「10ページ目ってタイトルだけど、これ11頁目じゃないか?」
「やっと死にやがったな、このガキ!!」
盗賊達が、動かなくなったマルエルの亡骸を足蹴にしている。フルカニャルリは身を縮め泣き声を上げている。僕も片目を潰されていて、戦える状態じゃない。
逃げる、べきだ。フルカニャルリを連れて。そう分かっているのに、足腰が動かない。
「はあっ、はは! 調子乗りやがっ、て!」
一人の男が思い切りマルエルの頭を蹴りつけ、その背中に槍を刺す。マルエルの綺麗な翼が血で染まっていく。
「おいガキ、それにそこの虫けらも」
「ヒッ、嫌ァ! 嫌ダ!」
フルカニャルリが声を荒らげて盗賊の男を拒絶する。……この子はまだ幼体だ、他人の死なんて見せるべきじゃなかった。僕だって勿論辛いけど、それでも受けた恐怖はこの子程じゃない。
守らなければ。この子だけは絶対に!
「てめぇら、タダで済むと思ってんじゃねえだろうなあ?」
「馬車もやられて、ウチの頭も殺られちまった。こりゃ高くつくぜ? なぁ、聞いてんのか!!?」
盗賊の男が二人程こちらに近付いてくる。フルカニャルリを庇い、震える足を殴って立ち上がり睨む。
「それ以上、近付いたら、殺す!」
「あぁ〜? そんなボロボロな体でよく言うぜ。どうやって殺すんだァ? 剣も握れてねぇじゃねえの」
「くっ……!」
「いるんだよなあ、俺らみてぇな無名の盗賊相手なら勝てると思い込む冒険者。だがな、現実はそんな甘くねえんだよ。お前の仲間のお嬢ちゃんはどうなった? 死んだんだ、それがこの世の常なんだよ。夢物語を信じて、自分が主役になれたと、勝者になれたと勘違いした奴から死んでくように出来ているんだ、この世界はよ」
「黙れ……!」
「威勢がいいな。よし、分かった。おいお前ら、こいつを袋にしちまおう。殺す前に止めて、目の前であのクソでかい芋虫を踏み潰して絶望させて殺してやるんだ。どうだ、最高じゃねえ?」
「……」
男の提案に返事は返ってこない。そこで彼は異変に気付いた。自分以外の二人は、いつの間にやらどこへ消えたのか。
「おいお前ら、なに黙っ」
男が言い切る前に、人の肉を刃が刺し貫く音が響いた。男は背後から自分の胸を刺し貫かれていることを理解するのに、僅かな時間を要した。
「あ……? なんっ……だ?」
男はゆっくりと背後を振り向く。そこにあるのは、下顎を失った状態で死んでいる男の死骸と、眉間から槍を貫通され後頭部から頭蓋と脳漿が溢れ出している男の死骸だった。
どちらとも盗賊団の仲間であり、自分と同じ生き残った三人のうち二人。その二人が死んでいる光景を目の当たりにし、彼はようやく理解した。
「なんで、死んでなっ、あ、ああぁァァァァィィイイだだだだ痛いいたっ」
男の胸を背後から貫いていたスティールソードが立つにつれ、男の胸、喉、顎、頭がゆっくりと真っ二つに裂けていく。脳天に達するとスティールソードは人体を抜け、素早い動きで宙を踊った。
胸の途中から二つに割れた亡骸が仰向けに、後ろ向きに倒れた。その分け目を上手く躱すように、盗賊の男を殲滅した血塗れの少女がニッコリと笑みを浮かべる。
「やあやあ二人とも」
「マルエル……生きて」「マルエルッ!!」
僕の両足の隙間を抜けてフルカニャルリが猛スピードでマルエルの方へ駆ける。彼女は「うげ!」と気持ち悪そうな表情を浮かべるものの、ため息を一つ吐くとフルカニャルリを抱きとめた。
「生キテタ! マルエル生キテタ!! ウワアアアァァァンッ!!」
「情緒人間すぎるなぁ」
「マルエル!」
「おーヒグン、おつかれ。って、目ん玉潰れてんじゃん」
「あぁ、それよりも」「それよりもじゃねえ。ちょっと待ってろ。フルカニャは一旦離れろ」
「エ、ヤダ! 一緒ニイル!!」
