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14頁目「初の魔獣退治!」

「起きろー小娘共!!!」



 カンカンカン!!! 鐘の音が鳴る。否、これは鐘などではない、鍋とオタマを叩き合わせる音だ。


 寝返りを打つ。



「こらーマルエル、寝返りを打つなー起きろー!!! フルカニャルリはよく起きたね、顔を洗ってらっしゃい」

「んぅ……なんなのめかぁ? こんな朝早く……」

「うむ。今日は初の、魔獣討伐の依頼に出てみようと思っているのだ!!」

「おー」ぱちぱちぱち。

「だが僕達は全員前線に出て戦う職業でもなければ魔獣退治もド素人! というわけで、今日は先輩冒険者の方に助っ人を頼んでいるんだよ」

「助っ人?」

「ああ! 斧使いのエドガルさんだ!」

「どこにいるめか? その人。ここに来てないめ?」

「レディーの寝室に男を入れるわけないだろ。外で待たせてるんだよ」

「男を入れるわけって、一緒に寝てるヒグンはいいのめか?」

「いいだろー僕のハーレムなんだから!! とにかく、もうエドガルさんも準備出来て待ってくれているんだから、さっきからガン無視決め込んで背中向けているマルエル!!! 起きなさい!!!」



 うるさ……。知らねーわ、助っ人呼んだとか。勝手に自分らだけで魔獣退治でもなんでも行ってこいよ、まだ6時だぞ? 普段より4時間も早く動き出すとか無理に決まってんだろ。



「毛布を被り直すな! 翼に隠れるなー!」

「……しね」

「眠たそうに枕に顔埋めたまま死ねとか人に軽々しく言うなー! くっ、どうにかしてくれフルカニャルリ……!」

「わかった!」



 モゾモゾとオレのベッドにフルカニャルリが乗り込んでくる揺れを感じた。体を揺さぶられたりするのかな、嫌だなあ。いいじゃないか、二人だけで行ってきてくれよ。オレ朝弱いんだよ……。



「マルエル、ヒグンが起きてって言ってるめよ」

「…………やだって伝えといて」

「どうしても起こしたいんだって」

「……おならしてもいい?」

「ばっちいなあ……ひらめいた!」



 なにか閃いたらしい。おならで得る閃きとはなんなのだろうか。オレの頭に屁をぶっかけるとか? そんな事されたら流石にコブラツイストするけど大丈夫かな。



「えいっ」



 するするり。フルカニャルリはオレの寝巻きのズボンを下ろした。



「な、何やってるんだフルカニャルリ!!!」

「ふふふ。マルエル! 早く起きないとヒグンにパンツの柄、覚えられてしまいめすよ!!」

「……あっそ」

「アレッ?」

「普段バニーの格好で街歩いてるんだから、そんな事じゃ恥ずかしいって思わないだろ。マルエルは」

「じゃあこれはっ」



 するするり。フルカニャルリはオレのパンツに指をひっかけてそのまま膝まで下ろした。……って、



「こらああぁぁぁっ!!?」

「あははっ、起きた起きたーっ!!!」

「何してくれてんじゃ貴様ーっ!?」



 両手で尻を隠してその上から翼で隠す。イカれてんのか? ヒグンがまだ部屋にいるでしょうが!!!



