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15頁目「王の霊墓」

 皆が寝静まったはずの深夜。離れた所、マルエルの寝ているベッドがゴソゴソと物音を出している。


 まさか、本当にエドガルさんとマルエルはさっきの短時間でそういう仲に……!?


 くっ、起き上がって何をしているのか確認したい! し、しかし、もし違った場合を考える。深夜に寝ている異性の仲間を覗き見る変態冒険者、そんなレッテルを貼られかねない。誰も起きていなければ避けられる事態だが、物音がする以上誰かしらは起きてるの確定だしな……!


 トタ、トタ、と音がする。裸足で木の床を歩く音だ。その音は先程ゴソゴソ鳴っていたマルエルの寝床からこちらに向けて近付いてくる。どうやらそういう行為をしているのではなかったらしい。


 ……じゃあなんだ? 何故こちらに向かってくる? トイレに行きたいのなら出口は逆側だ。薄目を開けて何が起きてるのか確認してみるか。



「……」



 !? ちっ、近! 僕の顔のすぐ近くにマルエルの顔がある。何故!?


 え、なになに。これアレか、夜這いってやつか? フルカニャルリもエドガルさんも同室してるのに?? さっきまで僕とエドガルさんは男なんだから別の場所で寝るべきだろと抗議してたのに、夜這いしてくるのか!?


 ……チラッ。



「……」



 まだいるよ。ずーっとそこにいるよ。なんなの!?


 や、やばい。息を止めていたが苦しい。呼吸を再開したら違和感に気付かれそうじゃないか!? で、でも苦しい……!


 少しずつ、少しずつ息を鼻から吐き出し、吸う。



「っ!?」



 マルエルに顔を触られた! 彼女は僕の頬を人差し指で軽く触り、その後も唇を摘んだり指で額をトントンと軽く叩いたりする。お、起きるべきなのか? なんなんだこれ、意味が分からん!?



「……起きないか」



 あ、起きても良かったのか! タイミングを逃したわっ! 本当に何が目的なんだ、意図が掴めなくて怖いよ!


 モゾモゾ毛布が動き出す。彼女は俺の体を手で押しのけて退かすと、隣に入ってきた。


 ……あれー? 冷静に状況説明したけどおかしいぞ、なんで添い寝しに来てるのこの子?


 もし今が昼間で他の人が起きていたのなら「やったー!」と両手を上げて喜んでいた展開だが、相手は僕が眠ってると思い込んでるからその照れ隠しは使えない。

 手で押された影響でマルエルから背中を向けるような姿勢になっているのは幸いだが、心臓がやばい事になっている。バクンバクン鳴っている、聴こえてないかなぁこの音!



「ヒグン」

「……っ」

「……本当に寝てんのか?」



 彼女は僕の背中に体をくっつけると、またいつかのように翼で身を包んだ。


 彼女の体温がダイレクトに伝わる。吐息が首にあたってくすぐったい。必死に息を殺しているというのに、彼女は僕の体に手を回し胸にまで手を触れてきた。



「……きひひっ。心臓めっちゃ動いてる」

「っ!?」

「でも寝てるんだもんな。まさかこんな妙なタイミングで起きたりしないよな〜。女のいる部屋で深夜まで寝たフリするとか、そんな怪しい事しないよな〜。寝てる間に……とか」

(しないわ! そこまでクズじゃないから僕!!)

「もし起きていたら、フルカニャの貞操が心配になるから去勢せねばならんな〜」

(去勢!?!?)



 話が明後日の方向に吹き飛びすぎてるだろ!? なんで去勢とかそんな話になるんだよ、流石にフルカニャルリには手を出さないから!!!


 ……! こ、このメスガキッ、さては寝たフリしていたのを分かってて挑発しているのか!? なんでわざわざ絡んでくるんだ!?