「お前のママ役はそこの片目ぐじゅぐじゅグロ男だろうが。そっち抱き着いてろ」
「ぐじゅぐじゅグロ男って……まぁ、グロいか。潰されてるもんな……」
「二人とも日陰に入って休め。ヒグンは眼球に出来るだけ物が触れないように、フルカニャは全身ぐしゃぐしゃのままなんだから安静にしろ。そうだな、お前の構造的には腹ばいの状態で待機だ。内臓を正常な位置から動かすな」
「! フルカニャルリも大怪我を!?」
「二人とも大怪我な。だから黙って言う通りにしてろ、言う事聞かないと1回ぶっ殺して蘇生させる荒業使うぞ」
「倫理観ガナイ!!」
「あるか〜んなもん、医者舐めんな」
むしろ最も倫理観を重要視している職業だと思うのだが。というかマルエルは医者じゃなくて死霊術師だろ。
指示通り待機していると、マルエルは盗賊団の馬車から清潔な水、布、荷台から剥がした床、外したカーテンなどを持ってきた。ついでに全身の返り血が洗い流されている。
……あれ? そういえば、さっきまでの戦闘でついていた外傷がない。まあ回復魔法を得意としているんだし、隙を見て回復していたのだろう。
「まずフルカニャルリ。少し硬いがここに寝ろ」
「ココニ?」
「あぁ。腹ばいで、リラックスした状態でいろよ。目を瞑ってもいい、なんなら寝てくれ」
「今寝タラ死ンジャワナイメカ?」
「死なねーよ、大丈夫だから。疲れたっしょ」
「……分カッタ。チョット休ム」
「あーいよ。ヒグン」
「あ、あぁ」
「フルカニャの治療が終わるまで少し待っててくれ。これ、ぐじゅぐじゅの目に充てて手で抑えてろ」
マルエルが液体の染み込んだ布を僕に手渡した。この匂い、薬品のようだ。い、痛いだろこれ……。
「ヒグン」
「あ、あぁ。なんだい?」
「言う事聞かなくても別にいいが、相手は槍使いで地面を引き摺ってたよな。多分だけど、お前の顔面膿だらけになるぞ」
「!? えええぇぇぇぇっ!? な、なんだそれ、それは流石に嫌だぞ!!!」
「だからそれを充てろっつってんの。大丈夫、極力染みないように工夫はしてある」
「ほ、本当か?」
「あぁ。だが患部が患部だからな。多分死ぬ程染みるやろね」
「ぐぎゃあああっ!」
いたっ、いっっった!!! 大丈夫か今の、確実に眼球の裏の脳がバチバチって電流放ったぞ痛すぎて!! こ、これを自分で抑えろって拷問か!? マルエルは拷問官かなにかなんですか!?
「人間と内臓の数が違う……完全損傷している物もあるな、こんなんでよく生体活動出来るな……オレの肉を使ってちょっと継ぎ足しするか」
めちゃくちゃ真剣に治療に取り掛かっている! は、話には聞いてたが、本当に全ての回復魔法を覚えたのか? だとしたら明らか僧侶になるべきだろ、なんで死霊術師なんて真逆の職業選んでんだよこの人……。
盗賊達との戦いが終わり、一時間ほど経った頃。日が登り始め明るくなった頃にフルカニャルリと交代で僕が治療を受ける番になった。
フルカニャルリは完全にリラックスし熟睡している。すーすーと大人しく寝息を立てている様は毎朝見るマルエルの寝姿に似ているような気がした。
「なあ、マルエル」
「んー?」
目を瞑ってろと言われたので瞼を閉じたままマルエルに話し掛ける。彼女は手を止めず、静かな声で僕に応対した。
「なんで無事だったんだ? 確実に心臓貫かれてたよね、君」
「あぁ……。まあ、反則技に近いけどさ。発動してから一定時間、私が死んで思考が止まった瞬間に肉体を万全の時まで巻き戻す魔法ってのを使えるんだよ。ま、所謂不死の魔法ってやつだな」
「そんなものは無い」
「あるんだよなぁ。回復魔法のカラクリは簡単に言やぁ時間遡行だぜ? 損傷箇所を1個ずつ遡行させて治してんだ、応用すりゃ不死にもなるさ」
「……聞いた事ないぞ。そんなの」
「そりゃ、私が作った魔法だしな」