「こっち見んなよ変態男!」

「ぶほっ」

「なんで罵倒されて鼻血出してんだよぉ!?」

「フッ、勘違いするなよ。今のは思い出し鼻血だ。綺麗なお尻してるんだなって」

「お前な、お前なお前な……!! ずっっっと! ずっっっっとセクハラばっか!! マジキモイ、なんでそう性欲にひたむきなんだよお前! 童貞すぎるんだよ!!」

「童貞だもの。てかさ、前に自分から胸を見せてきた時あったじゃん。なんで尻は恥ずかしいんだよ」

「自分から見せるのと事故で見られるのは違うだろ!?!?」

「え。自分から胸を見せたのめか?」

「へっ? あ、いや」



 純粋な瞳で疑問を投げてくるフルカニャルリ。滑ったなぁ〜口。揶揄うつもりだった、なんて言ったら火に油だよな……。



「うぅ分かったよ!! 起きます起きます! 無視して悪かったよ!!」

「よし。じゃあ二人とも三十分で支度してくれよ? 本当に長い事エドガルさんの事待たせてるんだからな」

「先に話しとけよカス、当日になっていきなり話されても困るだろうが……」

「聴こえてるよマルエル。ごめんね、昨日帰った時には二人とも寝ちゃってたから話し損ねたんだよね」



 人にフルカニャルリの錬金術勉強の手伝いを押し付けといて自分はのうのうと他の冒険者達と飲んでただけじゃねえか。何を仕方なさそうに言ってんだクズ男め。


 まあ次の仕事探したり情報収集したりコネ作ったりしたりと、外向的な事を一任してるから文句は口に出せないが。にしても最近毎日帰る度酒臭いんだよ。会社の飲みで帰り遅れてくる旦那を待つ人妻の気持ちを触りだけ味わってる気分だ。




 *




「やあ初めましてルーキー諸君! 俺はエドガル・グリッタ! このギルドで二年程世話になっている斧使いだ! 今回は飲み友のヒグンの頼みで魔獣討伐依頼のイロハを教えに来た、よろしくな!」

「……」

「……」



 背中にバトルアックスを背負った20代後半ぐらいの褐色の筋肉男。彼が握手の為に差し出した手をオレとフルカニャルリはただ見つめていた。ヒグンの後ろに隠れて。



「……君達、もう少し礼儀正しい立ち振る舞いを頼みたいな。一応相手、先輩なんですよ」

「ぼく、ヒグンとマルエル以外の人間嫌い」

「困ったなぁ〜。冒険者業って、結構人との交流大切なんだけどなぁ」

「あのエドガルって人、エロ本に出てくるヒロイン寝取る褐色筋肉DQNだ。見た事あるぞ私」

「うん何言ってるのか本当に分からないんだが失礼な事を言ってるのはわかるぞ。謝りなさい、マルエル」

「あ、あはは。ヒグンのお仲間さんは、二人とも人見知りなのかな」

「やばいヒグン、あの人ガツガツ行かない口調の癖に手が早いタイプだ。心を許したらその晩の内に女を抱くタイプだ気を付けろ」

「ああいう人間がぼく達を迫害しため。信用してはならず、警戒を怠ってはならず」

「はぁ〜……」



 ヒグンはため息を漏らすと、両手でオレとフルカニャルリの頭をポンポンと軽く叩いた。



「二人、特にマルエルが人見知りなのは意外だったが、エドガルさんは冒険者始めたての僕に良くしてくれたし今回の話だって快く引き受けてくれたんだぞ? あんま失礼な態度取らないでくれ……」



 別にオレは人見知りって訳では無いのだが。フルカニャルリの真似してるだけだし、そもそも人見知りだったらバニーガールなんて出来ないっての。


 まあ、ふざけすぎるのも良くない。ちゃんと挨拶は交わしておこう。というわけで、ヒグンの背中に隠れるのはやめて一歩前に出る。



「先程はごめんなさい。私はマルエル、死霊術師です。よろしくです」

「……あ、あぁ」

「?」



 何故だろう、ちゃんと前に出て自己紹介したのにエドガルさんと目が合わない。彼は何を見てる、オレの頭か? なんか虫でもついてる?



「ぼ、ぼくも……」



 オレが前に出たのを見て勇気が出たのか、同じようにヒグンの背中に隠れていたフルカニャルリも前に出て、エドガルさんにぺこりと頭を下げた。



「ぼくはフルカニャルリっていいめす。えーと、錬金術師、でしゅ。……よろしくめすっ!」

「あ、うん。よ、よろしく」



 再び深々と頭を下げるフルカニャルリ。やはりエドガルさんの視線は上の空というか、フルカニャルリの方を見ない。いや、チラッチラッと僅かな間だけ見てはいるものの、凝視しないように注意しているようだった。



「あ、あの。一つ質問いいかな」

「? 僕にですか?」

「誰でもいいんだけれども」



 早速出発するのかと思い荷物に触れたタイミングでエドガルさんが話を振ってきた。なんだろう? フルカニャルリは既に馬車に乗り込み荷台で鼻歌を歌っている。



「ヒグンのお仲間さんは、なぜ二人ともそんな服装をしているんだい?」



 彼は真っ当な疑問をぶん投げてきた。あまりにも真っ当すぎて逆に盲点だった着眼点だ。オレのバニーガール衣装と、フルカニャルリのサキュバス衣装。初めて見る人にとったら謎でしかないよな。



