24頁目「本心と差別化」
宿に戻った後もマルエルと会話を交わすことなく、彼女はシャワーを浴びるとさっさとベッドに入った。
「ふわぁ。んみゅ……そろそろ寝る……おやすみなさい」
「ん。おやすみ、身体冷やすなよ」
フルカニャルリとしばらくトランプで遊んでいたが、時計の秒針が日が変わった頃になると彼女は欠伸をし寝に入った。
二人の少女の寝息のみが部屋に響く。僕もそろそろ寝るか。
「……」
いや、まだ早いな。全然眠くない。少しだけ外を歩こう。
久しぶりに煙草を咥えてライターで火をつける。
いつもなら美味さが今一つ分からないが、こう久しぶりに一人になって満月の下で吸うと、悪くないなって思える。
「……接し方間違えたよなあ」
ゴミ箱の蓋の上に腰を下ろし、小石の散らばる地面を見ながら考える。
女の子との接し方は分からない。けれど、僕がマルエルにしてきた事は交流の仕方で考えれば正解では無いのは流石の僕でも分かる。
彼女は本気で怒らないから、なんかんだで突っ込んでくれるしそのいじりを彼女も楽しんでいると、そう思い込んで甘えていたんだと思う。
その結末が彼女に嫌われ……いや、フルカニャルリの言葉を借りるなら嫌いになろうとしている? よく分からないが、とにかくそこまで追い詰めてしまった。
「まあ普通に考えれば、ベタベタしすぎだもんな。事故が起きてもすぐに目を逸らしたりしないし、そういうので傷つけてしまったんだろうな。何度も、何度も」
思い返す度に自分で自分の行為に引く、そりゃマルエル視点で考えたら嫌いになるのも頷ける。
……思えば初めからだ。僕は何故かマルエルに対して出会った当初から、自分でも不思議なくらい彼女にベタベタしてしまっていた。
今までは女性に対して性欲も勿論あったが未知の恐怖の方が多くて、軟派な事は言えど行動を起こせた事は無かったのに。何故、マルエルには最初からあんなにガツガツいけたのだろう。
「……考えたくないな」
黒歴史を自分から掘り返すような行為だ、やめよう。煙草を指で折ってゴミ箱の蓋に押し付けて中に吸殻を捨てる。
「明日、朝一番で謝ろう。……もしかしたらそれがきっかけで別れになってしまうかもしれないけど、仕方ないよな」
マルエルと別れれば、フルカニャルリもきっとマルエルと一緒に縁を切る事になる。また独りに戻る。
……嫌だ。嫌だけど、これは仕方ないことだ。僕の無神経が招いた事態なのだ、泣き縋って、わがままを通そうとしていいわけが無い。
これを機に、少しでもマトモな人間に近付けられたらそれでいいじゃないか。そういう事だけ考えよう、今の僕に必要なのは省みる事、反省し次に活かす事だ。
部屋に戻り、寝息を立てるフルカニャルリの横をそっと歩き自分のベッドで横になる。……うっ、腹が痛い。さっき炎弾を食らった時の小さな火傷が布に擦れて痛いな。
我慢できないわけでもないが、今は精神的なものも関係しているのか不快感を耐えるのが苦だ。壁側を向いて、腹に布が掛からないようにして瞼を閉じる。
「……」
……ズル。ズリリ。
? なにか音がする。何だこの音? 床を布が引きずる音?
