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17頁目「亡国の重責」

「……なあ、フルカニャ。両手上げて敗北宣言したら助かるとかないかな」

「あるわけないでしょ!? 何馬鹿な事言ってるめか!?」



 身体を粉微塵に分解されてもあっさり再生を果たした巨大アンデッド、死霊王(リッチ)。ヤツが人など容易く貫いてしまえそうな五本の指をこちらに向け伸ばしてくる。


 さて。オレは実に200年以上の時を生きているロリ擬態大ジジイなわけだが。肉体がこんなんだからあいにく精神面は女体化を望んだ頃からあまり変わっていない。ちびりそうだし泣きそう。ゾンビなんて余裕じゃんって言ったこと、全力で後悔してます。


 だって勝ち目ないもんな〜。アニメとかだとさあ、不死身持ってる敵がミクロに分解されて消滅するシーンとかあるじゃん? 描写としては全く同じ死に方したじゃんこいつ。なんで平然と復活してんの? そこは死んどけよ生き物としてよ〜!!!


 どうにかフルカニャルリだけ逃がさなきゃと必死こいて考えてみてはいるが、全然何も浮かばないし何ならコイツを見捨てて一人スタコラサッサと逃げてしまいたい。そんな事来たら後味の悪さのあまり歌仙になってしまう可能性が高いのでやらないが。



「とりあえず土下座するか……」

「何してるめか! 早くこっち来て!」

「いやいや、だから私居たら滑り落ちるって。多分フルカニャ一人なら登って行けるっしょ、私でも抱っこして運べるんだし。任せな、コイツは私がぶっ殺しておくからさっ」

「体を丸めてなーにがぶっ殺しておくからさっ、めか!? 言葉だけ強がってないで早くっ」「あい捕まえたー」



 ぎゃいのぎゃいの言っているフルカニャルリを無視し、リッチの指先がオレの髪にかすった瞬間にスキル『死体加工』を使う。


 こっちが白旗上げようが土下座しようがどうせ相手には知性がないのだから無駄なんてことは分かってるんですよ。でも、知性もなく本能だけで生きてるってんなら相手の行動も単純で予想しやすいって事でね。


 野生動物は眠っていたり水を飲んで休んでいたりする動物こそ狙って狩りをする。一直線だ。

 アンデッド族高レベルモンスターのリッチが果たしてライオンやトラと同じ行動原理で動くのかは分からなかったが、幸運にも敵は無警戒にこっちが狙っていた射程に指を突っ込ませてきてくれた。


 死体加工で人骨を同化させて壁を作り、リッチの指を何重にも挟んで前腕、肘、肩にまで骨による枷を装着していく。

 野生動物を捕らえるトラバサミのような洗練された罠、いやはやこんなの思いつくなんてオレってば天才ね!!



「バカめ! 土下座するフリしてセコセコ魔力の及ぶ距離をめいっぱい伸ばしたんだ! その枷は自分の踏んでいる足場に直結してるから絶対に外せないもんねーっ!!!」

「! 諦めてなかったのめか!!」

「あったりめぇだろー! こんな100倍濃縮加齢臭野郎にだーれが殺されるかっての!! オラ食らえやっ!!」



 骨爆弾を作って腕を伸ばしっぱなしにしている相手の頭骨横の壁にぶん投げる。起爆すると爆破の衝撃でリッチの頭骨が半壊し、崩れた瓦礫がリッチの足の上に降り注ぎ移動を封じる。



「ざまあみろタコ!! よっし、フルカニャルリ!!」

「! な、なにめか!?」

「コイツ案外バカらしいから時間稼ぎ余裕っぽいわ! 厳しいと思うが、何とか上まで行ってヒグンとエドガルさんを呼んできてくれ!!」

「えっ! で、でもあの二人でも勝てるかどうか……」

「無理そうなら遺跡出て地上から穴開けて太陽光が入るようにしてくれ!! コイツも例に違わず光が弱点だろ、事態が好転するかもしれん!!」

「マルエル……!!」

「私を信じて先に行ってくれ。大丈夫、絶対持ちこたえる!!」



 等と虚勢を張っているが、実際は人骨の壁を維持するためにおびただしい魔力を消費してるから全身激痛走っている。すごいなオレのポーカーフェイス、俳優も目指せたのかもしれん。


 ここまで余裕な顔を見せればフルカニャルリも勝機があるのだと思って上に逃げてくれるだろう。さあ、早く上へ消えてくれ! 痩せ我慢チャレンジ結構もうギリギリなんだぁ……!