「あれ、言ってませんっけ? 僕、冒険者パーティーでハーレム作りたいんですよ」

「聞いた、まあ楽しそうに理想を語るなとは思ってたが。まさか、その一環で彼女らはあのような奇抜な服装を?」



 奇抜なって言われたぞ。どう返すんだよヒグン、と彼を睨む。



「そうですね。二人とも僕のハーレムの一員なので、扇情的な服装をするのはマストかと。それが何か?」



 無敵の人やん。ナチュラルに女を付属品扱いしてないか? 精神がブライアン・ホークやん。なんでなん???



「えぇ……。二人とも子供じゃないか」

「見た目上は」

「……子供が好きなのか?」

「大人も子供も好きですよ! 何故かロリとばかり縁があるだけです! まっ、二人とも僕にラブメロなので全然問題ないけどね」

「うん? 二人って誰の事? 私じゃないよね」

「マルエルなんて二回も僕を誘惑しましたからね。一度目は夜伽の誘い、二度目は胸をチラ見せ」

「おぉい!! だからそれはっ、そういうのじゃなくて!」

「若いのによ〜やるな……」



 だーめだ、誤解されよるわ。もう完全にこの人の中で「ヒグンに体を使ってアプローチしてるメスガキ」というレッテルを貼られた気がする。そんな感じの目で見てくるんだもん。



「はぁ……もし変な噂がギルドに広まったら、タダじゃ置かねえからな。ヒグン」

「うん。まだ死にたくないから話を広めないように強く釘刺しておくよ」



 ヒグンの背中に体を押し付け、コンバットナイフを当てる。彼は冷や汗をダラダラにかきながらもオレに誓いを立ててくれた。男だな。もし反故にされてギルドや街中に変な噂が流れたら市中引き回しの刑に処してやる。




 *




 馬車の中での座席は二人ずつ隣並びで座るように分かれることになり、エドガルさんとヒグン、オレとフルカニャルリという座席順で荷台の中に四人座り目的地まで馬車を走らせていた。


 フルカニャルリはやはりまだエドガルさんの事を警戒しているようで、オレに体を引っつけるようにしてずっとエドガルさんを監視している。


 エドガルさんはオレの対面に座っているのだが、彼はずっと何も無い荷台の壁を見ている。ヒグンは窓の緣に肘を乗せうたた寝中だ。



「……フルカニャ。なんか暇だしゲームでもするか?」

「せず。ぼくは忙しいゆえ」

「そう」



 今この瞬間もエドガルさんが何か不審な事をしないか見張っているようだ。人間不信が過ぎるな。ある意味心強いかもしれない。


 でも暇だ。馬車ってのはそこまで移動速度は早くないからな。依頼書を見た限り目的地は結構南の方にある砂漠らしくて、広大な森を抜けるだけで二日は要するからそれはもう長旅になる。今こんな調子じゃ後々退屈すぎて地獄を味わう羽目になりそうだ……。


 仕方ない。気は進まないけど、エドガルさんに話しかけてみる。



「ねえ、エドガルさん」

「どうしたんだい?」

「なんでずっと壁を見てるんですか? なんかあります?」

「えぇ〜……? いや、そりゃ君、目のやり場に困るからさ」

「目のやり場?」

「二人の服装は男には少々刺激が強くてね。仕事に支障を来すかもしれないから、余り見ないようにしてるんだよ」

「刺激ですか」



 確かに肌の露出は多いな。うーむ。

 オレは慣れてるが、フルカニャルリはお腹冷えたりしないのかな。身にまとってる服もあまり暖かくなさそうだし、上着を羽織ってはいるが前を閉めないと腹が出っぱなしだからな〜。


