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30頁目「放尿院大往生」

「毒は入って無かったと。……ただの、ミシェルくんの遺したスペシャルメニューだったな」



 サミュエルさんから渡されたオレ達三人の好物が作られた料理を平らげ、各々の体に触れて魔法で毒を探知するか反応は無かった。


 食器を牢屋の外の床に置き、皿の反射で入口から誰かが入ってきたら見えるようにしておく。これで侵入者対策はバッチリ、ついでに壁中も調査して怪しい所はないのも確認済みだ。



「それで、何故サミュエルさんが犯人って推理になるんだ?」

「まず最初に保険をかけておくが、穴だらけの思い込み、可能性は高いってだけの話だ。留意して聞くように」

「おう。滑稽な推理だったら馬鹿にしてやるさ!」

「なんで爽やかにそんな事言える? 話す気なくなったけど」

「別に最初から期待なんてしてないめ。マルエルがキメ顔で行動する時は大体見当違いであり。不死の魔法の力技でどうにかしてるに過ぎず」

「フルカニャ。あんまり私をいじめないでね。少しだけ涙出ちゃった」



 二人がケラケラと笑いながらオレを馬鹿にしてくる。なんで地下牢にぶち込まれたのにこんなヘラヘラできるんだろう。3人一緒だからかな、仲良しクラブすぎるだろ。



「じゃあそれではっ、マルエルによる推理タイムスタートめー!」

「おー!」

「こいつら……いいだろう。清聴してろよ。茶々なんか入れたら大人が引くぐらいの大泣きをしてやる」



 涙腺を予め弛めておき、意識一つで涙を伝うようにした後に腕を組み口を開く。



「まずこの殺人には明確な意図がある。それは分かるよな、二人とも」

「だろうな。衝動的にとかで起こせる事件じゃないだろうな」

「共通する殺され方。共通する傷。共通する凶器めね」

「それと、多分場所も関係あると思う」

「場所?」

「いや、まあこれはこじつけに近いんだけどな」



 この地下牢の床は地面が剥き出しになっている。流石に固められた土であるため脱出は……フルカニャルリなら出来るか。まあ普通なら出来ないということで。


 それで、固い地面に食事で使ったフォークを使い、ガリガリと地面を削って図形を形作っていく。



「まず、このラピスラズリ家の敷地は水路を一周させてその内側に屋敷、山羊小屋、物置と薔薇園が配置されている」

「そうめね」

「で、薔薇園の入口に看板があったんだよ。この敷地のな。そこで見たのが、この形だったわけだ」

「……台形?」

「正五角形だわアホか」



 ヒグンにドン引く。角の数が違うんじゃ。



「で、この水路が描く正五角形の上の三つの角にそれぞれ、屋敷の東の端と西の端、階段がある屋敷中央の北の棟が当たるようになっている。五角形の右下は薔薇園と倉庫、左下は山羊小屋と柵がそれぞれ角に集まっている」

「……ふむ?」

「西の端に位置したのはミアさんの部屋。東の端にあったのは祈りの部屋。それぞれが死体のあった場所で、直線で結ぶ事が出来る」



 床に描いて五角形の内、右上と左上の角を直線で結ぶ。



「……ん? だからなんだい?」

「死体には皆、頭から見て反対向きになる星印が付いていただろう? 正五角形も角が五つあるから中で星印を作れる。それを反対向きから見るんだよ」

「ほう」



 三人で頂点の角の側に移動する。



「逆の星マークの西だった位置、現在右下になっている角から左に線を引く。祈りの部屋のあった東端に着く。そのまま星の線をなぞっていくと、次に羊小屋、北棟、薔薇園といった順に線が引かれ、最初のミアさんが死んだ位置に線を戻せば逆五芒星になるわけだ」

「……うん」

「ごめん、犯人当てってより次の殺人現場の予告が先になったわ」

「……次の殺人は羊小屋で起きるって事めか?」

「じゃない? 流れ的には」



 二人は微妙な顔をする。



「確かに、形状とかで言えばそれっぽい説ではあるが……なあ?」

「まだ一本しか線が引けない以上、偶然の可能性もあるめ」

「だがこの説だって可能性はあるだろー? だって二人とも共通して逆お星様の傷があったんだよ? 何かしらのヒントでしょ!」

「そもそも人殺しがヒントなんて残すめか? 撹乱する為の作戦という事もあり」

「フルカニャルリの意見に賛成」

「ぐぬぬ……じゃあいいよ! 犯人はサミュエルさんだと思った、その動機を語ります!!」



 ふんだっ、そんな事言って本当に誰か羊小屋で死んでたらこの二人に謝ってもらうもんね! 三人一緒に捕まってるからここの誰かが殺される事なんか無いだろうけど、出来れば殺人なんて起きてほしくないけどさ!!



