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25頁目「服は数持っていた方がいい」

 年頃の男が身体の若い女と同じ部屋で寝泊まりしている。これって、よく考えたらあまり良くない事なのでは無いだろうか。


 ガッツリ生尻を揉まれて改めて思った。ヒグンとオレ、フルカニャルリはそれぞれ別の部屋で寝泊まりした方がいい。

 実感がある、こういうのをキチンと棲み分けておかないとそのうち本当に子育てクラブになってしまうだろう。それは何としても避けなければならない。



「というわけで! 家を買おう!!!」



 ドンッ! と民宿の小さな机を叩き二人に力強くアピールする。フルカニャルリは「お〜!」と賛成の意を見せているが、ヒグンは腕を組み考え込んでいた。



「ヒグン、よく考えるんだ。お前のそのスケベ心が部屋を分ける事に異を唱えているのも分かる。だがよ、有難みってのは珍しいからこそ実感出来る物だと思うんだよ。距離を置いた方が幸運スケベに遭遇した時、より嬉しいと思うんだよな」

「確かに、道理だな」

「それに民宿だと自由な時間に洗濯したり料理したり出来ないしさ、それに路銀を稼げなくなったら宿無しになるだろ? 家を買っちまえばそこら辺が一気に解決すると思うんだよ」



 ヒグンの目を見て真摯に訴える。オレやフルカニャルリのエロ服縛りは基本自分らの部屋の外ではどこでも適用される、そう最初に取り付けられた。


 飯を調達したり洗濯しに行ったりするだけでバニースーツを着なければならないんだ。外に出るだけで女からは訝しむような目つきをされ、男共は鼻の下を伸ばしやがる。

 家を手に入れればそういった苦も幾らか軽減される。否が応でもヒグンに納得させて家屋購入を検討させなければ!



「だがマルエル。避けては通れない問題があるぞ」



 目を閉じ、厳しい声で静かに力強くヒグンが言う。

 避けては通れない問題、なんだろうか? ヒグンは組んでいた腕を解き、片手の親指を顎の下に、人差し指を頬に添えたポーズを取って言う。



「部屋を分けると偶発的幸運スケベが起こる機会が減る可能性が高い。意思の介在しない偶然の事故という免罪符を使ってセクハラが出来なくなる。それは良くない、由々しき事態だ。家を買うのは良い、だが部屋は一つだけの物件を所望する」

「命乞いはしてもいいぞ」

「冗談だから刃物は仕舞おうか」



 顔面を輪切りにしてやろうと思ったがやめておく。全く、油断したらすぐにこれだ。



「ぼくはヒグンと同じ部屋でもいいめよ?」

「うんそこの二人が一番引き離さなくちゃならねえんだよ。君らの部屋は絶対に分けます、決定事項」

「何故めか!?」

「フッ、分からないのかいフルカニャルリ。嫉妬さ。マルエルは君に嫉妬しているんだ、僕を独り占めされまいとしてるのさ」

「そうなの!?」

「ちげぇよ。なんだろうな、娘を持つ親の気分だわ。お前らを一緒にしたら何が起こるかわからないだろうが」

「? 分かりきっており、家族が増えめす!」

「ぶほふっ!?」

「だからそれが駄目だっつってんの!! ヒグンも流せずに鼻血出しやがるぐらいにはちんちくりんなお前を異性として見てる変態だし!! 実現しかねないから駄目なんだよ!!」



 まったくもうまったく。フルカニャルリの頭を持ってグリングリン動かしてやる。人間社会に身を置いてるんだから人間の価値観と貞操観念を備えてくれ〜!!



「ご、ごほん。まあスケベ云々は冗談として、確かに部屋は分けた方がいいな。そこは僕も賛成だよ」

「そうだろ!」

「うん。なんたって君達が居るせいでじっ……ちょっと出来ないこともあるからね。困ってたんだ」

「自慰なら手伝うめよ?」「本当かい!?」

「もーーーっ!!!」



 またそういう話! またそういう下ネタが展開されるのか!! なんなのコイツら男子高校生!? 口を開けばすぐ下の話に行くやん勘弁してくれよ!!!