 フルカニャルリの腹に手を当てる。



「? なにめか?」

「おぉ。柔らかい」

「……? 当たり前であり」

「そういえばこの肉体になってから、ちゃんと人の身体に触れるのは初めてかも」

「ふっ……んっ。マルエル……? く、くすぐったい……」

「逃げようとした所を翼でキャーッチ。ふはは、逃がさんねぇ」

「うぅー! えいっ!」



 フルカニャルリがオレの胸に手を触れてきた。



「仕返しー!」

「おい、胸には触れてないだろ私は。なんでいきなりそこ行くんだよ」

「実は前々から触ってみたかっため、ぼくのは小さいからどんな感じか知りたくて」

「私のもそんなにデカくないんだけど……んっ、おい」

「喘いだ今!」

「違う違う。服の上から乳首ガリは流石に声出るだろ。あとさ、お前のその天然で変態ヒグンが喜びそうなムーブする下り正直困るんだよ、主に対象私じゃねえか」

「今は寝てるから問題ないでしょー?」

「そうだけど……ふぅっ!? だ、だから!」

「ゴホン」



 エドガルさんの存在を、その咳払いで思い出した。

 オレの上に乗っかるようにして胸を乱暴に揉みしだいてきたフルカニャルリが猫のように飛び退き、オレの体を引っ張って座らせその背中に隠れる。良かった、胸部分を支えるパットにズレは無いみたい、モロだしは避けられたようだ。



「仲良いのは結構だが、あまり男のいる場でそういう戯れ方をするのは控えた方がいいぞ。二人とも」

「……」

「私は別に、そんなつもりじゃないのに……」



 紳士的なアドバイスをしてくれたエドガルさんだったが、フルカニャルリは彼を睨んだまま何も言わないしオレは「巻き込まれた側だろ」という思いから腑に落ちなくて彼の言葉に前向きな返答は出来なかった。


 気まずい時間が流れる。オレ達、上手くこの依頼達成出来るかなあ……。

 てかなんでウチらのリーダーは眠りこけてんだよ。今こそオレらのフォローに入れよお前はよ。




 *




「ようやく到着しましたねー!」



 馬車から飛竜とかいう、砂漠や荒野といった大規模で中継地点のない大地を移動するために躾られた魔獣に乗ってオレ達は大幅な時間短縮を経て目的地に着いた。

 二日はかかるという距離をたったの八時間だ。小規模とはいえ、やはりドラゴンというのは個体としての性能がずば抜けてるな。飛行機みたいな速度で飛ぶんだもん、飛竜用に改良された荷台が何気に1番凄い気もするが。



「いや〜長旅だった! 伸びするのが気持ちいい〜、やっぱりシャバの空気がいちばん美味いね!」

「お前ほとんど寝てたじゃねえかよ」

「まあ僕としては美少女二人と共に乗る密室空間の空気も大好きなんだけどね! でも今日は異物が混入してたからな〜」

「異物ですまなかったね」

「エドガルさん、そいつボコってもいいですよ」



 砂漠には冒険者が数日滞在するための拠点小屋が複数存在しており、依頼はこの小屋を転々としていきながら進めるのがセオリーらしい。


 昼の水分を奪う暑さと景色が変わらず方角もわからない広大な砂。ついでに砂の中を自在に移動する魔獣や強烈な毒を持つ蛇や虫といった本来の在来種の存在もある為、冒険者と言えど常に命の危険と隣り合わせで砂漠での依頼は高難易度に設定される。


 今回の依頼は厳密には砂漠に面したジャングルの遺跡内にいる魔獣の討伐という内容で、砂漠の中を旅するという訳でもなく難易度は低下してはいる。が、危険度にさほど大きな開きは無いだろう。


 なんでいきなりこんな危険な依頼に着いていこうと思ったのかと考えたが、一ヶ月後に控えている龍の討伐依頼に備えて少しでも危険に慣れておく為だろうな。

 ヒグンは馬鹿だが、意外と考える所は考える男だ。冒険者同士で最も必要なスキルは仲間内の連携、それを鍛える為に敢えて危険度の高い依頼を受注したのだろう。



「それじゃ今日は休んで、明日遺跡の周囲と内部の魔獣を掃討するとしよう」

「はーい」

「ねえねえ、シャワーは無いめか?」

「あー……あるにはあったけど」

「あるんだ、良かっため!」

「いや。えーと……着いてきて」



 フルカニャルリがシャワーの有無を訊ね、ヒグンに連れられ焚き火の傍から離れる。残ったエドガルさんと二人きり、人が減って砂漠の夜の寒さが横から吹き込んでくる。翼で風を遮断し、薪を入れる。