 よく分からないけど我慢比べって事か? ギャンブル以外でも変な勝負をふっかけてくるのか! いいだろう僕は移動中寝ていたから余裕あるけど、お前はずっと起きてたからもう眠いはずだろ! 絶対僕が勝つ!



「意外と立派な筋肉してんだよな〜。起きてたら絶対触んないけど」



 マルエルが胸筋の上で指を立てて踊るように触ってくる。胸筋は腹筋に移動し、腹斜筋にまで移動すると彼女は筋肉を撫でるのを辞めて背中に手を当てた。



「……寂しい」



 彼女は僕の背中に額を当て、ポツリと呟いた。


 寂しい。その発言の意図が知りたくて、少しだけ動かずに静止した後で背後のマルエルの様子を見てみる。


 彼女は静かな寝息を立てていた。寂しいと口にした後すぐに入眠してしまったらしい。


 彼女の過去について僕は何も知らない。本人も話したくなさそうな雰囲気だし、過去で何かあって僕達に壁を作っているのも分かる。


 ただ、彼女は僕に命を預けると言ってくれた。その言葉が本心なのかは定かじゃないけど、そう言わせるくらいには心を開いてくれてると思う。そう思ったからこそ、今までよりも前に進んでみようと思ったんだ。


 普段だったら魔獣退治なんて厄介事には絶対に関わらない。けど、彼女は少なくとも僕を裏切ったりしないという確証があったから、勇気を出せた。


 もしマルエルの抱く寂しさが彼女の心を蝕んでいるのだとしたら、それを少しでも埋められるようになれたら。そう思いながら、僕は目を閉じ……。


 むっ! さっきよりも背中に当たる胸の感覚が大きい気がするぞ!! 寝巻きだからか? バニースーツのパットで押えられてない分大きさがダイレクトに伝わってるんだ! うおーっ!!!



「ぶほっ!」



 あ、やば、鼻血出た。拭きたいのにマルエルがいるから動けない。どうしたものか、このままじゃ朝起きた時悲惨なことに。



「ぶふほっ!」



 駄ぁ目だ、止まらないや。ドクドクと流れ出してくるわ。川のせせらぎかな。

 嫌だな、仲間に胸を押し付けられて出した鼻血で失血死とか。あらゆる面で馬鹿にされるだろう。どう阻止しよう。


 仰向けで寝て血を固めるしか解決策は無さそうだ。


 いや、抱きしめられてるから動けるわけないか。首だけ天井に向ける。



(……しんど。この姿勢)



 絶対起きた時に寝違えるであろう角度だが、これでしか鼻血の止血を行えそうにないのでそのまま目を瞑る。背中は天国、首は骨折。拷問に掛けられているような気分のまま、俺の意識は睡魔に溶けていった。




