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27頁目「森のお屋敷!」

 悪魔信仰にはシンボルが付き物だ。コルナサインや逆さ十字なんかもそうだし、ソロモン72柱の悪魔達にもそれぞれ対応したシンボルマークが存在する。


 それらは結局の所単純な記号で表されるから、カルト的信仰のシンボル以外にも使われる事は多い。明確にそれらとカルト的シンボルを分ける点を挙げるのだとしたら。例えば、それを表すのに利用されたインクが血で出来ているか否かとか、そういう点を抜き出すのが早いだろう。


 血や傷で描かれた幾何学模様は大概が何かしら宗教的な信仰を目的としたシンボルだ。


 であるならば。

 眠っている状態のまま首を切断され、頭部を失った女の腹に切り傷として描かれた逆五芒星なんてものがあるとするなら。それはまさにカルト的な意味が込められたシンボルマークに間違いないのだろう。


 雨の降りしきる屋敷に悲鳴が響く。和やかな雰囲気を連れ去るように現れた殺人の置き土産と雷鳴が湿った緊迫感を演出する。




 ……なんか事件に巻き込まれちゃったっぽいんですけど?

 ノックスの十戒に則って言うならこの世界、魔法とかいう超自然的現象が存在するし、未発見の毒薬とか現象を引き起こす魔法とかも普通に溢れてるし、低俗な思想を持った不思議能力持ちなんてごまんといるし、戒律ぶち破りまくれる土壌整いまくりなんですけど??

 季節外れの豪雨と嵐のせいで内外の出入りは不可能だし、クソみたいなサスペンスが幕開けた感じバリバリして居心地クソ悪いんですけどー???




 *




 12月9日、月曜日。



「どうも〜! 子守りの依頼を受けて来ました、ヒグンです!」

「あら! これはこれは、冒険者の皆様ですね? 御足労いただきありがとうございます」



 馬車を使って20分程。森の中を進み少しすると年季を感じさせる立派な西洋屋敷に着いた。街の中にも似たような作りの建物はあるが、森の中にポツンと立っているから迫力をより強く感じさせる。荘厳と表現しても差し支えなさそうな立派なお屋敷だ。


 ……まあ、こんな自然の中にあるからか壁には模やツタが張っていて手入れは若干手抜き気味なのかなって感じだが。



「わー、おっきなお屋敷であり。掃除とか大変そう〜」

「そうね〜。一応1人だけ使用人を雇っているんだけど、中々手が回らないみたいで。私と旦那と、あと子供二人だけで暮らしているから、あまり掃除が行き届いてなくても生活に支障は無いんだけどね」

「四人家族なんですね〜」

「えぇ。だから正直、いくつか部屋を持て余していてね。無駄に広い家に住むよりも人数に相応しい家に住んだ方がいいかなって思って」

「なるほど」



 引っ越しする理由至って単純だった。



「あ、自己紹介が送れましたね。私、リリアナ・ラピスラズリと申します」



 屋敷の入り口に向けて移動していたら案内してくれていた女性が名乗ってくれた。ラピスラズリさんか、宝石すぎるなあ苗字。



「私はマルエルです。よろしくお願いします」

「ぼくはフルカニャルリです!」

「あらあら、ふふっ。可愛いお二人さん。マルエルちゃんは私の娘と、フルカニャルリちゃんは息子と歳が近いのかな。仲良くしてあげてね」

「任せてほしく! ぼくは子供に好かれやすい故!」

「精神年齢近いしな」

「なんだと〜!」



 ポカポカとフルカニャルリに叩かれる。可愛いヤツめ、全て手のひらで受け止めてやるぜ。



「依頼内容は、奥様と主人が引っ越しの準備が完了するまでお子さんの世話をするって感じで大丈夫ですかね?」

「えぇ、それで構いませんわ。全部の荷物を運び終えるまで見てくれたら」

「ですか」



 リリアナさんとヒグンが会話を交わす。よかった、依頼相手の胸をジロジロ見たりは流石にしないか。リリアナさん、大胆に胸元の空いた服を着てるからエロの標的にされるかと思ってたぜ。

 む、引っ越しが終わるまで?