「で? なんでサミュエルさんが犯人なんだよ」

「最初に消去法しようぜ。まずオレら三人は一緒に居たからミアさん殺しは不可能。これはチャールズくんが証明してくれる」

「そうめね。ぼくら視点ではそうなるめ」

「オレら以外に証明する訳でもないから裏付けとかは考えないものとして、オレらはここで完全に白としておく。ついでにチャールズくんもな」



 オレら以外の第三者が居たなら三人共の潔白を証明する更なる理屈が必要になるだろうか、三人だけなのでね。皆分かりきってる、オレらは白である。



「で、残った人間がエドガルさん、ルイスさん、夫妻。それとミシェルくんだな」

「ミシェル……」



 フルカニャルリの表情が暗くなる。まだ事が起きてそう時間は経っていない、傷は癒えていないようだ。



「……まず、深夜にトイレに行ってみて分かったんだが、この屋敷の構造と灯りの都合上、余所者が深夜に自由に動き回るなんて不可能だ。僅かな光もなくて、壁の有無も目を近付けなきゃ分からない。オレは幸い、フルカニャルリのせいで何度かトイレを往復する羽目になったから場所は覚えていたけどな」

「えへへ」

「褒めてねえぞ。……そういえば、余ったやつどうした? アレ」

「ちゃんと保存しており!」

「死にたいかもな」



 ジャケットをバッ! って開かれ、中にしっかりとオレ汁が詰め込まれた瓶があるのを確認した。死にたい。ヒグンがワキワキと指を動かし手を伸ばしていた。蹴った。



「で、でも、ルイスちゃんは人形師だから光らせる術とかあるかもしれないぞ!」

「エドガルさんの部屋の前を通ることになるだろ。エドガルさんはショートスリーパー、かつ音には敏感で前に一緒に仕事した時も、寝ていたはずなのに会話内容を知ってただろうが。そんな彼の部屋の前を通って感知されないとは思えない」

「エドガルとグルという可能性はないめか?」

「それも考えたが、ないと信じたい。人の首を斧で綺麗に両断となると流石に男の力が必要になると思うが、エドガルさんが振り下ろした場合彼は斧使いなんだぜ? 小さな伐採用の斧だったとしてもベッドが無事なのは納得できん」

「根性な推理だな……」



 ヒグンが言う。そりゃそうだ、オレ探偵じゃねえんだもん。



「それに、使った凶器を捨てる場所もちゃんと確保していたしな。もしルイスさんと組んでるんだとしたら、ルイスさんの人形師スキルを開示する下りは完全に自分らの首を絞めてることになるだろ」

「……と、思わせて、自分らを犯人候補から外させる為の作戦とか?」

「人形師が出来ることを知っていた人間はあの時点で誰も居なかっただろ。未知のスキルを自分から開示する殺人犯が居るとは思えん」

「そうかぁ……」

「それに、斧は基本倉庫部屋に仕舞われているんだろ? そこから斧を持ち出し、隠しておくのに最適な場所を知ってるのは確実にこの家の人間だろ」

「でも、ルイスが行動出来ない理由にエドガルを紐付けるとしたら、夫妻が行動できない理由にも紐付きめす。エドガルは一階と二階を繋ぐ階段の真横に部屋があるんだから、誰かが昇り降りするなら必ず耳で覚えて居るはずめよ」



 もっともな反論をフルカニャルリに言われた。ヒグンが水のみ鳥してるのに比べてやけに頭を回転させてるなコイツ。うちのチームの参謀にしよう。



「夫妻の部屋とミアさんの部屋。X座標Z座標が同じなんだよ」

「! 上下で繋がっているめか!」

「繋がってはいないけど位置関係としては全くの一緒。だから、ここはまだ確認していないし完全に机上の空論だけど、腕力でミアの首を切断出来るであろうサミュエルさんが斧を持って、窓から雨どいを伝って直下のミアさんの部屋まで下り、窓から入って首を切断。傷を付けて、斧を捨てて雨どいから部屋に戻った。雨の日だから足跡なんかも残らないだろうし、完全犯罪を行ったわけだ」