「作った?」
「まあ正確には私の同居人だったやつが無意識に使ってた魔法? それを一部摘んで、不死要素だけ抽出したのが私の魔法。そいつのは、他人に殺されるまでは老いる事も死ぬ事も無い魔法。不朽の奇蹟ってやつだな」
「色々あるんだな、魔法にも」
「現象を魔力を介し意識的に起こす事の総称が魔法だからな。そりゃ色々あるさ」
不死、か。
「なんか、翼と言い髪色と言い、不死と言い。言い方悪いかもしれないけど、人間離れしてるよな」
「あぁ。そもそも本来はこんな姿じゃないしな」
「姿?」
「おう。そもそもオレ、男だし」
「えっ」
えっ。
「お、おと、おと、おと、男?」
「おう」
「……でも生理だよね今日」
「まだ臭いか!? 返り血浴びたのに尚!? そんなに臭いかなあ!?」
「い、いや臭くないけどさ。その、生理があるんだよねえって意味だよ」
「あぁ? あー。まあ、そりゃあるよ。完全な女体として再設計したんだ」
「再設計……?」
「うん。この世界にはフランケンシュタインの話もピュグマリオンの話も無いから説明しづらいんだがよ。この肉体は言っちまえば作り物なんだよ」
「そうなのか? でも、本物の人間みたいな質感だぞ?」
「出来上がったものは本物の人間だよ。人間の肉体を原材料に魔法で治すという過程を噛みながら造ったんだから。オレという人の手が加わって人為的にこの形になってるから造り物、だが材料も遺伝子も骨子も全部紛れも無い人間。不思議だよな」
「不思議だ。人造人間の更にナマモノに近い感じか……?」
「人造人間って概念自体はあるんかーい!」
瞼を閉じているから見えないが、上空を見上げ叫んでいるのが気配で伝わった。このくらいの時間だとそろそろ通行人も現れるぞ、静かにしていた方がいいんじゃなかろうか。
「ま、てなわけでお前のハーレムとやらの最初のメンバーは男だったわけだ。残念だったな」
「……でも、体は女性なんだろ」
「あ? おう」
「触ったから分かる、おっぱいあるだろ?」
「おい。治療中止するぞ」
「いい匂いもするし、全身柔らかいし、肌スベスベだし」
「お前今オレに生殺与奪握られてるの分かってる?」
「それに、前間違って風呂場で鉢合わせした時に見たしな。君のアギャアアアアアッ!?」
ががががが眼球に指っ、指入れられてる指指ぃいーーっ!!!
「あのさ、ヒグン」
「は、はい!」
「……多分、さ。普通ならそろそろオレも肉体は女だしさ、少しくらいお前に異性的な好意を寄せる下りもある頃合だと思うんだ。精神形成の法則上な」
「! ほう! ドンと来いだぜ!」
「それが凄いもんでよ、全然お前の事なんも思わねえ。心の底からキモい。ありがとうな、男なんかとロマンスしなくて済みそうだわ」
「そんなご無体な!!!」
「フルカニャルリとでもラブイチャしてればいいんじゃねーの。見た目だけなら分かんねーじゃん? ワンチャン賭けようぜ」
「虫じゃん!」
「虫だな。差別か?」
「虫と抱きしめあっても産毛のショリショリと肉のブニブニしか味わえないだろーっ!」
「うぇ……想像させんなよ気持ち悪い」
「コノ餅尻ヲ見ヨ!」
「おー起きてたかーフルカニャルリ。見せつけんなー尻〜」
フルカニャルリも加わる。ぎゃいのぎゃいの、僕が戯けフルカニャルリが喜びマルエルがツッコミを入れる。なんだか、とてもバランスの良い三人だなと思った。
まあ、正確には二人と一匹なのだが。そこはそれ、僕達は共に死線をくぐったのだからそれは戦友と呼んでも差し支えないだろう。叶うならば、このままフルカニャルリも僕の仲間になってほしい。
……でも、フルカニャルリはこの森で過ごしていた芋虫だ。その境遇は決して明るいものではなく、彼が、人間の多い場所でストレスなく過ごせるわけもない。
