16頁目「代償も縛りもなく無からも再生できる不死身」
「どりゃあああああっ!!!」
街の武器屋で買った直刀でゾンビの首を切り落とす。首を失ったゾンビは首の断面からドロっと血液とは違う、黒い魔力が零れ落ち動かなくなった。
「よっしゃ!! やりましたよエドガルさん! やっっっと倒せた!!」
「おめでとう! ようやくだな!」
「あの二人が先にバッサバッサ敵を殺していくのでね! 本当ようやくですよ!!」
最初の階層以降はエドガルさんは新人達に任せると手を出さずに見守る役に回り、前線の彼が退いた事で本来なら中衛後衛のマルエルとフルカニャルリが暴れ回り気付けば最下層。王女の棺の間まで来てやっと、棺のそばに隠れるように立っていて放置されていたゾンビの生き残りを狩ることが出来た。
僕がゾンビと手に汗握る大決戦をしている傍ら僕の仲間達が何をしていたのかと言うと、二人は不遜にも王女の棺に腰を下ろしくだらない日常会話に花を咲かせていた。
「ゾンビとかスケルトンとかって人がベースだろ? 獣じゃないよな。魔獣って括りでいいのか?」
「んー。でもでも、おじいちゃんのマーメイドとかもおっきなくじらにしか見えないけど亜人、人間の一種って括りめよ?」
「マーメイドか〜。見てみて〜人体部分と魚部分の境界。てか魔力がどうたらで産まれるのが魔獣なら、妖精も魔獣の一種なの?」
「僕らは穢れた魔力由来ではなく!! 超自然的魔力が生んだ存在であり! 失礼な事を言わないでほしいめ!!」
「似たようなもんだろ」
「全然ちがーう!!! やはり鳥はバカ! 鳥頭!!」
「はいプッチーン。悪い事言う口はどの口だーこれかー?」
「いひゃいいひゃい!!! このーーっ!!」
「いひゃひゃひゃっ!?」
マルエルとフルカニャルリが互いの頬を掴む取っ組み合いの喧嘩を始めた。この子達僕の倍以上生きてるんだよな、全然尊敬できそうにないな……。
「遺跡の中のアンデッドは全部片付けたんだ、後はギルドに帰還して報告だな。完遂確認は後日行われるから後は帰るだけ。おつかれ様、皆!」
エドガルさんが喧嘩する二人の仲裁に入りその場を諌めた。エドガルさんに首根っこを掴まれたフルカニャルリは猫のように飛び退いて驚くとすばしっこい動きで僕の元までやってきて背中の後ろに隠れた。
「さっきまで普通に会話してただろ、まだ怖いの?」
「ぼくは簡単に心を開く女では無いゆえ!」
「らしいです。すいませんエドガルさん……」
「はは、構わないぜ。今回は愉快な新人達と仕事が出来て楽しかった、また良ければ誘ってくれよな」
「おぉ、なんて優しい方だ……!」
感動した。今まで僕と組んできた冒険者でこんなに優しい事を言ってくれる人など居なかったからな。褐色筋肉……なんて言ったか忘れたが、マルエルが警戒するような人じゃ全然無いな。普通に良い人だ。
「しっかし、やってみたら案外大した事無かったな〜。ゾンビとかホネホネ人間とか、相手にもならん死に損ないばかり。あんなんが群れをなして襲ってきても負ける気しないわ〜」
壁にもたれかかり、目を瞑ったマルエルが余裕そうな口調でそんな事を言う。フルカニャルリも彼女の傍に駆け寄り「ね〜! ぼく達無敵であり!」などと調子の良い事を言う。
「分かりやすく調子乗ってるなー……」
「んだよビビり。つーかお前から私ら引きずってきたってのにずっと及び腰で情けねえったらありゃしに〜」
「やーい! びびりびびりー!!」
「お前ら二人揃ってなんと小憎たらしい……!!」
「言わせとけよヒグン。いいじゃねえか、女の子は生意気盛りな頃から魅力が増してくんだ。これからが楽しみじゃないか」
「……確かに」
「俺は羨ましいぜ。まだ幼いが、確実に美人に成長する女の子を二人も抱えこんでるだなんて幸せ者じゃねえの」
「確かに! でへへへっ、確かに〜!!!」
エドガルさんの発言で彼女ら二人の容姿を再確認し、にやけてしまう。街でも滅多にお目にかかれない美少女二人と一緒に寝泊まりしていて、一日の大半を共に過ごしてるんだよな僕。でへへ、でへへへへへ。モテる男は辛いのぉでっへへへへ!!