「あれ、そういえば明日から季節外れの嵐が来るって新聞で予報されてませんでした?」

「え!? あら、そうなの!? どうしましょう、何日くらい続くのかって分かるかしら?」

「確か一週間程続くって書いてあったと思います」

「えー!? どうしましょう、荷物は纏められるけど移動が出来ないわね……」



 話を振ってみたらリリアナさんが焦った様子で質問を返してきた。知らなかったのか、結構前から予報されてたと思うんだけど。



「どうしましょう、流石に一週間以上縛ってしまうのは良くないですよね……?」



 リリアナさんが申し訳なさそうな顔でヒグンに言う。しかしヒグンは、手の平を見せるように立てた後に爽やかな顔を作って言う。



「構いませんよ。予定があるのはまだ10日も先の話なので余裕はあります」

「まあ! 本当ですか、助かるわっ!」

「えぇ。お困りでしたら奥さん、僕に何でもおまかせください」



 あ、ボロを出したな。歯を出してニカッと笑いやがった。胸ガン見しやがったぞコイツ、説教だな。



「ようこそおいでくださいました。どうぞ、ゆっくりしていってください」

「これは、ご親切にどうも。一週間程お世話になります!」

「いえいえ、こちらの言葉ですよ! 息子と娘の世話をしてくれるとの事で来て頂いたのでしょう? 私も家内も引っ越し作業で手が空かないので大歓迎ですよ!」



 玄関に入り屋敷に上がるとすぐに屋敷の主人とその子供がオレ達を出迎えてくれた。人の良さそうな性格をしている、しかし主人も奥さんも一人称が私かあ。



「私はサミュエル・ラピスラズリ、そちらは妻のリリアナ。こちらが息子チャールズです」

「よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」



 ふむ。チャールズくんが先に元気に頭を下げ挨拶をしてきた。チャールズくんは車椅子に座ったままだ、体が弱いのかな?


 てか、娘さんの姿が見えないが。子供って二人だよね? サミュエルさんもリリアナさんもそう言ってたし。



「あの、娘さんはどちらに?」

「娘は、まあ息子もなんですけど、生まれつき大きな病を患っていまして。基本的に部屋から出たがらないんです」

「病、ですか? 息子さんも?」

「はい。息子は生まれつき目が見えないんです」

「目が……」



 そうなのか。生まれつき目が見えない、か。それはなんとも、口には出せないが哀れな話だ。同情してるのは表面上見せないが、後で頭でも撫でてやろうかな。



「目は見えないけど全然困ってないから大丈夫だよ! 目標さえあれば、人生は豊かになるんだもん!」



 あら。チャールズくんは元気に、楽しそうな声でそう言った。こちらが思うよりも彼は不自由なく生きているらしい、肩の力が抜けたわ。



「よく! その通りでありチャールズ! 生物はただ一つの確固たる目標に向けて突き進むべきであり、人間にしては珍しく君は正道の在り方であり! 褒めてしんぜめす!!」

「わわっ、女の子!? ボクと同じくらいの歳の子がいるんだ、初めまして!」

「同じくらいではなく! ぼくはフルカニャルリ、とってもとっても年上であり!!!」

「フルカニャルリくんか! わー、いい匂い! お花みたいっ!」

「くんじゃなくてちゃんでありー!!!」



 早速フルカニャルリとチャールズくんが仲良くなっていた。いきなり無礼を働かないか不安だったが、チャールズくんの両親は朗らかに笑っているからファーストコンタクトは正解したらしい。いい走り出しだ、この調子で信頼を維持していけばこの家も獲得出来るぞ……!



「ささ、そんな所に立ってないでどうぞこちらに! 先に来たお客様も居るので、もてなしますわ」

「先に来た? あれっ、他にも誰か来たんですか?」

「えぇ。ヒグンさん達と同様に、別で冒険者の方々が来てくれましたわ。複数人で来られたのは貴女方くらいで」

「えっ。そうなんですか?」

「はい。一応、備考欄に単独でのお越しをお願いしたのと、定員も設けてましたので……部屋数の関係で」

「え? おいマルエル」

「ごめんなさい。私のせいですねごめんなさい」



 み、見落としていたーそんな文! 定員が決められてたのかっ、完全にガン無視して三人全員で来ちゃったよ。誰も気付かないし注意もされなかったんだもーん!!!



