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19頁目「たおした! 不死の女王!!」

「出てこないね」

「出てきませんね」



 やあ、僕の名前はヒグン・リブシュリッタ。片田舎から都会に降り、ハーレム王になる為の道程を歩んでいる者だ。


 現在僕は先輩冒険者であるエドガルさんと共に、早朝のコーヒーを嗜んでいる。


 半日程前、仲間のマルエルとフルカニャルリという少女が姿を消してしまった。長い時間捜索はしたものの見つからず、疲労が溜まっていたので休憩を取っているというわけだ。



「はあ〜。穏やかな時間ですね」

「余裕だな。仲間の事心配じゃないのか?」

「心配ですけど、マルエルがいるし大丈夫かなって。もし何かあっても前もってフルカニャルリに遠隔会話の術式札を渡してあるし、何も来てないってことは心配するようなことも無いでしょう」

「そうかい。まあアンデッドが出る以外は何も無いしな、この遺跡」

「ゆっくり飯食って待ちましょうか。昼頃になっても何も来なければ捜索再開という事で」

「呑気な奴。あの子らが聞いたら悲しむぞ」

「どうだろう。マルエルのやつ、人が親切で気にかけてやるといっつも不機嫌そうに「キモい」だの「しゃしゃんな」だの言ってきますし」

「仲良いじゃねえの。羨ましいねぇ」

「どう取ったらそう解釈できるんですか」



 ずずず、コーヒーを啜る。普段は紅茶派なのだがコーヒーもまた体が休まっていい感じだ。サンドイッチなんかあればもっと寛げたんだけどなあ。



「……? なんだ今の」



 地面が揺れている、地震だろうか? それに落雷のような音もした。エドガルさんと顔を見合わせる。



「雷ですかね?」

「雲ひとつ無い快晴だぞ」

「ですよね。じゃあ今のは……?」



 考える。落雷の様な音が鳴ってからゆっくりと地面の震えも収まった。なんだったのだろう?


 と、息をつこうとした瞬間だった。


 ガラガラと、まるで土砂崩れのような轟音が響き渡った。この近くに山はない、だがその音は近くで鳴っていた。何事だ?



「収まったな」

「で、す、ね……避難します?」

「避難っつっても、最も見晴らしが良くて安全な場所が此処だぞ? どこに避難すると?」

「それは……」

「下手に動くより状況を観察した方がいいだろう。動ける準備だけするか」

「了解です。あ、その前にアヒージョ要ります?」

「貰うよ、ありがとう。ふぅー、にしても日が登ってもまだ冷えるな……」

「バケットもどうぞ」

「ああ。……! おいヒグン、二人が出てきたぞ」



 エドガルさんがバケットを千切っていた僕の後方を指さす。振り向くと、遺跡の方からマルエルとフルカニャルリが歩いてくるのが見えた。



「! フルカニャルリ!!」



 マルエルは何故かボロボロになったフルカニャルリのジャケットを羽織っており、ビスチェとホットパンツ、ブーツのみになったフルカニャルリは全身血塗れでぐったりした様子でマルエルの肩を借りていた。


 マルエルの方も酷く息を切らしており足取りはおぼつかない。駆け寄り、倒れかけた二人を支える。



「どうしたお前ら!? なんで怪我してる!?」

「あ〜…………なんかあの、遺跡の地下に爆発するトラップがあってさ。マイクラのピラミッド的な」



 マルエルが目を逸らしながら説明するが、ピラミッドは分かるがマイクラとは何だろう。また知らぬ単語だ。



「フルカニャルリは大丈夫なのか……?」

「大丈夫、私が居るんだぜ? 体力が尽きて眠ってるだけだ」

「そうか。……何処へ行くんだ?」



 マルエルは僕にフルカニャルリを託すと、足早に遺跡の方へと引き返そうとした。呼び止めると彼女は振り向き、いつもよりも真剣な目を僕に向けてきた。



「……遺跡の中で催してよ、花摘む為にバニースーツ置いてきたんだ。拾ってくる」



 ぶっきらぼうに言う。嘘だ。

 普段はやる気のなさそうな目をしてばかりの彼女が、強い意志を持った目をしている。なんらかの覚悟を決めた目だ。バニースーツを拾ってくる程度の事でそんな顔をするわけが無い。