 *




「なんで朝起きていきなり出血多量で死にかけてるんだお前は……」

「その前にマルエルが僕の寝床に侵入してきてる事に突っ込んで下さいよ。明らかにおかしいでしょ」

「それもそうだが、おかしいの度合いで言ったらベッドを真っ赤にしたお前の方が遥かに勝ってるからな」



 翌朝。血が足りなくなっていた僕はマルエルの応急処置を受けてなんとか一命を取り留め、体調を整えて目的の遺跡の入口にまで来ていた。


 前衛にエドガルさん、中間に僕とマルエルが並び、背後をフルカニャルリが警戒する陣形だ。



「そんで、私らが乗り込んだここって一体どんな場所なんです? どんな魔獣が潜んでるんですか?」



 隣を歩くマルエルがエドガルさんに訊ねる。……いかんいかん、視線がつい胸元に。



「この遺跡はナワリルピリという古代の女王の霊廟だよ。伝承によると、ナワリルピリが亡くなったのを期にその王国が侵略者の手によって滅亡したとされていてね」

「へえー。女王の墓か。そんな所入ってもいいんですか?」

「中にある財宝は侵略者によって取り尽くされていて、原型もほぼ残していない事から遺跡としての価値も低くなっているらしいよ」

「へー。残念だったな、ヒグン」

「まるで僕が守銭奴みたいに言うんじゃないよ。はあ。来た意味も無くなったし帰るか」

「クソ守銭奴じゃねえか」



 マルエルにツッコまれるがそりゃ楽しみも半減するよ。宝探しも目的の一つだったんだもの。ただの魔獣の巣窟じゃないか、誰が好き好んで出入りするというのか。



「で? 魔獣のお話は?」

「あぁ。その後、王国の兵士や国民が皆殺されてこの霊廟に死体が捨てられたっていうエピソードもあってね。ほら、魔力を持つ生物って死んだ時に灰みたいが出るだろ?」

「え、分かんないです」

「ぼく知っており! 死の灰ってやつめな!!」

「死の灰? アトミックパンプキンじゃん」

「なんだよその単語……」



 耳馴染みのない単語をマルエルが口にするが、彼女以外の全員が意味が分から無い様子だった。彼女オリジナルの造語だろうか。


 死の灰という単語にも馴染みはない。フルカニャルリは自分が知っている事というので自慢げに胸を張って説明を始める。

 ……こちらはこちらで貧乳だから目に毒ということもないと思っていたが、そもそも服装が股間に毒すぎたので目線は逸らしておく。



「死の灰というのは死んだ生物の体から出てくる汚染された魔力が空気に触れて粉末状になったものであり! 死に触れて汚染された魔力は空気よりも軽い粉末になるから風に乗って散るのが普通めが、狭い所で大量の生物が死んだり、戦争が起きたりして一箇所に死の灰が集まるとそれらが固まりまた魔力に戻る事もあるめね!」

「死んだら糞尿みたいにブリブリ漏れてくる魔力があって、それは粉になったりまた固まって魔力になったりするってことか」

「言い方が汚いめ、マルエル」

「本当だよ」



 仮にも美少女なのに、真面目な顔して糞尿とか口にするなよ。綺麗な女の子信仰が揺らいでしまうだろ。まあ中身は男らしいしセーフか。



「ていうか大体わかっため。ここにいる魔獣ってアンデッドじゃない?」

「おお、よくわかったね!」

「ぐるるるるるっ!!!」



 指を鳴らして出てくる魔獣の予想を口にしたフルカニャルリだったが、エドガルさんが肯定し彼女の方を向いた瞬間フルカニャルリは僕の背中に隠れてエドガルさんに威嚇をした。妖精なんじゃなかったっけ、野良犬みたいになってる。



「アンデッド? ゾンビとか?」



 マルエルが問いを投げる。フルカニャルリに威嚇され苦笑しながらも、エドガルさんはマルエルの方を向きまた肯定した。



「そうだね。屍人(ゾンビ)とか骨鬼(スケルトン)とか屍喰鬼(グール)とか。先程彼女が言った穢れた魔力は(くろつち)とも呼ばれるんだけど、それを多量含んだ生物の死骸がアンデッドという死骸由来の魔獣と化すんだ。ここは何故か定期的にアンデッドが発生し遺跡の中に集まってくる。だから定期的に討伐依頼が出るんだ」

「へぇ〜」

「しっ! 皆、止まって」



 マルエルが急に大声で全員に静止を促す。何事かと思ったが、唯一エドガルさんだけは彼女の意図を汲んでいるようだった。



「この暗闇で気付けるのか。君、やるね」

「死霊術師の探知スキルを使っただけですけどね。私ら今、8体のきっしょい魂してる化け物に見られてます」

「見るんじゃなくて感じ取っているんだよ。彼らは目元にライターの火を近づけるだけで動けなくなる程に目の機能が著しく低い。代わりに聴覚、嗅覚、触覚に頼って行動している」