 勝たなくてもいい。オレはどうせ死んでも集中を切らさず蘇生チート魔法を使えば、今の魔力残量なら少なくとも10回は自己蘇生できる。

 死んだフリしてそのままやり過ごして、後になって脱出を考えたらいい。今はこの場で一番脆いフルカニャルリを逃がすのが先決だ!



「……分かった。ごめんねマルエル。ぼく、気付いた。自分の役割を全うしめす!」

「そ、そうか! 物分りが良いな、じゃあ早く上に……」



 フルカニャルリは穴から出てくると、オレの前に立ちリッチと対峙した。



「……おい、フルカニャ?」

「ぼくは馬鹿め。敵に脅え、逃げ腰になっていた。仲間の力を信頼出来ていなかっためね。恥ずかしく」

「うん。フルカニャ、一旦落ち着け? お前なにを」

「ぼくも一緒に戦いめす!! 二人ならきっと倒せる、諦めず立ち向かおう!!!」



 自分の膝を平手打ちする。



「なぁぁんでそーなるのっ!!!」

「ひゃっ!? なにめかマルエル! ビックリする!」

「ビックリしたのはこっち! 気付けや、お前を逃がすためにわざとカッコつけたの!! 何いけしゃあしゃあとオレの前に出ちゃってんの!? 前提として勝ち負けの概念がないような相手だろうが! 何しに来たんだよお前!!」



 つい感情的な言い方をしてしまった。リッチに恐怖していたせいだ、手の震えが怒りに変換されて胸の内をそのままフルカニャルリにぶつけてしまった。


 しかしフルカニャルリはオレの言葉を受け驚きはしたものの退くことは無く、むしろ目を尖らせてオレにガン飛ばしてきた。



「む! やっぱりそういう事めか! だと思い! 自分が囮になるオーラ出まくりだっためよ!!」

「なんやオーラってローランドか! どう考えてもオレが囮になるべき場面だろ!? 適材適所じゃ!!」

「ぜんっぜん理解できず!! 誰か一人が犠牲にならなきゃいけないって場面なら進んで前に出るのめか!? そういう自己犠牲が一番嫌い! そういう事するような人間がいっっっちばん気持ち悪く!!! きしょいめ!!!」

「言い過ぎじゃ! 自己犠牲とかどーとか何の話してんだ馬鹿こっちは適材適所の話をしてんの!!! どう考えてもオレの方がタンクとしてのスキル構成固まってんだから前に出て時間稼ぐべきだっつってんの!!! 1+1は2ってのと同等の至極当然な落とし所の話!!! いいからお前下がってろよ!!!」

「下がらず!!! そのまま相手の動き止めてたらよく!! それがマルエルの適材適所!!!」

「ざけんなおまっ! 数秒なら手を離してても形維持されるんだぞ、今首根っこ捕まえて」「ブーッ!!!」



 言った通りフルカニャルリの首根っこを掴んで穴にねじ込んでやろうと思ったが、彼女は唾を多めに飛ばしながら糸を吐きオレの片手を地面に貼り付けた。



「お前ー!!?」

「ふふふ! よく! そのまま枷を維持してないと身動き取れないからリッチに攻撃されちゃうめよ? 頑張って維持するのがよく〜」

「頭かなぁ!? 性格かなぁ!? 悪いのはどっちだろう両方かなぁ!?」

「そこで黙って見ておれ! 殺せなくても動けなくしてしまえばいいめっ!!!」

「待っ! おい!」



 フルカニャルリはオレの制止も聞かず両手の平から糸を出しリッチの居る壁の両サイドに糸を貼り付け、ピンッと張った状態でジャンプしワイヤーアクションの要領で距離を詰める。……それ、手からも出せるの? スパイダーマンじゃん。



「死なないのは驚いたけどっ、それ以外に特殊な攻撃をしてくるでもなし! おそるるに足らず!!」

「おいてめぇ単騎特攻してフラグみてぇな事言ってんじゃねえ!!!」

「フラグって何めか!? 意味っ、分からず!」



 リッチの前方で両手の糸を切り、身を捻って空中で一回転する。地面に着地するフルカニャルリの全ての指からいつの間にかキラキラ光る糸が伸びており、彼女が一気に虚空を一本背負いするかのような仕草を取ると周囲の壁が土煙を上げた。