「手伝うのは駄目! そういうのは一人でやるもんだからフルカニャは手を出すな!」

「えー」

「えーじゃない! 怪しい事をしてる気配があっても部屋に入るのは駄目! してたのを話題に出すのも禁止!! 分かった!?」

「分かっため」

「マ、マルエルが男の心理を理解しすぎている。確かに、邪魔されたり話に出されるのはちょっとな……」

「中身は男なんでね。で、そこは賛成って言ってたけど、反対意見もあるのかよ?」



 会話の流れ的にもう下ネタを話す感じじゃなくなったので変な事は言い出さないだろう。ヒグンの方を見る。……フルカニャルリは何してるんだ? アヒル口を上向きに寄せて鼻の下の匂いを嗅いでる、変なの。



「ほら、家賃を払って借りるのならまだしも家屋の購入には身分制度が絡んでくる。僕らみたいな冒険者は下層階級と中産階級の中間だ。特にこの辺りは土地も高いし権利を持ってるのも貴族ばかりだろ? 一介の冒険者である僕達が買えるとは思えない」

「む。身分なんて絡んでくるのか」

「知らなかったのかい? マルエルって教養あるし、貧しい家庭で育ったわけじゃないだろう?」

「わ、分からん。ほら、私って人間基準だと大昔の人間だし、家も安宿を転々としてた頃を除いたら居候みたいなもんだったからさ。そういう知識は持ってなかった」



 身分制度による所有制限か。如何にも革命前の中世って感じのシステムだ。前時代的だな……。



「ぼくが前まで住んでた森とか大陸の未開拓地付近の土地は手付かずで安いんじゃないめか? それに、王国の管轄から離れているから身分制度も適用外の筈め」



 フルカニャルリが質問する。しかしまたしてもヒグンは「いや」という単語から言葉を切り出した。



「未開拓地は資源が豊富だし、所有する事で店を開いたり水車小屋や井戸を作ったり農場を作ったりと出来る事は多いからね。身分的な縛りは無いけれど、未開拓地の権利は早い者勝ちだから人を集められる貴族が有利になる。貴族間で金が動くから高騰する。実質オークション形式になってるから、購入は現実的じゃないよ」

「主張すれば権利を得られるめか。傲慢めな〜……」

「人類が蔓延ってるしそこはな。しっかし、家賃か……」

「借家は駄目なのか?」

「安定した職業じゃないだろ冒険者って。依頼をこなさなけりゃ報酬金が貰えない。その依頼も金を出せる余裕のある市民が出してるから、母数が多くなくて受けられる頻度もマチマチ。低単価の依頼ばかりが長い期間出され続けたら冒険者達が食いっぱぐれる。家賃制だと払えない時があるかもしれなくて怖ぇ」

「なるほどね」



 オレの理屈も分かったらしくヒグンは頭を悩ませていた。そうなんだよな、冒険者はあまりにも先の見えない不安定な仕事なんだよなー。


 と、新しい家を探すと言っても課題はいくつもあって簡単に事が進まないのは予想出来ていた。それらを覆す策は、あるんだよなあ!



「はいドンッ!」



 オレはギルドの掲示板からくすねてきた依頼書を机の上に広げる。



「これは?」

「引っ越しの手続きが済むまでの子守り、めか?」



 フルカニャルリが依頼書の内容を読み上げる。



「報酬金は1200ドラク。中央都郊外の森にある屋敷か。内容と距離で考えれば悪くない依頼だけど……これが何」

「ちゃんと紙を見なさい。下の方だ」

「下の? 備考欄か。ふむ……もし希望でしたら、10年以上居住する事を条件に屋敷をお譲り致します……!? お、おいマジか! 無償でか!?」

「10年住めば実質無償、それ以下の年数でも安い金で譲ってくれるんだと」

「たった今話していた内容に都合が良すぎるな!?」

「この依頼を見て話す気になったんだよ。あまりにも条件が良かったんで、この紙をひっぺがして他の冒険者に取られないように持ってきた」

「それ、違反行為じゃ無かっためか……?」

「バレなきゃ違反じゃねえのさ!」



 にしし、と笑ってやると二人に「うわあ……」と言われた。なんだよ、下ネタ高校生共に引かれたくねえっての。



「どうよ、この依頼を受けるのはさ! たかが子守りをするだけで数週間分の飯代と屋敷が手に入るんだぜ? アツくねえ!?」

「いいけど、裏がある気がするめ」



 むむむ、と目を細くしたフルカニャルリがそう言った。その心は、と聞いてカップに入った紅茶を少し飲む。あちっ。



「10年住むことを条件って言う所が引っかかりめす。継続して住む事にあたって、何か問題があると思わせるような文言め」

「そう?」

「勘でありが、なにか引っかかりめす。大体、依頼内容も妙め。個人的に屋敷を所有していて、こんな内容で1200ドラクも報酬金で出せて、依頼前金だって出せてる筈だから結構な資金力があるに決まっており。それなのに、子供をお世話する給仕さんを雇えないなんて事あるめか?」