「ん、なにめか? これ」
「んぁ?」
ガコン、という音がした。その後、重い石を地面に引き摺らせるような音がして。
振り返るとマルエルとフルカニャルリの姿が消えていた。
「あれ? 二人は?」
「……大変だ、ヒグン」
「へいっ?」
深刻そうな顔をしてヒグンは壁のある一点を見たまま口を開く。気になって少し移動しその壁を見てみると、成人男性が一人丸々入れそうなくらいの長方形の穴が壁に空いていた。
「エドガルさん、その穴はなんです?」
近づいて見てみる。穴の向こうは斜め下方向に途方もなく続く傾斜となっていて、角度は急で間違って滑り落ちでもしたら這い上がるのが難しい作りになっていた。
「この穴に二人が落ちていった」
「……はいぃ!?」
*
「なにめかなにめかどうなってるめか怖いいいいぃぃぃっ!!!」
「暴れんなっ!!! 尻がスライスチーズになっちゃうよおぉぉぉっ!!!」
フルカニャルリが壁のポッチを押した途端、壁が横にスライドして何かと思いきや謎のダストシュートの中を滑落する事になったオレとフルカニャルリ。
斜面を滑走している最中になんとかフルカニャルリを抱き上げ、オレは足と尻を使って滑落速度を抑えようとするが上手くいかない。斜面が湿っているせいでヌルヌルしていて全然止まる気配ない。
どこまで落ちていくんだーっ!?
「わわわっ、出口めよマルエル!」
「うおおぉぉオレの胸に頭押し付けてろ! 出来るだけ体丸めろーっ!!!」
ようやく見えた光。フルカニャルリの身を何とか包み込み対ショック姿勢を取る。くそっ、フルカニャルリと身長差精々10cm位しかないから全然庇えん! どっか折ったらすぐ治してやるから我慢しろよーっ!!
「へぶっ!」
「ごほぁっ!?」
穴から飛び出て着地の衝撃を変に殺さずにそのまま一度肩から転がるようにして受身を取る。
ボゴッて鈍い音が鳴る。フルカニャルリを庇ってたから彼女の体重が押さえとなって転がる際に肩を外してしまったようだ。痛すぎて涙。
「い、いてぇ……」
「あぁーマルエル!! ごめんなさいっ、ど、どうしよう肩折れちゃった!?」
「くー、いっその事腕すっぽ抜けた方が回復魔法使えるからマシだったな……」
外れた右腕の手先を掴んで頭の上を通って左耳の方に持ってくる。有り得ん痛みが連続して肩を苛む、トホホのホ。
「な、なにしてるめか?」
「はめ直す〜……」
右手で耳を摘み、右肘を左腕で掴んで位置を固定し、壁に右半身が近くなるように立つとオレは思い切り壁とは逆の方に体を傾け、オレは勢いつけて外れた肩甲骨側の骨を壁に激突させる。
「いぎぃっひ〜〜!!?」
「なにしてるめか!? バカ!? 脱臼なんてもっと簡単に」「簡単に適切な治し方やれんのは痛みにバリ強い変態かその道のプロだけなんだよなぁ! 普通に自分で肩を掴んではめ直すとか出来るわけないんだよ〜!!」
もう一度激突させると、ギャリリという嫌な音と不快な摩擦痛を伴って肩の位置が正常に戻った。涙ボロ出しである。残った痛みをさっさと魔法で取り除きため息を吐く。
「なんで切り傷とか痛みとか、骨折すら治せるのに脱臼は魔法使わないのめか……?」
「肉体の損傷じゃなくてズレてるだけなんだもん。そんなもん回復魔法の適用外だよ、傷の状態を巻き戻すっつったってそもそも傷じゃ無いんだもん」
「融通きかずめな……」
「それで、なんなんだろうな。ここ」
とりあえず一息ついたので改めてオレ達が弾き出された空間を観察する為に持っていた松明の火を別の松明にも移して手探りで空間の至る所に設置していく。