「待て待て。雨が降ってるのになんで窓が開いている前提なんだよ」

「? 知らないのか? レバー式の窓って、隙間から棒とか枝を差し込めば簡単に開けられるんだぜ? この屋敷の窓も見事に簡単に不法侵入できるやつだぜ?」

「そうなのか!?」



 そうなのだ。何故かこの推理を言った瞬間に二人がドン引きするような目で見てきた。なんでやねん、鍵失くしたときとか、子供の頃よくそういう方法で開けたりしただろ。



「ミアの件は一旦納得は出来るめが、それならミシェルは? ミシェルはこの屋敷の人間でありよ」

「ああ。それなんだが、お前らはミシェルくんの首を見たか?」

「首? ……見ておらず、確か部屋の中には無かっため」

「だよな」

「それがどうしたんだ?」

「多分あの首なし死体、ミシェルくんじゃないぞ」

「え!?」

「もっと言えば、恐らくミシェルくんは、というかリリアナさんもサミュエルさんの協力者だと思う」

「……どうしてそう思う?」



 お、やっと真面目に聞いてくれるポーズをヒグンが取った。遅せぇよ、こっちは床が固くてしんどいから寝転がってるっちゅーに。



「ミシェルくんって基本帽子で顔を隠してただろ。それは顔を見られないためだ。顔を見られなければ、ミシェルくんが死んだと偽って本当のミシェルくんは水面下で動ける。首がなかった理由は、私が偶然彼の顔を見てしまったから。だから仕方なく顔は隠したんだろう」

「じゃあアレは一体誰め?」

「誰でも無いよ。オレらが来る前から殺されていた誰かだ。大方、私やエドガルさんみたいに探偵の真似事をするやつが現れると思って、推理を混乱させる為に敢えて二日目の死人になるよう演出したんだろ。だからこそ、あんなに時間が経った死体になってたんだ」

「死体の、偽装か……」



 そうじゃなきゃ、使用人が屋敷の中で顔を隠すように帽子を被る説明が付かないからな。

 実物を見た感じ彼は皮膚病に罹っていたりする様子も無かったし、寝不足っぽい所以外は普通だった。帽子をする意義は特に無いように感じられる。



「じゃあどうやってあの死体をあそこまで運んだめ? それこそ僕らの部屋の前を通らなきゃ運べないはずめ」

「いや、運んでない。多分最初からあの部屋にあったんだよ。あの死体は」

「魔法で隠してためか?」

「その説出されたら推理のしようがないからラピスラズリ家の皆さんが魔法を使えないていで語るが。恐らくあの大きな鳴り時計、鳥が出てくるタイプの時計だと思うんだよな」



 鳩時計というやつだ。決まった時間になると中のカラクリが動き、木のボディを割るようにして中から鳥が出てきてポッポーと鳴く。この世界でも特に珍しくもないものだ。



「この屋敷の時計は3時33分に鳴る。予め死体は祈りの部屋の床下とかに入れておいて、最初の殺人があってミシェルくんがミアさんの死体を処理しているタイミングで時計に偽ミシェルくんの死体を入れた。で、次の夜の3時33分、自動的に死体が時計のギミックに押し出されて部屋に現れたって流れだな」

「じゃあ、あの時計を詳しく調べれば手掛かりが!」

「どうだろうか。私らが怪しいってんであの人達の今日の推理は締め切られてるんじゃないか。全員が互いにアリバイを証明出来る立場だからな、注意深く疑えたらそれこそ金田一少年の事件簿よ。普通ならあそこで事件が終わったもんだと思い寛ぐだろうな」

「そして、その間にまたしてもミシェルが時計の処理をする、めか」

「だな」



 フルカニャルリが神妙な顔を浮かべる。いつにもなく真面目な雰囲気だなー、ミシェルくんに騙されたと思って怒っているのだろうか。



「大体、他にもおかしい所あるしな」

「……ああ、確かに。僕にも覚えがあるよ」

「おっ。ここに来て鑑識のヒグンが現れたな」



 それまで営業サラリーマン並に首を振っていたヒグンがようやく自分から話し始めた。



「最初の募集要項、人数制限の件だ。男一人に女三人だっただろ? やはりどう考えても引越し中の子守りに四人も、しかも冒険者に依頼を出すのはおかしい。時期も変だ、わざわざ嵐が予想されるこのタイミングで引越しの準備なんて進めないだろ。進めないとわかっていて人員募集を止めなかった、何かもがおかしくはある」