 引き止めても無駄だろうな。むしろ邪魔したら殴ってきそうだ。だから引き止めない、怖いし。



「……もしかしたら遺跡の中に不審者とか、あと狩り残したアンデッドとかいるかもしれないから気を付けなよ」



 話しかけた手前何か言った方が良いと思い、送り出すつもりでそう言った。僕の発言を聞いたマルエルは、初めて僕に対し真っ直ぐな笑顔を見せた。



「な、なんだよ。僕変な事言った?」

「いーや? お前も他人の頭ん中察して、だるくない事言えるんだなって。感心したわ」

「なんだそれ……。まあ、本当に気を付けなね」

「おー」



 返事をするとマルエルは身を翻す。フワッとジャケットの裾が少しだけ浮き上がる。……っ!!! 尻の膨らみが見えたっ!?!?!?



「うぉっ!? なんだよヒグン! そこ掴むなっ、見えちゃうだろ!?」

「くぅーその手があったか! 大きめのジャケットを着せて前を閉じさせ、ぶほっ!!? 中は裸!! その案貰い! 次に仲間出来たら候補にしよう!!」

「……お前」



 しまった! マルエルがゴミでも見るかのような目をしている。好感度が更に低下した気配がある、何とかフォローを入れないと!!!



「冗談だよ! これ、渡そうと思って」



 必死に考えに考えた結果、僕はポケットからネックレスを出してマルエルに着けさせた。マルエルはジャケットの襟を引いてそのネックレスを下に仕舞い込む。




「なんだよこれ」

「お、お守りにどうかなって。無事に帰ってきて欲しいからさ」

「! ……」



 マルエルは大きく目を見開いて僕を見つめた。また言うべきセリフ間違えたか? 女の子と接した経験が無さすぎて正解が分からないんだよ……。

 目を逸らす。焦るあまり恥をかいてしまった、これは黒歴史だな。



「……賭けでもするか?」

「賭け?」



 不思議な事を言うのでマルエルの顔を見ると、彼女は僕から目を逸らし斜め上を眺めながら言う。



「これは後で返すよ。重い贈り物は受け取らない主義だから、私」

「そ、そうか。じゃあ、今貰おうか?」

「今はいい! 持っとく」

「は、はあ。おーけー……?」

「だから、後で返すからさ。そこで賭けよ。ネックレスを無傷で返せたら私の勝ち、みたいな」



 言葉尻に近付く毎に声が小さくなっていく。


 そのネックレス、金具が緩んでいてヘッドの部分を押さえないと外れてしまうのだが。ヘッドをわざと外させて、傷をつけたって言ってやれば僕の勝ちになるのだが。僕が負ける要素ないが。



「構わないよ。じゃあ、もし賭けで僕に勝てたらマルエルは何を望む?」

「それはまた後で決める」

「分かった。じゃあ僕が勝ったら、これから半年くらい僕に絶対服従という事でいかが!?」



 満面の笑みで言ってやる。本当は一年とか一生とか言いたかったが、流石に断られるかなと考えて半年だ。



「いいよ。その代わり私が勝ったら同じくらいデカい要求をしてやるからな。覚悟しとけよ」



 拳を突き出すマルエル。なんだ、気持ち悪がられると思ったらやけに爽やかな返しだ。テンションに大きな差を感じるが、相手に合わせて拳を合わせる。小さな拳だ、可愛い。



「じゃ、ここで戻ってくるの待ってるよ。僕が賭けに勝ったら、まずその格好でちょっとたぎってしまったから家戻ったら一番に尻を揉ませてもらうからね!」

「うん絶対にこのネックレス死守する事が決定したわ」



 僕から弾かれるように離れるとマルエルはそのまま何も言わずに遺跡の方に歩いていった。背中を見守った後、流れでお姫様抱っこしているフルカニャルリの腹に目がいった。



「……っ」

「やめんか」



 エドガルさんに肩を殴られた。危なかったー、止められてなかったらこの白くてぷにぷにのお腹に顔をつけてスリスリしていたに違いない。間一髪で犯罪者にならなくて済んだ……!