それに、僕は虫に耐性があるからまだしもマルエルの虫嫌いは本当に本能的な、どうしようも無い類の恐怖だ。今だって会話をしているが、鳥肌を立たせ怯えているのを表情に出さないように我慢してくれている。
フルカニャルリを誘う事、それは両者を傷つけてしまう事なのかもしれない。遠方に出向くのなら、こういう出会いと別れもきっと付き物なのだ。割り切るしかない。
「……なあ、そろそろ依頼物を」「ネエネエ。ボク二人ニ着イテ行ッタラ駄目ゥカ?」
「なっ!」
治療もひと段落付き、財宝の一部も回収し依頼物の毒草とは別の袋に詰め込み終えたタイミングでフルカニャルリが僕達に仲間にしてくれないかと誘いを投げかけてきた。
「……僕達が住んでいるのは特に人の多い地域だぞ。フルカニャルリは、人に仲間や家族を殺されているんだろ……?」
「ウン。皆ボクラヲ見ルト必ズ攻撃シテクル。今デモソレハ変ワラナイト思ウ。人間ハ残酷」
「それならっ!」
「ソレデモ着イテ行キタイ。二人ハ、初メテ出来タ人間ノ友達。モット、長ク近クニ居タイ」
「……でも」
フルカニャルリは俯いて話していた。僕達に拒絶されるのを恐れているのが伝わる。人間達からの迫害の歴史は彼に強い恐怖を与えた、それは死ぬまで付きまとうものだ。なのに彼は、自らトラウマを乗り越えようと自らこちらへ歩み寄ろうとしている。
本当ならその手を取って、受け入れてやりたい。でも、マルエルはきっと彼を受け入れられない。共に過ごすなんて、彼女にとってはきっと……。
「いいよ」
「エッ?」
マルエルは、優しい口調で声を出すとしゃがんでフルカニャルリに手を差し伸べた。
フルカニャルリがその手に乗る。すると、マルエルは小さく「うひゃいっ!」と悲鳴を上げ肩をすぼめた。
「マルエル、虫嫌いなんだろ……?」
「うん、大嫌い」
「ジャ、ジャアナンデ」
「言ったろ。お前もう大親友だもん」
「エッ……?」
「忘れたのか? 命からがら共闘したろ、そのどっかで言ったぜ。……種族的に、まだちょっとしんどい所はあるけどさ、個人としてオレは相当フルカニャルリの事気に入ってんだよ。だからオレは個人的には、お前とお別れをしたくねえ」
「鳥……」
「なんで呼び方鳥に戻ってる? そこはマルエルではない……?」
「……照レクサイ」
「虫でも照れるんだな」
「ドウイウ意味ダ!?」
「ぎゃははっ。なあよ、ヒグン」
マルエルは手にフルカニャルリを乗せたまま、可憐な笑顔を僕に向けた。
「オレら三人、もう仲間って事でいいよな」
「……あぁ。勿論だ!」
なんか求められていると思ったので、フルカニャルリごとマルエルを抱きしめてやったら思い切り足の甲を踏まれた。なんで。マルエルは「今日はこれ以上ゼロ距離接触禁止だ犬野郎!!」と言っていた。犬野郎……?
「あ、ちなみに街に着くまでにちゃんとバニースーツに着替えてねマルエル」
「げっ。……パンプスそういえば置いてきた……」
「じゃあ靴はそのままでいいよ。君の正装はバニースーツなんだからね!」
「生きながらの罰ゲームが過ぎるんだよな」
「ソウイエバズット気ニナッテタ。ナンデマルエルハ変装スルマデズット肌出シッパナシダッタノ? 変態トイウヤツ?」
「断じてちげえ! 私はノーマルなんだよ!! 変態はヒグンだけ!!!」
「初めて会った時は僕に夜伽を勧めてきたのに」
「ヨトギ?」
「だーっ!!? 何言ってんだよお前バカ死ね!!」
帰りの馬車の中でも耐えることの無い言い合いは続く。街に帰ったら依頼物を引き渡し、そのまま持って帰った財宝を換金してもらおう。
ふふふ、ここまで長かったがようやく夢のマイホームを構える事が出来るぞ。本来最初に用意するべき固定の拠点の獲得。ここから僕達の、ハーレム作成ストーリーが始まるのだ!!!