「まあこのくらいの人数でしたら問題ありませんよ。ささ、こちらが居間になっています。どうぞ」

「どうも」

「おっ、お前達! ヒグンにマルエルにフルカニャルリじゃないか、数日ぶりだなあ!!」



 む。居間に入った途端に快活な声で呼び掛けられた。聞き覚えのある声だ、具体的には初の魔獣退治で一緒になった同業者の……。



「エドガルさん!」

「よぉお前ら! 三人で来たのか、相変わらず破天荒だなあ!」

「あれ? 定員決まってましたよね。あたしら入れたら残り一名って……」



 先客の内1人はエドガルさんだった。今日は武器の斧を持っていない、ラフな服装だ。


 残り二人は女性だった。


 一人は不思議の国のアリスの世界から出てきたかのような、白と青のドレスを着た金髪碧眼の少女。

 もう一人はすごい毛量の髪の毛を結って大ボリュームのポニテにしている喪服のような服を着た女性。こちらは寡黙を貫いていて、言葉を発したのはアリスの方だった。



「あれ? 魔獣嫌いのヒグンじゃないですかー! 久しぶり!」

「ルイスちゃん! うわっ、久しぶりだなあ」



 アリスの方、名前はルイスか。ルイス・キャロルやん。まあいいや。ルイスさんがヒグンに笑顔で話し掛ける。ヒグンも再会を喜ぶように笑顔を作ると、両手を広げて抱き締めに行こうとした。

 仲良いのかなと思ったら躱されてて草。いつものセクハラかい。



「知り合いめか?」

「あぁ。前に一回だけ一緒に依頼したルイスさんだ」

「ルイスでーす! 人形師やってます、よろしくー!」

「人形師?」

「あれですよー、糸を使って人形を操るやつ! それを使って罠を張ったり攻撃したりしまーす!!」

「オシャレ職業だ!!!」



 糸で人形を操って攻撃ってなんだ、カンクロウじゃん! 傀儡使いってコト!?

 うわー、いいなぁ。トランプで戦うみたいな質感のかっこよさだ、オレもそういうのになりたかった!



「それでルイスちゃん。ハーレムにきょうみとかってあ」「ないですごめんなさい!」

「即断!」



 テンポ感いいやり取り。あえなく撃沈してるけど、相性自体は良いんだろうな。この二人。



「それで、そちらの君は?」

「……ミア。工作員」

「……ん、ん?」

「コイツの名前はミア。職業は工作員って事だ。会話は得意じゃないらしいから、あんまりしつこくするなよ」



 エドガルさんが言葉足らずなミアさんの発言の補足をする。工作員を選ぶ人初めて見たな、まあ確かに性格的には盗賊とか工作員とかそっち方面だよな。



「ぼくはフルカニャルリ! 錬金術師であり!」

「あはは、知ってますよー! ヒグンのパーティーはギルド内じゃ有名ですよ? 魔獣嫌いのヒグンに幼い痴女二人の変態パーティー!!」

「ちがーう!! わたっ、私は痴女じゃなーい!」

「死霊術師のマルエルちゃん! 君の事も勿論知ってますよ、いつものバニー姿じゃないのはなんで?」

「仕事内容的に着れないでしょうが!!」



 出会って早々なのにルイスに弄られる。バニーのイメージが浸透しすぎているな〜、のほほんとしやがってヒグンめ、許せねえ〜〜!!!