「ありがとうございます、エドガルさん!!」

「えぇっ、なんで殴られて喜ぶんだよ。気持ち悪いなお前……」




 *




 異人が来た。彼は森の向こうの国からの使者だった。

 向こうの国は妾の国と併合し他国との戦争に備えようという提案をしてきた。


 初めは懐疑的だった。大臣も妾も皆がその提案を断ろうとした。当然だ、互いの事を何も知らぬ国同士がいきなり併合出来るはずが無いのだ。


 しかし、話し合いが終わった後も使者は妾の国に滞在し続けた。彼はこの国の文化を知り、改めて提案を申し出るつもりだったらしい。


 妾の国は他国との交流が一切なく、独自の神話を持ち繁栄した。故に妾の国では誰もが神話を尊び、信仰を何よりも重要視していた。



「素敵な国ですね」



 彼はそう言った。妾の国を愛し、儀式にも理解を示したのだ。


 外から来た住民に文化を認められ愛される。それはこの国を愛する妾に、これまでにない感動を与えた。


 話している内に親近感を抱き、妾の方から彼を、彼の国を知りたいと思うようになった。だが、閉鎖されたこの国の王が外に出るのはそう簡単では無い。誰もが納得できる、公的な理由が必要だったのだ。


 妾はその男と婚姻を結ぶ事にした。王家の人間として迎え入れる事で使者の国との繋がりを作る為だ。


 ……感情の面でも、彼に惹かれていたのかもしれない。一万年前の出来事なので覚えてはいないが。



「婚礼の儀は7日後、最も輝くの明星の下で執り行うわ。偉大なる裂け目の神(バル・ペオール)への供物も豪勢な物にするのよ!」



 大臣達の前でそう宣言した時、彼は確かに妾の隣に立ち手を握ってくれていた。妾は愛されているのだと信じていた。


 その年が、テルンテッカの暦碑(こよみひ)が定める、光の時代(イパルネネトリャリ)の最後の年だった。


 妾は殺された。妾を殺した者の手には使者の持っていた黒曜石の短剣が握られていた。


 数日後。使者の国の兵士の手によって、妾の国は滅亡した。生者は妾の国を価値の無い敗者として、歴史からも抹消した。


 憎かった。ただそれだけなのに。





「陽の、光……っ!!!?」



 身体が灼ける。一万年の時を経てもまだ妾の肉体は完全に受肉し切れていない。死者の肉体を持つ者にとって光は害だ。


 際限なく身体が灼け、死を迎える度に生を受ける。無限の苦しみが妾を襲う。だからあと10年待とうと思っていた、まだ妾は太陽を克服出来ていない……!



「あ、が……」

「苦しそうだな」



 なんだ……? 空から人が降りてくる。翼を伴った少女だ。


 その容姿は天使のようにも見えた。ソレは、穴の底で仰向けて倒れ太陽の光に磔にされている妾の傍に降りると、向かい合うように妾の上に立ち光を遮った。



「き、さま……よくも」

「よくも天蓋を開け放ったな、か? そうだな、こんな形で決着が着くとは私も思わなかったよ」



 ソレは妾の民の墓を荒らしたあの二人組の片割れ。妾と同じように蘇生能力を持つ少女だった。



「ふ、ふふ。これ、で、決着……? そうじゃない、わ。夜まで、待、てばいい、もの。他愛、もない」

「そうか。そうだな。また生き返りたいと思う限り死なないんだもんな」

「そ、うよ。妾は、不死、み」「じゃあ死にたくなるまで殺せばいいじゃねえか」



 妾を見下ろす少女は残忍な笑顔を見せ、妾の腹の上に腰を下ろした。彼女は短刀を出すと、妾の額に刃を入れる。



「なにを、する気……?」

「死の爪ってあったろ。アレ、私も使いたくてさ」



 額から一列、線を描くように刃が滑っていく。



「脳髄を、啜って、奪、うの?」

「病気なるわ」

「じゃ、あ」

「大脳皮質ってあるだろ、記憶容れてる所。実際やって試した事があるんだけどよ、自分の脳にぶち込んで同化すると中身を覗き見れるんだよ」

「そ、そんな、有り得な、い」

「やったんだって、実際。まあ他人の記憶を丸々覗いてたら廃人なっちゃうから、必要な情報だけこっちの大脳皮質に記憶させたらさっさと自殺して海馬の初期化をする必要があるんだけどな」