 ふむ。確かに、この世界には給仕やベビーシッターという仕事は需要が絶えないから人員も結構居たりする。そういう仕事をしながら、傍らで冒険者をする者だっている。金があるのなら頼まない手はないだろう。



「確かにそう考えるときな臭い気もするが、それでもやっぱり家は欲しいな。受けるだけ受けてみないか? 実際にこの目で見て、依頼が終わった後に決めるのもいいんじゃないかな」

「ヒグンが言うならぼくもそれでいいめが……」



 ヒグンのまとめにフルカニャルリが乗じる。

 洞察力に長けたフルカニャルリの意見だから無下には出来ないが、ヒグンの言う通り百聞は一見にしかずだ。大きな問題があるのなら依頼を中断する事だって出来るんだし、行くだけ行ってみる価値はあるだろう。



「マルエルもそれでいいかい?」

「私から提案を出したんだし、ヒグンの判断には逆らわないよ」

「了解。よし、それじゃこの紙を持って早速ギルドに行くかい? また後日にする?」

「あー。明日にしようぜ。魔獣を倒したり物を採集するって内容じゃ無くて相手の望み次第で期間が変わる内容だからな。着替えとか諸々準備しとかないと」

「!」



 バンッ! とフルカニャルリが机に強く手を着いて立ち上がった。



「じゃあ買いにいきめしょう! 服!」

「お、おぉ。すごい前のめりだなフルカニャ」

「このエッチ服も好きめがいつも似たような服なのでいい加減飽きため! マルエルも、バニー以外の服を着てるの見たく! それに寒いし!」



 フルカニャルリは机に手を置いたままぴょんぴょん飛び跳ねながら言った。そうだな、露出してる肌面積多いもんねオレ達。確かに寒いわ、セルフ羽毛防寒してるからそこは問題にして来なかったけど。


 それはそうとなんでこの子は室内外問わずエロ服姿で居るんだろう。ナチュラルボーン露出狂なんかな。



「寒いと言うなら高い防寒マントとか買っておくぞ? 僕」

「おい、フルカニャの脇腹とか太腿とか見ながら言うなロリコン。普通の服買ったらエロ服着なくなるかもって思ってんだろ」

「いや、普通の服を着てる姿も見てみたいよ? マルエルは可愛いし、好きな服とかも見てみたい」

「は?」「ぼくはー!?」

「あはは、フルカニャルリも可愛いよ! 二人のオシャレ着には興味津々だよ。僕が言いたいのは、僕には金をかける趣味は無いからさ。君らの買い物に使いたいなって思って」



 ヒグンもフルカニャルリも買い物に行くのに乗り気だった。準備とは言ったが、単に荷物を纏めたいと言う意味で言ったのだ。

 オレは別に、バニースーツは前の職場の制服だからってんで持ってるだけで普通の私服も持っている。買い物に行く必要性はない。



「マルエルっ、行くめよ!」

「私はいいよ。二人で行ってきなよ」

「えー!? なんでめか! 皆で買い物に行くって話だったでしょ!?」

「盗賊探しの時に着たワンピースがあるし、他にも一応服は持ってるんだよ」

「ダメー! マルエルと行きたくー!!!」

「えぇー……」



 床に倒れ込んでドタドタドタと手足をばたつかせて駄々をこねるフルカニャルリ。子供だな〜、オレより歳上なんだよね? この妖精さん。



「マルエル、行こうよ」



 ヒグンまで。なんなんだ、嫌だよ。荷物纏めたら昼寝させてくれよ。



「フルカニャルリが居れば十分だろー。お前ら気が合うし、服の趣味も合うだろ。二人だけの方が楽しめるよー」

「マルエルと一緒でも楽しいさ」

「えぇー? 自分でも思うんだが、私って女っぽくないし一々茶々入れてきてうるさいだろ。そんな奴いない方がひゃあっ!?」



 欠伸も出た事だし、寝っ転がって先に仮眠を取ろうかなって思ってたら急にヒグンが首筋の……コイツに付けてもらった消えない噛み跡に手を触れてきた。背筋がくすぐったくなって変な声を出してしまった。



