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35頁目「こう何日も嵐が続いたら天変地異であり」

「お腹空いため〜!!!」



 フルカニャルリが駄々を捏ねる。


 12月13日の金曜日、午後11時55分。連続殺人が起きて5度目の夜、僕とフルカニャルリとエドガルさんの三人は腹の虫を鳴らせていた。


 行動な不透明なマルエル、常にリリアナさんの近くにいたルイスさんは僕らとは別の部屋におり、疑いの掛けられているエドガルさんは僕とフルカニャルリが監視する為に共に同じ部屋に居た。


 途中、リリアナさんとルイスさんが食事を部屋に持ってきてくれたが僕らは受け取りを拒否した。


 状況的に確かにエドガルさんは怪しいが、人格的にこんな手の込んだ殺人はしないだろうと言う確信があったからだ。


 彼を犯人の候補から外すなら、やはりルイスさんかリリアナさんが怪しい。非力な彼女らであっても、毒や睡眠薬を使えば楽に人の首を切断出来るだろう。


 何も口にせず互いを監視する。それが今の僕達に出来る最も適した過ごし方なのだ。善意から用意された食事であっても、口に出来る筈がなかった。



「も〜! 毒だったらマルエルに治してもらえばよく! お腹すいたお腹すいたお腹すいた〜!!!」



 ただ一人、フルカニャルリだけは僕達の伊都を汲まずに怒っている。説明しても「知らず! 腹が減っては出来ぬ戦!」などと取り合ってくれなかった。食べ盛りだなあ、下半身がムチってしているわけだ。



「……なあ、二人とも」

「む。なにめかエドガル。まだ糸は解かないめよ」



 エドガルさんは未だにフルカニャルリの出した糸でぐるぐる巻きに拘束されている。拘束されたまま白いキャビネットに縛り付けられている。どう足掻いても身動きは取れないだろう。



「そうじゃなくてだな。……あの時の、地下室にやってきたマルエル。アレ、なんだと思う?」



 エドガルさんが振ってきた話。マルエルとの会話で齟齬が生まれた二人目のマルエルのようなナニかの話だった。


 それまで足をばたつかせていたフルカニャルリも大人しくなり考える。



「……少なくとも、着ていた服や表情や仕草を取り除けば、間違いなくマルエル本人だっため」

「けど、マルエル本人だとしたらあまりにも歪であった。猫を被っていた頃の彼女を知っているが、仕事でちゃんとしていた頃でさえあそこまで少女然とはしてなかったと記憶してるよ」

「やはり、偽物だったという見解でいいのだろうか」

「或いは洗脳か。……いや、でもマルエルはキスをしただけで相手を操ったり気絶させたりする能力は持ってなかったはずめ」



 フルカニャルリは冷静に話している。僕は鼻血を吹いた。引くような目付きを二人に向けられる、仕方ないだろうアレが初めてのキスだったんだから!



「変身の魔法ってやつか」

「変身……いや、アレは変容……? いや違う。確かに五感で視た情報はアレをマルエルだとしか認識できなかった。でも、妖精の機能に切り替えて考えてみると、マルエルとはどうしても結びつかない部分があるめ」

「度々気になっていたんだが、フルカニャルリの言う妖精ってのはなんだ? おとぎ話に出てくる妖精か?」

「そういえ設定なんですね。お年頃なんです」

「なっ、何を言うめかヒグン! 失礼でもががっ!?」



 いつまで経っても人間社会の常識というか、リスクヘッジをしてくれないフルカニャルリの口を手で塞ぐ。ヤバいだろ、妖精なんて神話生物が人の身体に受肉して冒険者してるなんて知られたら。少しは考えてくれ……。



「ぷはっ! もう、ヒグン!」

「フルカニャルリ。分かってくれ、君は……」

「分かっため。ったく。……ぼくの特別な魔法を使って考えてみると、気になる箇所があったのめよ」

「気になる箇所? それって」

「魂であり」



 フルカニャルリはそう言った。

 魂。確か彼女は、妖精は他者を魂で視ると言っていた事があった。人間体でいる間は人間の五感を基本性能として扱うが、必要とあらば妖精の機能も引き出せるとも。


 リアルタイムで知覚した情報は人間としての性能で脳に保存され、後から妖精の機能に切り替えて情報を整理する。

 そういった処理をする必要があるから神秘性が下がってしまうとか愚痴ってたっけ。神秘性って何……?