 彼女は妾の頭に伸ばしていた手を引き戻すとなにか、血に塗れた白い物体を妾に見せた。



「なあ。あんた古代人だろ? 人の心臓抉り抜いて神に捧げたりしてたろ。この遺跡は元々神殿で、あんたの棺桶の上にあったのは心臓置くスペースだもんな」



 それは、そうだ。テルンテッカ王国の祭事には必ず神官と子、賢者と勇士の心臓を合わせて四つ捧げる仕来りがある。偉大なる主神、光と闇の神、雨と嵐の神、繁栄と未来の神の四柱を信仰していたからだ。



「なんで脳じゃなくて心臓なんだ? それがずっと不思議だったんだよ。ミイラ作りも鼻の穴から棒突っ込んで脳をグチャグチャにするらしいしな。古代人はなーんで脳を軽視するのか、いっちょう分からん」



 そう言いながら、彼女は自身の頭に刃を突き立てて穴を開け、頭蓋の穴に無理やり妾の脳と思われる物質をねじ入れた。そのまま手を動かし、自身の脳を弄り回している。


 目玉がギョロギョロと忙しなく動き、小さな声でなにか言っている。それは意味のある言葉じゃない、正常ではなくなった脳が言わせているただの単語の羅列だ。


 吐き気がする。

 妾は不死身であり魂が固定化されているため、脳を破壊されようと思考能力が失われることは無い。だが、こんな狂気の沙汰を目にして普通で居られる筈がない。



「はぁ。あ゛ー、気持ち悪い。いい、馴染まない……吐きそ……」



 しばらくすると彼女は焦点の合わない目をし、涎を垂らしながらそんな事を呟き、頭の中からグジュッという音を響かせて腕を引き抜いた。握り拳の中にあるのは彼女自身の脳だ。


 彼女の目が上を向き力なく倒れる。妾に縋り付くように胸の上に落ちてきて、腹に液体が染み広がっていく。



「な、んなの。こい、つ」

「……ふいー」



 妾に跨る少女の亡骸が起き上がる。自ら脳を握り潰し絶命したというのに、何も無かったかのように平然としている。



「なんなのよ、貴女は! 何故、生きているのに不死身なんて」

「不死身では無い。原理は一緒だけどな、あんたと」

「げん、り……?」

「あんたの不死が成立出来るのは死の魔力ってやつがあるからだろ。それ、現代では『(くろつち)』って呼ばれてるらしいぜ。死骸から出てくる穢れた魔力ってやつな」

「それが、なに……?」

「私の蘇生も涅を利用してる。普通に生きてたら涅なんて触れる機会ないから体内に蓄積させてるのを小出しにして蘇生してた、だから回数制限があったんだけどよ。この場にはそれが満ちてるだろ? だから私、あんたと同じでここだと無限に復活出来たんだよ」

