第43話 マリア・チェービーの両腕。
マリア・チェービーは微笑んでいた。
ズオーも笑顔を絶やさずにマリアと会話をする。
微笑ましく思えたクオーは嬉しい気持ちになりその場を離れようとすると後から来たハイクイが呆れた顔で「マジで?」と言う。
クオーは何を言われたかわからずに「ハイクイ?」と言うと「2人ともクオーを待ってるんだから行きなよ。ズオーだっていつまでもお姉さんと話す事ないから放っておかれると困るよ」と言われてしまう。
ハイクイとクオーの会話を聞いたズオーとマリア・チェービーは「あ、兄さん」「クオー様」と言って部屋の入り口まで迎えに来る。
マリア・チェービーはズオーと話していた時よりも眩しい笑顔なのだがクオーは気付くことなく「マリア殿、客人を放ってアンピルの世話をしようとしたらハイクイやアンピルから怒られてしまいました」と言って照れくさそうに笑う。
マリアは楽しそうに「まあ、クオー様はズオー様の仰った通り家族思いですね」と言い、ズオーがクオーを売り込むように「ええ、兄さんは家族の為なら死地へも喜んで飛び込んで行くジン家を体現する男です」と言った後でクオーを見て悲しそうに「ですが女性の心の機微を見る事には向いていません」と言う。
クオーは不思議そうに「ズオー?私はキチンと見定めているよ?」と返すとその横でハイクイがジト目のまま「…嘘じゃん」とツッコむ。
「ハイクイ?」
「だってクオーはお姉さんがクオーと話すと楽しそうなのにズオーとの方が仲良しって思ってない?」
クオーはハイクイに「いや…マリア殿はズオーと話す時に楽しそうだったよ?」と言って身振り手振りで説明をする。
ハイクイはジト目から呆れ顔になって「…ほら、ダメだズオー」と言うとズオーは笑顔で「本当だ。ハイクイは良くみているね」と言った後でマリアを見て「マリア嬢、こんな兄ですがよろしくお願いします」と言う。
マリアは少し悲し気に「私は楽しい時間を頂いておりますがクオー様は違うのかもしれませんね…」と言うと、マリアの顔にクオーは慌てて「いえ!私のような破壊者と話しても、それにマリア殿の命をいただいた身として申し訳なく…」と答えた。
命の部分が気になったズオーがマリアに問うとマリアは袖をまくり両腕を見せて「私の両腕はクオー様に粉々に砕かれました」と言った。
両腕は歪に骨が繋がったのかガタガタになっていた。
「え?」
「私は帝国兵として王国のテントに潜入し尋問という名の拷問に遭いました。部隊長の手によるただ情欲を満たす為の被虐に晒されてそのまま殺される中、同時に潜入したシマロン隊長の最後の願いを聞き入れてクオー様は私をお救いくださいました」
ズオーはクオーがマリアの両腕を折った事にも驚いたが、クオーが帝国兵であるマリアを見逃していた事にも驚いていた。
クオーはマリアの横に出て「私はキチンと命を貰いました。情報はシマロン氏から引き出した以上、無意味な暴力は不要です」と言うと合わせるようにマリアは「はい。あの日、剣士としての私は死にました」と言って優しい眼差しでクオーを見た。
2人の空気感にズオーは何も言えずに慌ててその場を後にするとすぐに両親を連れ戻りマリアに深々と頭を下げた。
「戦場での事とはいえ兄をお許しください」
そう言ったズオーにマリアは「お待ちください。私はクオー様に感謝をしています。本来なら死ぬ状況でも命は助けてもらいました。この腕はもう帝国の医療でも治らずに剣のような重たいものを持てません。ですが感謝をしています」と言い腕とクオーと壁に飾られている剣を見て「これが仮に片手なら私は剣を捨てられずにまた戦場に出て、今度こそ殺された事でしょう。キチンと諦めるように剣士の私を殺してもらえた。思い残す事も何もありません。残ったモノはクオー様への感謝です」と言った。
このマリア・チェービーの表情の清々しさ、尊さにズオーは言葉を失い、ハイクイはニコリと微笑むと立ち尽くすクオーに「ねえクオー」と声をかけた。
「ハイクイ?」と聞き返すクオーをスルーしてハイクイは一緒にいたアンピルに「アンピルは腕が上がらないだけで剣は持てるよ?ね?アンピル?」と聞くとアンピルはハイクイに渡された鞘入りの剣を持ってみせて「うん。余裕」と言ってからニヒヒと笑う。
「ハイクイ?何を?」
「お姉さん、アンピルの持った剣は持てる?」
「…いえ…難しいです」と言ってどこか寂しげに剣を見るマリアにハイクイは「クオー、アンピルの世話よりお姉さんの世話をしなよ」と言って「ズオー、ズオー達はクオーがお姉さんの手伝いとか世話とかしたら許せるよね?」と確認をとってしまう。
ズオーも嬉しそうに「そうだねハイクイ。それがいいね」と答える。
「クオー、王国と帝国が敵同士とは言え今のマリア嬢は我がジン家の客人。マリア嬢の不便を払拭しなさい」
「入浴なんかはメイドが居ますからそれ以外をクオーがやるのですよ」
突然の父母からの指示に「…父上?母上?」と言って困惑するクオーを無視してクオーの父母はマリアに「不便はなんでも言ってください」「息子を許してくれてありがとう」と言ってしまった。
マリアは嬉しそうに「こちらこそありがとうございます」と言った。
その時から帰るまでクオーはマリア係になる。
クオーは根が真面目なだけあって一度仕事が決まるとしっかりとやる。
散策やアンピル達への勉強を見る際にもマリアの手を取り手となり足となり尽くす。
そして食事中も…。
「クオー様!やれます」
「いえ、今も手が痛みましたね?私が切り分けますし取り分けます。明日からはあらかじめ食べ易い大きさにカットもさせますからご安心ください」
こんな調子で甲斐甲斐しくマリアに尽くす。
クオーはマリアの機微な反応も見逃さない。
先程ズオーの言っていた女性の心を見られないのは間違いではないかと思えてしまう程だった。