さっきから何か、カラカラといった音が足元から聞こえる。地面の上に何かが大量に積み重なっているようだ。
「! マルエル!」
「どしたー?」
空間の中に松明を設置する作業を初めて10分程経った頃だろうか。フルカニャルリがなにかを持って近くまで来た。
「これ、この足場に落ちてるやつ。人骨め」
「ひょっ? 人骨」
「んむ、経年劣化で人らしさが特徴から分かる骨は残ってないめが、これを見てほしく」
フルカニャルリは茶色く汚れた物の上下を掴むと、カニを割るような手際でそれを割って断面を見せてきた。
中身はパウンドケーキのような小さな穴が無数にある構造となっていて、中心に近づくにつれてクリームに近い白色になっている。断面の外側は中心とは違い繊維状の線が入っており、部分によって繊維の厚みは異なっていた。
「このポコポコが海面質でその周りが緻密質。これが関節軟骨で形状からこの丸い所は大腿骨頭だと分かるめ!」
「むー? んー……確かに。寛骨臼の名残から四足歩行動物の骨じゃないってのも分かるな。え、じゃあなに。ここ死体捨て場か何かか?」
「だと思うめ……最悪め、気持ち悪く」
「本当だよ! なんてとこに落っこちちゃったんだマジで……」
薄々気付いてはいた。これが全部人骨だってこと。
というかおかしいと思っていたんだ。だってこの遺跡ってナワリルピリって女王が死んだ後殺した国民を捨てる為に使われていたんだろ? その割に上階の石室から棺の間に着くまで全然死体が無かったし、そもそも国民全員を捨てておける様な広さもなかった。
古代と言えば死んだものはどこかに野ざらしにするのが基本で、ガス避けや虫が集るのを嫌って深い穴を掘ったり谷底に捨てるのが一般的だった。
あんな小さな遺跡なんかに死体を捨てていたら出入りする度に伝染病にかかるし、死体を餌にする動物や虫によって更に遺跡の老朽化は進んでいただろう。綺麗なまま残ってるのはあまりに不自然なのだ。
「ナワリルピリ女王が統治していた国の全国民、か。こいつらは」
「そうめね。……」
フルカニャルリが壁の際に座りなにかを凝視している。
「……生きたまま捨てられた人も居たみたい。大人も、子供も。戦う力がないものは皆、あの穴から捨てられてここで衰弱していった」
彼女の見ていた壁を見てみる。文字が掘られていた。今使われている言語とは全く異なる言語で何かを訴えるような、そんな文字が子供の目線の高さで無数に掘られていた。
「……人間はやっぱり嫌いめ。戦争や侵略、勝負で勝ったら何をしてもいいと思ってる。力さえあれば文化を、営みを蹂躙しても構わないと思ってる。生きる為に狩りをする動物と違って、快楽の為に命を貪る。ケダモノであり」
「……そうだね。あんま意味のないというか、やり過ぎてる暴力こそ楽しくて正しいって思ってる側面はあるんだと思う。人間ならね。私も戦争に参加してた側だから反論は出来ない。敵にとって残酷な事だって、沢山してきたしね」
「……」
「でも、芸術とか学問とか医療とか、他人を傷付けない為の発明だって沢山あるよ。過去を省みて恥じたり後悔したりして、自分の生涯を通じて他人の為に奔走するような奴だっている。悪い奴がいる分、良い奴だっている。だから、種全体を悪と断じるのはちょっと悲しいかも」
「……まあ、嫌いだけど存在の否定はせず。ぼくら妖精も人間を模倣した知性を獲得してるし、人間を蔑むのは自分を蔑む事になるので何も言わず。ぼくは偉く! 褒めるがよい!!」
