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21頁目「辻斬り感覚で石にされる奴」

「そこをどうか!! どうかー!!!」

「嫌だっつってんだろ」



 街に戻った次の日。アンデッド退治で手に入れた報酬金を受け取りに行くのをフルカニャルリに任せ、オレとヒグン二人だけで宿で留守番をしていた。


 ベッドに足を組んで足を座るオレに対し、ヒグンは土下座の姿勢を取っている。



「頼む! 揉むならバニースーツの状態がいい!! 寝巻きの格好じゃ全然、これっぽっちも、布面積がさぁ!!!」

「だからこそ寝巻きを着てんだろうが。揉ませてやるから寝巻きを着たままでいるんだろうが」

「そんなのないよ!!! 僕はバニースーツの状態のマルエルの尻を揉むつもりで賭けを持ち掛けたんだぜ!?」

「知るか。尻を揉む事は容認したよ? 一万歩譲歩したよ、服装の指定がなかったからな。もし指定があったらいいよとも言わねえよ」

「そんなの後出しジャンケンじゃないか!!」

「そっくりそのまま返しますがぁ!?」



 食ってかかる勢いのヒグンに負けじとこちらも声を大きくする。



「ヒグンさ、これまで何度も何度も何度も、何度も言ってきたけどさ。私とヒグンは恋人じゃないんだよ? そんな相手にさ、性的な要求を、しかも結構ハイレベルなやつを要求をするのはさ、一般的には非常識なわけだよ。そこら辺よく考えてから発言してくれないか?」

「揉みたいんだ! 君の尻を!」

「病気だろお前」



 ちゃんと理路整然と何故駄目なのか説明したつもりなのにノータイムで欲望を口にされた。怖いなあこの人。



「君の言おうとしてる事は分かるし、その理屈はもっともだ。そうだね、普通こういった願い事は彼女とかにするべきだと僕も思うよ」

「思えるのか。なんだ、デカルト理論の入口はクリアしてんのか。じゃあなんで欲望にブレーキを掛けてくれないんだよ」

「君は元々男だったんだよね?」

「うん」

「じゃあ僕の気持ちもわかるよね!」

「う、うーん……まぁ、10代半ばの頃なら、ギリ?」

「だから揉ませてくれ!」

「理論の組み立て方がゴミすぎる……」

「それでも駄目なら仕方ない、僕の彼女になってくれ!!」

「びっくりしたー。え、びっくりする〜。5万歩譲って彼氏作るにしてもそんな頼み方する奴は御免だよ???」

「この通りー!!!」

「うんうん。どれだけ頭を床に擦り付けても譲らないよ? だって嫌だもん、キモいもんタイツと細い布でお前の尻揉みを受けるの。ほぼ防御力ゼロだもん」

「変な事しないから!」

「揉む事自体が変な事なんだよ」

「頼むーーーっ!!! 小柄な割に意外とむっちりしている安産型の君の尻を、バニースーツ状態で揉ませてくれー!!!」

「私の居た国で生まれなくてよかったなお前。多分いじめられてたぞ」



 てか、別にそんなに大きくないだろオレの尻。フルカニャルリの方が餅尻がどーたらって売りにしてんだからそっちのが魅力的だろ。そっちに行けよ、いや実際行こうとしたら死力を尽くして止めるけどさ。



「どうしても駄目かい!?」

「だから、今なら別に揉んでもいいって」

「色気もクソもない寝巻きズボンは嫌だー!!!」

「サイテー」

「ズボンは下ろしてもいいのかい?」

「ダメに決まってんだろ」

「じゃあ嫌だー!!! バニースーツ所望ー!!!」

「はあ……」



 と、このようなやり取りを初めてもう30分は経過している。

 初めこそコイツ面白そうだからと着いてきたが、まさかここまで童貞を拗らせているとは思わなかった。誤算である。自分が女体なのもあり身の危険を感じる毎日だ。寝てる間に処女膜喪ってたらマジで殺しちゃうよこんなの。



「……はあ。どうしてもバニースーツ着た時の尻が揉みたいの?」

「うん! 裸でも可!」

「不可だわ。……あー、じゃあ、代替案としてさ。胸を揉むってのはどうよ」

「!! え!!? いいのかい!?」

「待て。胸も寝巻きの状態だ。でもよ、尻よりか胸の方がエロいだろ?」

「……」

「ヒグン?」

「……はぁ。はああぁぁぁ」



 ヒグンが長いため息を吐く。なんかムカつくな、殴っていい?



