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「2頁目」

 意味の無い祈りを、無惨にもがれ木の杭で刺し留められ飾るように家の前に晒されていた彼女の両翼腕と、その二つの間に打ち捨てられた無惨な肉塊の前で口にした。



「主よ。聖なる炎よ。……どうか、憐れみ給え」

「熱い……あつい、よぉ……」

「だれか……」

「なん、で、マルエルさん……」



 肉が焼ける音がする。やけに煩いな、喋る肉なんて初めて見た。


 肉が燃やされながら叫んでいる。思い出とか、希望とか。耳障りだとは思わない、マリアも結構なお喋りだったから。それに、燃やされたらそりゃ口うるさく叫んだりもするさ。痛いもんな。



「マル……エル……さん」

「フィリアさん? まだ生きているんですね」



 炎の中にある影が小さくなっていく。新たに炎の中で肉を放り込もうとしたら肉の中から俺の名を呼ぶ老婆の声が聞こえた。



「どうし、て……こんな事……」

「? どうしてとは」

「街の、人達を……なんで……」

「街の人を。あぁ。あー……ハルピュイアは人を食う種族だ、戦争が起きて飢饉が起きれば自分達は食い物にされるだろう。そんな理由で、街の人らはマリアを殺した。違いますか?」

「それは、違う……マルエルさ……」

「違うか。そうか、そうですか」



 俺に許しを乞おうとする手を折る。知った事ではない、焚き上げだ。この街で世話してもらった事も、作り上げた関係も、全部全部灰にしよう。



「不浄な行いをした街の民は永遠の炎の刑罰を受け、見せしめに殺された。塩の柱っつか、死肉のカス山だなこりゃ」



 沢山の亡骸が燃えていくのを眺める。


 その日の夜、一つの街が炎によって消えることとなった。




 *




(子供の頃はマリアは、こんな感じだったのだろうか)



 血や臓腑が固まりそうになったらまた破壊し、或いは熱で流体に戻し、少しずつ少しずつ成形する。頭の中にあるイメージ少しずつ形を近付けていく。


 美化が入っているだろうか。もう顔が判別出来ないから細部の確認は出来ない。記憶の中にあるマリアをさらに幼くした感じ、そこに形を合わせていく。


 ただ元の形に戻す訳では無いので余計時間と労力が増している。もう何度日が沈み、昇ったのだろうか。


 俺が最も美しいと思った女性、その子供の姿が今の俺の姿となった。



「はぁ……」



 ある程度形が出来上がると、身体を分解する前のうつ伏せの姿勢から仰向けになり直し、再構築した肉体で初めてのため息の後に深呼吸を繰り返す。


 産まれたての赤子同然の肺に空気を満たす。熱がまだ宿りきっていない肉体に入る空気は冷たい冬の風のような鋭さを伴った。



「数日間睡眠を取ったかのような気分だ……いきなり外に出るのは辞めとこうかな」



 余り物のハラワタや骨を手で払い机の端に寄せ、体を起こす。後頭部の窪みから脳幹へと伸びる管を手で引きちぎって外す。

 それまで俺の肉体を再構築する為に動いていた義手は魔力供給を失ってダランと垂れ下がり、俺の頭の上に落ちてきた。痛い。



「痛覚はちゃんと戻ってるのか。でも少し鈍いかな」



 この義手は魔力の伝導率が高い鉱物をふんだんに使っている。そこそこの重さが、という当たり所が悪ければ即死してしまいそうなくらいの重さはあるはずなのだが、子供のデコピンを食らった程度の痛みしか無かった。



「げ、血ぃ出たわ」



 痛覚は鈍くとも肉体の頑強さはそのままらしい。頭皮は柔らかいから特に切れやすいのもあるが、肉体を作ったばかりだと言うのに早速ドクドクと滝のような血が頭から流れ落ちる。簡単な治癒魔法で再生する。