「おーしみったれた空気のままこの遺跡を脱出する下りじゃないのかよ。ペラ回した意味ねぇ〜、時間返せよお前」
「心にもないこと言ってためか!? 性格悪く!」
「馬鹿言え、性格良かったら本音しか言わないんだからこんな綺麗事吐けないだろ。人類フォローするために性格悪くなってやったんだ。讃えろよ、キリストの言葉だぞ」
「誰めか!! というか、こんな明かりじゃ部屋全体を照らせないめ。もっと広く見ないと他の脱出口を探せないめよ」
「死体捨て場だったんなら脱出口なんてある訳ないと思うが、穴を掘った奴はどうやってここを出たって話にもなってくるしな。一応根気強く探してみるか」
松明は使い切ったので、なにか燃焼剤になる鉱石は無いか壁を骨で叩いて削ってみるか。削れるかなあ。
「はぁ……ちなみに、穴掘ったやつが脱出せずにここで餓死したって説を採用した場合どうする? 最終私らで殺し合って肉を食う羽目になったりするかな」
「冗談でもそんな事言ってほしくなく!!」
「ちゃんと怒られた。ごめん」
「まったくもう! ……最初はあの斜面に糸を吐いて登ることも考えためが、滑落時間の長さ的に上にたどり着く前にぼくが糸を出せなくなるから、頑張って出口に繋がる物を探すしかなく」
「ダメ元で希望に縋るしかないか。上から助けが来るのも期待出来そうにないしな」
「そうめね……」
諦めるという選択肢は消えたので骨で壁を削ってみる。……あれ? 削れるぞ? 意外と柔らかいんだな、この壁。
「……む? しょっぴ!!!」
落ちた壁の破片を舐めてみると塩辛い味がした。松明の明かりしかないのであまり破片の色は見えないが、これ絶対何かしら化学実験に使える系の鉱石だよね。
「あー!!!」
「うひゃっ!?」
離れた場所でフルカニャルリが大声をあげる。びっくりしたあ、破片落としちゃったよ。
「マルエル! マルエルこれっ、硝石めよ!!!」
「硝石? あー……硝酸カリウムだっけ。なに、火薬でも作るん?」
「うむ!!!」
「待って? そういえば君錬金術師だったねぇ手を止めよっか? 自殺の手段なら他のにしない? 焼死はちょっと苦しみ指数高いかも〜」
「? 何言ってるの、発光剤を作るのめよ」
「発光剤?」
「んむ!」
フルカニャルリはジャケットの裏にあるホルスターのような所に挿していた細い瓶をいくつか取り出す。一つは空の瓶、もう一つは液体の入った瓶で、後は色の違う粉末が入った瓶だ。
彼女はまず黒い粉末が入った瓶を開けて中身を床に出し、次に黄土色の粉末をぶちまけてその場で手をかざす。
「とくと見よ、これがぼくの新たな能力! スキル、簡易錬成!!」
意気揚々とそう唱えると、手をかざした先にある粉末になにか変化が起きたようだ。まあ暗いからよく見えなかったけど。
何も分からないままに恐らく錬成された後の粉末を手に取り、空の瓶にその粉末と液体、ここで見つけた硝石の破片を入れる。
「再び! 簡易錬成ぃ〜!!!」
フルカニャルリがそう唱え瓶に手をかざすと、少しづつ瓶の中身が発光し、光は強くなっていく。
「出来めした! 発光剤!!」
「すげー。錬成されたものが特徴的な化学反応を起こすものじゃないとすげえ地味なんだな、錬金術」
「やかましく!! こーれーをー、こうめっ!!」
フルカニャルリは瓶にコルクで蓋をし、それを思い切りこの空間の天井に向け投げた。