「皆仲良しなんですね! 同じ仕事仲間なんですかー?」

「んー? まあそんな感じかな。冒険者ってやつさ」

「冒険者ー?」



 車椅子に座っていたチャールズくんをエドガルさんが膝に乗せ楽しそうに喋っている。こちらで話しすぎたな、当初の目的を忘れていた。



 チャールズくんも交えて皆で軽い雑談をし、落ち着いてきたタイミングで一度席を外していたサミュエルさんとリリアナさんが居間にやってきた。



「すみません皆さん、今日は一旦荷物の移動を行う為に家を空けるので、引き続き息子の世話をお願いしますね」

「分かりました。そういえば娘さんの方は?」

「基本部屋から出られない子なので、共用のスペースで見掛けた時に相手をしてやってください。食事などは既に部屋の中に用意してあるので」

「わ、かりました?」



 部屋の中にって、何日分も? 腐るだろ。まあ嵐が本格的にやって来るのは明日の朝ぐらいからだし、それまでに一旦帰ってきてそれ以降はしばらくこの屋敷に待機なのかな。



「あ、それと皆様の泊まる部屋なども決める必要があるので少しだけ敷地内の案内をさせてください。おーい、ミシェル。こちらに来てくれ!」

「はい」



 サミュエルさんが居間の奥の方に声を掛けると、帽子を目深に被った執事服姿の少年が現れた。



「こちらはミシェル。この屋敷で去年から働いてくれている使用人です。若いが働き者なんですよ」

「ミシェル・ダグズラインです」



 使用人のミシェルくんが頭を下げる。はえー、子供なのに働いてるのか。偉いなー。

 まあガワだけで言えばオレやフルカニャルリも似たようなもんだが、中身はジジイババアなんでな。立派なもんだぜこの子は。


 にしても愛想がなくて寡黙だな。ミアさんも似たようなもんだが、使用人って普通はもっと愛想良くするもんだと思ってた。帽子被ったままだし。意外性だな。



「それではミシェル、屋敷の案内を頼むよ。私達はこれから転居先の物件まで移動するからね。夜までに帰るから、夕食の支度もよろしく頼むよ」

「かしこまりました、サミュエル様」



 サミュエルさんとミシェルくんの会話が終わると、サミュエルさん達は大量の荷物を持って馬車で去って行った。不用心だなあ、オレ達が悪い冒険者だったらどうするんだ。残った家財全部盗みますけど。



「それでは皆様、屋敷の案内を致しますので着いてきて頂くようお願い致します」

「「「はーい」」」

「チャールズくんはどうするめか?」

「俺は残ろう。屋敷の内装は後でまた、ヒグンにでも聞くとするよ」

「おっけーです!」



 エドガルさんが何故かヒグンの肩に腕を回し仲良しアピールをしてきた。

 この人達飲み仲間だったよな、結構遊んだりするんだろうか。男の付き合いとかもうしなくなったし、ちょびっとだけ羨ましいと思わなくもない。



「私も残る。あんまり屋敷の中とか興味無いし」

「おい。言い方が悪いぞミア」



 どうやら工作員のミアも残るらしい。淡々と心象の悪そうな事を言うな、コミュニケーション能力にもう少し割り振った方がいいぞ、パラメータ。


 エドガルさん、ミアさん、チャールズくんと別れ、居間から出る。屋敷の入口正面から階段があり、階段横に一つ空き部屋があるらしかった。



「今から左手側に出ると浴室、その正面に一つ空き部屋があります」

「お風呂か。了解です!」

「右手側に出ると二階に続く階段が手前にあり、その奥にはチャールズ様の部屋とその姉のレイナ様の部屋。空き家が二つ、それと祈りの部屋があります」

「祈りの部屋?」

「神に祈りを捧げる部屋です。見ていかれますか?」

「見たいですー!」「見たく!」



 ルイスとフルカニャルリが同時に声を上げた。特にこの二人は屋敷探索を楽しんでいるようだ、笑顔から期待の感情が漏れまくっている。童心だなあ。



「どうぞ」

「おー……!」

「へぇー。教会みたい」



 祈りの部屋とやらに入ってみると、最初に目に飛び込んできたのは大きな十字架型のステンドガラスだった。

 部屋の中は質素だが、そこそこ厚い本の入った本棚や神のものと思しき人形もあった。……なんでそっぽ向いてるの? こういうのって見守られる的なマインドで買うものじゃないんだ。



