第42話 根回しと先行投資。
動かしても良くなったアンピルを連れて最後の希望に帰ったクオー達は街の皆から英雄のように扱われた。
我先に逃げ出した連中は立場がなかったが改めてゲーン探索団の危険性に何も出来なくなってしまう。
ズエイは最早この街のトップの1人と言っても過言ではなかった。
意識を取り戻したアンピルは上がらなくなった左腕を見ても命ある事に感謝をしてクオーに「あんがと!キロギー達に聞いたよ!クオーがカケラの四つ持ちをして助けてくれたんだよね!」と明るく伝える。
無理をしているのではないかと疑うクオーに「何泣きそうな顔してんの?カオス・フラグメントと戦う前にクオーとお嬢様が話していたけど戦わなくても良い暮らしってきっとあるよ。それになれば片手でもやれるって!」と本心で明るく語るアンピル。
「それよりまた白髪増えたよ?今度は眉毛もだよ?」
呆れるように話すアンピルは本当に普段通りで、時折頭をかこうとして右手が使えなくて不自由そうに左手で頭をかいていて笑っている。
そんなアンピルはクオー達からは帝国の医療を受けられる話をすると喜びつつも「怖っ、殺されるとかないよね?」と不安を口にする。
クオーは優しく微笑んでアンピルの手を取って「大丈夫。私が君を守るよ」と言う。
「え?クオーも行くの?」
「勿論だよ」
これにはキロギーが「いいなぁ…。あの帝国の芋と肉の炒め物の旨いことったら無かったよ。俺も行きたい」と口にする。
「バカヤロウ、クオーとアンピルは遊びに行くんじゃねぇんだよ」
「食事なら、戦争終わったら、お嬢様に頼め」
キロギーはダムレイとサンバに言われて口を尖らせる。
そんな中ハイクイだけは「不安だ」と漏らす。
表情が硬く強張っているハイクイを見てクオーが心配そうに「ハイクイ?」と声をかけるとハイクイは「あのおじさんとお姉さんは信用出来るけど帝国人…だけじゃないや、俺たち以外は誰もが信じられないからクオーとアンピルが心配。それに離れ離れとか帝国なんてボラヴェンでも見えない」と漏らす。
クオーはハイクイを安心させたくて「大丈夫。私はゲーン探索団のクオー・ジン。キチンとこの街の教えが身に付いているよ」と言って微笑んだがハイクイは即座に「まだまだじゃん」と言って呆れる。
ダムレイが「違いねぇ」と言いボラヴェンが「本当、ハイクイの言う通りだよね」と続くとクオーは「大丈夫、アンピルだけは守るよ」と言い、皆から「ダメだこりゃ」と呆れられた。
このやり取りでクオーが笑うと皆も笑う。
平和が戻ってきていたと皆が感じていた。
ズエイが戻ったのはそれから3日後の事でまずはウーティップに書簡を持って行き日取りを決めてからクオーとアンピルは帝国入りをする事になる。
「クオー・ジン。前倒しで申し訳ございませんが書簡を渡し日取りが決まったらコイヌの墓参りを前倒して貰いますよ」
「何故ですか?」
ここでズエイが呆れたのはクオーとアンピル…ゲーン探索団の全員が帝都に渡ってすぐに手術を受けてすぐに帰って来れると思っていた事だった。
それこそクオーはセーバットの暗殺もあったのにどんなスケジュールで行動をするつもりだったのかと思ったが聞いてもロクデモナイことは間違いないのでスルーする事にした。
「…お前達なぁ」
「でもさ旦那、旦那が手配してくれる医者って縫って薬塗って終わりじゃん。糸を取るのには来るけどそれってこっちでも出来るならアンピル帰ってこれるよ?」
ハイクイのコメントに皆が頷く。
ズエイはため息をつくと「治しても動きませんじゃ意味がないだろ?動かしてみて動きが悪かったら別の手術をするんだよ。早くても3ヶ月くらいは覚悟しておけ」と言い、本格的に長期間離れる事に皆が不安と不満を口にした。
書簡はズエイとクオーで持っていく。
馬車の中でズエイが出した書簡をみてクオーが「その書簡は?」と聞いた。
「ショーク様のモノです。クオー・ジンの活躍に対する正当な評価と御礼ですよ。アンピルがキチンと医療を受けられるようにウーティップ・チェービーに一筆書いてくださいました」
クオーはそれだけで喜び、ズエイはこのタイミングでクオー宛の書簡も渡す。
中にはカオス・フラグメント撃破の労いと王国人として帝国でキチンとしてくる事を期待すると書かれていた。
「ズエイ・ゲーン?」
「勿論、クオー・ジンの真の目的も知った上での書簡ですよ」
クオーは「すみませんズエイ・ゲーン。私はビジネスパートナーに失礼な男です」と謝る。