「……あれっ、天井につかず! やややっ、やばーっ!」
瓶が投げた時の力を失い、重力に従って放物線を描きながら落下してきそうなのを糸を吐いて防ぐフルカニャルリ。彼女の吐き出した糸は高い位置の壁に貼り付けられた。
「割れてないー!!!」
「割りたかったのか、あれ」
「中身を周りの壁に付着させないと光量が弱くなるので……」
「さっきから何一つ上手くいかないな。なんか恥ずかしくなってきたわ」
「うるさいなあ!? 意地悪を言うマルエルなんて大嫌いめ!!! もーっ!! もう一個作るから!!」
「あれ一個でこの空間全部明るく出来んの?」
「ふん! ……うむ。上の方まで照らせるかは高さ次第だけど、付着した位置より下は全域照らせるはずであり」
「はえー。便利なの」
骨の上を歩く。ザクザクザク、なんだか人間の死骸の上って意識しなければ結構気持ちいい音だな。まるでビスケットの山を踏み歩いているようだ。中身スカスカになった人骨集めて踏むASMRとかあったら案外視聴回数増えそうじゃないか? 非難轟々か。
「む、マルエル? どうしためか、今錬成するから」「大丈夫、温存しときなよ。今度は私のおしごと」
「?」
オレは床にぶちまけられた黒い粉末を手に取る。
「これ、火薬だろ?」
「む! なぜ分かるめ?」
「さっき肯定してたろ、火薬作るのかってボケに。さっきの瓶に入った黒い粉は多分粉末状にした炭で赤ちゃんうんちみたいな色のやつが硫黄だろ。で、ここの硝石と混ぜ込んで火薬を作ったと」
テキトーな人骨を拾って『死体加工』で火薬と骨を同化させ、強い衝撃を受けると爆発する骨の爆薬筒を作成する。こんな細腕じゃコントロールに自信が無いが、まあ幼女のフルカニャルリが投げて届くような高さならよほどノーコンでも当てられるだろう。
「マルエル」
「なんでしょう」
ピッチングフォームを取りいざ投げようとしたらフルカニャルリに呼ばれた。間違って落としたらオレたち爆殺死体になってましたけど、爆発物持ってる人に急に話しかけるのはやめようね。
「錬金術の勉強までされたら困るめ。ぼくとキャラ被りが著しく!」
……? 何の話だ。錬金術なんて勉強してないが。敢えて言うなら中学理科の知識をひけらかしただけだが。
てか、配合も何も考えず材料の条件が揃ってたら問答無用で物質作れちゃう錬金術おかしいだろって疑問抱いてるまでありますけど。どういう原理……? なんでもありやんそんなの。
「私らのどこがキャラ被ってんだよ。全然被ってないでしょ」
「ロリ枠。モノトーン軸の髪色。実は人外枠。露出の高い服。ほら、被っており!」
「ロリ枠とか自分で言う? あと私は別に人外じゃないのと、露出の高い服はアイツの趣味だから私ら以外に人が増えてもそこは差別化されないだろ」
「ダメ。その死体を加工するスキルと錬金術も似てる! こういう所で個性分けしないと、仲間が増えた時にぼく達二人ともパッとしなくなるめよ!!」
「いいなぁ別に。仕事減ったらぐ〜たら出来るし」
「やる気なーい!」
「逆になんでハーレムなんかにそんな関心示してんの……? 説明したよね、ハーレムって自分と同等の扱いを受けてる女が大量にいるって事なんだぜ? 女としてはムカついとくべきなんじゃないの」
「それは構わず。どうせヒグンは100年も生きないし、刹那の娯楽でありな」
「その見た目で言うセリフじゃないなあ。じゃあなんでそんな躍起になるんだよ」
「遊びと悪戯は全力でやる。それが妖精の流儀であり!!」