「あのね、僕は失望してるよ。君に」

「え、なに? 喧嘩? ずた袋持ってくるわ」

「殺した後の死体の処理まで考えないで!? 喧嘩なんか売ってない、僕は純粋に君に失望しているんだ」

「刺すぞ」

「物騒だな……君は元々男だったわけだよね?」

「うん。さっきも肯定したぞ」

「なら僕が必死になるのも分かるだろ!? 自分と近い関係性の、いつも一緒にいるけど関係は一向に進展しなかった美少女が、エロい事をするのに了承してくれたんだよ!? 男だったらそのチャンスを最大限活かそうとするだろ!? 少しでも美味しい思いをしたいと思う筈だろ!?」

「唾飛ばすなよ汚いな」

「真面目に聞いてよ!」

「真面目に聞ける話をしてくれよ」

「なんで分かってくれないんだ!? そんなに僕不細工かなあ!?」

「顔の問題じゃなくてさ。じゃあ分かった、立場を換えて考えてみようか」



 手をパンパンと叩き興奮するヒグンを落ち着かせる。幸い彼の言う通り今のオレは色気もクソもない寝巻き姿だからヒグンも鼻血は流していない、多分いつものバニースーツ姿だったら今ので大量出血していただろうな。



「もし仮にお前が女だったとする。肉体だけな、中身はそのままだ。ほら、イメージしろ」

「……うん、イメージした」

「よし。じゃあそのままイメージを維持しろよ。で、お前は男に尻を揉ませてほしいと頼まれる。しかも、下着同然の姿でだ。どう思う?」

「……気持ち悪いなあ。知り合いなら縁を切るし知らない相手なら殴っちゃうかもしれない」

「だろ? 殴らないし縁も切らない私の優しさを理解出来たか?」

「でも僕は君のお尻を揉みたいんだ!!」

「もうお手上げだよ」



 両手を上げてベッドに倒れる。なんなんだコイツ、性欲の化け物じゃないか。

 オレも危ないが、フルカニャルリの貞操が心配になってきた。アイツ人間とは違う価値観持ってるからあっさりコイツに体許しそうなんだよな……。



「そもそも僕は賭けに勝ったんだから君に言う事聞かせられるはずだろこの一週間。どうして抵抗するんだよ」

「そういう事言うんだな。一週間後、真面目に縁切るぞ」

「う……ぐぬぬ」



 オレの言葉を受けてヒグンは悔しそうに押し黙った。いや冗談だけど。この冒険者ごっこが中途半端に終わると目的とかやる事とか失ってまた虚無の人生歩む事になるから、別に離れていくつもりは無いけどさ。



「大体、童貞ってエロい経験には無駄なこだわりを持ってるだろ。私なんかどうとも思ってない相手だろうに、私で消費してもいいのかよ? そういう初体験」

「か、勝手に決めつけるなよ」

「あ?」



 よく分からない事を言われたので上体を起こして彼を見る。ヒグンはオレと目が合うと直ぐに目を逸らした。



「……どうとも」「なに?」

「なんでもない」

「悪い、今のは私がタイミング悪かったな。で、なんだよ?」

「だからなんでもないって!」



 ヒグンは強い口調をオレにぶつけてきた。なんだコイツ、情緒不安定だな。



「恋をしろよ、それが手っ取り早い。私やフルカニャルリみたいなチビ共のケツ追っ掛けるより、似たような歳の子追っ掛けた方が得だぜ。お前と私らは寿命の違いがある、こっちからしたら刹那しか一緒にいられないんだからさ。お前なりの人生を掴めよ」

「……だから必死になってんだよ」

「んー? なんで小声で言うんだよ」



 オレの言葉に対し何かしらのアンサー返して来たのはわかるが、あまりにも小さな呟きだったため聞こえなかった。


 いい加減諦めもついたのか、ヒグンは暗い顔で俯いた。気持ち悪い奴、女に好きな服着せて尻を揉めない事がそんなに悲しいかね?