「いえ、どうされました?」
「差など無いつもりでしたが更にやる気になりました」
「それは良かった。ビジネスは結果が全て。頑張りましたに意味はありません。期待していますよ?それでどのようにやるつもりでしたか?」
ズエイは気になった事を聞いてみる。
クオーは少し自慢げでいて照れくさそうに「隠し球ですがカオス・フラグメントを倒した経験が使えそうなのでそれを用います」と言った。
「隠し球ですか?四つ持ちで正面突破はやめてくださいね」
「あはは、それが出来たら最高ですが立場上難しいですね。四つ持ちが許されれば大亀の甲羅と黒豹の脚も持ち正面突破でセーバットを殺してアンピルを抱えて走って国境まで帰ってきますが難しいでしょうから隠し球です」
「………ひとつよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「それがあるから最短で戻れるおつもりだったのですか?」
「ええ、状況次第ですが多分セーバットならそれでやれると思っています。残念なのは苦しめられない事だけです」
「いやはや、ワタクシのビジネスパートナーは恐ろしい方だ。今のでひとつは読めたので仮に正面突破を試みてもいいように国境の兵士には根回しをしておきましょう」
「おお、逃走経路の確保が可能だと助かります」
冗談ではなく本気を見てズエイは「いえいえ、先行投資です」と言った。
書簡を持って行っただけなのにクオーとズエイはもてなしを受けてウーティップを待つ羽目になる。
そして3時間後に現れたウーティップの横にはマリア・チェービーが着飾っていた。
「クオー様、お加減は如何ですか?」
挨拶もそこそこにクオーの体調を案じてウーティップから怒られたマリアはシュンとしてしまうがすぐにとんでもない事を言い始めた。
戦時中にも関わらず帝国に行く前に行くジン家に着いて行きたいと言い出した。
これにはウーティップも目を丸くしてマリアを怒るが、ズエイは手札が増えたと喜ぶ。
そもそもセーバットはクオーを足止めする材料でしかない。
ズエイの得た極秘情報が本当であればセーバットはそう長くない。
3ヶ月程度しか帝国に足止めできないクオーに新たにマリアをあてがえばクオーは更に長居をするだろう。
ちなみにだがセーバットのせいで帝都もグチャグチャになっているのでもし仮にクオーがセーバットを討ち取ればズエイには商売仲間から金が入る事になっていた。
「クオー・ジン。逃走経路の確保をお約束したワタクシのお願いを聞いていただけますね?」
「ズエイ・ゲーン?」
「マリア嬢をジン家にご招待してください。どの道アンピルとクオー・ジンは希望の街からしか帝都へ向かえません」
「…人脈作りに余念がない。流石はズエイ・ゲーン」
「ありがとうございます。マリア嬢、クオー・ジンは立派な武人ですが我が団員はたまたま拾った孤児です。それでも良ければいらしてください」
ズエイはウーティップにも信頼の証として招待させてくれと言い納得をさせてしまった。
ジン家にはショークから別途書簡が届いていて、カオス・フラグメントを倒したクオーとゲーン探索団に感謝が綴られていて、そこにはショークが一番書きたくない「一騎当千の働きは見事の一言。未だ王都で会う事は叶わぬが、会える日を楽しみにしている」と言う言葉で締め括られていた。
そのクオーがマリアと家族達を連れて帰還するとジン家は沸き上がる。
クオーの頭の中はコイヌの墓参りとアンピルの腕の事ばかりで、歓迎ムードもどこ吹く風でマリアを家族に紹介し、さっさとコイヌの墓参り、リユーの墓参りを済ませるとアンピルの介助を始める。
クオー達はジン家に着くとまず着替えと風呂が待っている。今回は風呂より先に墓参りをしてしまっていた。
風呂場では器用に服を脱ぐアンピルが側で何か手伝おうとしているクオーに向かって「クオー、一人でやれるって」と言い、クオーが「だが!」と何かさせてくれとせがむ。
呆れ顔のハイクイが「クオー、お姉さんを放置はダメだって。船の中は良かったけどこの家に来るとインニョン達は固まっちゃうんだって」と説明をしてもクオーは「ハイクイ…、だがアンピルの左腕になりたいのだよ」と言う。
「それはすぐ治るんだからいらないよ」
「そうだよクオー!まるで治らないみたいだよ!」
ハイクイとアンピルに言われたクオーはスゴスゴと引き下がって風呂から出るとリビングに向かう。
そこにはズオーがマリア・チェービーが居て話をしていた。