ズビシ! とポーズを決めるフルカニャルリ。可愛いねえ、ポンポン冷えちゃわないか心配だな。という事で、骨爆弾を光り輝く瓶に向けて投げる。
「フルカニャ、耳塞いで大口開けて」
「ふぇ? わかり」
言う事を聞いたフルカニャルリの頭を手で押し姿勢を低くさせる。直後、ドガアアァァァンッという爆音が響く。閉所というのと材料にした火薬の量が過剰だったせいか想定していたより大きな爆発が起きた。
オレは慌てて魔力が届く限りの全ての人骨に『死体加工』のスキルを使い防護壁を作成する。おかげで二人とも無傷だが、骨の壁を撤去するとド派手に壁が吹っ飛んでいるのが見えた。
「し、死ぬかと思っためよ!?」
「普通配分とか分からなかったらこういう事故が起こるものなんだよ! 錬金術の利便性頭おかしすぎるだろ、自動で適切な量錬成されるんだしよー!」
「! ふふ、そうであろうそうであろう! ぼくの錬金術は何にでも対応できる万能の能力であり。キャラ立ちも安定でありな!!!」
「はいはい。そいで、上手い具合にこの部屋全体に散ってくれたな。フルカニャの発光剤」
先程の爆発により壁に大穴が空くと同時に、発光剤の飛沫が部屋の至る所に飛び散っており全体が見渡せるようになっていた。
「あー、なるほど。こりゃ随分長い縦穴だ」
全貌が明らかになって分かったこと。この死体捨て場は滑落時間に相当する長さまで縦に掘ったこの穴を、切り倒した木を組み合わせて作った網目状の骨組みで天蓋を作りその上から恐らく腐葉土や泥を何層も重ねた物で蓋をして地上から見えないように隠していたらしい。
侵略戦争後、そこに根を下ろし国を運営しようとしたのだろう。見せしめで敵国の殺した兵士を市内に飾る国もあるが、逆に残酷なものを見せないようにする国もある。
ナワリルピリが統治したこの国を滅ぼした相手は、国民にとっての善性の英雄を気取っていたって所か。誰も女王ナワリルピリが統治した国の名前を知らなかったのはそういう事か。残虐性を隠し音もなく滅ぼされたから、歴史からその名すら消失したんだな。
「一応脱出する策は出来たな」
「め。まさか、この縦穴を昇っていくだなんて言わないめよね?」
「言うが?」
「本気!? 何十メートルもあるめよ!?」
「狭くて角度急な穴を登るより可能性あるだろ」
「あの分厚そうな天井はどうやって抜けるのめか!」
「さっきと同じ要領で爆破すればいいじゃん」
「瓦礫が崩れてきてぼくらぺちゃんこであり……」
「アホめ。定期的に横穴を空けとくんだよ。さっきの要領で爆破してってこの穴が崩落するギリギリを攻めながら足場作って登ってくの!」
「崩落したら1発でぺちゃんこと言っており!!」
「チキンレースだぁ!」
「却下ー!!!」
と、フルカニャルリと言い争っていたら急激に部屋の温度が下がった気がした。フルカニャルリも異常を感じたらしいから気の所為ではない、確実に数秒前よりこの空間の室温が大幅に低下している。
「なんだ? ぶち空けた穴が地底湖かなんかにぶち当たったか?」
「分からないけど、どこからか冷気が入ってきてるのは確かめ。……! マルエル、あそこ見て!!」
フルカニャルリがオレの背後、この空間の端の方を指差す。コンバットナイフを抜いて振り向くと、指の先には一体の屍人が立っていた。
「なんだよ、ただのゾンビじゃん」
「違うよ、あれはただのゾンビじゃない」
「はあ。なんで?」