 土煙はリッチの方へと近づいていき、細く頑丈な糸が何本も何本もリッチの体を強く絞める。やってる事がドンキホーテ・ドフラミンゴである。スパイダーマンだったりドフラミンゴだったり、もう完全に糸使いじゃんあいつ。



「オマケで食らうが良く!! スキル、流錬地壌(サレオス)!!」



 フルカニャルリが蟻でも相手にするかのように強く地面を踏むと、その足から魔力が地面に流れる。直後、リッチの足元を含むフルカニャルリの前方の地面がランダムに隆起する。地形を変える錬金術のスキル? それは錬金術なのだろうか。


 急な地形の変化によりバランスを崩したリッチの体が大きく揺れ、ヤツは思い切り背中から背後の壁に激突する。

 フルカニャルリはそれが狙いだったようで、両手と口から次々高い粘性を持つ糸を吐いてリッチの体がみるみる白く染まっていく。



「ふふふ。どんなもんだ!」



 両手両足、胴体、顔に至るまでネバネバの糸まみれにされたリッチは微動だに出来ない様子。まじ? 一瞬で制圧したやん。つっよこいつ。



「ふっ……ふふっ。ふにゃあ」

「おっ!? フルカニャ?」



 フルカニャルリはオレの隣まで戻ってくるとヘロヘロと脱力しもたれかかってきた。腕にも糸が貼り付けられているから人骨の枷から手を外しても大丈夫かな? ……大丈夫そうだ。



「どうした、大丈夫か?」



 とりあえず死ぬほど疲れたので尻を地面に着けて座りフルカニャルリを膝枕させる。



「ふにゅ〜、糸出し過ぎため……お腹ぺこ〜……」

「糸出すと腹減るんだ」

「大部分はタンパク質なので……」

「納得出来るような出来ない理由。ほれ携帯食」

「ありがとう……」



 自分から動こうとしないフルカニャルリの為に指で携帯食を摘んで口に運んでやる。彼女はモソモソとそれを口に運ぶ。呑気な奴、敵は動けないだけでまだ全然健在だってのに。



「……あ?」



 なにか、変だ。そういえば先程までオレの腰の高さまで暈の増していた黒いモヤが足首辺りまで減っている。


 原因を探ってみる。が、それらしきものはすぐに見つかった。リッチだ。


 リッチは巨大な人型を象ってはいるものの下半身、両足の表面には細かい人間の手足が無数に生えているようなおぞましい見た目をしており、その幾重に生え重なった手足がビロビロと動く度に黒いモヤを吸い込んでいるのが見えた。


 それと、呼吸音だ。


 先程までリッチは手足や胴が動いている以外の一切の生体反応が無かった。肉が無いからもちろん瞬きはしないし、呼吸もしないし心臓も恐らく動いていなかった。けれど、糸で拘束されたリッチからは『コーホー』という呼吸音のような物が聴こえてくる。

 それに骨が表面にむき出しだった先程に比べるとどことなく肉々しい。より見た目が人に近付いている気がした。


 嫌な予感がする。嫌な予感がした時は大体当たっているもんだ、フルカニャルリの額を軽く指の腹で叩く。



「んぅ、なにめか?」

「フルカニャ。歩けるか?」

「んー……うん、動ける」

「じゃあお願いだ。穴ん中入っててくれ」

「え、なんで」

「いいから! 早く!」



 その瞬間気付いた。嗅覚が脳に強烈な危険信号を伝えてくる。フルカニャルリの着てるビスチェを掴んで強引に穴の中に引きずり入れる。



「な、なにするめか! 破れちゃったらどうすっ」「がはっ!!? うっ、ぐぅ……っ」



 喉の奥から吐瀉物が込み上げてくる感じがした。けれどそれは吐瀉物ではなく赤い液体だった。破壊された肺から登ってくる血液だった。



「ゴボッ、ガッ!! ブッ、フブッ、あぐっ!」

「マルエル!? なんで血を吐いてるめか!?」

「ガハッ!! グッ、はぁっ! ど、毒っ、ゴフッ!? あっ、ぎあぁぁああああっ!?」



 鼻からも目の端からも耳からも、それどころか皮膚の毛穴からもプツプツと玉のような血液が滲み出てくる。

 肺はグジュグジュに溶け血液が肺胞にまで浸水しているせいで呼吸が出来ない。自分の血で溺れかかっている、絶え間なく逆流する血液を吐き続けることしか出来ない。



「や、やだっ!! マルエルッ!」

「息っ、ゴホッゴホガホッ!!! おおぉえぇぇえっ!! ああっ、ああぁぁあ痛い痛いガハッ!!! ゴホゲホゴッヴォッ、お、ああぁ……っ」



 息をするなって言いたいのにどう考えても無理な激痛が胸を焼いて何も喋れん。転げ回って全身を打ち付けているのにそんなの気にならないくらい吐血を伴った咳が出る。頭が熱した鉄のように熱い、首から切り離したくなるくらい熱くてマトモじゃいられない。