「うわー、大きな時計! すごーい!」



 フルカニャルリが部屋のステンドガラスがある側とは逆サイドの壁に設置された木造の長時計を指し喜んでいた。



「デカいなー、めっちゃレトロでレアなヤツと見た!」

「えぇ。約300年前に造られた世界的時計技師のアンシミール・マクローの作品です。あまり世間で出回っていない希少品です」

「へぇ〜!!! すごいめ、よく見たら飾りも」「ですので、くれぐれもお手を触れないようお願い致します」



 ピシャリと冷たい声でミシェルさんがフルカニャルリに静止をかけた。フルカニャルリは手を引っ込め下を向く。可愛いねぇ〜、可哀想だねぇほっぺ膨らましちゃって。


 祈りの部屋を見終え、部屋を出て階段を登る。



「右手側には空き部屋が一つ、倉庫部屋が二つと僕の部屋があります。左手側にはサミュエル様、リリアナ様の寝室と書斎とそれぞれの私室もございます」

「なるほど。僕らが寝泊まりするのは空き部屋になっている所になりますかね」

「そうなりますね」

「人数が超過してない? 部屋の数より」



 ふむ? ルイスさんに言われて考える。確かに、空き部屋の数は確か一階に三つと二階に一つの計四つ。外から来たオレたちの人数は6人だから2人余るかな。



「ぼく達はいつも通り三人一緒の部屋に入るからよく」

「それもそうだな。大丈夫、問題ないです」



 フルカニャルリの発言に肯定しておく。まあ元から定員オーバーして三人で乗り込んできたんだ、人数があぶれるのも仕方ないわな。ここはいつも通り三人体制で生活するとしよう。



「え、お前ら三人一緒の部屋で暮らしてるのか?」

「え? はい」



 エドガルさんが戦慄する様な顔でヒグンを見た。



「寝る所は、流石に分けてるよね……?」

「分けておらず。一緒の部屋だし、なんなら添い寝もするめ」



 ルイスさんが引いてる様な目つきでヒグンを見た。


 二人に言葉ではなく顔と目つきで攻撃をされているヒグンは、二人の視線から逃げるように腕を組んで目を瞑り自信満々な表情を作る。



「まだ! 何もしてないです!!」

「当たり前だろ」「当たり前だけど」



 エドガルさんとルイスさんに同時に突っ込まれていた。ああ、そうだよな。おかしいよな、何も無い男女が同じ部屋で寝泊まりしているのは。早くちゃんとした拠点を手に入れないとな!



「外には飼っている山羊の牧場や離れ井戸小屋等もありますが。見ていかれますか?」

「山羊!? えー、見たいです!!」



 ルイスが目を輝かせて手を挙げる。フルカニャルリも山羊には興味津々らしい。オレ達は屋敷の外に出て、その敷地内も散策した。


 薔薇園と菜園セットの入った、井戸の隣に建てられた離れ小屋。

 3匹ほどの黒山羊が飼育されている白い柵で囲まれたスペースもある。乳や肉を自給自足してるのかな。いいなぁ〜、理想のカントリー環境だなぁ。




 *




「どうぞ皆さん、どんどん食べちゃってください! ミシェルの作る料理は絶品ですよ〜!!」

「わー! すごく、豪勢であり〜!!!」



 夕食時になり食堂に行くと、長机にたっぷりと色とりどりの料理が並んでいた。薄給の冒険者には滅多にありつけない量の食事だ。ヒグンもエドガルさんもルイスさんも、全員が例外なく目を輝かせていた。



「うみゃし! うみゃしっ!!!」

「美味しく! 美味しくーっ!!!」



 それまで寡黙を貫いていたミアさんがうみゃしと繰り返し言いながら爆食を行う。すごいな、キャラ崩壊だ。意外とふとましいなあと思っていたらちゃんと大食い屋さんだったらしい。


 そして、そんなミアさんに対抗するようにフルカニャルリも爆速で食い物を口に運んでいた。爆速で食い荒らす気合いで一生懸命腕を動かし口を動かしていた。小さい口では一回量が少なくなるというのに、あたかもミアさんと並んでるぜって主張するような不敵な顔が面白すぎた。