「アイツ、最初見た時は骨鬼だっため。でも、いつの間にか腐り落ちたはずの肉が再生していて、今この瞬間だって! 少しずつ、内臓が、筋肉が、皮膚が再生しているめよ!!!」
「……もしかして、なんかヤバそうなやつ?」
「確実になにかおかしいやつ!」
そう叫ぶと同時にフルカニャルリは糸を吐き、敵のゾンビの胴体に糸を粘着させ一気にこちらに向けて引き込む。オレもそれに合わせ、今度はかなり火薬の量を抑えて『死体加工』で骨爆弾を作り、身体強化を腕と足にかけながら走る。
「糸切り離せ!」
「ッ!」
フルカニャルリが糸を噛み切り、こちらに向かってくるゾンビを全力で殴り飛ばす。身体強化を二度重ねたガチ殴りを食らったゾンビは吹き飛び、その胸に刺さった骨爆弾が追撃として派手に爆ぜた。
肉体がバラバラに四散すればゾンビは身動きが取れなくなる。あっけない終わりだ。
「よし。ナイスコンビネーション! やったなーフルカニャ!」
「……ち、違う! マルエル、こっちに戻って!」
「あん? ……ん?」
爆散したゾンビの肉が各々蠢いてる。それはいい。
それらは周りの人骨を取り込み、同化し、再び肉を得ていく。人間を裏返したかのような奇妙な肉塊が汚濁液を出しながら互いに近付き、また同化していく。
「な、なんだこれ」
なにか、黒いモヤのような物が肉塊から漏れ出し足元に迫ってくる。触れても何も無いが、なにか異様な気配だ。これは……この肌に触れた感じ、黒いモヤは魔力か?
「最悪め……!」
フルカニャルリを見る。彼女は顔を青くし、肉の塊が骨を同化し巨大化していくのを見上げていた。
「お、おい。フルカニャ、アレが何なのか知ってんの?」
フルカニャルリは何も言わずただ首を縦に振る。一体何なのか尋ねようとすると、こちらが口にするより先に彼女の方からそれが何なのかを説明してくれた。
「アレはアンデッドの中でも特に強力な個体め。死霊王……!!」
「リッチ? リッチ……金持ちのゾンビ?」
「なんでそうなるのか!? そうじゃなく、複数のアンデッドが融合して産まれる高位の魔獣であり!! 詳しい能力とかは分からないけど、ただ一つ言えることがあるめ!」
フルカニャルリの足が半歩後ろに下がる。目の前で、今なお肉体を形成しつつある巨大なアンデッドに恐れをなしているようだ。体を恐怖で震わせながらも、彼女はリッチを睨みながら言う。
「奴は不死身で、群体。奴が産まれれば如何なる生物もその地で生きる事は出来なくなり、そこは死に行く大地となる。滅びを象徴とする災厄そのものであり……!!」
「……ほぉ。ほおほお。ほおほおほおほお」
なーんだ。そんな事か。なるほどなるほど、怖がっているフルカニャルリの前に立つ。
「マルエル!? 近付くのは危険、下がって!!」
「相手はアンデッドだろ? 私は回復魔法全部使えるんだぜ? 負ける要素ねえよ」
「いやだから! 相手は不死なのめよ!? 死なない相手にどうやって勝つのか!?」
「んなもん他のアンデッドとからくりは同じ、要はアイツの中身の魔力全部ゲボになるまでボコし続ければいいんでしょーが」
「あんな巨体を相手にそんな事出来るわけない! 絶対先にマルエルが殺される!!!」
「だーかーらー!!!」
両足に身体強化を掛け、もう一本のナイフも抜き二刀で臨戦態勢を取る。
「オレも不死身なんだって! つまり、あのハエ集りデカブツよりオレのがどう考えても強えんだよ!!!」
そう啖呵を切り、全力で骨を蹴散らしながら走る。やはりアンデッドでしかも巨体っ、動きは単純でノロマだ!!