「じゃあヤバくないですか!? こっちは相手が見えないのにっ、相手がこっちの動きがわかるってことですよね!!!」

「どうした急に! 俺は男だぞ!?」



 無意識のうちに僕はエドガルさんにしがみついていたらしい。マルエルやフルカニャルリとは違って身体が固い……でも咄嗟に異性に抱き着くのは流石の僕でも出来ないよ。



「んだよ。ウチのリーダーともあろうものが、怖いのかよヒグン?」

「怖いよ!!! どどどどうすればいいんだ敵が見えないんだぞ!?」

「意外としっかりチキンなんだな」

「落ち着け。恐怖心は危機察知の役割を担う重要な感情だが、過ぎたら足枷だぞ。まずは冷静さを取り戻すことを意識しろ」

「つまりどうするべきなのでしょうかもうすぐそこに迫っているのでは!?」

「だから落ち着けって。アンデッドは元は死骸、肉はズタボロで一度死後硬直もしているから動きがトロいんだ。まだ大丈夫だろう」

「でもこの瞬間も刻一刻と近付いてますよね!!」

「そんなに怖いのめか? ぼくがついてるめよ。おいで」

「!!!!」



 フルカニャルリが両手を広げ僕を抱きとめる姿勢を取った。膨らみはまだ無い幼い胸がかえって、むしろ母性を演出しているような気がする! ここは一度、母なるおっぱいに還り恐怖を払拭しなければっ!



「敵地の真ん中で幼女の胸に食いついてんじゃねえよ変態」

「ぎゃー!!!」



 今まさにフルカニャルリのトップスのエナメルが鼻先に触れた瞬間だったのに、後ろ髪をマルエルに鷲掴みにされ抱擁を妨害された。フルカニャルリは「来ないの〜?」と不思議そうな顔で確認してきた。手の力が強まるので、仕方なく「うん……」と頷いた。



「マルエルさんは遺跡に入る前から感知スキルを使っていたんだよね?」

「はい。一応」

「それなら感知した敵はまだ離れた距離にいるはずだ。その感知スキルってのは、有効範囲はどれくらいなんだい?」



 訊ねられたマルエルは少し考える素振りを見せた後、その場でしゃがみ人差し指を地面に付けた。



「スキル、魂感応(オリチャ)



 指先から魔力が地面を使い広がっていくのを感じた。彼女はスキルを使った後目を瞑って自分のこめかみに人差し指を置き、答える。



「魔力の消費を抑えたら半径10mくらい、頑張ったら50mくらい。一番近くにいる敵は私達の右斜め後ろ、9m位の地点に居ます」

「近いじゃないか!?」



 街を出る前に買っておいた鉄製の長方形盾を斜め後ろに構える。



「フルカニャルリ、僕の後ろに隠れて! そこは危険だ!!」

「わーい! ぎゅっ」

「! ぶほっ!!」

「なに間抜けな声出してんだヒグン。相手は鈍足だと言ってるだろ、怯えすぎだぞ」

「いや、今のは怯えたんじゃなくて肌がスベスベでつい」

「肌? よく分からんが、こっちは攻め入ってる側だぜ?」



 エドガルさんが自身の持つ斧に小瓶に入った油を垂らし、そこに松明を近づける。バトルアックスは刃末から刃元にかけて細い溝があり、そこに油が流れることで炎は刃全体を包むように爛々と燃え上がった。



「これは制圧戦じゃなく殲滅戦だ。盾なんか構えずド派手な攻撃をぶちかます! それが足の遅いアンデッドとの戦い方だぜっ!!!」



 僕らの前に立つとエドガルさんは姿勢を低くして斧を振りかぶり、思い切り暗闇に向けて振りかぶる。



燕火斬(えんびざん)!!!」



 エドガルさんが斧使いのスキルを使用する。斧の軌跡に合わせて炎の斬撃が放たれ、階層の端に炎の線が出来た。

 壁に繁殖した植物や藻に炎が燃え広がり、それが灯りとなって遺跡の中を照らし出す。一瞬で景色の広がった遺跡内の一区画には、鎧を着たドクロや肉の大半が液状化した怪物といった、四体のアンデッドの亡骸が倒れていた。


 どれも肉体を両断された上で燃え上がっている。斬撃と炎による攻撃、僕達の攻撃手段と比較すると殺傷力が桁違いだ。これが本来の攻撃職……!