「なんだよいきなり!!」

「うるさかったから」

「うるさいって、お前このっ……」



 ……はあ、仕方ないな。どうしても行きたいってフルカニャルリが言うからついて行ってやろう。気は進まないし興味無いが、フルカニャルリも一歩も引くつもりなさそうだしな。



「マルエル?」

「なんでもない。着いてくからこっち見んな」

「え、なんで怒ってるんだ!? そんなに怒るような事か!?」

「知らねえよ。フルカニャ、一緒に風呂入ろうぜ」

「入るー!」

「僕も入るぞ!」

「死ぬか? お前」「やったー! 三人でお風呂っ!」



 ヒグンにゲンコツ、フルカニャルリにデコピンをして浴室に入る。ったく、本当にしょうがない奴だなコイツは……。

 と頭の中で呆れ返りながら、ぐへへ。フルカニャルリのぷにぷにロリボディーはオレが独り占めだぜ。




 *




「どっちが似合うと思うめか!」



 服屋に着くと早々、ピューっと店の中に入っていったフルカニャルリが二つの服を選んで持ってきた。何故かヒグンではなくオレの方に。男に意見求めるもんじゃないの、そこは。



「む、むぅー……?」



 片方は、ゴシックロリータ? というのかな。フリルの着いたヒラヒラの青を基調としたワンピース。

 もう片方は襟の部分がポンチョみたいなフワフワが付いた小豆色のミニワンピース。


 意外と近代的な幅広さがあるんだな、この世界の服飾は。驚きだ。だが、フルカニャルリに似合う物となると選ぶの難しいな……。


 綺麗な銀髪で、琥珀色の瞳をしたあどけない少女。内面の朗らかな表情に滲み出ているのか顔は柔らかく、一言で言い表すなら『陽気』って言葉が似合いそうなフルカニャルリ。となると、より似合いそうなのは暖色の服かな?



「肌色は、白いけど白すぎることも無く健康的なんだよな。うん……やっぱり、こっちかな」



 オレは左手側の、小豆色の方を指さす。



「こっちめね! 分かり!」



 フルカニャルリはそう言うと、オレに指さした方を差し出して持たせてきた。うん? こっちを持っててほしいのか? 青い方を戻しに行くのではなく??



「ほら、こっちめ!」

「え、なにが? ちょっと??」

「ヒグンも着いてきてー!」

「おーう」



 何故かフルカニャルリに手を握られどこかへ引きずられていく。なんだ? 一緒に見たいコーナーでもあるのかな。


 連れて来られたのは試着室だった。なんだ、結局どっちも試着するからオレに一旦持たせていただけか。何事かと思ったぜ。



「さっ、試着するめよ」

「おう。行ってら〜」

「?? 何言ってるめ? マルエルも早く試着室に入るめ」

「えっ?」



 フルカニャルリは自信が立っている隣の試着室のカーテンをシャーッと横にスライドさせてオレに入るよう促してきた。



「待って。私、服選んでないけど」

「? 何言ってるめ? さっき選んだじゃん」

「さっき???」



 選んでないが。店に入ったら早速フルカニャルリに二者択一を迫られたというイベントしかまだ起きていないが。


 ……待てよ、え、これってそういう事か?