「あはは。も〜、ミアちゃんもフルカニャルリちゃんも。しっかり噛まないとダメだよ〜?」

「しかし本当に美味いな! ミシェルさん、どこで買い物してるんだ? いい店知ってるんじゃねえの?」

「街で買い物を。皆様の利用している店と恐らく同じだと思います」

「マジか! 素材の違いじゃなく腕の違いって事か! すげえなあ」

「ミシェルのご飯はとっても美味しいし、三時のお菓子もとっても美味しいんだよ! お店で出せるくらい美味しいんだっ!!」

「そうねぇ。将来はプロの料理人かしら? 店とか出しちゃったりしてね」

「したら僕絶対来ますよ! こんなに美味い飯は初めてだ!!!」

「ははは。だろうだろう! 私もすっかり胃袋を掴まれてしまってね、こいつの料理の虜だよ!」



 皆が各々楽しそうに会話を酌み交わす。居心地の良い空気だ。屋敷の外観や内装と打って変わり居酒屋のような雰囲気。あ〜、アルコールで胃袋どっぷり漬け込みたいナ〜!



「いや〜よかった! 久しぶりに満腹ですわ!」

「ですね〜!」

「美味しかっため〜!!」

「浴場は男性用と女性用の両方あるので、自由な時間に入ってもらって構いませんよ。私達とミシェルは先に済ませているので、お客様方だけでどうぞ」

「なにー! やったあー!!!」

「おいヒグン。女湯に忍び込むの禁止な」

「やだー!!!」



 隣に座るヒグンの足を思い切り踏んでやる。コイツはどこでも変わらないな、無敵か?



「ば、か、な、事言ってねえで。お前は俺と一緒に風呂だぜ。さあ行くぞ!」

「ゲエーッ!? は、離してくださいエドガルさん! お、男の裸を見るのは嫌だーっ!!」

「ボクもそろそろお風呂入りたーい! フルカニャルリくん、入ろー!」

「だからぼくはメス! 女の子であり!!!」

「チャールズくんはまだ幼いんだし女湯でもいいんじゃなーい? ねえミアちゃん、マルエルちゃん!」

「けぷり。私は、どっちでもいい」

「私もいいですよー。背中流してやろうか、チャールズくん」

「うん! お願い、マルエルお姉ちゃん!」

「お姉……ちゃん!」



 体に電流が走った。ショタっ子からのお姉ちゃん呼ばわり、イイな! く、かなりグッときた。弟ほじぃ〜!!!



