第46話 手術前。
クオーとアンピル、そしてナーリーは帝国に到着したばかりなので3日ほど治療院の敷地で自由行動をする事になる、
その間、クオーは熱心に帝国史を調べたり帝国に残っていたカオス・フラグメントについての書物を読んでいる。
アンピルは薬を使う関係で体の重さや身長、さまざまな検査をナーリーとしていてナーリー相手にも生来の人懐こさで仲良くなっていた。
この点は流石は希望の街の子供で一定の距離とルールに則っていて、よく言えば油断も隙もない。
検査の結果、ナーリーの手術を行うのは翌日になり、アンピルはその次の日になる。
改めて日取りを聞いてアンピルは「うわ、怖くなってきた」と言い、ナーリーが「大丈夫だよアンピル殿、まずは私だからね。仲間がいると思って」と声をかけるとアンピルは「うん。ありがとう。でもナーリーはどう手術するの?」と質問をする。
「カオス・フラグメントに食いちぎられた所に細かなカケラ未満が入り込んでいて痛むんだ。だからそれを取り除いて貰って傷口も綺麗にしてもらうんだよ」
ナーリー・ウィパーは傷口を見せると確かにキラキラと光ってて光る度にナーリーは顔を顰めている。
痛みを想像したアンピルが「うわ…、ナーリーは朝からだよね?」と聞くとナーリーは「うん。長丁場になるだろうって言われたよ。アンピル君は?」と聞き返す。
アンピルが背中を見せながら「俺は明後日の昼から始めるって。背中に刺さった氷柱がダメにした部分を治してくれるって」と言うと穏やかな表情のナーリーは「こんな事を言うものではないが帝国が王国と戦えるのは医療に特化しているからで、何人もの兵士が早急な前線復帰が出来ているからなんだよ。だからきっと治るよ」と励ます。
アンピルはありがとうと言った後でクオーを見て「クオーは何の本?」と聞く。
「ああ…今日はカオス・フラグメントについてだよ。ただ書いた人間の主観が入っているが面白い見解と考察が書かれていたよ」
ナーリーも興味深そうに聞く中、クオーは100年前のカオス・フラグメントがカメレオン型の魔物で、その前は蛇だった事が記されていて、先日のカオス・フラグメントはクオーがバラバラにしてしまってわからなかったが倒した中央からは必ず核になるカケラが出てくるとあった。
「核?核って何?」
「この場合は基になったカケラみたいだ。100年前は避役の皮…カメレオンの皮と言うカケラが核になって周りにカケラを集めて暴れたみたいだ、周囲に溶け込むカケラが核だなんて恐ろしいね」
「じゃあ今回は亀だったんだ」
「大亀の甲羅かも知れないね、まあ弾き飛ばしたからわからないけどね」
ナーリーは恐る恐る「炎神の大炎上なんかでカオス・フラグメントになられたら太刀打ちできない」と言い、アンピルも「確かに」と言った。
だがクオーだけは「魔神の身体なら負けないさ」と笑っていた。
手術前という事で飲酒はダメだったが豪華な食事で壮行会が行われる。話していると治療院の看護師の1人はナーリーの知り合いらしくご馳走もその人の好意だった。
看護師はナーリーの母と友達だったが、ナーリーの故郷は流行り病で滅んでしまっていた。
「シマロン元隊長もあの病でご家族を失いました」
「…そうでしたか、それにしても近しいもの達で欲望の島に送られるとは…」
不思議そうに話すクオーにナーリーは「隔離です。私達は無事でしたがいつまた流行り病が発生してしまうかわかりません。万一発生条件に育った土地なんかもあれば我々が原因で何が起きるかわかりません。体内で変容して帝国民に感染拡大をしては困ります」と説明をした。
クオーは致し方ないがどうしてもやるせない気持ちになる。
「そのような顔はしないでください。そして一応ですが、あれはザルなので結婚をして故郷が曖昧になった女性達はこうして帝都におります」
クオーは料理を運んだ看護師を見ると看護師の顔は南方では見ない顔つきをしていた。
会釈する看護師にクオーが会釈し返しているとナーリーが「あの頃のセーバット様は神のような方でした」と言った。
「は?」