「選んだって、もしかしてこれのこと?」



 オレは、フルカニャルリに渡された小豆色のミニワンピースを上げながらフルカニャルリに尋ねた。彼女は当然とでも言いたげな顔で「えん」と首を縦に振った。



「いや、これはフルカニャルリに似合うかなって思って選んだわけで。私がこっちがいいって意味で選んだわけじゃないよ」

「! そうだったのめか! なーんだ」

「普通そうだろ。どんな勘違いだよ」

「えへへ、人間と服を選ぶのなんて初めてだったから間違えため。うっかりうっかり」

「地味に重たげなエピソード出たな……」



 誤解も解け、ちゃんとオレの意図がフルカニャルリに伝わったので服を交換する。オレが青いゴスロリワンピース、フルカニャルリが小豆色のミニワンピースだ。



「ほい。じゃあマルエル、そっちを試着してヒグンに見せるめ」

「……んっ?」

「ん?」

「いや、ん? じゃなくて。ん??? なんで私が試着すんのさ」

「なんでって、だってこの二着はぼくがマルエルに似合うかなって思って選んだものだし。こっちがぼくに似合うのなら、そっちがマルエルが着るめ」

「うん、おかしいな。おかしいおかしい。聞いてないよそんな話、私の服を選んだって??」

「言ってないもん、そりゃ聞いてないに決まっており」

「そっかあ。これ私がおかしい??? ヒグン」

「あはは。まあいいじゃないか、着てみてよ。僕もマルエルがお洒落してるの見てみたいし」

「っ、そういうっ……もう! 分かった着るよ! 着る着る」



 はあ。まあ、選んでくれたのならその親切は受け取らないとな。買うと決まった訳でもないし、試着程度ならしてやろう。




 *




「じゃじゃーん!! どうめか、ヒグン!」

「おー! いいね、可愛いぞ!」



 試着を終えたフルカニャルリがカーテンを開け放つ。

 首の下のモコモコの飾りやその下のミニワンピース部分、全体的なシルエットが柔らかくて子供っぽさかが前面に押し出されている。

 本人も活発で表情変化も大きくて子供らしい顔をしているから服との相性はバッチリだ。ただ、色の観点で考えるともっと白とか薄緑とかそっち系の色が似合う気もするな。



「フルカニャルリ、それ気に入った?」

「気に入っため! 欲しく!」

「そっか。こんな服も似合うと思うんだけど、どう?」

「え!」



 フルカニャルリに似合いそうな組み合わせを考えた服を数着渡すと彼女は嬉しそうにそれを持ってカーテンを閉めた。楽しそうだな、連れてきて良かった。



「ヒ、ヒグン。そこにいる……?」



 フルカニャルリが着替えている、その衣擦れの音をカーテンの際にまで耳を近付けて聴いていたら隣からマルエルの声がした。



「いるよー」

「着替えた。……見る?」

「もちろん! 見る見る!」

「……期待すんなよ」

「あはは。うん、めちゃくちゃ期待してるから早く見せて〜」

「……タコ」



 タコて。ただ一言タコて。初めて言われたよそんな悪口。


 バッ! とカーテンを開けたフルカニャルリとは異なり、すすすとゆっくりマルエルがカーテンを開く。彼女は不安そうな顔で僕の様子を伺っている。



「……どうすか」

「うん、よく似合ってる。お姫様みたいだね!」

「は、はぁあ!?」



 あれ、褒めたと思ったんだけどマルエルはガラガラに声を荒らげて動揺していた。うーん、こういうのも接し方としては不適切なのかな。やっぱり女の子は難しい。


 とは言え、彼女の真っ白な肌色や灰色の綺麗な髪、瞳は常に脱力して楽な開き方をしていて憂鬱な表情をしがちだから、青と黒で彩られた意匠の拘ったワンピースは実際よく似合っていた。つばの広い帽子や白い靴下、靴裏の飾りが多いローファーなんかと合わせても似合うかも。


 というか、ワンピースを二つ出したのは翼があって物理的に着れない服が多いからか。スカートからはみ出してる。買ったら翼の部分切ったりして対応するのかな。



「それ買う?」

「か、買わない!」

「買わないの? 似合ってて可愛いよ」

「可愛くない! 買わねえ! き、きもい!!」

「キモくないって。僕がお金出すんだし買いなよ。その服で出掛けたらきっと楽しいよ」

「な、な、な! オレ、だからっ、男だって!」

「? 身体は女の子じゃん。あ、可愛いって言われるのが嫌なのか」

「そう! いや、まあ? ほ、められるのは悪くない、けど! 逆に考えてみよう!? お前が仮に女だったら」「でも実際可愛いんだし楽しまないと勿体ないよ? ほら」



 マルエルの肩を掴んで後ろを向かせて試着室の鏡に向かい合わせる。……また「きゃんっ!?」って高い声を上げたのは置いとこう。それに触れたら殴られそうだし。



「どう? 可愛いでしょ?」

「鏡はっ、もう見た……!」

「そっか」



 ごにょごにょとした言い方だったが距離が近いのでマルエルがなんて言ったのかは理解出来た。鏡の中の自分を何故か睨むように見つめているマルエルにも良ければとカゴの中の服を渡す。