「マルエル!!」
ビビり散らしてはいたが、見ているだけという訳では無いらしい。フルカニャルリも距離を取っているが糸で足場を作りオレの補助をしてくれている。
「ナイスだフルカニャッ!!!」
フルカニャルリの作った足場を跳びながら際限なくデカくなろうとするリッチの頭骨に飛びつき、頭蓋骨に両ナイフを、刺して体を固定し思い切り右足を下げて蹴りの姿勢を取る。
「生老病死を乱せし原初の医神パエオンよ!! その権能を以て病み傷む万人を癒し給え!!! 上位魔法『医神の針』!!!」
魔力を足の甲から膝までのラインに集め、その範囲縦一列に並ぶ12個の魔力の針を生成する。この針は本来、刺した相手のあらゆる障害を取り除き、本人が希望する状態まで肉体を一気に全快させるというものだ。
回復がダメージとなるアンデッド相手に12本全部ぶち込めば流石にこの巨体でも一撃で吹き飛ばせるだろう。
「消えとけや亡霊がぁ!!!」
思い切りリッチの顔面に蹴りを叩き込む。針が骨にめり込み、リッチの頭骨から全身に亀裂が入っていき、やがて爆散し粉のようになって消滅した。
ナイフを抜いて飛んで離れ、フルカニャルリの足場を利用して下まで降りる。戦いは一瞬で終わったようですね。
「おっす、フルカニャ。終わったぞ」
「ほ、本当に勝っちゃった……すごい!!!」
「ふははそうであろう褒めろ褒めろ。てかよ、何も壁を爆弾で削らなくても糸で足場作ったら上行けそうじゃね?」
「いやだから、それは天井が邪魔でしょ!」
「まーこの際仕方ない、鉱石で出来てるわけでも無さそうだし地道に掘るか? 結構上の方にあるってことはあの天蓋あんまり分厚くなさそうだし、二日あれば外に出られるんじゃないかな」
「出ても砂漠かジャングルだから、キャンプに戻るの苦労めね……」
「ジャングルなら食い物沢山あるんだけどなー……あ?」
「どうしためか? マルエル」
「……嘘だろ」
冗談だと言ってほしい。漫画とかに出てくる不死身キャラだって、流石に跡形もなく消滅したのに復活するような奴は見た事がないぞ。
それは本当に事実上の不死身じゃないか。復活する起点となる肉が存在せずともどこからともなく肉体を生やす。"無から有を無限に創造する"、目の前のヤツがやっているのはつまりそういう事だ。
有り得ない。原理とかそういう次元じゃない。ただ現象として、リッチは何も無かった空間から前触れもなく突然現れ、また人骨を吸収し始めたのだ。
「なっ!? なんで、また……!!」
フルカニャルリもヤツの存在に気付く。再び室温が下がり、先程よりも黒いモヤの嵩が増していく。
「マルエル、マルエル!!!」
「……ッ! わ、悪い、どうした!?」
「やっぱりアレは勝てないめ!! に、逃げよう!!」
「逃げようったってどこに!?」
「その穴! 滑ってきた穴しかなく!!!」
もう半ばパニックになっているフルカニャルリが声を荒らげて言う。確かにまた粉微塵にしても復活されたら意味が無い。だが、元より引き返すのは無理と断定した穴に逃げ込んだ所でなんになる!? どうせ上に登れず殺されるだけじゃないのか!?
「マルエル!!!」
フルカニャルリが震える手でオレを掴む。彼女はもう泣きべそをかいていて、リッチが巨大化する度に悲鳴を上げている。
滅びを象徴とする災厄そのもの。そう銘打たれたリッチは今まで眠っていたかのように項垂れていた頭を重たそうに上げ、底の見えぬ闇を伴った眼窩でオレら二人を見つけた。