「……有り得、ない。死の、魔力は、生者を蝕むはず」

「そーなんだ。それはどうでもいいや。でさ、あんたの不死と原理が同じってんならさ? 他の事も猿真似出来んじゃないかなって」



 少女は人差し指を立て、妾の鼻先に当てた。その指先は黒く変色しており、鼻に押し当てると妾の鼻がゴッソリと触れた部分のみ腐敗する。



「死の爪? ってやつと、あとあの頭おかしい必殺技をパクらせて貰ったわ」

「……嘘よ」

「本当だよ? で、一つ実験したいんだけどさ」



 少女が手を広げると五本の指先全てが黒に染まる。彼女はその手で妾の胸、心臓の位置に触れる。接触している皮膚が腐敗し、皮膚の下に指が沈み込んだ。



「不死身と絶対に殺せる力。ほこたてだよな。どっちが勝つのか気にならないか?」

「! や、やめて」

「死の爪の方が強いのか? あんなに自信満々に『妾の不死身に弱点は無い』とか言ってた癖に、自分の能力で殺せるとか間抜けな話だな」



 試した事がない。そんな発想これまで浮かんだことがなかった。

 妾はこの不死の能力に絶対の自信を持っている。死の爪でだって、殺せなかった奴はいなかった。

 どちらがより強力なのか、そんなの分からない。もし死の爪が勝ったら……。



「待っ」「あいー」



 少女の手が握り込まれる。内臓を守る骨をいともたやすく劣化させ破壊し、少女の指が妾の心臓にかかる。そのまま、彼女の手は妾の心臓を握り込み触れている箇所が消失していく。


 い、嫌だ。これで終わりなんて嫌だ。死にたくない、死にたく……。


 意識はそこで落ちる。しかし、すぐに暗闇から光が零れて妾の命が復元される。



「不死の方が勝つのか。本当にゴキブリだなお前」



 復活した瞬間に少女の髪を掴み、死の爪を使い心臓を破壊する。少女は絶命する、しかし彼女もまたすぐに息を吹き返した。



「……妾が死んだ時に漏れた魔力を勝手に使い、蘇生したのね」

「そうだよ? どうする、夜になるまでずっと殺し合うか?」

「夜になったら、妾が勝つ、わ。貴女なんかより、妾の方が、強い」

「じゃあアプローチを変えよう」



 少女が妾の顔を掴む。死の魔力とは異なる、穏やかな熱を帯びた魔力が流れ込んでくる。



想起(メノン)

「……っ、痛ァ!?」



 少女が単語を口にすると、何もされていないのに勝手に拳で殴られた様な痛みと衝撃が走った。



「いいだろこれ。魔法を研究してた時に出来た副産物。私が触れた死体の痛みを、ソイツが受けた度合いそのままに他人に与える魔法だ」

「……そ、そう。馬鹿ね、妾は一万年生きてきたのよ、痛みなんて」「想起」



 魔力が流れる。腹が切り裂かれ、臓物が引きずり出される痛みが走る。



「アッ!? ギャアアアアァァァァアアッ!!?」



 叫ぶ。おかしい、この程度の痛み何度も受けてきた筈だ。もっと大きな痛みだって何度も、何度も。それなのに何故こんなに痛く感じて、恐怖を抱いている!?



「妾は、死なない! 妾に痛みなんか!」

「お前が我慢強くても関係ねえよ。他人にとっての痛みをそのままお前にフィードバックさせてんだもん。私がお前に痛みを与える度にお前は普通の人間が感じる新鮮な痛みを追体験出来るんだ、楽しみだろ」

「た、楽しみ? 何言ってるの、何言ってるの、こんなの、全然楽しくないわ、楽しくない、楽しくない!」

「想起」

「ギャアアアアッ!? イヤッ、イヤアアアッ痛い痛い痛い痛い助けっ、助けてっ!!」



 喩えるなら鉄の塊に少しずつ足の先から潰されていくような痛み。

 実際には何もされていないから痛みから抜け出す手段は無い、ただ痛みだけが妾の肉体を少しずつ少しずつ挽き潰していく。


 痛みのあまり失禁する、痛みのあまり呼吸が出来なくなる。死ぬ。けれど生き返る。視界を遮る少女の指が見えると、涙が勝手に零れ落ちてくる。



「許さない、許さない、許さない、許さない、こんな身体でも絶対殺してやる、殺してやる」

「想起」

「アアアッガッ、ハギャアアアァァアッ!!?」



 火を付けられた。全身が燃える。皮膚が捲れて肉が焦げる。歯茎が溶けて歯が落ちる、眼球から水分が飛んで煙が上がる。


 全身を必死に伸ばして痛みから逃れようとする。けれども何も意味が無い、痛みの記憶が妾に流れ込んでくる。妾の物か焼き殺された人の物か分からない悲鳴が頭の中に響く。



「でも我慢出来るんだよな。こんなに痛い思いしてるのに、それでもお前は一万年も頑張ってきたんだもんな。夜まで待てばお前の勝ちだもんな。残り10時間耐えればお前の勝ち。我慢比べだね〜」