「アンデッドは燃えやすい上、強い光が目に入っている間行動が取れなくなる。つまりこのように、炎属性の攻撃をバコーンぶちかましてやりゃあいい!」

「炎属性の攻撃。マルエル、使える?」

「無理。攻撃系の魔法は1個も使えない」

「そうだよね。フルカニャルリは」

「使えないめ」

「うん。詰んでるーーっ!!!」

「おいおいまじか。フルカナ、ニャ、ニャリリちゃん? って錬金術師だったよな?」

「フルカニャルリであり。ニャルリ、どうぞ」

「……フルカ、ニャルリね。で、錬金術師だったよね。なんかこう、爆発物とか持ってないの?」

「持っておらず。しかし大体理解しため! マルエルー火ぃちょうだい」

「あい」



 フルカニャルリは外で拾ってきたらしい太い木の棒に枯れ木を巻き付けた物を取り出し、マルエルの持つ松明から火を貰う。



「敵はどこら辺にいるめ?」

「あっちに二体固まってるよ、柱の方」

「わかり」



 フルカニャルリはマルエルの指し示した方向に立ち、燃える木の棒を構える。僅かな調整をし決めた位置で連続して糸を口から打ち出す。


 炎を伴った糸の弾丸が闇を照らしていく。



「やたっ! 当たった!!」



 六発の射出された糸がゾンビ二体の足を取り、そのまま糸に点いた火が燃え移り炎が上がる。身動きを取れない状態にしての焼殺だ、処刑かな?



「ほお? アレはなんだ? 何かの塊……?」

「あー。まあ、アレも錬金術の一種ですね。なーフルカニャ?」

「え? いやこれは、よく木からぶら下がってる芋虫みた」「錬金術の一種と言え」

「えっ、えっ?」



 正直に答えようとしたフルカニャルリにマルエルが圧をかける。

 妖精が冒険者やってるだなんて前代未聞だろうからそれを知られたらどうなるのか分からない。マルエルなりにフルカニャルリの身を案じての事だろう。当人は何が何だか分からずに涙目になっているけどね。



「……あっ、ヒグン。背後から二体来てるよ」

「え? どわあああっはぁっ!!」



 マルエルの言葉を聞いた瞬間肩に何かが触れた気がした。すぐに振り返ってみると盾が何かに当たった感触がする。

 松明で照らすと、それは肉がシチュー状に溶けている鎧を着たゾンビだった。



「うぉわあああお助け! 誰かお助け!!!」

「俺とフルカニニリちゃんは敵を倒したんだ。あとは二人で頑張れ〜」

「フルカニャルリであり!」



 背後でフルカニャルリが怒りエドガルさんが笑っている、少し仲が進展したようでよかった!! 鎧ゾンビの後ろからはもう一体のほぼ白骨化している剣士らしい怪物が来ており、白骨剣士は緩慢な動きで剣を盾に叩き込んでくる。


 ドガンッ! と強い衝撃音がした。なんだこの力、まるで手練の大剣使いのような強烈な一撃が盾を伝って僕の腕を痺れさせる。



「いっつ……何て怪力!?」

「言い忘れていたが、アンデッドはもう死んでしまって理性が無いからリミッターを外した力で襲ってくるからな。身体強化を掛けた相手と戦っているつもりで戦わないと簡単に首を折られるぞ〜」

「二倍以上身体能力が上がっている連中を相手に果たして片手松明もう片手に盾で倒す事は可能かなあ!? せめて片手に武器を持ちたいなあ!!」

「がんばえ〜」

「君に関しては手を貸すべき場面だと思うんだけどなぁマルエルちゃーん!!」



 僕の後ろで地面をコリコリと弄っているマルエル。何をしておるだこいつは〜! このまま蹴飛ばしてやろうかなぁ!?