「ずるいぞ〜!! 僕も女湯に入りたい〜! チャールズくん、羨ましいぞ〜!!!」

「「「……」」」



 ミアさんとルイスさんと三人でヒグンを睨む。フルカニャルリだけはヒグンの発言を意に介さなかったが、介さなすぎてチャールズくんと手遊びしていた。


 連行された男性用浴場から、野太い悲鳴が響いていた。




 *




 そして時系列は現在に戻る。オレ達がこの屋敷に来た翌日の朝。



「きゃああああぁぁぁぁぁっ!?」



 それはリリアナさんの悲鳴だった。屋敷中に響いた彼女の悲鳴を目覚ましに、屋敷の人間がゾロゾロと部屋から出て現場に向かった。


 その死体があったのは浴室の正面にある空き部屋だった。この空き部屋に泊まっていたのは、工作員のミアさんだった。



「これは……っ!? む、惨い。誰がこんな事を……!」



 エドガルさんが初めて、その惨状に対する全員の共通思考を口にした。


 ミアさんの首は刃物で強引に挽き切られていた。

 首を失くしたミアさんは服も縦に切れ目を付けられ上半身を脱がされており、丸々とした胸の下から鼠径部の始まりまでの範囲に逆五芒星の記号状の傷が付けられていた。



「ひっ!? うわあああぁぁぁっ!?」

「ヒグン!? どうしたっ!」

「こ、こっち! ミアさんの、首がっ」



 ミアさんの亡骸はベッドの上で安らかに寝たままの状態で首を落とされていた。頭部はどこへ行ったのか、その所在を最初に掴んだのはヒグンであった。


 ミアさんの泊まっていた部屋の入口、扉を閉じた時に現れる壁に立て掛けるように安らかな顔で目を閉じたミアさんの顔が置いてあった。


 表情から姿勢まで、眠っている間に首を切り落とされた事は間違いなかった。



「な、なんだよこれ!」

「見れば分かるでしょ、殺人だよ!」

「一体誰がなんのために!?」



 そんなテンプレートな会話をエドガルさん、ルイスさん、サミュエルさんが展開する。

 一体誰がなんのために、そんなの現段階で分かるわけが無い。分かるわけが無い事でも言って発散しないと、目の前のおぞましい出来事から来る恐怖に抗えないのだ。



「……犯人は、ここにいる誰かでしょう」



 リリアナさんが震える声で言う。オレ、フルカニャルリ、ヒグン、エドガル、ルイス、この五人のうち誰かがやったと決めつけ、順に目を合わせてくる。



「待ってください! 何故あたし達を見るんですか!?」

「私とサミュエル、ミシェルだって、貴方達全員と初対面なのよ!? 殺す動機がないわ!!」

「そんな事を言ったら私もミアさんとは初対面ですしフルカニャだってそうです。決めつけないでください」

「あたしだって初対面だったよ!!」

「待て、ルイスちゃんって確か人形師だったよね!? 人形はピアノ線で操ってるって」

「はあ!? あ、あたしが殺したって言いたいの!? 違うからっ、人力で糸なんかで人の首なんて切り落とせると思う!? 無理だから!!」

「でも状況的に考えれば一番怪しいよ! なんたって僕もエドガルさんも今回は武器を持ってきていないし! マルエルとフルカニャルリは僕とずっと一緒に部屋に居たからアリバイは存在する!! というか、僕ら三人は互いに監視出来る立場だから犯行は有り得ない!!」

「そ、そんなのっ」

「ちょっと全員一回落ち着け!!!!」



 主に言い争っていたのはヒグンとルイスさんだったが、エドガルさんが大きな声で一喝した。

 フルカニャルリは床に崩れ落ち恐怖のあまり泣いており、オレも部屋の中を見回しているが故に言い争いに意識が行っていなかった。現状最もこの場を冷静に判断できるのはエドガルさんだった。


 エドガルさんはオレらと、それと震えているリリアナさんを抱いているサミュエルさんとを互いに見て静かに言う。



「……弟くんと、娘さんは部屋に居るようですね。よかった。全員、一度居間に集まりましょう」

「全員? 私達もですか!? この屋敷の人間がよそ者を殺す動機なんてっ」

「動機がどうとかは一旦置いといて、殺人が可能な人間は全て集めるべきです。昨日の夜、ミアがまだ生きている時点で嵐が来ていたから外からの新たな来訪者による殺人はありえない。現実問題とさて、この屋敷内に居た人間にしか彼女を殺せないんですから」

「し、しかし」

「……こういう場面では従っといた方がいいですよ。追い詰められた人間は何をするか分からない。犯人扱いされて、自衛のつもりで殺される可能性だってあるんですから」



 オレがそう言ってサミュエルさんを立たせようと手を差し出したら手を払われて拒絶された。だが理解はしてくれたようで、彼はミシェルくんとリリアナさんを伴って居間の方へ移動していく。



「……僕達も、行こう」

「ひっく、ぐすっ……うぅ、ミアァ……」



 フルカニャルリは心底悲しそうに声を震わせ嗚咽を漏らしていた。相当なショックに足も震えてマトモに立てないらしい。ヒグンと協力して彼女を立たせる。


 なんか、変な事に巻き込まれてしまった。首のない死体に逆五芒星の傷。絶対何かしらの計画や法則性を孕んだ殺人だよな。これ、今後も人が死んでいく流れだよなぁ……。


 オレ達は探偵じゃない。犯人探しをするよりも、殺されない為の対策を考えよう。頭を使うのは苦手なのに、まさかの命懸けでの思考ゲームが始まった。全く、勘弁して欲しいよ……。

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