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41頁目「ぼくめちゃくちゃ空気め」

「よぉてめえレイナさんよー。やってくれたじゃないの」



 おや? ほんの数分前まで聞こえてきた戦闘音が止んで静かになったから、てっきりマルエルがあの人間二人を始末したものだと思っていたが。何故かマルエルの洗脳が解けているし二人の拍動も感じる。全員無事なようだ。



『お前程の男があんな脆弱な人間共を一つも壊せないだなんて。期待外れね』

「人は物じゃねえぞ〜。数え方は一人二人、壊すじゃなくて殺すだ。あとオレの記憶を覗いたからって気を使って男扱いしなくていいぞ、そんな気ぃ使われたのお前で一匹目だわ。阿られたら気楽に壊せないだろ〜」

『……クスクス。阿る、という言葉の使い方が変だな。それに、(わたし)のような上位存在の数え方は一柱二柱だ。勉強不足だぞ?』

「勉強ってのは価値のある知識を蓄えることだぞ?」

『クスクスクスクス。不敬な奴め』



 挑発をしてはいるが、マルエルに身を倒す術はない。身が持つ権能の一つ、鏡面の支配。これにより身は鏡面に映し出されている限りあらゆる干渉は受けず、また身の手によって鏡面に映し出された相手へは硬度や距離を無視して傷をつけることができる。


 魔眼の力は儀礼用の黒山羊の頭で使えないが、相手からは触れられずこちらからは傷をつけ放題。はたしてどう身を倒すというのか、見ものである。


 もう既に生贄の肉体は呑み込んだ。願いの対象者であるチャールズにレイナの視力を与えれば、この依代を通して身は受肉する。後はチャールズに手を触れるだけで済むのだ。



「なるほど、チャールズくんに触れなきゃ蛹は羽化出来ないってか」

『チャールズを退かせば儀式は中断されるとは思わない方がいい。もう既に儀式陣の内側は異界化してある。お前達人間じゃ此方には来る事は出来ない』

「異界化? そりゃすげえな、また概念系かよ。上位存在ってのはチート使ってでかい顔するクソガキの事を指すのか?」

『クスクス、クソガキ? クスクス』



 割れたガラスの欠片を拾い、鏡面にマルエルの姿を映す。そのまま破片を横に払うと、彼女の首に切り傷が出来る。



「いってぇ。なんだよ、どこが効いてひりついたんだ? クソガキ呼ばわりか? 謝ってやろうか。ごめんな」



 欠片を払う。マルエルの腕に切り傷が出来る。払う、払う、彼女の全身に無数の切り傷を付ける。眼球に傷ができ片目が潰れる。そこでようやく彼女は自分の残った方の目を庇った。



『どうした? この程度の攻撃で手も足も出ないか? クスクス。さっきまでの態度はどうした? まるで蛇に睨まれた蛙じゃないか』

「上位存在なら挑発なんて安い事するなよ。まるでオレの方がお前より上のように見えちゃうだろ」

『……思い上がり甚だしい人間だな。天罰が下るぞ』



 魔力から物質を具現化させる。尽斧(じんぷ)ニグラト、何物も反射しない漆黒の闇を斧の形に留めたものだ。



「あ? んだそれ、デカさや形状は厨二感あってカッケーけど、あんたの能力的にディスアドだろ。ロマンを重視して頭使わずにゲームするタイプか?」



 口を動かすマルエルに向けてニグラトを振るう。すると彼女の肉体は一秒のズレもなく腰から肩まで斜めに一線、切断され上体が床に落ちる。そして彼女の影で隠れているその背後の空間も全て、斜め一線に切れ目が入る。



「……あれー?」

『クスクス。闇は何も映さないが何物にも存在する。隠し防ぐ事など不可能だ』

「どういう理屈やねん自分ルール過ぎるだろ。……治らねえし」



 マルエルが自分の切断面に手を翳し傷を治そうとするが何も反応はない。当然だ。尽斧ニグラトは闇に映した世界そのものを切断する、物質的な切断ではないからそれは負傷では無い。負傷でないのなら回復だって出来るはずがない。



『何も出来ないだろう? クスクス。ただ黙ってそこで見ているしかできない。大丈夫、100年も200年もしたら世界は勝手に修正される。それまではそのままだが、たったの数百年、我慢は出来よう?』

「出来るかあ。めちゃくちゃなこと言ってんじゃねえぞ治せてめぇ」

『契約をするか? 助けてやる代わりに、死んでも身に仕える眷属になると』

「……詰んだやんオレ」



 マルエルは身の誘いを蹴った。こちらも受肉すればわざわざ願望を叶える道具の役割をする必要も無いからな、断ってくれたのは有難い。


 さて、邪魔なマルエルはもう実質無力化した。人間の男共は拍動こそ感じるが弱々しい、何か出来るようには思えない。リリアナが殺し損ねた女も相当弱っている、目覚めても体は起こせないだろう。