「……女、男、と、偶然にも交互に性別が入れ替わっているのも関係しているかもしれ無いめ。偽ミシェルが予め用意してあるということと、この星マークに死体を散らしているという説に組み合わせて考えるめが」



 フルカニャルリがオレの描いた五角形と五芒星に追加するように、ミアさんとミシェルくんの名前を描き加えた。



「まず最初に女のミアが、線を引いた先で男のミシェルが死んだ。もし交互に、交点となる位置に死体を置く事に何かしらの意味があるんだとしたら残り必要なのは男一人に女が二人という事になるめ」



 フルカニャルリは図形の隣に性別と人数を描く。



「役割を終えた死体が一つあるのなら、あと必要なのは男の死体が一つと女の死体が三つ。これを集める事で交互にお星様マークの角に死体を飾る事が出来る。募集要項と一致もするめ」

「……思いこみすぎだと信じたいが」

「それと、まだあるぜ。昔話とこの家の信仰の話だ」



 オレは二人に、レイナさんから聞いたこの家の信仰と宗教の話をした。フルカニャルリは反応が無かったが、ヒグンはその話を聞いて目を色を変える。



「333年、12月13日の金曜日。……第24代王都騎士団の処刑と、黒き修道会という宗教が誕生した日だ」

「黒き修道会、めか?」

「あぁ。パボメスという悪魔を崇拝する、所謂悪魔崇拝者の集まりだよ。その活動内容は……」



 ヒグンが押し黙った。なんだろう? フルカニャルリと目を見合わせる。



「なんだよ。話せよ」

「……セックスと、殺しと、破壊を目的とした集団だよ。秩序を破壊して新たな秩序を作る、精神的繋がりを肉体的な依存でより強固にする、そんな倒錯的な思想を持った異常集団だ」

「殺しと破壊を除いたらお前みたいなもんじゃん」

「本当だね」

「うん二人にそう言われるから黙ったんだよ」



 項垂れるヒグン。日頃の行いを正せという話である。



「だが、点と点が繋がったぜ。333という数字への固執、意味不明な殺人とシンボルマーク、殺害現場と敷地の形状、祈りの部屋で何故か背面を向いていた神の置物、男女を交互に殺す意義。そして、それが今年のこの時期に実施された意味もな」

「時期?」

「今日は何月何日、ついでに何曜日だ?」

「12月の11日、水曜日……!」

「二日後は12月の13日の金曜日。今夜と、残り二日間、連続して誰かが死ねば死者は5人。五芒星の角も5個だ」

「!! そして次はメスの番! ルイスが危ないめ!!! 早く助けに行かないと!!」



 慌てて錬金術スキルを使い地形を変えようとするフルカニャルリにストップをかける。



「まあ待て。まだ朝だぜ、慌てる時間じゃない」

「何言ってるめか!? 人の命が掛かっており!!」

「ここまで辻褄を合わせてきたが、結局の所まだ憶測の域を出ないだろ。もう少し手がかりを集める必要があると思うんだ」

「手がかり?」

「あぁ。それにだ。次の犯行現場は分かっているわけだろ? なら、夜飯を持ってきてくれるタイミングでトイレに行きたいと駄々を捏ねて脱出。山羊小屋に先回りして潜んでおけばいいのさ!」

「!! て、天才であり! 鬼才でありーっ!!」

「ふはは。褒めろ! 思いつく限りの賞賛で我を讃えるのだ。あだ名は親しみを込めてジョン・フォン・ノイマンと呼ぶがよい!!!」

「ながくーっ!!!」



 高笑いするオレに合わせてははーと恭しく頭を下げる、かと思いきや。何故か一緒になって立ち上がり高笑いするフルカニャルリ。どういうシステムでそうなってるんだお前。




 *




「……ちなみに、今トイレしたいとか言ったら怒りますか」



 それは、昼食も食べ終え数時間経った頃急に襲いかかってきた。


 ブルブルル。体が震える。寒さで震えているんじゃない。尿意で震えてるのだ。



「お、おいおい。冗談だろマルエル、なんで昼食の時に行ってこなかったんだ?」

「全く微塵もこれっぽっちも何も感じなかった。膀胱が砂漠だった」

「でも今は?」

「見事なまでの母なる海。ちなみに比喩表現二重にかかってる。多分海ぐらい出る」

「おい! こ、こんな狭い場所で漏らすのは勘弁だぞ!!」

「私だって勘弁だけど??? フルカニャ、一瞬だけ錬金術スキル使って穴開けて!」

「わ、分かっため! 流錬地壌(サレオス)!」



 しかしなにもおこらなかった!