「あの時のマルエルは、大きな魂の下に変な感覚を感じため。よくよく考えてみれば、アレはもう一つの小さな魂なような気がする。小さな、人間の少女の脆弱な魂であり」

「……つまり?」

「二つの魂が一つの肉体にあり、一つの魂はもう一つの魂に食われかかっていたという事であり」

「すまない。僕も恐らくエドガルさんも、魂というのを知覚できる術がないし学んだ事も無いと思うからイマイチ話が理解できないんだけど。簡単に、分かるように説明してくれると助かる」

「……ふむ」



 フルカニャルリは顎に手を置き考える。

 妖精や、マルエルのような死の概念を扱う物であればきっと魂という存在は身近な物でその在り方も頭に入ってるのだろうが、僕ら一般人からしてみればそれは仮想の概念だ。存在を自覚出来たことはないし、それこそおとぎ話のようなお話でしか見た事がない。



「……説明するのは難しいから魂の説明は置いて、先に進めて話をするめ。生物の肉体には基本魂は一つしか介在できない。自然的な流れで複数の魂が体内にあるケースというのは、子を孕んでいるか寄生生物の宿主になっているかの二択しかなく」

「なるほど、一つの命に一つの魂、か。心臓のようなものかな」

「そんな感じ。でも、あのマルエルは妊娠している匂いはしなかったし、あの体温だと寄生生物は生存できないと思い。この二つどちらのケースも当てはまらないめ」



 体温。そういえば、僕とキスをしたあのマルエルは妙に高体温だった気がする。身が触れる前の段階からうっすらと熱を感じるくらいの、尋常じゃない高熱だ。



「となると、考えられるのは二つ。何かしらの意図が働き、依代として高位の精霊を降ろしているか、生贄として悪魔に憑依されているかであり」

「……何が違うんだ?」

「高位の精霊、神様を信じる人達にとっての神様めが、これらは超自然的概念が人格を得た存在なので、ぶっちゃけ人の体は必要としないめ。単独で受肉出来るし、人の身に降ろした場合は洗脳なんてちゃちな能力ではなく、未来の書き換えという抗いようのない改竄をされていたと思い」

「未来の書き換え……?」

「洗脳や催眠の意義は"他者を操る事"であり。意思や方針に関係なく、一定の行動を取るようその人の運命そのものを歪めてしまう事こそが、人を操るという事の最たる技能になるめ」

「なんだそりゃ。めちゃくちゃじゃねえか」

「めちゃくちゃめよ。でも高位精霊はただ"在る"だけで世界に無関心だから、降ろそうとしても呼び声に応えないのがほとんどであり」

「悪い事に関心を持ったら恐ろしすぎるな……」



 エドガルさんの言う通りだ。高位の精霊が人類に敵対したらあっという間に滅んでしまうんじゃないだろうか。フルカニャルリは「まあピンキリなので気にする事もなく」と軽々しく言っているが、そういう事では無いだろ。



「それで? 悪魔ってのはなんだ。悪行を働いた相手に言う蔑称とは違うんだろ?」



 エドガルさんが問うと、フルカニャルリが「そうめね」と小声で呟きため息を吐いた。



「目的を持たない高位存在が精霊や神と呼ぶなら、逆に目的や意義を持つ高位存在が悪魔になるめ」

「……お、おい。それって」

「つまり、本人でも説明ができないようなめちゃくちゃな能力を、利己的に扱う輩って認識でいいのか?」

「そう。……まあ、そんなの秩序の維持に反するから自然的な法則で世界に分解されて、無力な死骸にまで零落してしまうめが」

「つまりどういう事だ? 意志を持った瞬間に無力化されるって事なのか?」

「そうであり」

「なら心配する事なんて無いじゃないか」

「単体でならそうめ。でも、高位存在は生物の肉体を借りて、個を確立する事も出来る」



 個を確立する。つまり、一度無力化された筈の強大で危険な生物が、そのままのスペックを持って復活出来るという事か!