「はっ、あっ、や、やだ、やだ」

「だから重複させよう。何重にも重ねがけして、努力家なお前好みの試練を私も一生懸命与えよう。負けないぞ〜、死にたくなるまで必死に必死にお前を追い詰めてやるぞ〜っ!」

「やだっ、やっ」

「おう。痛がれ」



 身体の至る所を撃ち抜かれる痛みが走った。

 全身の関節を反対向きに折られる痛みが走った。

 足の裏を剥がされ塩の上を歩かされる痛みが走った。

 眼球に蝋を垂らされる痛みが走った。

 股間の知らない臓器を蹴り潰される痛みが走った。

 獰猛な獣に食われる痛みが走った。

 電流を流される痛みが走った。

 何かに引きずられ全身が細切れにされる痛みが走った。

 首を質の悪い刃物で切断される痛みが走った。

 顔を幾度も刺される痛みが走った。

 肉体を爆破させられる痛みが走った。

 指に針金を入れられる痛みが走った。

 尻の穴に熱した鉄を入れられる痛みが走った。

 全身の血を抜かれる痛みが走った。



「戦争経験者だからな、色んな痛みをストックしてるぞ〜」

「ごめ、んなさい、ごめん、なさい」



 他人が受けた痛みを他人が受けたままに。そんな凶悪な能力があっていいはずがない、そんな凶暴な痛みに耐え切れるわけが無い。


 この技を食らってから何度も死んだ。死んでいないのに死んだ感覚があった。それは錯覚だ。妾はその魔法では一度も殺されなかった、殺してほしかった。



「ちがう、ちがう」

「? なにが。なにが違う?」

「妾は、わたしは、死にたくない、死にたいなんて思ってない、生きたい、生きてまた皆と」

「想起」

「ぎゃああぁあっ、いやっああぁぐるじぃっ、死んじゃうっ」

「死なないよ。あと、この魔法は私が居なくても発動するからな」

「…………えっ?」

「この拷問に耐え抜いて、夜を迎えたとするだろ? その後も勝手に気まぐれにこの痛みは発動するよ。そういう魔法なんだ」

「う、そ、うそ、うそ、うそうそうそうそうそっ! うそうそうそうそうそうそうそうそうそ絶対に嘘そんなわけないそんなわけない!!」

「でも私もうお前から手ぇ離してるよ?」

「えっ」



 言葉を聴き少女を見る。彼女は確かにわたしから手を離し、胡座をかいて楽しそうに苦し身悶える妾を眺めていた。



「私はお前から手を離して見ていただけなのに、なんでお前は苦しんでるんだ? 考えりゃ分かるだろ。お前の中に残留している魔力が勝手にお前を痛めつけてるんだよ」

「あ、あ……」

「お前は受肉して、どれくらい生きるんだ? 一万年か、二万年か? もっともっと生きるのかもな〜。あははっ、お前はいつまで経っても死ねずに、知らない人間の痛みを追体験し続けるんだ」

「酷いわ、酷いわ、なんでそんな」

「嫌なら死ねばいいじゃねえか」



 指先を黒く染めた少女がわたしの胸にまた手を置いた。



「死んだら後は楽だぞ〜痛みなんて概念は消え去るさ。それにあんたは自分の愛した国民の為に復讐を誓ったんだろ? いい事じゃないか、そりゃ善行だ。他人の為に生きれる人間は天国に行けるんだぜ? 幸せじゃないか、なあそう思うだろ?」

「やだ、わたし、死にたく」

「死んだ方が楽だっつってんだろ〜?? なんで分からねえんだ今なら優しく殺してやるっつってんだよ〜〜〜!!」



 死の爪を使っていない方の拳で少女はわたしの顔を殴る。彼女が「想起」という度に何十人分の痛みが肉体を犯した。


 抵抗が出来たのはたったの数分だった。



「殺してください、殺してください!!」

「はいおっけ〜」



 わたしが衝動的に死を望んだ瞬間に、少女はわたしの心臓を掴んで抉り出した。すぐ心臓を潰され、わたしの意識は目覚めることの無い闇へと沈んでいった。

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