ギシッ。音と共に少しベッドが凹んだ。誰かが僕のベッドに片膝を乗せ、そのまま体重を移動させたようだ。
「……っ、フルカニャルリ」
「ちがう」
「!? マ、マルエル」
「声大きい」
ベッドに入ってきたのはマルエルだった。布だと思ってたのは垂れ下がった翼を引きずる音だ。
彼女は暗い、何かに怯えている? ような顔をしている。
「ど、どうしたの。トイレ?」
「子供じゃねえんだよ」
「ごめんごめん。じゃあ、どうしたの」
彼女の表情を再度伺うと、マルエルは口をキュッと引き結び、僅かに唇を開いて小さく息を吐いた。言葉を出そうとして、それを思い留まっているような口の動きだ。
「……マルエル?」「や、火傷してただろ。治しに来た」
「あ、あぁ。うん。いやでも、こんなの全然」
「いいから。上脱げ」
マルエルに言われ渋々シャツを捲り上げる。腹から胸にかけて少しだけ皮膚が赤くなり、表面にいくつか皮膚が膨らんでる箇所もあった。
マルエルの少しだけ伸びた爪の先が僕の胴に触れる。小さな声で単語を呟くと、彼女の指先が優しく光った。
ゆっくりと指で僕をなぞる。やがて治療が終わると、マルエルは手を下ろした。
「ありがとう。うん、不快感は無くなったよ」
「……ん」
マルエルは小さく頷く。これで、用は終わりなのだろうか? でも彼女は僕のベッドから離れない。俯いたまま、僕の前から動こうとしなかった。
柔らかい頭髪の隙間から見えるマルエルの瞳は色んな感情で揺れているように見えた。
「マルエル、ごめん。今まで」
「……なに」
「いや、その。……僕のマルエルへの接し方は、女の子にしていい物じゃなかった。非常識的な事ばかりしてきたから」
「そうだね」
「……嫌いになっても、仕方ないよ。さっきは怒鳴ってごめん。僕が悪いのに」
そう言うと、マルエルは本当に小さな声で「違う」と呟くと、僕の胸に前頭を当ててきた。体重をかけてきて背中が壁に当たる。
「マ、マルエル?」
「……お前に着いてきた。だからいいんだよ。どうでもいい。そんなの」
「ど、どうしたの?」
マルエルは震えている。
肩に触れて、体を離そうとしたがやめる。そういう行為が相手に嫌な思いをさせてしまうから、僕なんかが触れたらまたマルエルを傷つけてしまう。
「そんな風に考えていたから。軽い気持ちで、余生を過ごすつもりでテキトーに付き合うつもりでお前に合わせてたから、こうなったんだ。オレが間違えた」
「何言って」
「愛した人を喪ったんだ。アイツの気持ちなんか結構早くから気付いてたのに、勘違いだったらって怖くて後の方になるまで触れる事をしなかった。触れたら触れたで……成就する前に、アイツは異端扱いされて、殺された」
ポツリ、ポツリと。マルエルの口から感情が零れる。僕の知らない彼女の過去。僕に話しているのではなく、逃げていた自分を自ら追い詰めるように断片的な情報が開示されていく。彼女の過去が口にされる度、声が震え、濡れ湿っていく。
「憎かった。だから全員ぶっ殺した。スッキリした。だから、忘れたんだ。起きた事は消せないから、感情だけ忘れ去った筈だったんだ。そして、二度と他人を大切にしないようにと思ってた。もし大切な人なんか出来て、また同じように、急に別れたりしたら……そう考えただけで、何度も吐きそうになった」
ゆっくりと、マルエルが顔を上げる。彼女の泣き顔はそれはそれは綺麗で、儚くて。こっちの感情まで引きずり込む底の無い穴のように思えて、でもその目から逃げられなくて。
マルエルの瞳の色が淀む。クシャッと歪み、僕の顔を見る。
「オレの事を、嫌いになってくれ」
「嫌いに……? なんで」
「頼むから……自分で自分が分からないんだ。なんでお前が死ぬかもってなった時、マリアの事を思い出したのか理解出来ない。脳みそなんか弄るからおかしくなっちまったんだ。だから、頼むから」
マルエルの手が僕の顔に触れる。頭を掴み、縋るように再び胸板に額が当たる。
「オレの事を嫌って、オレを捨ててくれ……! オレからだと多分、離れられない。分からないけど、多分そうなんだ。だから、オレを嫌って、拒絶してくれ……!」
「……無理だよ。マルエルの事は嫌いになれない」
「なんで。出会って数ヶ月の仲だろ。なんでだよ」
「僕にとってもマルエルは大切な仲間なんだよ。捨てるとか、そんなの……選択肢にあるわけが無いだろ」
「そうかよ……!」