「……」

「で、今日だがさ。フルカニャルリが戻ったら美味い飯食いに行こうぜ。ほら、大通りに新しい店出来たろ?」

「……」

「この内陸の街に珍しく新鮮な海鮮物を食えるらしいぜ? 久しぶりに海魚を食えるんだ、ワクワクするな〜」

「……」

「……はあ。ねぇ!!!」



 ずっと下向いてるヒグンについ怒鳴ってしまった。ムカついたんだもん、態度悪いから。そしたら彼は再び小さな声で、ギリギリオレの耳に入るくらいの声で言葉を発した。



「……一瞬しか記憶の中に居られないから、こんな事してるんだよ」



 いや、やっぱりほとんど聞こえなかった。一瞬とか、記憶とか、そういう断片的な部分しか聴き取れなかった。ヒグンは立ち上がり、何も言わずに部屋から出ていこうとする。



「どこ行くんだよ」

「……不完全燃焼だから、娼館にでも行ってくるよ」

「おー。そりゃいいな、発散してこい。スッキリしたらまた尻振ってアピールしてやんよ〜」

「もういいよそれは」



 おどけたセリフを言ってやったというのにヒグンは部屋を出て行った。なんなんだよ、大体バカ真面目にずっと童貞貫いてるのに娼館なんて行かないだろ。どういう感情で嘘吐いたんだアイツ。



「めうな〜」



 お。ヒグンと入れ替わりでフルカニャルリが帰ってきた。両手に持った紙袋を床に置き、彼女はジャケットを脱いでハンガーにかけた。下の服装はこのパーティーでの制服として勝手に決められたビスチェとホットパンツにガーターベルト、痴女なんよ。



「なんか今ヒグンとすれ違っためが、話しかけても無視されため。喧嘩でもした?」

「おー。この格好でケツ揉ませてやるっつったらキレた」

「どういう事?」

「どういう事って感じだよな。意味が分からん、普通キレるの私なんだけど」

「めうな〜。リンゴ食べる?」

「んー、食べる。切り分けるわ」

「わーい! うさぎさんにして!」

「あいー」



 無邪気に喜ぶフルカニャルリの頭を撫でる。可愛いなあコイツは本当に。

 最悪ヒグンがこのままオレとエンガチョする事になったらフルカニャルリと二人でのんびり過ごすのもいいかもな。実はオレもロリコンだし、あらゆる面でお得だしね!




 *




「ヒグン、帰ってきた?」

「来てないめ」

「どこ行ったんだよアイツ……」



 あの後、夜になっても宿を出て行ったヒグンは出てこず、そのまま探しに外に出て一日探したのが今だにオレ達はヒグンを見つけられていなかった。


 徹夜で探していたから少し仮眠を取ったが、フルカニャルリの表情は暗い。ヒグンの身を心配しているのだ。中央都は大陸内では比較的平和な方だが、それでもやはり金目当ての殺しや事故は絶えないからな。


 もしヒグンの身に何かあったら、そんな考えで不安がっているのはわかる。オレも心配だ。だがその反面、アイツが街のゴロツキ程度にやられるか? とも思う。


 何十メートルもの断崖絶壁を軽々と行き来した男だぞ? 化け物だ。一般人はおろか冒険者相手でもそうそうステゴロでやられることは無いだろう。


 それなら一体どこに行ったのか? もしかして、本当にエンガチョされたのか? オレがバニースーツ姿でケツを揉ませるのを渋っただけで……?