「その翼、君は亜人かい?」



 エドガルさんが話しかけてきた。夜食のスープが沸騰するまで暇だもんな。



「私は人間です。この翼は、人から借りたものですね」

「借りた? 直に腰から生えてるように見えるけど」「生えてますよ。……まあ、なんて言うか。移植、みたいな」

「へぇ」



 エドガルさんが興味深そうに翼を見つめている。昔はもっと綺麗だったんだぜ、オレなんかに引っ付いてるからこんな貧相になっちゃってるけどさ。本当はもっと大きくて、鮮やかな色してたんだ。



「その、貸した人っていうのは?」

「ハルピュイア。だから厳密には人じゃない」

「ああ、ごめん。そうじゃなくて、君にとってどんな人だったの?」

「え。私にとって?」

「うん」



 突然変な事聞いてくるんだな。指でサラサラの砂を摘んで、指同士を擦り合わせる手遊びをしながら答える。



「友達です。ただの」

「友達?」

「はい」

「そっか。大事な人だったんだね」

「……まあ」

「そういうのいいな」



 なんだ、そういうのって。具体性を欠いたセリフだな。もしかしてコイツ、脳死でオレに共感して警戒心解いて抱こうとしてる? エロ本の冒頭だったりするか? 今。



「いきなり何の話してるんですかこれ」

「あぁごめん。冒険者って、常に死と隣り合わせだからさ。あんまり話せなかった相手が死んで、もっと話しておけばよかったと後悔する事も少なくないんだよ」

「……はぁ」

「だから、出来るだけ一緒に仕事をする相手とは会話するようにしてるんだ。相手を知り、相手に知ってもらう。そうする事で、死んで忘れられるという恐怖が和らぐといいなって」

「…………私には分かんない価値観ですね」

「うん?」

「深く知った相手が死ぬのはしんどいでしょ。自分まで死にたくなるし、それじゃ本末転倒だから感情に蓋をしなきゃいけなくなる。相手との思い出とかしたかった事とかを忘れたフリして、自分も一回死んで生まれ変わったつもりで生きなきゃやってられなくなる。だから、わざわざ死に行くような相手の事を知ったり知られたりするようなのは意味分からんです」



 あ、つい喋りすぎてしまった。ジジイなもんでよ、すまんすまん笑。でももうちょっと言い足りないから言葉を付け足してスッキリしちゃおう〜。



「……こんな傭兵業やってんのに、他人の素性を聞き出そうとするの辞めません? そういう感情的な奴から死んでく業界でしょ、冒険者ってのは」



 スープも沸騰している、オレの機嫌に合わせてピリついているようだった。何をテンションぶち上げてるんだか、下げよう下げよう。



「……それじゃ、ヒグンやフルカニャルリちゃんに対しても一線引いてるという事でいいのかな」



 黙ってよそったスープを受け取ればいいのに、エドガルさんは口を動かしながらスプーンで器の中身を混ぜる。



「引いてますよ、そりゃ」

「それは残念だ。ヒグンの奴、飲んでる時に嬉しそうに君の事語ってたぜ。本当に誘ってよかった、信頼出来る仲間が出来たって」

「……」

「君が複雑な思いを背負ってるのは俺にも少し分かる。が、彼らは君の事を信頼しているよ。君の方からも少しくらい、彼らに歩み寄ってもいいと思うけどね」

「……下の兄妹に話す感覚で喋ってます? 余計なお世話です」

「一人っ子なんだがなぁ。余計なお世話だったか、すまんすまん!」



 モノローグに対して全く同じセリフで意趣返しされたわ、悔しい〜。

 てかいいだろ、信頼とか信用とかそういう深い言葉は上っ面で吐き出すだけにしといて、内面テキトーにノリ合わせて生きてりゃ。何が悪いんだよ。



「うぅ……マルエル〜!」

「うわっ!? フルカニャ!? どしたどした!」



 静かに星を見ながらスープを飲んでいたら離れていたフルカニャルリとヒグンが帰ってきた。こちらまで来ると早々にフルカニャルリはオレの体に抱きついてくる、ちょっとスープ零れた。