ガバッとマルエルが顔を起こし、僕に首筋に顔を近付け思い切り歯を当てた。
ギリギリと、加減のない力で噛まれる。痛い、とてつもなく痛い。血が垂れてくる。ちゃんとマルエルの歯は僕の皮膚を破り、出血に至るほどの力が込められていた。
「……っ! ゔぅ、ううぅっ!!」
血と一緒に、別の液体が僕の肩にポタポタと零れた。首筋を噛んだまま嗚咽が溢れていた。
女の子にこんな事をされたことは当然ない。だからこれが正解かは分からないけど、幼い頃に母親にされたように僕はマルエルが噛んでない方の腕をマルエルの背中に回した。
「……僕はマリアさんって人の代わりにはなれないけど、それでもマルエルの事を大切な仲間だと思ってるから。自分が傷着いてでも守りたくなる程度には、大切だから。だから、嫌うとか無理だよ」
「……っ、ゔぅぅううぅっ、ぅああぁっ、ああぁぁあっ!」
次第に僕の首筋からマルエルの歯が離れ、嗚咽はハッキリとした哀哭となる。回した手で背中を撫でると、マルエルはより僕に身を寄せて泣いた。
ちなみに、結構な声量で泣いている。何故フルカニャルリは起きないのだろう。妖精の国は騒音に囲まれた場所なのだろうか。
しばらくマルエルは僕の胸で泣き続けた。長かった。その長さが、マリアさんという人物への想いの深さを語っていた。
最近素っ気なかったり、嫌な態度を見せていたのは僕に嫌われようとしていたからだった。僕に嫌われる事で、マルエルにとっての今の大切な人という繋がりを断ち切って、マリアさんとの過去を思い出さないようにしようとしていた。
それが全然上手くいかず、今日に関してはマルエルの事を庇ってしまったから余計に、思い出してしまったのだろう。だからあんなに声を荒らげていたんだ。僕の負傷から死を連想して、強くマリアさんを意識してしまうから。
「……ヒグン」
泣き止むと、枯れた声でマルエルは僕を見上げて言った。
「もう片方も噛んでいい?」
「なんでだろう。痛いから出来れば遠慮したいかな」
マルエルは俯く。いや、そこは「知らないね」とか言って噛みに来る所だろう。普段なら多分そうしてた、いや噛まれたくないけどさ。なんか違和感だ。
「……じゃあ、オレの首噛んで」
「………………ん?」
言っている言葉の意味がわからないので間をたっぷり使って首を傾げる。するとマルエルは急に寝間着を脱ぎ始めた。
「お、おい」
「……なに」
上半身が下着だけになったマルエルが、自分の首筋を差し出すように顔を傾けて僕を見た。
「……オレはマリアの身体を傷つけた事がないし、傷つけられた事もない。だから、オレの事を嫌いになれないのなら、オレに消えない傷を作ってマリアと違う存在になってくれ。……じゃないと、一緒に居る度に死にたくなる」
「そんな無茶苦茶な……」
冗談だろうって言いたかったが、マルエルの目は真剣そのものだった。胸を隠す布以外に何も身につけていないと言うのに、マルエルは僕に身を寄せて口の前に自分から首筋を近付けた。
「……本当にいいの?」
「いい。傷が残るように、思い切り強くして。オレが痛がっても、泣いても、無視して強く噛み潰して」
「そんな事出来るわけないだろ!」
「……うるさい。やれっつってんの」
舌打ちの後に乱暴な口調でマルエルが言う。どうやら本当に、噛まないと話は進められないらしい。
顔を近付けると、マルエルの髪の仄かな甘い匂いが鼻に入ってきた。そばに居る時に感じられるマルエル本人の匂いもいつもより強く香る。鼻血が出そうな場面なのに何故か鼻血は出てくれない、だから中断は出来なかった。
首、というより肩の筋に歯を立てる。マルエルの噛んだ場所とほぼ同じ場所だ。柔らかくて、小さくて、簡単に壊れてしまいそうなのにマルエルは力強く噛む事を求めてきた。
歯に入れる力を少しずつ強める。ゴリッと言って何か肉のようなものがズレた感覚がした、マルエルが「うっ」と小さく呻いた。
「はぁっ、はぁっ……」
更に力を込めると、マルエルの呼吸が荒くなった。僕の胸に両手を当て、その後に左腕は僕の背中に回し、右手の指で僕の首筋の傷から漏れる血を掬い取った。
「んぅっ、はぁっ……痛い……」
「! やめ」「やめない。もっと強くしないと、傷にならない。すぐ治るから」
「……わ、分かった」
確かに血は出ていないけど、相当力は入ったはずだ。歯型状に皮膚は凹んでいるし、触ったらジンジンと痛むのでは?