「……いや。しかし、それが本当なら、世界は十分めちゃくちゃになっているはずだろう!」

「そんな簡単には高位精霊は受肉出来ないめ。信仰という形で儀式を執り行い、所定の手順を踏み憑依先と生贄、願いを揃える事で契約が執行される。受肉出来るのも契約が執行されている間のみで、履行されれば憑依者の肉体から剥がされ霧散するめ」

「契約……」

「どんな干渉も無効化して対象を縛る『隷属の錠』や、上下関係を作り能力を付与する『眷属の印』は悪魔の『契約』の権能から抽出された呪いを使っており。……この説明で、影響力は理解出来たと思い」



 フルカニャルリがため息を吐いた理由が分かった。彼女が挙げた二つは本当に人間が生み出したとは思えない常識外れな拘束力を持つ道具だ。破壊は出来ない、劣化もしない、魔法も受け付けない。それらの力の元になっているだなんて、どう考えてもマトモじゃない。



「悪魔は儀式の進行度によって段階的に受肉していきめす。もし、今行われている殺人が悪魔降臨の儀式なのだとしたら、次の殺人が完遂されたらぼくらじゃどうしようも出来なくなる。出来るだけ遠くに逃げなきゃ、朝が来る前に皆殺しでありな」

「皆殺し!? 逃げるったってこの嵐じゃどの道事故だぜ」

「まあでも、本物の悪魔を降臨させる儀式なんてほとんど何千年も前に失伝しており。それらしい模倣の儀式は数あるめが、大抵がなんちゃって降霊術でしかないめよ」

「でも、魂の様子的にはその、悪魔の憑依に近かったんだろ?」

「……にしか見えなかっためね」



 彼女がそう言った瞬間、僕の懐中時計が零時を知らせる音を鳴らした。



「……ここから三時間、今までの流れの通りで行くなら殺人が起きるはずだよな」



 フルカニャルリと共にエドガルさんを見る。



「……なんだ。俺を殺せば丸く収まる、そう考えているのか?」

「違います。僕らは貴方に恩がある、怪しい事をしない限りは手を出すつもりはありません」

「じゃあなんだよ? 言っとくが、俺は本当にサミュエルさんを殺した時の様子は覚えてねえぞ。操られた俺が殺したのか、偽マルエルが殺ったのか、それとも第三者が殺ったのか。その答えは神のみぞ知るだ」

「……殺された場所は分からないめが、死体があった場所は正面階段の鏡と絵画の隙間。そこに磔になっていた。つまり、マルエルの言うように死体は星を描くように配置されている」

「……何?」



 言葉にピクリと反応を示したエドガルさんにフルカニャルリが糸を放ち粘着させる。引っ張ると、エドガルさんがずるずると引きずられこちらまでやってきた。



「次に死体が置かれる場所は薔薇園。犠牲者は女。……ぼくらから薔薇園に向かって、犯人をそこで撃破するのはどうだろうって、ヒグンは考えついためね」

「……正気か?」

「正気も正気ですよ。必ず次現れる場所が分かるのなら、先に行って叩いた方が確実だ。……それに、今回の事件は犠牲者が出過ぎた。野放しに出来る案件じゃない」

「ヒグン……」

「流石! うちのリーダーであり! ぱふぱふ!!」

「ぶほふっ!? 尻を押し付けるのやめろフルカッ、ぼほふ!!?」



 二度鼻血を吹き出した。今のフルカニャルリの服装はサロペット、やはり尻の形が出る服だ。くぅ〜、エロ!



「という訳なので、一緒に行くめよエドガル!」

「よいしょっ」

「お、おい?」



 糸で縛られている状態のまま、エドガルさんを肩に担ぐ。うん、確かにマルエルよりは全然重いが、人間は軽い方だ。これなら問題なく走り回れるな。



「じゃあどうする、これから行動する?」

「マルエルの部屋を開けて連れてきてから行きめしょう。マルエルなら魂探知のスキルがあるめ、隠れていても相手を見つけることができ」

「なるほど、同感だ。よし、行きましょうエドガルさん!」

「どほっ!? 壁に頭ぶつかってるんだが!? 向きを考えて部屋を出てくれ!」

「すいません」

「ぼくはリリアナの寝室に行って子供達の様子を見てくるめ。リリアナ達が居なかった場合、すぐにそちらに向かうめ」

「分かった。気を付けてね」



 階段を駆け上がっていくフルカニャルリを見届け、マルエルのいる部屋の前に立つ。

 ドアノブを開く。話に聞いていた鉄格子があった。



「マルエル? 居るかい」



 中に声を掛ける。……返事はない。眠っている?



「……あれ」

「どうした、ヒグン」

「いや。鉄格子、開いてるなって」

「何? ……ヒグン、急いで薔薇園に向かった方が良さそうだぞ」

「そのようだ……!」



 最悪の予想が頭をよぎった瞬間、すぐ隣の窓をぶち破って近道とし薔薇園へと走る。乱暴に開けられた錠前、散乱したから部屋から既に何かが起こっているのは明白だった。


 マルエルに限って完全に殺されるなんて事は無いはずだが、嫌な予感がする。空気がおかしい、急げ……!!

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