「なんだよこれ」

「気に入るかなって思った服を探しといたんだ。一度着てみてよ、趣味じゃなかったら戻してくるからさ」

「オレは着せ替え人形じゃねえんだよ!?」

「いいじゃない、今日くらいさ」

「いつもお前指定の服着させられてんだろ! それがなんでまたっ」

「嫌だったか。うーん、これも良くない接し方だったか、難しいなあ……」

「そ、そうじゃなくて! ……クソッ!」



 マルエルはカゴの服を持って勢いよく試着室のカーテンを閉めた。



「試すだけだから!」



 試着室の中から強めの声が聞こえてきた。なんか不機嫌になってる……? 怖いな、今日のマルエル……。



「着てみたー! どうめかヒグン!!」



 今度は入れ替わりにフルカニャルリが試着室から出てきた。



「おー! やっぱり思った通り、大人っぽい雰囲気にするとガラッと印象変わるな! これもこれで良い!」

「えっ、大人っぽい、めか?」

「あぁ!」



 白いブラウスに落ち着いた赤のロングスカート、緑色の薄い羽織物を合わせ、足元は花の装飾が付いたブーツで飾りリボンが付属した白い帽子を頭に被せる。



「いいね、あどけない顔なのに全体的に落ち着いた雰囲気で包み込む事によってどんな景色にも溶け込めそうな優しい印象を纏っている。お姉さんっぽさが意外とマッチしてるよ」

「……お姉さんっ、ぽさ」



 ? なんだろう、フルカニャルリも顔が赤くなっている? こういう事で恥ずかしいとか思わないタイプだろこの子、一体どうしたんだろう。風邪?



「いつも、子供扱いされてた。大人っぽいとか言われたの初めてめ」

「そうなの? フルカニャルリって表情豊かだから幼く見えるけど、顔の作り自体は綺麗系だと思うよ? 端正な作りしてるしね」

「ッ、こ、これは人間としてのぼくの姿なわけでっ、だから決してぼくに共通するという容姿じゃなく!」

「? でも人間として生まれた場合の君の容姿ではあるんでしょ? それなら疑いようなく今の君は本来の君でもあるでしょ」

「〜〜〜!! し、知らないっ」



 え。初めて素っ気ない言葉で会話を切られた。またなんか怒らせた? 今の僕、もしかして過去最高にぶっちぎりで最低な事言いまくってる!?



「……着た」



 今度はマルエルの試着室から細々とした声が聴こえてきた。不意にもちょっと吹いた。交互に出てくるの、なんか面白すぎる。


 カーテンがシャーっと、さっきよりも僅かにスムーズな動きで開かれる。



「! お、おぉ〜っ」



 マルエルにはやはり寒色系が似合う、だけど全身を寒色や黒で統一させると鬱屈とした印象が出過ぎると思い、敢えてトップスにフリルが付いたフレアスリーブのブラウスを着せ、黒いリボンの蝶ネクタイを締めることで本人との統一感に合わせた。彩りも欲しいから青のストライプ柄のサスペンダーワンピースで下半身を飾った。


 小さなリボンが付いたニーソックスにくるぶし丈のブーツもいいアクセントとなっていて、良い所のお嬢さんって感じに纏まっている。ていうか、この感じ……。



「好きだな……」

「!? 何言ってんだよお前!!」



 ? マルエルが大声を上げた。お店の中だよ、静かにしよう。



「いやしかし、本当に可愛いな。まあ、翼があるから後ろのブラウスの後ろの部分はワンピースに入れられな買ったっぽいが」

「こればっかりはね。てか、やっぱり服買うのやめるよ」

「なんで?」

「人用の服は翼と相性悪いだろ。加工も面倒臭いしさ」

「え〜。いいじゃん言われたら僕も加工手伝うし! 買おうよ服〜!」

「なんでだよ。つーか別に何着てても同じだろ」

「そんな事ないでしょ。今のマルエル、僕が見てきたこの街の誰よりも可愛いし」

「…………あ?」

「正直、今のマルエルと初対面で出会ったら一目惚れしてたと思ったよ。予想以上に可愛くて最初見た時言葉がつっかえたし」

「んなっ!?」



 目を大きく見開きマルエルが口を開けた。



「は、は……っ」

「は?」

「歯に衣着せろよ!!」



 シャッ!!! とマルエルが試着室の中に素早くはけていった。こういう時のマルエルって面白い反応するよな〜、なんかリスみたいだ。



「むぅ……」

「ん、フルカニャルリ?」



 声がしたので隣の試着室を見たら、カーテンから顔だけを出したフルカニャルリが頬を膨らませ僕を睨んでいた。気付かなかった、ていうかなんで睨まれているのだろう。



「ふんっ!」



 え。話しかけようと体をフルカニャルリの方に向けたら鼻を鳴らして彼女も試着室の中へとはけていった。一体何なの、僕なんかしたっけ……?

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