「マ、マルエル……」



 フルカニャルリが震えながらオレに向けて手を伸ばしてくるのが見えた。慌てて手を払い、喋ると容赦のない咳で肋骨ベキ折れするのでジェスチャーで自分の口鼻を押さえるよう教える。



「はぁ、はっ……ぁっ、あっ」



 駄目だ、酸素吸えてないから酸欠で頭がボーッとしてきた。フルカニャルリがクタクタになってオレの膝枕に応じてくれてよかった。恐らくこの猛毒は空気より軽い、だから低い位置に居れば回避出来たのだ。


 とはいえ濃度が高くなってくれば、それかリッチの工夫次第で毒ガスを下に降ろしたり、この横穴を毒ガスで侵す事だって可能な筈だ。くそ、反則だろ! 不死身で無色の即効性の毒ガスを使ってくるとか、生物兵器として完成されすぎてるだろ……。




 *




「はぁ、はぁ、うっ!」



 目の前でマルエルが死んでいる。いくらでも自己蘇生出来るから無敵だ、とマルエルは言っていたけどそうは言っても見慣れるものでは決してない。

 瞳から生気が消えたマルエルと目が合っている。どんどん胸の底から押さえている感情が零れてきて、目から流れ落ちる雫と共に嗚咽が口から漏れてくる。



「はっ、はっ。マルエル、うぅ……」



 せめてその瞼を閉じようと手を伸ばす。けれど、少し指が穴から出ただけでピリッという痛みが走り急いで引っ込めると指先の毛穴と爪の根元から血が漏れ出していた。



「なにこれ、強酸の霧……? スライムや毒ガエルの粘液に似ているけど、霧状だし毒性も桁違いめ……」



 芋虫の体だったらきっと即死していた、人間の肉体はなんだかんだ耐久性に優れている。だけど、回復魔法を全て覚えていてきっと人間の中でも屈指の毒耐性を持っているであろうマルエルが10秒も経たずに死んでしまったのを見るに、ぼくがリッチの毒を浴びたら即死だろう。原型すら残さず溶けてしまうかもしれない。



『あら〜?』



 !? 突如、知らない声が猛毒の満たされた空間から響いてきた。それは布を被っているかのようなくぐもった音質の女の声だった。



『折角数千年ぶりに出てきたのに。数千年ぶりに妾が出てくるに値するしぶとさを持つ勇士が現れたと思ったのに。その勇士は妾がこの骸の身に宿っただけで、その吐息に触れただけで昇天してしまったのかしら? いけないわ。そんなのいけないわ。だって折角出てきたんだもの、数千年ぶりに出てきたんだもの。それなのに何もせず終わるだなんていけないことだわ』



 女の声が話し終わると、ブチブチ、ミチミチという繊維を乱暴に千切る音が聴こえてきた。あれは、ぼくの張った糸が破れる音だ。じゃあこの声はあの巨大なリッチ? 何故意思の宿らない筈のアンデッドが言葉なんて……。



『けれどそれも仕方ないわ。ええ。分かっていたの。妾が死んだその日から、この国から命が消えた日から今日までずっと皆を連れてきて体を与えて解き放ってたんだもの。えぇ、仕方ないわ。生きている貴女達からすればそれは困る事だものね。死者が生きていたら困ってしまう物ね。仕方ないわ、仕方ないわ』



 ギリ、ギリギリギリギリ。ギリギリギリギリギリギリギリ。鋭い刃物が硬い壁を削るような音。それは絶え間なく響き続け、その間にもずっと女の声は鳴り止まなかった。止まることなく女は喋り続けていた。