「魔力もほぼ底を着いてるし、ここまでか……」



 諦めるような呟きが耳に入る。苛立たしげに歯を鳴らしている。

 小さな肉体にはそこまで多くの魔力量はため込めない。言葉通り生きているのもやっとの魔力量しか残っていないのだろう。よく保ったものだと褒めてやるべきか。



『クスクス。受肉したら誰かに悪いようにされないよう、切断した身体をそのままどこかに隠しておいてやろう。せめてもの情けだ』

「どこが情けだよ、文字通り封印じゃねえか。情があるのなら今すぐ体をくっつけてくれねえか?」

『命乞いか。滑稽だなァ〜』



 マルエルが苛立たしげに舌を打つ。気分がいい、というのはコレか。クスクス、マルエルの頭の中を覗き見て最も多かった感情だ。この肉体にも趣向が移ったのかもしれない。


 意識のないチャールズに手を伸ばす。もう誰もこの肉体には何も出来ないだろう、身とチャールズの異界化を解除してその頭に指を当て……。



「死の爪」



 マルエルが何か呟いた。彼女の方を見る。

 マルエルは黒に染まった指で床を叩く。指から流れ出た黒い魔力が這うように床に広がりひび割れていき、チャールズの座る車椅子の脚にまで及ぶ。


 床が腐敗し崩壊する。車椅子が傾き、チャールズの体が儀式陣から出た。



『……人間の得意分野だな。騙し、嘯き、目敏く策を弄するか』

「悪魔が嘘を糾弾するなよ。流せよ。俗物化が甚だしいぞ」

『この愚物が……』



 ? なんだ今のは、どういった感情だ? 知らない感情が身の意志を無視して勝手に湧き出す。……人間の記憶を啜り過ぎた影響か?


 不要な思考だ。それよりもチャールズが儀式陣の外に出てしまった。中央階段の鏡からはこの陣の中が映し出されるようになっている、だが陣の外は鏡には映らない。


 鏡を移動させるのは不可能だ。受肉が不完全な今、儀式陣の外に出たらレイナの肉体と身が剥離してしまう。


 ガラスの破片を集めてチャールズの姿を映すのも不可能。ならばやはり、儀式陣の中で実体化してチャールズを引きずり込むしかないか。



「へへ、動きが固まってるぜ。思考してんな。どうした、オレの方が一枚上手だったか? こんな単純な妨害で上を行ったってのか? ぎゃはは」

『……クックック。クスクス、不快だ。これは不快という感情だ。好いぞ、身が生物に近付きつつあるのを感じる』



 ニグラトを振るう。マルエルの身を細かく引き刻み、言葉の一つも言えない状態にしてやる。


 儀式陣の周囲2メートルの範囲をニグラトで切り刻み、世界を分断させる。世界の断面には如何なる手段でも干渉することは出来ず、断面で囲まれた内側は鏡面と同じく干渉不可の空間となる。


 これで何者も外から身やチャールズには手が出せなかった。ニグラトを床に刺すと、儀式陣の上に花瓶が落ち、転がった。



『様々な障害があったが、これで身は完全体となる。さあ、チャールズよ。お前が幼い頃より望んだ、家族の命を売るまでして願った願望を叶えてやろう』



 指がチャールズの額に触れ、髪が指にかかる。後はチャールズのその目を奪い、レイナの目と交換するだけだ。



蛙の冠(アンリフェール)、解除め」

『ッ!?』



 背後から声がした。背後に何があった? 床に転がった花瓶ぐらいしか無かったはずだ!


 ……床に転がった花瓶? 石の床に、陶器の花瓶。これが落下して割れない事などあるのだろうか?


 何者かが身の背中に手を触れる。ニグラトを掴み腕を上げる。



三妖精の悪戯(エンシェントマジック)鉄は薪に(サンドリヨン)



 少女の声がそう唱えると、手に持ったニグラトが大きな風船に変化した。身に触れていた少女は風船で叩かれて「あうっ」と鳴いた。



『フルカニャルリ……!?』



 その声の主はマルエルとヒグンの連れのフルカニャルリという幼い少女だった。いつの間に背後に……どうやってこの空間に入った!?