というか、吸血鬼がよく食事の際に首筋を噛んでいるから噛みやすいのかとも思ってたけど、意外と人の首って噛みにくい。狙いがズレて芯を捉えにくい。
ちゃんと噛むならもう少し、抱き寄せるくらい身を密着させないと厳しい。
「……あの、マルエル」
「なに」
「抱きしめてもいいかな」
いや言い方を間違えた。というか言葉足らずだった。もっと「ちゃんと噛むために体を近付けてもいいかな」とでも言うべきだった。これじゃいつものセクハラ発言となんら変わらないじゃないか。
「いいよ」
「……ひょっ?」
なんと、マルエルの口から許可が降りた。所か彼女は自分から、膝を使ってこちらに近づいてきて思い切り背中に両腕を回し抱き着いてきた。
い、意外だった。フルカニャルリはよく抱きついてくるからまだ分かるが、マルエルに抱き着かれるだなんて。
女性らしい丸みと膨らみが直で体に触れる。下着の布で阻害されてるものの、確かな存在感に心臓が強ばってしまう。
なんだか、とてつもなく悪い事をしているような気になってしまった。フルカニャルリが寝息を立てているのが幸いだ。考えてしまう、このままどうか起きないでくれと。
「ヒグン」
「あ、あぁ。分かってるよ」
催促するようにマルエルが僕の名を呼び身を揺らした。彼女の要求する通り、先程噛んだ彼女の首にもう一度歯を通す。
「痛っ」
耳元でマルエルが呟く。だが、彼女からの願いだから力は緩めない。僕の身を抱くマルエルの手が、少しずつ震えてくる。
「……っ、うぅ」
再び嗚咽が聴こえてきた。痛みに耐えかねて出る嗚咽だ。荒い息と共にマルエルがグイグイ身を寄せてきて、彼女の膨らみが僕に押し付けられる。
心臓の鼓動が高鳴って苦しくなる。マルエルの肌を噛んでると余計に高鳴って苦しさが増す。傷付けているのは自分なのに、これではまるで自傷行為だ。
「……っ、ねえ。ヒグン」
「ん」
噛みながらだから返事は出来ないが、一応喉から音を出して返事っぽい事はしてみる。
「ごめんね。賭けで負けたのに、ワガママ言って」
「?」
何の話をしているんだろう、分からない。賭け? ……あ、アレかな? ネックレスの賭けの話かな? 尻を揉むみたいな話があったが、結局お流れになったんだよな。
気持ち悪い要求だったよな〜。依頼途中に興奮したからってのが事の発端だったし、アレも結局イカサマだし、バニースーツを着せようとしたし。何もかもが気持ち悪かった、あれでよく嫌われなかったな。僕。
「バニースーツ着るのは面倒臭いからさ」
痛みを堪える「んっ」という音を一度挟み、少し間を空けてマルエルが言葉を続けた。
「……この後、直で触ってもいいよ」
「!? ぷぁっ、な、なにー!?」
肩から口を挟むと、マルエルは「ぶはっ! はぁ、はぁっ!」と荒い声をしながらベッドに仰向けに倒れた。痛みをずっと堪えていたらしく顔が赤くなっている。
上が下着姿のマルエルが深呼吸をしている事で胸を上下させている。……プルンと胸が動いて体の横に引っ張られるように互いが離れた。バニースーツ姿で見慣れていたと思ったが、全然慣れる訳がなかった。
見てられなくなって目を逸らす。マルエルは僕の腕を掴み引っ張ってきた。マルエルの体の上に危うく覆いかぶさりそうになり、腕で支えると目の前に仰向けで寝るマルエルの顔があった。
マルエルは顔を赤くしている。痛みを堪えてた時のとは違う、羞恥とかそっち方面に寄った赤だ。
「ち、違うから!」
「違うって、なにが……?」
「その、これは、そういう事をしたいんじゃなくて……ちゃんと、しっかり痕を刻みつけるためだから」
そう言うと、彼女は僕の首の後ろに手を回し顔を近付けさせた。
「……もう一回。今度はちゃんと、痕が残るようにしっかり噛んで。寝た状態ならズレないでしょ」
「……な、なら、マルエルも僕のにちゃんと痕を付けてくれ」
「えっ、オレが? なんでだよ」
「……マルエルのっていう、印が欲しい」
「……?」
マルエルは理解出来ないとでも言うような顔をしたが、それはそれとして何も言わずに僕の首筋に改めて顔を近付ける。
先に滲み広がった血を舌で舐め取られる。ペチャペチャと音がなり、小さくて暖かいマルエルの舌が皮膚の上を滑る感覚がくすぐったい。その後すぐに、マルエルの歯が皮膚に突き立てられる。
「じゃあ僕も……」