『でも仕方ないの。だって妬ましいんだもの。妾は騙されて殺されたの。妾の可愛い民は騙されて殺されたの。妾の愛した国は騙されて殺されたの。殺された方が悪いわけないじゃない。殺す方が悪いに決まっているわ。生きている奴が悪いに決まってるわ。生きている奴が、自分が何故生きていられるかすら考えずに生きているから悪いに決まっているわ。死んでいる妾達が何故死んだのかを考えて勝手に暴こうとする癖に妾達が死んでいるまま生きる事を許してくれないのが悪いんだわ。だから仕方ないの。責められる咎はないの』



 ギャリギャリと音は鳴り続ける。いつまでも鳴り止まない喧しい音に頭がおかしくなりそうになる。



「っ!」



 ズルッ。足が滑る。バランスが崩れ、傾斜の泥濘に腰が触れて滑る。やばっ、このままだと猛毒の霧の中に飛び込んじゃう!! やだ、死にたくないっ、助けて誰か……っ!



「……ってぇな」



 マルエルの死骸に足が当たる。すると、ボソッとマルエルの口から声が漏れた。



『だから妾が外を歩けるように生きている世界を殺すの。生きているモノを全部ころして妾の世界にするの。妾は何があっても死なないけど妾だけが死なないんじゃ意味が無い。なら、妾がこの世界を統治すればいいの。イパルネネトリャリの世界を壊して太陽を黒くするの。ミルチュトリュクルの時代を拓くんだわ。そうすれば世界は闇に支配される、妾達死んだ者が自由を支配できるの。ああ、そんなの素敵だわ。不公平で悪平等な生者に報復出来るだなんて、考えただけで』

「話長ぇよ。短く纏めらんねえのか馬鹿」



 マルエルが立ち上がる。蘇生の魔法だ。顔についた血を腕で拭い、彼女は落ちている自分のナイフを拾うとそれを思い切り首に突き立てた。



「っ!?」

『……? 貴女、何故生きているの? 妾と違ってアンデッドでは無いのね? 生きているただの人間。じゃあ何故? 分からないわ、理解出来ないわ。そして何故自分の首を刺したの? 血が吹きでているわ。 動脈を切ったの? 何故?』

「なんで生きてんの、自分で首切んのキモ。これだけで終わるだろ。口動かしすぎなんだよ、顔面ロバみたいになんぞ」



 そう言うとマルエルは自分の首に回復魔法をかけて傷を治療する。今の一連の動作にどんな意味があるのかは分からない、けれどマルエルが猛毒の霧の中普通に立って喋っているということは。毒を何らかの手段で無効化しているという事だ。



「マ、マルエル。今のって……?」

「死ぬ直前にコイツの毒を解析して、肉体を蘇生させる時に血液を中和剤として再構築しといた。この空間に私の血液散布したから、実質こいつの毒は無害になった」

「そんな事出来るのめか!?」

「出来るだろそりゃ、生きる回復魔法辞典だぞ私は」



 確かに、その言い方はしっくりくる。だが、回復魔法をなんでも知っているからと言ってこんな数分で猛毒に対する中和剤、抗毒血清? を作る事なんて出来るの?

 そんなの、ほぼなんでもありでは無いか。ただの人間が出来る範囲の事? 神の領域に足を踏み入れているようにしか思えないめ!



『すごいわ。すごい、この毒を克服するだなんて! 一万年後の人類はすごいわ、一万年も待った甲斐がある!! 嬉しい、嬉しい! とってもとっても嬉しい! うふふ、うふふふふふ』



 ケタケタと巨大な女が笑う。頬に手を置き、ウットリした表情で顔を紅潮させながら、初恋の相手に歌を披露するかのように甘い声と軽い調子でリッチは言葉を紡ぐ。



『貴女はきっと強いのね。貴女はきっと中々死なないのね。楽しみ、楽しみ。誰も壊せない貴女を壊して、貴女の自由を妾が奪うのが楽しみ。妾を罪人として罰したあの悪人共のように、貴女の肉を全部しゃぶり尽くして魂をここに閉じ込めてしまうの! 素敵だわ、素敵だわ! 貴女に体を返してあげる度に貴女は私と遊んでくれるの。またの一万年は退屈せずに済みそうだもの!』