「……あれ?」

「おい、フルカニャ? 今はおふざけできる空気じゃないけど?」

「いや、なんか、魔力が流れないめ。この土……対魔力成分が含まれており!!!」

「ひょっ!?!?!? な、な、なんですかそれはァ!? つまりどういうことですか!」

「如何なる手段をとってもここから出られないという事め……」



 粛々とフルカニャルリが答える。多分今のオレ、フランシス・ベーコンが描く絵画くらい壮絶な顔を浮かべていると思う。



「そんなっ、そんなのってないよ!? も、もう漏れそうなんですけど……!」

「め、め、しかし仕方ないめ。……ぼくの瓶使う?」

「絶対溢れる尿瓶にならない!! バケツくらい用意してくれないと無理だと思います!」

「バケツならあるぞ」

「檻の外でしょうが!!!」



 呑気な様子のヒグンについ叫んでしまう。やばいやばい、ちょっと、ほんのちょっとだけ漏れた! いやもう本当に、なんで女体ってこんなにおしっこ我慢出来ない!? 男の時と天地の差なんだが!?



「ちょっと待ってろ。……よっ」



 ヒグンが頑張って檻の外に手を伸ばす。



「ぐ、もうちょい……ぐぐぐ」

「待って、私バケツにおしっこすることになってたりする? どうやって檻の外におしっこするの!? 立ちション!?」

「そりゃ、まあ」

「そうなるめね」

「しっかりこってり丁寧に尊厳ぶっ壊れるじゃん!! 嫌だ! そんなの絶対嫌だ!」

「し、しかし……」

「ふざけんな! パンツ下ろしてスカート捲って腰曲げて股間突き出して長距離放尿!? アホなAVじゃねえんだよ、やらないよ!!!」

「友達のすぐ近くで大量のおしっこを漏らすのも中々アホなんじゃないだろうか」

「ヒグン、私を泣かせたいのかな。なんでそんな事言うの?」

「ぼくは気にしないめよ! むしろタダで錬金素材が手に入るのでお得であり!」

「おいマッドアルケミスト、それよか今すぐここに水栓便器錬成してくれ。そしたら丸く収まる」

「無理であり」

「うわあぁんっ!」

「僕も気にしないぞ。美少女のおしっこ? ドンと来い! 飲むぜ!」

「飲むな! 嗅ぐな聞くな触れるな飲むな!! 死ね!!! ……あっ」



 やば。股から小さな雫がポタって。



「あ、あ、あ。だめ、やだ……」

「おー。シャワーでありな〜」

「やめて、止まれ、とまって」

「出るねぇ〜」



 雫がきっかけとなり、パンパンになった腹が軽くなっていく。ペタンと座っていたオレの足とスカートが濡れていって、最初暖かったのにどんどん冷たくなっていく。


 顔を隠す。まだ止まらない。涙出てきた。なんなんだ、ここ数日間最悪な目にしか遭っていない。なんでオレばっかりこんな目に……。



「止まったね」

「うむ。よし、採取しめす!」

「……っ」

「じゃあ僕も指に……って、結構臭い強いな。やはり美少女とはいえ人間って事か」

「ううぅぅぅうぅぅぅぅっ、ぅううぅぅぅぅっ!!! うわあああぁぁぁぁんっ!!! あああぁぁぁぁっ!!!」

「ちょっと!? 本気で泣いちゃっためよヒグン! 何やってるの!! いじめちゃ駄目でしょ!!」

「えええぇぇごめんごめん!! 冗談だって、触ってないから! 今のはダメだったよな、ごめんって!!!」

「ゔぁぁぁあああぁぁぁぁぁっっっ!!! もうやだあ゛ああぁぁぁぁぁっ!!!」

「余計に声が大きくなった!? 謝ったら逆効果め、触れない方が良く!」

「ど、どうしよう! とりあえずなにか拭くもの!」

「そっちが先めか!? 拭くものなどなく! 牢屋の中めよ!?」

「ええいままよ!!」

「なんで自分の服を破ってるめー!?」



 なんかヒグンとフルカニャルリが騒いでいる、もう手で顔を覆っているから何も見えないが。しばらく泣き止みそうに無いので、放っておいてほしい。




 *




「ど、どんまいであり」

「……」

「一応、拭いたから……な? マルエル」