された事をし返す。マルエルにされたように、彼女の皮膚に滲み広がった血を舐め取る。マルエルの血の味が口の中に広がる、ただの血の味だけど背徳感が凄かった。
自分よりずっと小柄な女の子の上に覆いかぶさって、体を密着させ体温を重ねながらその首に歯を立てる。
「うっ……はぁっ! よし、出来た……」
1時間くらいかけたとおもう。互いに首筋を長い事貪り合っていた。口を離して顔を上げると、汗で皮膚を湿らせたマルエルが涙でうるうるした目で僕を見つめていた。
「……今更だけど、意味あったの? これ」
「あ、あったに決まってるだろ。これで、マリアとの差別化は出来た」
僕のベッドの上で、寝転んだままマルエルが言う。僕も寝転んでいる、もう疲れたし眠いからね。
「それで、自分のベッドに戻らないの?」
「んー。めんどくさい」
「面倒臭いって……男のベッドに無闇に入るのは良くないぞ」
「ヒグンは私とそういう事してーの?」
「そりゃあ……」
したいに決まってる。そんな事をしたらパーティーメンバーの風紀が乱れてしまうからやらないが。だけど僕も男だ、この理性がどこまで続くか分からないからマルエルと、フルカニャルリも、少しくらい自衛を考えて行動してほしい。
「……まあ、させないけどな。そんなの。私、中身男だし」
「ははは、そういえばそうだったね。忘れてた」
「忘れられてたか、まあそうだよね。という事なので、出来ることなら手を出さないでくれるとありがたい」
「どうだろう、寝てる間にとか、あと無理やりとか? 僕も男なんだしそういう事をしてしまうかもしれないよ? だから自分のベッドに戻った方がいいんじゃない?」
脅すつもりでそう言ってみる。するとマルエルは何も言葉を返さずに、僕から背を向けるようにしてそのまま寝に入った。僕のベッドの上で。それはおかしいだろ。
「マルエル、おーい……?」
「…………尻、揉むだけだからね。変なの入れるなよ」
「え」
彼女はそれ以上何を聞いても反応しなかった。寝ていないのに寝たフリをして、僕からの言葉を全て遮断した。
ちなみに、許可が降りたから全然余裕でマルエルの生尻を体験しました! とっても柔らかかった! スベスベでふにふにで気持ちいい尻肉でした!
まさか本当にパンツを下ろされると思わなかったんだろうな、一瞬ビクッと肩を震わせたのが可愛かった。
という最高の記憶と手触りを必死に記憶し、その日は入眠した。この日は間違いなく人生で一番不思議な日であった。女心の難しさ、謎は深まるばかりである。
*
「ふにゅ……」
朝起きて、ぼくはまず顔を洗いめす。歯を磨き、うがいをし、眠いなりにピシーンとしてから身支度を整える。健康の秘訣である、心の健康は体の健康故な。
「……ん?」
遊び相手が居ないとつまらない。マルエルのベッドを見たら誰もおらず、マルエルはヒグンのベッドの上にいた。仲良さそうに、ヒグンの事を翼で包んでいる。
「微笑ましくめね〜ぇぇええ!?」
見てはいけないものを見てしまった。血である。ベッドに付いた血である。
状況はこうであり。男女が同じベッドで寝ており、二人とも互いを意識してはいて、そしてベッドに謎の血が付着している。
100億パーセント破瓜の血である。え、人の事あれだけ止めておいてマルエル、僕が寝てる間にヒグンとエッチしてたのめか!?
お、女の戦いと言うやつめか。ぼくは生物学上メスだけど、こんな水面下で意中の男を射止めるみたいな技は使えない。話に聞いた事はあるけど体験したことは無い。また一つ学んだって事めな……。
「こ、こういう時はお祝いが必要めね!」
*
朝起きるとフルカニャルリが何故かケーキを買ってきていてオレとヒグンの二人に振る舞われた。ベッドのシーツに着いた血液から勝手にオレとヒグンが致し、処女膜を失った衝撃で血が流れていたと思い込んでいたらしい。
ヒグンと二人でフルカニャルリを説教しようとしたら、フルカニャルリに理不尽な逆ギレ説教をされつつも、オレとヒグンの関係は平和を取り戻したのであった。
「本当にいらないめか? 妊婦さん用のワンピース」
「いらないよ!!! まだ私処女だから!!!」
ただ、フルカニャルリはこちらの言動を完全には信じてくれなかった。オレとヒグンを見る目はまるでやっかい焼きのおばあちゃんのようだった。