「さっき世界を支配するとか言ってなかったか? 一万年ニートする気満々じゃねえか。言ってる事ブレすぎなんだよ爆肉ババア」

『爆肉……?』

「爆弾盛り贅肉トッピングブスババア。略して爆肉ババア」

『ふふ、ふふふ! ふふふふふふふふふふふふふふっ!!』

「おいその笑い方やめろ。喋りすぎて口ん中乾燥してっから息臭えんだよお前」

『殺してあげるわ!』



 速い! リッチが予想以上の速度で腕を振るう。だけどマルエルは相手の指に手をついて難なく跳んで攻撃を躱すと、腕を足場に駆けていく。

 リッチは当然腕を振り回しマルエルを振り払う。マルエルは高速で壁の方へ飛んでいくが背中から叩きつけられることは無く、壁に危なげもなく着地すると飛ばされている最中に掴んだぼくの糸の弾性を利用しリッチの頭に向けて飛んでいく。



『甘いわ』「中等治療魔法」



 手でマルエルをキャッチしようとするリッチだったが、マルエルが魔法を唱えてからリッチの手にぶつかると手は粉々に砕け散った。



「中等重複、火傷治癒」

『ッ、炎! ふふっ、熱いわ、熱いわ!』



 リッチの頭に着地したマルエルが魔法を唱え両手でリッチを叩くと、敵の頭に強力な衝撃が入り表面が燃え始めた。

 リッチの手がマルエルを払うがまたしても空振り。マルエルは軽やかに飛び退くと翼を1度大きく羽ばたかせ、飛距離を伸ばして先程爆撃で空けた空間に着地した。



『あはっ! 何度も燃えるのね、いいわ! 炎属性の魔法、それはアンデッドの弱点だものね!』

「炎属性の魔法じゃなくて、火傷を治す魔力を一定間隔で流し込む魔法なんだがな。お前らの体不思議すぎなんだよ」

『汚い言葉遣い。口の利き方に気をつけなさい? 妾はこう見えても一国の女王なの』



 マルエルの言葉の内容には触れず、その言葉遣いに不快感を抱いたリッチが長く伸びた爪でマルエルの居る足場を襲う。空振りだが、爪に触れた壁はまるで砂に指で絵を描くように抵抗なく削られている。凄まじい力だ。



「生老病死を乱せし原初の医神パエオンよ」



 再び翼を羽ばたかせ、今度は真上に向かってマルエルは思い切り飛ぶ。



「並びに健康と繁栄の女神パナケー、秩序と衛生の女神ヒュギウムよ。貴方様方の権能を以てあらゆる病理を収束せよ。最上位魔法『白き法杭(カルフィ・サンクタ)』」



 天井に激突する前に彼女は体を回転させて天井に足を付けると、パンッ! と手を叩き、開く。すると彼女の手と手の間から三本の白銀の杭が魔力によって生成された。



『それ、見た事があるわ。聖人の杭かしら?』



 マルエルはリッチの質問に何も返さず、天井を翼で叩き勢いをつけて急降下する。



『つれないわ。これから長い事付き合っていくというのにそんな態度、妾悲しっ』



 落ちてくるマルエルを普通に手で弾こうとしたリッチ。だがその手は最早マルエルに触れる事無く、彼女の肉体に手のひらが当たる前に解けるようにリッチの腕が崩壊し空を切った。



『……これは、やばいわあ』



 そこで初めてリッチが攻撃以外で足を動かした。マルエルを脅威だと認め、彼女の攻撃を受け止めるのではなく回避するために動いた。


 巨体に相応しい重い動き、マルエルは当然敵を逃がさなかった。一本の杭を投げ、リッチの頭に命中する。その音が聴こえた直後二度、音が重なる。三本全ての杭がリッチの頭、心臓、腹の中心に刺さっている。



「どうせこれでも死なないだろ」

『死んではいるわあ。たった今生き返ったけれどね』

「同じだよ。でも、こうして刺し留めて標本にしておけばお前は何も出来ない。手で触れようとしてもたちまち手が解けちまうから引き抜くことも出来ない。一生そこにいろ」



 なるほど。やはり完全に相手を殺し切るのは不可能だと悟って、拘束する作戦で動いていたんだ。やっぱりぼくとマルエルは考える事が一緒だ。キャラ被り……。



「よぉ」

「め、め……」

「あ? 目? 目がなんか変か?」

「じゃなくて! その」



 今回も盗賊団の時と同じでマルエルに頼ってしまった。いつもぼくは彼女に頼りっぱなしだ。ごめんなさい、そう言おうとしたら彼女は自分の口に指を当てて「しー」と言った。



「今、私に謝ろうとしたろ。やめろやめろ、お前は悪い事していないんだから」

「で、でも! ぼく、いつもマルエルに頼ってる!」

「そういうもんだろ仲間って」



 マルエルがぼくの頭を撫でながら言う。仲間……仲間、か。うん、ぼくはマルエルやヒグンの仲間。頼るのは当然、覚えた!