「……服、台無しにしてごめんね」



 ようやく泣き止んだと思ったら今度は膝を立てて座りずっとマルエルは自分の顔を膝に押し付けるようにして隠している。


 漏らしてしまった尿は僕が着ていた上の服を全部脱いで破いて少しずつフキン代わりにして拭き取った。現在、おしっこが染み込んだ服の残骸は牢屋から遠くの方に投げ捨てられている。


 そして、マルエルは。スカートを脱ぎ、パンツ姿である。いつもなら興奮していた所だろうが、興奮出来なかった。そういう風に茶化したらきっとまたギャン泣きしてしまうだろうから。



「……ごめんね、二人とも」



 小さな声でマルエルが言う。



「ど、どうしためか? ぼく達は何も困ってないめよ?」

「そ、そうだよ。悪い事してないのに謝るなんて、良くないぞ〜」

「……おしっこ、乾いて臭いね。鼻曲がりそう」

「うっ……」



 こら、フルカニャルリ。うっ、なんて言うんじゃありません。



「……公衆便所みたいな臭いになっちゃったね。ごめんね」

「い、いや、そんな事全然」

「服、ごめんねヒグン。ありがとうね。ごめんね……」

「いや、大丈夫だから、マルエル」

「……パンツ、脱がなくてごめんね。ここだけはどうしてもね。臭いよね。ごめんね」



 気まずいよ! 見てられないよマルエルー! 哀愁の漂う背中がいつもより一層小さく見える。気にしてないって、仕方ないって……!



「……なんか臭いわねこの部屋」

「っ!! うぅぅっ」



 地下室の入口の扉が開き、リリアナさんが入ってきた。入ってくると同時に発した言葉を聴き、マルエルが再びぐずり始める。



「リリアナさん」

「夕食を持って来たのだけれど……なに? すごい臭いするけど」

「えーと……」

「……漏らしちゃいました」

「えっ?」



 細々とした声でリリアナさんに起きた事を説明すると、マルエルの肩が震え嗚咽が出始める。また泣いてしまった。リリアナさんも困惑である。



「そ、そっか。そうよね、トイレ、付いてないものね。言ってくれれば、トイレくらいなら連れて行ったのに」

「ううぅぅぅぅっ、ゔぅぅううぅぅっ!!」

「あ! また泣いてしまうめ! マルエル、落ち着くめよ!」

「え!? ご、ごめんなさい! そんな、傷付けるつもりじゃっ」



 膝に顔を押し付けたまま、マルエルがまた泣き始めた。もう長い時間彼女の鳴き声を聴いている気がする。……首を噛み合った時よりも、悲壮感に漂っているように見えるが気の所為だろうか。



「え、えーと、そっかパンツに……着替えてくる?」

「ゔんっ……」

「そうよね! えと、二人はごめんなさい。今日は疑いがあるから、ここで夕ご飯を……」

「嫌。不衛生め」

「フルカニャルリ!? そんな事を言うと……ッ」

「ゔあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」



 ああダメだ、大絶叫だ。耳が痛いなあ。フルカニャルリ、つい言ってしまったって口に手を当ててるけれども。わざとじゃないのか今の。尚タチ悪いな……。



「そ、それでも疑いがあるのは事実だから、その……」

「わ、分かっため! 冗談であり、ここで食べる! 食べるから、ね! ね! ヒグン!」

「あ、あぁ! 食べっ、あやべ鼻呼吸しっ、ヴォエッ!!」

「ゔああぁぁぁんっ!!! うわぁぁあじにだいじにだいもうやだぁぁぁぁあぁっ!!!」



 これは、僕が悪いのだろうか。いやだって、美少女のおしっこならとは言ったけどアンモニア臭じゃん……乾いたら強烈じゃん……。


 その後、大声で泣き喚きながら、マルエルはリリアナさんに連れられて地下室を出ていった。一応、作戦通りに事は進んだのだが……大丈夫だろうか。彼女の、精神的に。

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