 それはオレ悪くないだろ。何も間違ってないだろ。もし本当にそれでオレらの前から去ったのなら気持ち悪すぎる、そんなのこちらから縁を切りたくなるってもんだ。



「マルエル……」

「……やばい。私のせいかも」

「えっ?」

「どうしよう、どうしようっ!」

「マ、マルエル? 落ち着くめ」

「ごめん、フルカニャ。私……」「マルエル!!」



 ほっぺを平手でバチンとされた。両サイドから挟まれて寄せ付けられてるから唇がタコみたいにされている。



「どうしためか。一日ヒグンが居なくなっただけで、酷い取り乱しようであり」



 フルカニャルリが真っ直ぐオレの目を見てくる。乱れていた心拍数が落ち着いてきて、呼吸も正常に戻った。



「マルエル……?」



 心配そうにオレの様子を伺うフルカニャルリ。



「……ちょっと、人間関係でトラウマというか。色々あってな」

「トラウマ、めか」

「あぁ。まあヒグンとは全くの無関係なんだけどさ」

「無関係ならそんな風にならないと思うめ」

「……ははっ。辞めてくれよ、オレは別にあんな奴」



 あんな奴、なんて言おうとしたのだろう。分からない。いつもならなんとも思ってないとかその辺を口にしていただろうな。


 口にしていただろうなってなんだ? それでいいじゃないか。どうしたんだ? オレ。



「今は考える事を辞めて、探しに行く方が先決であり」



 またフルカニャルリに頬をぶにゅっとされて考え事がストップさせられた。



 それからすぐにヒグンは見つかった。彼が居たのは用水路脇の小さな道で、背の低い相手に対し手を伸ばしているような姿のまま硬直した状態で発見された。



「石化……?」

「うん。この症状は石化の魔眼によって呪われて石化している状態だよ。これはもう死んだかもねー」



 医院に連れてこられた、というより運び込まれた石化されたヒグンを前に長々とウンチクを語る女性の話を聞き流し、彼の体に手を伸ばす。



「触らない方がいいんじゃないかな?」



 女性はオレの手を掴んだ。小馬鹿にするような表情だ。



「相手は石なんだよ? 下手に触って砕けたら解呪しても死体になっちゃうでしょ?」

「解呪出来るのか!?」

「勿論ー、あたしの手にかかればちょちょいのちょいだよ」

「じゃあっ!!」

「無理ー」



 女性はくっくっと笑いながらそう言った。



「な、なんでだよ!? オレの仲間なんだ、頼む!」

「えー? だってコイツを拾ってきたあたしのリーダーが駄目って言うんだもん。ねえ? フルンスカラ?」

「ああ」



 フルンスカラ、そう呼ばれた男が病室に入ってきた。この男が石化したヒグンを連れてきてくれたらしいが、何故かヒグンに冷ややかな軽蔑するような目を向けている。



「この男は何の役にも立たないだろ、昔から余計な事をして厄介を起こすんだ。迷惑な奴なんだよ」

「……ヒグンと同郷なんすか」

「昔馴染みだよ。コイツには散々振り回された、毎回尻拭いをさせられた。今回もだよ。二度と見たくない顔だったのに、偶然見つけちまった」



 フルンスカラは鼻を鳴らしてヒグンを見下すと、オレの傍に歩いてきて勝手に肩に手を乗せてきた。



「君も迷惑してたんじゃないか? この男は他人の気持ちが分からない、自分の基準でしか物を考えない人でなしだ。心当たりあるだろう?」



 ……ありまくりだね、心当たり。直近のヒグンとの会話もまさにヒグン理論全開だったしな。理論の押しつけも甚だしい、男のメンヘラとかストーカーとか、そういう終わってる類の人種に進化しそうだなとすら思っていた。



「だから助けないのか? 自己中で、馬鹿で、自分本位だから」

「そうだ。あっと、一つ足りないな。コイツはクズだ、悪い奴とかそういう意味でなく、使えないという意味でな」

「……退けよ」



 肩を掴むフルンスカラを突き飛ばし、フルンスカラの仲間である女を避けて石化したヒグンのすぐ近くに立つ。



「何をする気ー? あたしの符術でも使わない限り、多分治せないよー?」

「符術……呪符ってやつか」



 呪符。紙に特定の呪いを封入することでその呪いを跳ね返したり無効化したりする効力を発揮するものだ。


 冒険者の職業にも確かあった気がするが、特別職だから適任者はあまりいない。つまり、この人を頼らなければ他に符術士を探すのは困難ということになる。


 でも居ない訳でもないし、呪符は錬金術と同じで理論さえ分かれば素人では絶対に用意出来ないというものでも無い。最終的に、材料と術式があればオレでも再現出来るはずだ。



「そんな奴見捨てて俺らの仲間になりなよ。君、死霊術師の子だろ? 強力な職業じゃないか、もっといかせる仲間と手を組まないと」

「活かせる仲間?」

「ああ。俺は格闘家、俺の仲間には魔法使いに符術士、槍術士もいる。君の探知能力があれば最強のパーティーが作れると思わないか?」

「あー……」



 オレもちょっとした有名人だったんだな、知らなかった。ヒグンを裏切って鞍替えか、フルカニャルリが怒るだろうな〜。うん、怒るのはフルカニャルリだ、オレの意思は一切関係ないな。



