人間の見た目では無いもん、逆にアランさんの方が警戒するよね。
「? 握手!」
「あ、あぁ。よろしく、メチョチョちゃん」
「うんー!」
アランさんが恐る恐るメチョチョの手を取ると、メチョチョはにぱっ! って満面の笑みを浮かべた。幼女だなあ。
しばらくメチョチョとアランさんが互いを見つめ合う。なんだろう、妙に間が長いような。
「……それじゃあ僕はそろそろ戻るよ。家内に買い物を頼まれているからね」
「あ、はい。また今度、お話を聞かせてください!」
「勿論さ。それでは、またね。マルエルさん」
出入口までアランさんを送る。彼は家を出た後、そのまま街の方へと歩いていった。
「なんだっため? 今の人」
「ご近所さんだよ。めっちゃ良い人なんだぜ? 今度会ったら少しくらい警戒解いて話してみたらどうよ」
「ふむぅ。良い人め? なんかニコニコしてるから怪しく」
「ひねくれてるな〜。あの人の笑顔は別に含みないだろ。自然体だよ」
「そうめかね〜。メチョチョはどう感じため?」
「えいっ! どーんっ!」
メチョチョは全然話を聞いておらず、買ってきた袋の中からパーティーグッズのクラッカーをフルカニャルリの背後から鳴らした。
「こら〜!! 待ちなさ〜い!」
「あはははっ!! 待たないもんね〜!」
お子様ふたりが追いかけっこを始める。昨日の今日でやけに仲良くなったもんだ。メチョチョは昨日、フルカニャルリの部屋で寝泊まりしていたもんな。そこで絆を深めたのだろう。
「ヒグン。今度アランさんの家で美味い紅茶を紹介してくれるって言われててよ。良かったらお前も一緒に行かないか?」
残ったヒグンにそう提案するも、彼はオレから目を逸らして何も返答は返さなかった。なんだ? なんか不機嫌そうな顔をしているが。
「ヒグン?」
「随分と親しくなったんだね」
「えっ?」
意味の分からない事を言って、ヒグンは買ったものを上階へと運んで行った。一人この場に残される。なんか疎外感。一体なんだと言うんだ……?