*
……。
僕とマルエル、そしてフルカニャルリは、いつも通りの狭い安宿の一部屋に帰り着いていた。
「ワー! ココガ人間ノ住ム家カー! アラクネノ家ノトイレヨリ狭イ!」
「こらっ! フルカニャ! ちょっとそれは言っていい限度を超えてるからな!」
「そうだよね、僕が用意出来る宿なんて精々アラクネのトイレ未満だよね、狭くてごめんね……」
「あーっ! し、仕方ないよな! きっとそのアラクネってやつは私らが見上げるほどの巨大なんだもん! そりゃあトイレと言えどでかくなるよ、巨人みたいなもんじゃーん!」
「デモモット広イ所想像シテタナ。コレジャ木ノ上デ暮ラシテタ時ト大差ナイヤ」
「フルカニャーーー!!!!」
「だって仕方ないじゃないか、換金で得たお金も盗賊団との戦闘で破壊した山道の修理費を払わされてスッカラカンになっちゃったんだし。僕だって必死に生きてるんだよ……」
「そ、そうだよな。必死に生きてるよな! もーフルカニャ!! ウチのリーダーあんま悲しませんなよー!!!」
「悲シイノカ? ボクガ慰メテヤロウ」
てちてちてち、そんな可愛い歩行音が聴こえてきた。フルカニャルリはその小さな多足を駆使して僕の体をよじ登ると、頭の上で動きを止めた。
「スゥー……イツマデウジウジシテンダヨ蛆虫野郎泣キ言吐イテル暇ガアッタラ今スグ働クカ死ンジマエコノ紐チンコ野郎ガアアアァァァァッ!!!」
「ええええぇぇぇぇっ!?」
ガスガスガスガス! と高速で頭を踏みつけられガンガンと机に顔が当たる。なんだこれ、何をされてるんだこれ? 僕の尊厳はなんだ、フルカニャルリ専用の足置きマットか?
「ちょちょちょフルカニャ!! 超えすぎてるなーライン! どこで習った作法なんだそれ!?」
「昔森ニ来タ人間ノ二人、女ノ方ガコンナ事ヲ言ッテイタ。男ハ喜ンデイタ。アレハ励マシテイルンダト思ウ。アト、豚野郎トカ御主人様トカ言ッテタ」
「随分特殊なのを目撃したなーお前! いいかそれは忘れろ! 推定キッズすぎるお前にはまだ早すぎる、知ってちゃいけない知識だそれは!」
慌ててマルエルが僕の頭からフルカニャルリを離してくれた。ごめんね、虫嫌いなのに掴ませてしまって。でもごめん、もう少し泣くから顔を上げないでおくね……。
「あー、もー……泣いちゃったじゃんヒグンがさー」
「ナ、泣イテルノカ? ボクガ励マシテアゲメス!」
「泣きっ面に蜂? 君の場合は泣いてる相手が居たら一旦放っておくべきかもしれないなぁ。励ましの攻撃度合いが高すぎるかも」
「? ヨク分カラナイ、人間ッテ不思議ダ」
「こちらとしては逆に、なんでそんな人間に寄った思考回路持ってんのに励まし方が大ブスなのかが疑問だわ。心のノートの重要性に気付いたな……」
なんだ、もう二人ともすっかり仲良しじゃないか。よかった。僕も仲間に入れて欲しいな〜。
そんな事を思いながら、その日はもうあまり二人と会話を交わさず簡単な、一人でも出来る仕事をこなした。
マルエルとフルカニャルリはすっかり意気投合したようで、二人でどこかへ出かけて行ったのに気付いたのは二つ目の依頼を終えたタイミングであった。この目から伝う雫の正体を僕は見ないフリしたまま、次の依頼へと足を運んだ。