 単体ならなんとか押さえ込めるけど二体が同時に攻撃してくると盾が吹き飛びそうになる。

 盾以外にロクな装備を着けていないから必死に耐える、油断して盾を飛ばされたら簡単に肉を潰される……!! くあぁ! 攻撃痛え〜!!



「がっ! ぐっ!」



 くそーっ! ここはフルカニャルリに手助けを求め……いない! 錬金術で錬成した発光する液体を遺跡のあちこちに撒いて回っている!!


 エドガルさんは腕を組んで笑ってるし! 協調性はぁ!? フルカニャルリは割と僕の事好いてなかったっけ!? なんかあっさり見捨てられてないかなぁ!?



「マ、マルエル!」

「お待たせ〜」



 マルエルの声は僕の前方、鎧ゾンビの右側から聴こえてきた。彼女の声が聴こえて二体のゾンビがマルエルの方を向く。


 彼女は鎧ゾンビの首にナイフを突き刺す。しかしゾンビの動きは止まらない。首を刺しているマルエルの腕を掴もうとする。



「こんなんじゃ死なないか」



 マルエルは腕を掴まれる前に素早くナイフを首から引き抜き、心臓や頭、うなじの辺りにナイフを突き刺した。


 グリっと腕をひねると鎧ゾンビが力なく倒れる。だがやはりゾンビは絶命せず、少しすると人型とは思えない奇怪な動き方で立ち上がるとマルエルに襲いかかった。



「やーば。即死する所壊しても脊髄脳幹ぶち抜いても動くの? 本当に不死身じゃん」

「アンデッドは生物と違って脳を使って活動していない。魔力に動かされている傀儡だ! 生物としての行動が取れないほど徹底的に肉体を破壊するか魔力を抜ききらないと倒せないぞ!!」

「ナイフじゃ勝てないじゃん。ヒグン、守って」

「えぇぇっ!? 今の明らかにお前が敵を二体とも倒す流れだったろ!」

「コンバットナイフ一本で動く死骸をバラバラに出来ますか? 漫画じゃねぇーんだよ」

「うおぉぉい本当に下がるなっ!!?」



 下がろうとするマルエルを足で阻害する。



「ちょっ、待って待って。こっち丸腰よ? ミンチにされちゃいますけど」

「手が痺れてるからもう少し粘ってくれ!」

「もーっ!」



 マルエルを背中から襲おうとした鎧ゾンビを盾で突き飛ばす。すぐにマルエルはもう片方の、白骨化した剣士の剣を持っている方の腕を掴み、脇の部分の骨にナイフを入れ捻る事で腕を落とした。



「ヒグン、ガイコツマンの剣いる?」

「持てないだろって!」

「持ち帰って換金するから後で拾っといて」



 そう言って彼女は剣を僕の足元に落とすと、腕が一本になった白骨剣士の掴みかかりを躱しその胸に手を当てた。



死体加工(エディゲイン)



 ! そうか、相手は動いているとはいえ死体。もしかしたら死霊術師のスキルが効くのかもしれない! もし効くなら触れるだけで相手を倒せるって事になる、一気にこのピンチが解決するぞ!!



「効果無いか〜」



 いや効かないんかい! アンデッドって生きている判定なのか、まあアンデッドだもんな! 死なないって銘打ってるんだしそりゃ生きてるよな!



「いつまでかかるー? アンデッドも倒せないようじゃ先が思いやられるぞー」

「僕ら二人には有効打が無いんですよ……っ! そもそも僕ら補助職だし、必ずしも魔獣を倒さなくちゃならないってわけじゃないでしょ!」

「一番動きが鈍い魔獣はアンデッドなんだぞ? 安全に経験を積ませるならまずはアンデッドから。誰しもが通る道だぞ〜」

「スライムとかじゃないんですね〜」



 マルエルが呑気に攻撃を捌きながらエドガルさんとの会話に入ってくる。ジリ貧だってのに随分余裕そうだなあ!?