「セーバット・ムーン様は流行り病を抑え込んだ神のような方です。流行り病をの原因をいち早く見つけてなんとかしてくれました」
「だが今は…」
「はい。それ以上は話せません。聞かないでください」
暗い空気にアンピルが怒って食事を楽しむとマリアと食べた料理より食べやすいご馳走で、顔に出ていたのかナーリーは「平和な世界が来たらまた食べましょう。マリア様には私からそれとなくクオー様の好みがわかったと言っておきますよ」と言って笑っていた。
翌朝、ナーリーはアンピルに「私が先だから終わったら同じ部屋にしてもらえるように頼んでおいたからね。アンピル君が目を開けたら横に私がいて2人で労いあおうね」と声をかける。
「痛がっててもクオーには内緒にしてくれる?」
「勿論さ、私が痛がっていてもマリア様やウーティップ様には内緒にしてくれるよね?」
ナーリーとアンピルは2人で笑い合って手を振ると、ナーリーは手術室へと歩いて行った。
ナーリーを見送ったアンピルが「怖くないのかな?」と疑問を口にするとクオーが「怖いさ、だが彼はアンピルが居るから頑張れている」と説明をした。
「そんなもんなの?」
「そうさ」
「クオーも?」
「ああ、アンピルが居れば帝国にいても心細くないからね」
「違うよ。クオーも手術怖くなくなる?」
「そうだね。家族がいれば怖くないよ」
「んー…じゃあ俺も頑張る。怖くなったら呼ぶから来てね」
「勿論さ、私は家族だよ」
翌朝になってもナーリーの手術が終わった報は来なかった。
聞こうにもあのナーリーの母の友達という看護師も居なかった。
手術室まで案内に来た看護師にまとめて聞くとナーリーは先程処置が終わり、今は経過観察をしていて、看護師に関してはタイミング悪く休暇だと言っていた。
「長かったのですね?」
「私には分かりかねますが一晩別室に居て今は安定したから病室に送り届けたそうですよ」
看護師はそれを言うと手術室に戻って行く。
「案外俺の方が早く終わったりして」
「そうだね。アンピルが手術室に入ったら看護師さんに場所を聞いて先にお見舞いをする事にするよ」
この言葉にアンピルは不満げに「えぇ〜、クオーは近くに居てくれないの?」と言うとクオーは「それもそうだね。じゃあ私は手術室の前に居てアンピルを待つよ」と言って笑う。
「にひひ。あんがとクオー。クオーは優しい兄ちゃんだよね。きっとリユーもズオーもクオーが居たから好きにできるんだよ」
「リユー?ズオー?どこがだい?」
「リユーが好きにトゲトゲイライラしてたのはクオーが最後に止めてくれるからだし、ズオーがニコニコ優しいのはクオーが助けてくれるからだよ。俺が安心して手術が受けられるのはクオーが居てくれるから。ボラヴェンが居なくても怖くないのもクオーのおかげ。クオーは俺の…ううん。ゲーン探索団の兄ちゃんだよ」
「アンピル…。嬉しいよ」
クオーは本当に嬉しそうにアンピルを見て感謝を告げると照れて赤くなったアンピルが「よく言うよ」と言って笑う。
「俺達はクオーのおかげで肉も菓子も食えたし人間にもなれた。俺たちこそ嬉しい事の連続だよ!」
「ありがとう。兄としてアンピルを守るよ」
クオーはアンピルと握手をすると先程の看護師を連れた中年の男がやってきて「さあ、行こうか」と声をかける。
アンピルが中年男を見て「医師?」と聞くと男は「ああ、私がセンセイだよ。さあ悪い部分を治してしまおうね」と言うなりアンピルの手を持って足早に病室を後にしようとする。
その動作、男のまとう気配にクオーは言いようのない不安を覚えた。
だがどうすることも出来ない。
「私の家族をよろしくお願いします」
それだけしか言えず、男はクオーに「勿論、お任せください」と言ってニヤリと笑うと手術室に入って行った。
アンピルは扉をくぐった時「クオー、行ってくるぜ〜、ちゃんと終わるまで待っててよね。バイバ〜イ」と言って手を振って行ってしまった。
クオーは本能でアンピルを呼び止めようとしたが看護師が「ここから先は入れません。ご遠慮ください」と言って鉄の扉を閉めてしまった。