「気付かなかっためか? ぼく達妖精は下位の精霊めが、生物を魂で見分けるからこんな偽装には騙されないめよ?」

『妖精だと……?』

「そこにも気付かないめか。悪魔ってのも案外大した事ないめね。まあ、人の肉体に依存しなきゃ存在を確立できないなんて簡単に言えば寄生虫。虫けらめな」

『貴様っ!』

「もうお前は詰んでるよ」



 フルカニャルリの顔から笑顔が消える。雰囲気が変わった。人間ベースだったフルカニャルリの気配が、彼女の言うように冷酷で残忍な妖精の物に切り替わったのを感じる。



「悪魔は人間に憑依する、つまり悪魔にとっての人間は"衣服"みたいなものめ」

『何……?』

「次にお前は『そんな馬鹿なっ、何が起こっている!?』というめ。脱げ(ミリーロア)!」



 フルカニャルリが単語を呟いた瞬間、ガクッと足の力が抜ける。しかし視点は変わらない。確かに身はたった今膝から崩れたはずだと言うのに立っている時と視点は変わらなかった。


 レイナの肉体のみが崩れ落ち、憑依していた身が剥がされたのだ。フルカニャルリは不定形の煙と化した身を掴んでいる。



『な……に……なんだこれは……』

「!? だめー! なんでぼくの予言通りに言わないめか! マルエルに教えてもらったのに! もーーっ!!!」



 フルカニャルリは頬いっぱいに空気を入れて顔を赤くしながらじたばたと怒り出した。なんなんだ?


 しかし、まさかこうなるとは。身の存在が胡乱になった事で身が世界に与えた影響が霧散していく。世界の断面が消失し、切り刻んだマルエルも修復され元の肉体に復元された。



『今回は失敗に終わったか。続きはまた数百年後だな』

「あぁ〜? なに眠たい事言ってんだおめぇ。続きはたったこれからだろうがよ」

「あー! マルエル! よかった、戻ったのめね!」

「おう、ナイスだぜフルカニャ。汝は世界を救った、誇るがいい」

「わーい!」



 間の抜けた会話を交わすマルエルとフルカニャルリ。嫌な予感がする。しかし体を消滅させることは出来ない、チャールズとの接続がまだ切れていないからこの世界に留まり続けなければならない。



「フルカニャ。タイミング合わせろよ」

「任せるめ! ってマルエル、服ビリビリでおっぱい丸見えー!」

「うるせぇよ。体斜めに切断されたらそうなるだろ。どうせ後で着替えるんだから今はコイツをとっ捕まえますよ」



 氷砂糖が詰め込まれていたボトルをマルエルが持ってくると、フルカニャルリがそこに身を叩き入れた。蓋を閉められ外に出られなくされる。



『悪魔を見世物にしようというのか? つくづく罰当たりな奴らめ』

「動いて喋る煙なんか見て誰が喜ぶんだよ。フルカニャ、絶対それ開けんなよ」

「分かっため。でもどうするめか?」

「暖炉の火入れてくる」

『暖炉の火』

「あと塩も必要だな」

『塩。待て、何をする気だ貴様』

「ポンペイの謎に迫る」

「何を言っているのめか?」

「悪魔の塩釜焼きでも作ろうってな〜」

『塩釜焼き。待て、待ってくれ。考え直せ』



 マルエルはルンルンと上機嫌に消えていった。ボトルの蓋に体当たりをする。開かない。フラカニャルリを見る。



『フルカニャルリよ。取引をしよう』

「嫌であり。ぼくに願い事などなく」

『し、しかし! 身がこのままだとチャールズの目は見えないままだぞ!』

「仕方ないめ。そういう風に生まれてしまった以上、それを受け入れて生きるべきであり。それが自然界のルールめ」

『悪魔か貴様は!? チャールズはここまで犠牲を払ったのだぞ!?』

「その償いの為にもそのまま生きるが良いめ。チャールズは気を失う最後の瞬間まで後悔していた、人間の罪は人間が裁くべきめ。お前がどうこうするのはお門違いであり」

『それはお前の勝手な押しつけだろう!!』

「ぼくの押しつけめが、実際お前らみたいなのがこの世にいちゃ都合が悪いから体を粉々にされたんでしょ?」

『……違う、身は確かに人々に求められていた。居場所ならある!』

「お前を信仰した人々は何も産まず破壊しか行わなかった、癌細胞のようなものめ。そんなもの、正常な側からしてみれば迷惑そのもの。大義もなく、喜んで異教徒を虐殺する快楽殺人者の集まりが信仰する神など、零落して当然であり」



 フルカニャルリがボトルを振りながら歩く。ロクに喋る事が出来なくなった。


 揺れる景色の中から見えたフルカニャルリの顔は、身なんかよりももっと邪悪で嗜虐的な笑みを浮かべていた。

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