「さて。厄介なデカデカゾンビは標本にしたし、どうやって脱出する。やっぱここは派手に天蓋ぶち抜くか?」

「だから生き埋めと言っており。穴の中に避難したとしても多分崩落の影響で空気に圧迫されて上の方まで押し出されるめよ」

「メントスコーラ理論か」

「なにめかそれ……」



 またマルエルは意味の分からない単語を言った。ここら辺では聞かない言語由来の単語だ。ヒグンとは明らかに人種が違うし、きっとマルエルは大陸の端の方とかから来たんだろうなと思う。



『悲しいわ。妾悲しい』



 リッチが呟く。マルエルの作った魔法の杭で体を三箇所も刺し留められているから動けないというのに、まだ彼女は最初と変わらぬ調子だ。


 そうしている理由はすぐに理解する事となる。



『こんな程度で妾を止められると思われるのが悲しいわ。一万年を生きていれば珍しい事でもないのに、勝った気でいれるその感情が後で折れてしまうのが悲しいわ。悲しくもあり、悼ましくもあり。……ふふっ、美味しそう』



 そう言うと、彼女は両手を前に出し、拳を握って思い切り背後の壁を殴りつけた。

 壁は呆気なく瓦解し、杭で留めていた杭が消えた事で拘束も解かれる。



「! ちっ、まだ戦んのかよ!」

『ええ当然よ。だってまだまだ始まったばかりですもの』



 そう呟くとリッチの額が裂け、窪みが現れる。更にその中がグジュグジュと音を立て、窪みは瞳となり、リッチの額に三つ目の目玉が発生した。

 敵はそれを思い切り自分の爪で貫き破壊する。するとリッチの肉体はそれまで人の形になるよう固まっていたのが嘘だったかのように砕け始め、折角刺した杭も三本とも外れてしまい地面に落ちる。


 肉の塊が再び蠢く。杭を抜いた敵は一度自分で崩壊させた肉体を再構築させる。


 無傷で万全の態度のリッチが感情のない笑顔をマルエルに向ける。



『名乗り忘れていたわ。妾はナワリルピリ。失われしテルンテッカ王国の女王ナワリルピリよ。この地で最初に死に、怨念となり、全ての国民の魂を吸って地獄からこの世に縛り直させられた哀れな"完全不死者ノスフェラトゥ"だわ。よろしくね、一万年後の不死の勇士さん』

「……なーにがよろしくだ。あんたかよ、悲劇の女王ナワリルピリって。同情してた気持ちが完全に引っ込んじまったじゃねえか」

『ふふふ。いいのよ同情しても。貴女もすぐに妾の元に招待してあげるもの。ねえ、貴女の名前を教えて下さらない?』

「嫌だよ。名前経由で呪ってくる可能性ある、てめぇは私の名前を知らないままここで私にいっぱい食わされる羽目になる。これは予言だぜ」

『あら勇ましい。いいわ、好きよそういうの! もっと熱烈に、もっと激しく妾を憎み嫌ってもいいのよ? その方が楽しみが増すもの!』



 剣呑な雰囲気ながら、双方相手の事を少し理解し打ち解けてきたのか若干和やかな空気が流れ始める。……置いてけぼりだ。初めは怖くて震えていたけれど、ここまで完全な置いてけぼりを食らうとちょっと腹が立つ!


 なので、勝手に名乗らせてもらうことにした。



「ぼくはフルカニャルリ!! 完全なる調和の数字、3を司る炎の神の正統なる末裔! この餅尻を見よ!!」

「なんで尻を見せるんだよ」



 敵のナワリルピリに向けてお尻を突き出してフリフリしていたらマルエルにバチン! とお尻を叩かれた。痛い。ぼくのチャームポイントなのに……。



『……今のは当世風の挨拶かしら?』

「断じて違う。誤解しないでくれ、一万年後の現在から見てもこれは奇行だ」

「奇行!? 失礼であるぞマルエル!!!」

「お前は少しくらい羞恥心を持て!!」

『妾も真似してみようかな』

「え、めっちゃ見たいわ」

「マルエル!? なんであんな巨大ゾンビのお尻フリフリは許すめか!? おかしくっ!!!」

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