 何をするともなく、出来上がった肉体に熱が浸透していくのを無言で待つ。起き抜けは酸素や血液の供給量の関係で突然動き回ることは出来ないため仕方が無い。



「そろそろ、行けるかな」



 首を傾けて鳴らし、肩をまわし、伸びをして倦怠感を落とすと立ち上がって浴室まで歩く。血で汚れたまま服を着るのは論外だ、汚れを落としてからここ数十年出なかった外の世界を見に行くとしよう。




「翼なんか生やしといて、人間を名乗れる物なのかな」



 頭から湯を浴び不要な物を落としていく。マリアの肉体からそのまま移植した翼腕は、かつてより大分縮んでしまって手の部分も目立たなくなってしまっている。


 背中側を鏡に向け、違和感が無いか確かめる。

 見た目上は問題なさそうだが、本来翼を持つ種族からしたらやはり位置的には違和感だろうか? 普通は肩あたりに生えていそうだものな、翼って。



「まあ見せる為のものでも無いし、見た目は別にどうでもいいか」



 シャワーを終えると、体を拭いて水気を落として裸のまま手術を行った部屋まで歩く。



「大丈夫。どこにも置いて行ったりはしねぇよ。マリアと俺は一心同体だ」



 グズグズになった肉の塊。骨の残り。原型を残した手足に腸や肺の片方などの臓器。まだマリアはそこに居た。全部は俺の身体に組み込めなかった。



「人を料理するなんて初めてだな」



 足をノコギリで短い肉片にし、叩いて柔らかくして骨を抜いてから更に細かく刻む。


 薄くスライスした肉をミルフィーユ状に巻いて、塩胡椒で味を整える。人の肉は筋張っていてやや硬い。衣を付けて揚げ焼きにし、ニンニクやパセリ、玉ねぎ、バターなどで一緒に炒める。


 血を少しかける。血は血だ、別に特段美味しくもない。だけどこれもマリアだ。残すなんて選択肢はない。



 マリアの腕を焼いてると、マリアと一緒に二人でフライパンを振っているような気がして口元が緩む。一緒に料理した時、最初の頃は何も上手くいかなかったんだよな。息が合わなかったというか。



「あふっ!」



 皮膚で包んだマリアの挽肉の蒸し焼き、ソースはちゃんと血をふんだんに使った。そんなわけないとは思うけど、なんだか血を多く使うとその人独特の匂いが風味となって味に染み込む気がした。


 口の中いっぱいにジューシーな味が広がる。舌の上を何年も、何十年も一緒に居た女性の残滓が転がっていく。なんか愛撫しているみたいだ、エロいな……。



「ん、これ好きだな。美味し」



 てりやきにしたマリアのスペアリブ、こりゃまた凄まじく美味い逸品だ。肋付近はあまり肉が付いていなかったから期待していなかったが、濃厚な肉の旨みが詰まっていて白米が欲しくなる。無いが。


 胸肉は脂肪組織の下が意外に固くて丸々焼いて食べるのは好みじゃないな。胴体から見て水平になるように薄くスライスし揚げる。



 腸詰も作ってみたのだが、もうちょっと香辛料を足した方がいいかもしれない。相手は愛する人とはいえ、やはり人型だからか雑味、肉肉しさが強力だ。胃がもたれそう、蒸し焼きは美味しかったんだけどな〜。



「柔らかい指。でももう死後硬直が始まってるのか……」



 たまには料理をせずにそのまま口に運んでみる。マリアの右手首から上の残った部分を口に入れ、噛まずにしばらく舐めてみる。


 よく知ってる匂いが味として伝わる。これは……これは美味しいというより、懐かしいというか。食指は動かないな、残しておきたくなる感覚だ。


 でも、人の死体はいずれは腐る。それに、マリアには余すこと無く俺の中で生きてほしいのだ。


 手指一本、髪の毛ですら余りを作りたくない。全部全部、この腹の中に収めてやらなきゃ。



「おはよう、マリア。ちょっと昨日食いすぎたみたい」



 冷凍保存したマリアをまた机の上に並べ調理する。卵にとじて食べてみようか、サラダに入れて食べてみようか。アイデアは浮かぶ、ただ40kg級の肉の塊だからどうしても腹に来る。一気に食うのは至難だ。