「スライムなんてそれこそ初心者殺しだぞ。雨の日の翌日とか平気で草原にも現れる癖して麻痺の粘液やら毒液やら使ってくるし、寝てる間に包まれたら一晩で骨にされることも珍しくないからな」

「えぐ。そっちのが断然勝てる気しねえや」

「目の前の敵に集中してくれないか!? 現在僕達絶賛大ピンチなんだが!!」

「別に私はそんなピンチじゃないし。色々試してたんだよ」

「なにを!?」

「例えば最低どれくらいの音を拾うのかとか、触覚の感度はどれくらいだとか、人体に強烈な害を与える液体やガスを持ってないかとか。今後の為にね」



 攻撃を大きく弾き白骨剣士が仰け反ると、マルエルはその細い首を掴む。ついでに僕が相手していた鎧ゾンビに後ろ蹴りをして倒れさせ、軽く宙に放ったナイフを翼で器用に掴みゾンビの足首ごと地面に突き刺した。



「あと、コイツらの弱点だけど。どういう原理か知らんが回復魔法を食らうと逆にダメージになるっぽいんだよな」

「回復魔法?」

「うん。ほら」



 会話の片手間にマルエルが回復魔法を使い、手に白百合色の光が宿る。その光が敵の肉体に伝播すると、白骨剣士は苦しむようにもがき初め数秒後には動かなくなった。


 動かなくなった白骨死体をマルエルが蹴ると、それは固まった石灰のように簡単に粉砕され骨の粉となった。



「骨は瞬殺。肉ありゾンビならどうなるかな〜」



 彼女は片足を破壊され上手く立ち上がれていないゾンビの頭に足を置き、そのまま足を介して回復魔法をゾンビにかける。



「って、足で踏みながら回復魔法ってなんなんだ……?」

「全身から出せるぞ。私の身体に触れるだけで傷が治るとか素敵じゃん?」

「そう言われると確かにって思うけど、今目の前で展開されてる絵面が最悪すぎる」

「ギゲゲゲグギャアアアアアッ!!!」



 ゾンビにおぞましい悲鳴を上げさせながら、それを足蹴に肉体を崩壊させるマルエル。

 彼女は最後にゾンビの頭を完全に踏み砕くと、パンプスの先をトントンと地面に当てて靴裏に付いたゾンビの破片を落とした。


 彼女は僕の手から松明を取る。そして彼女は足元に落としていた白骨剣士の剣を取ると、3回素振りをして僕に柄の方を差し向けてきた。



「意外とこれ使えそうじゃね? 次敵来たらこれで戦えよ」

「錆びてるだろ」

「いらん?」

「いらないよ。使えないし」

「そっか。ま、次の階層じゃちゃんと戦ってくれな」



 彼女はその剣を持ったまま首を振って僕に先に進むよう示す。彼女の先には柱の裏に隠れるフルカニャルリと苦笑しながらも必死に会話しようとするエドガルさんが居た。



「行こうぜ」

「……帰りたい」

「おい」



 マルエルにヘッドロックをかけられる。うおおぉぉ、バニーの格好でこれをされるとやっぱりこう、たまらんなっ! もしも駄々をこねる度にこれを味わえるとしたら……。うん、少しだけやる気が戻ったな!


 僕はわざと「逃げたいけど抵抗出来ない」といった風を装ってマルエルの脇腹や胸、二の腕を堪能しつつエドガルさん達と合流した。

 ここは遺跡の入口に過ぎず、これから入るのが遺跡の内部。マルエルが首を絞める力を緩めないようにしながら改めて気を引き締め直す。次こそ絶対に敵を倒して、ハーレムの主として汚名を返上しなければ……!

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