「シャワー見てきた……ノズルに変な蛆虫みたいなの沢山湧いてた〜!!」

「そうなんだ。自分も前まで蛆虫みたいなもんだったじゃん」

「!? 違うだろー! 全然違うだろ、ぼくはとっても可愛い芋虫!! あんなグロくない!!!」

「正直そんな変わらんよ? 虫嫌いの私からするとどっちも同じグロジャンルだよ」

「酷いよーっ!!!」



 泣き喚くフルカニャルリのいる方とは逆サイドにヒグンが腰を下ろす。ようやく両側の風避けが帰ってきたぜ。翼を畳む。



「何の話をしてたんだ? 二人は」



 ヒグンがオレとエドガルさんに話を振る。特に考えるでもなく素直に答える。



「別に。下らない昔話してただけだよ。ねえ、エドガルさん」

「まあそうだな。昔話と、ちょっとした話をね」

「! な、何か意味ありげな目配せ……あ、怪しい事をしてたんじゃなかろうな!!!」

「怪しい事って?」

「夜伽の約束とか、もしくは既に前戯などをっ」「エドガルさん、コイツの顔面思いっきり蹴飛ばしてやってくれ」



 ヒグンの手を取り捻って地面に寝かせ関節を極め押さえ、頭の方をエドガルさん側に向けさせる。彼も今の発言には流石に呆れたようで、ヒグンの前髪を手でかき分けると強めにデコピンをした。コッ! って音が鳴った。



「あああぁ痛い、痛い……」

「これで反省しろヒグン。自分の仲間を軽く見るような発言はするんじゃない」

「むしろ重く見てるから過剰に疑ったのですが……?」

「重く見てるなら尻軽扱いしてんじゃねえよセクハラ男」

「グワアアァァッ!! ギブギブッ、タップしてまずマルエルぢゃん゛ぅっ!!」



 エドガルさんの仕置きじゃ生ぬるいのでヘッドロックしてそのまま締め上げてやったら顔を真っ赤にしたヒグンが必死に手を叩いてきた。いい気味だ。フルカニャルリは心配しているが普段の行動が行き過ぎてるからな。これくらいキツいお仕置しなきゃ分からないんだから仕方ない。



「ぜー……はぁ。ふぅっ……」

「ったく。ご飯は出来てるから、呼吸整ったら座り直しなよ。よそうわ」

「ふぅ、ふぅ……前は小さいなと思ったけど、押し付けられたら意外と大きく感じるんだな、マルエルのおっぱいって。人体の不思議だ……」

「待つんだマルエルさん、そのナイフをどうするつもりだい? 料理に使うものじゃないよねそれ」

「人肉で料理するのもオツかなと」

「待って! 今のナシ! 謝るからコンバットナイフ仕舞って! 助けてフルカニャルリッ!!!」

「いつもの事であり。お腹空いたので一足先にご飯食べめす」

「環境に慣れないでその都度助けに入って!! 今回のは目がやばい、本気な気がするから糸で拘束してーっ!!!」



 なんだかんだでフルカニャルリの糸で胴体をぐるぐる巻きにされ止められた。エドガルさんの愛の拳でヒグンの頭の上に無数のタンコブを作った事で手打ちとなり、その日は就寝した。


 本当にオレは、なんでこんなスカポンタンな奴に着いてきてしまったのだろう。そんな風に呆れつつも、何故か顔が火照って中々寝付けなかった。


 ……いや。なんだ、顔が火照って寝付けないって。

 これまでの流れがあって実はこの暮らしが楽しいだとか、かけがえのないだとかオレの深層心理で思ってるのだとしたら。それはもう呪いだろ。人に好かれる魅力とかじゃなくて精神汚染系の呪いかなにかだろ。ある意味ではモンキー・D・ルフィかもしれん。



「うーむ……」



 試しに眠っているヒグンの寝床まで行って顔を見てみる。よかった、ドキドキとかしない。これでドキついてたらこの場でベロ噛み切ってた。

 自分の感情の再確認も行なったことだし、もう皆寝付いてて夜も更けている。明日に差支えるので眠る事にしよう。

 オレは寝床に入ると、そのまま目を閉じた。

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