 肩肉は煮込み料理にし、油などにも利用した。


 肩から肘の間はステーキやしゃぶしゃぶ、生姜焼きなんかにして食った。サクサク進む、ここは本当に美味い。


 背骨から腰にかけてのなだらかな形の肉はアッサリとしてるソテーにしたり、茹でてそのまま頂いたり。結構好きだ、筋トレする時に食べたらいい感じかも。


 前日使った方とは逆サイドの肋の肉はチャーシュー、角煮にする。弁当にするのに丁度いいな、ただ少しばかり量が多いからやっぱり胃がもたれる。この小さい体じゃあまりハイペースには食べれないな。


 もも肉はやはり人体の中でも特に筋肉質だから味はあっさり目できめ細かい。低温で焼いてタレをつけたら人間大のクリスマスチキンだ!


 すねの肉は意外と柔らかくて旨みもよく出る。ハンバーグ、カレーもどきの肉、シチューの具材として利用する。


 人間の骨は剥ける方向が鳥と同じで鋭い繊維質なので、小さく砕いて汁物なんかにして飲む。

 骨自体の味はなんといえばいいだろう、やはり髄液やコラーゲンが染みているから若干苦味というか、かさぶたを見た時のぐじゅぐじゅが遠くの方にいるような風味が混ざってたりする。


 全然不味くは無いのだが、俺みたいに目的がなければ余程好んで食べる部位ではないだろう。



「髪の毛、それに歯、なあ〜……」



 髪の毛、どうやって食べようか。それ以外の部位、まあ腸の中身や尿などは流石に抜いたが。それら以外は全部食えはしたんだが、歯はあまりにも硬すぎるし髪の毛も食べると息巻いてはいるが丈夫だからな。食い方困る。


 まあ大腿骨や頭蓋骨もなんだかんだ砕いて食べたし、頑張って砕いてみるか? 歯。熱で柔らかくなるとも思えんし、そのまま力技で頑張るかあ。



「髪……まあ、やりようはあるか」



 燃えれば縮むしな。いいわ、思いついた。結局この腹ん中に入れられりゃなんでもいいんだ。まあ消化できないからそのままうんちになって外に出ていくのだが。



「ふぅ……ご馳走様でした」



 数日かけ、やっとこの小さな体にマリアを入れることが出来た。時間かかったあ、腹がパンパンのパンである。全く、もうちょっと中身スカスカであれよ人肉〜。


 さて。もう満足だ。マリアは俺の中で生き続ける、俺だけのマリアであればいい。という事でね。


 あとはこの記憶を消して、改竄すれば、俺の口からマリアの顛末を知るものは居なくなり、マリアがどこにいるのかを知る者はいなくなる。


 マリアの死は俺だけのものだ。記憶と共に、この世から消す事で補完する。



「おぇ……」



 ズゴッという音が鳴った。自分の脳に手を突っ込み、中身をぐちゃぐちゃと弄る。


 段々と、何をしているのか自分でも分からなくなる。俺は今は何をしている? 自傷行為か? 脳を自分で破壊する自傷行為などあるのだろうか。




 *




 軽く身支度を整える。上等な衣服はもう数十年外に出ていないから持っていない。軍に所属していた時代に着ていたタンクトップとパンツを身につけ、上から雨避け用の外套を羽織る。



「……サイズ、合わんし」



 忘れていた。タンクトップもパンツも今の俺にはデカすぎる。困ったな……。


 ……まあ、服を脱ぐ事なんて無いだろう。外套のボタンをきちんと閉めたらそれで大丈夫だ。風も強くないしね。



「さ、て。借金返すか」



 マリアと共に生まれ育った街を捨てて数十年。俺は定職に就かず、その日暮らしの生活をしながら少しづつ医療道具や義手などを揃えて今回に臨んだのである。そうしている中で膨れた借金は日本円にして6000万程。はい、馬鹿ですと。



「あっつ」



 久しぶりに出た外に対する第一声。頭の中に浮かんだ第一発目の外への感想は(萎えたわ〜)であった。

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