「もがっ!?」



 フルンスカラの口に手を当てて顎を掴んだ。



「第一発見者。まさかよぉ、てめえがヒグンをこうしたんじゃねえんだろうな?」

「んんっ!? んー!!」

「ちょっとなにしてんの!? フルンスカラを離して!」



 符術士さんがポケットに手を入れたから、言われた通りにフルンスカラを離してやる。彼はその場で尻もちを着いた。



「な、何するんだよ!?」

「何ビビってんだよ、女に手を出されたことが無いのか? あぁ、ヒグンと同郷なら無いか、若い女のいない村なんだもんな」

「こ、この!」

「ヒグンは自己中だし馬鹿だし自分本位だよ。でもクズじゃねえ。それに、私はアイツが面白そうだからってんで着いてきたの、だから邪魔すんな」

「あ、あんな奴のどこがって」

「お前みたいなそこら中にいる退屈なモブと、化け物みたいなキモい奴。どっちが面白いかなんて明白だろ」



 唾でも吐いてやろうと思ったが流石にこちらが悪人になり過ぎるのでグッと耐える。オレは別にどうでもいいが、ヒグンがこのまま貶されて戻らないままだとフルカニャルリが悲しむと思うから代わりに怒ったのだ。必要以上に責める事もない。



「符術士さん。石化の呪いを解く呪符の作り方、教えてください」

「えぇー。どうします? リーダー」

「……ふん。教えてやれ」



 あ、それはいいんだ。嫌いだけど見つけた以上、死んでしまったら厄介な事になるかもだし生きていた方が都合がいいって感じなのかな。じゃなきゃわざわざこんな所まで運んで来ないもんな。



 符術士のお姉さんから呪符の作り方を聞き、ダッシュで宿に戻り留守番していたフルカニャルリに事の報告を行う。



「え!? 石化の呪いめか!? それっていつから!?」

「いつから石化しているのかは分からないが、運び込まれたのは昨日らしいな」

「め、めー!」



 フルカニャルリが手をワナワナと動かしている。何か慌てている様子だ。



「どうした?」

「どうしたではなく! 石化って肉体組織が石になっているだけでその人の時間が止まってるわけでも無ければ生命活動が一時停止してる訳でもないめよ!? 普通に生きた状態のまま石になってるのめよ!!」

「お、おう」

「人間は飲み食いをしない状態が三日続いたら命の危機めよ!? 残す所今日と明日しか時間が無いってことめよー!!」

「……っ!? え、え、え!? やばいじゃん!」

「やばいよ!! は、早く石化をどうにかして治さないと、死んじゃうめー!!!」



 二人でてんやわんやしている余裕もなく、早速オレとフルカニャルリは呪符作りに必要な素材を集めに外を走った。


 魔法道具店を周り、雑貨屋を周り、商人に聞き込みをした。森に入り魔獣を狩り、探し、狩り、洞窟を探し。


 日が沈み、また登る。


 結論から言うと、呪符作りに必要な材料は集まりきらなかった。全部希少な物か個人では運べない量の物ばかりで、これを一から集めるだなんてどう考えても無理となったのだ。


 フルカニャルリは早々にリタイアした。街で符術士、解呪が出来る人間を探すと言っていた。オレは、探しても探しても見つからない魔獣探しを続け、満身創痍で木の幹に背中を預けていた。



「……」



 このまま、ヒグンが死んだらどうしよう。怖い。

 マリアの姿が浮かびかける。慌てて頭を叩く。殴る。木に打ち付ける。


 忘れる。意識しない。思い出さない。何も思わない。頭の中から胸を蝕んできそうな事柄を痛みと共に消し飛ばす。



「なんで、誰が」



 口から漏れるのは、なんでヒグンがあんな目に遭わなきゃならなかったんだという言葉だった。


 ヒグンは小さな背丈の相手に手を伸ばしていた。オレにするような変態行為をするのではなく、励ますような優しい表情をしていた。誰かを救おうと、その手を差し伸べたんだと分かる。


 そういう所があるのだ。オレが何かを助けたのなら、それは打算的な考えの下だ。でもアイツは普段は人の事考えずにしたい事を押し付けてくるくせに、困ってる相手がいたら打算とか関係なしに首を突っ込もうとする。


 見てて飽きないけど、だからこそ感情移入するのは危険な奴だと思った。最初の時点からコイツとの壁は取り払わないでおこうと考えていた。なのになんで、オレはヒグンに対し「死んでほしくない」などと思ってしまっているのだろう。



「……足を、動かそう。何も考えなくていい。考えるな」



 どうでもいい考え事を排し立ち上がる。現状の集めた材料、使えなかったとしても売ったら多少の金にはなるだろう。無駄では無いはずだ。



「小声でほざいた事の心理について、絶対石化解除した後に聞いて恥をかかせてやる……!!」



 打ち付けた頭を回復せずに街へ歩く。いつにも増した冬の寒さが身を襲う、これから本格的な冬が始まるのを感じながら、必死に前だけを見て足を動かし続けた。

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