第40話 先行投資。
アンピルの傷は深く、一命を取り留めても左腕は上がらないと思うと言われてしまう。
「そんな…」
愕然とするクオーにウーティップが「この子の傷は聖女の吐息でも治せません。仮に使えば腕がほんの少し上まで上がるようになっても使用者は死ぬでしょう。娘の腕と同じです。死に至る状況をひっくり返すのと同じだけの対価が必要です」と説明をした。
そこに来たのはハイクイとダムレイ、ズエイとキロギーだった。
「終わったよクオー」
「前より頭白くなってんだから自重しろよな」
「お疲れ様ですクオー・ジン。まさか本当にカオス・フラグメントを倒すとは思いませんでしたよ」
「クオー!無理言って来ちゃった!炎神の大炎上は俺が見つけたんだ!見てみて!」
ここで暗い表情のクオーに気付いたハイクイは「どしたの?」と聞く。
アンピルの事を聞いてダムレイが「馬鹿野郎、お前が大亀の甲羅で防がなきゃあの時死んでたんだからプラスに捉えろって」と言うがそれでも暗いクオーにズエイが「クオー・ジン、また投資の時間のようです」と話しかけた。
「ズエイ・ゲーン?」
「ふふふ。ワタクシ、クオー・ジンのお陰で何でもありになりました」
ズエイは商売人の顔でウーティップの方を見て「帝国側の領主、ウーティップ様でございますね。私は王国側のハッピーホープで店舗経営とこのゲーン探索団の経営をしているズエイ・ゲーンでございます」と挨拶をした。
「本来でしたら戦後の困窮を助け合う目的でご挨拶に伺いましたが、我が団員のクオー・ジンの戦果に報酬を用意したく思い直しました。
ちなみにですがクオー・ジンは金品等は何を出しても喜びません。ですが喜ぶものが実はあるのです。それは家族です。クオーの為にこのアンピルを王国よりも発展している帝国の医療でお救いいただけませんか?勿論正当な医療費はお支払いさせていただきます」
この言葉に全員が驚く中、ウーティップは「確かに、娘の傷とは違いこの子の怪我は帝国医療であれば胸より上まで上がる可能性はあります」と言い、クオーは喜びに紅潮した顔をする。その顔を見てズエイは「クオー・ジン。ワタクシはまだまだ儲け足りません」と言ってクオーに微笑んだ。
「しっかりなさっている。アンピルの腕が治るのでしたらこのクオーはどのような悪鬼でも破壊してみせましょう」
ただの例えなのにズエイは嬉しそうに「でしたら難度の高い大物を頼みましょう」と言い、クオーも嬉しそうに「なんなりと」と返す。
「旦那?アンタはクオーに何を求めるんです?」
ダムレイは商売敵をイメージしたがアンピルの治療と釣り合う相手は居ない。
ズエイはニヤリと笑うと「セーバット・ムーンの首だ」と言った。
蟻地獄の製作者。
帝国の軍医をしているセーバット・ムーン。
この瞬間、ゲーン探索団だけでなくウーティップとマリアもどよめきの声を上げて非現実的なズエイの要求を思い直させようとしたのだがクオーだけは「アンピルの腕だけではなくそのような機会を!?よろしいのですかズエイ・ゲーン!」と言ってクオーは歓喜の顔をする。
これには止めようとしていたダムレイは「マジかよ…」と言い、ハイクイとキロギーは「嬉しそうだねクオー」「帝国のご飯って美味しいのかな?クオーはいいなぁ」と思ったことを口にした。
元々今日のズエイはウーティップに取り入ってなんとか王国が欲望の島から敗走した時の足がかりを手に入れようとしていた。
王国が負けるとは万に一つも思っていないが世界に絶対はない。
処世術の一つとして常日頃から人脈を手に入れておきたいと思っていたところにクオーとリユーを手にし、ショーク・モーとブァーリ・カーンとの人脈を手に入れられた。
そしてクオーは欲望の島でマリア・チェービーとの人脈を手に入れ、蟻地獄の件とカオス・フラグメントを破壊した事でウーティップ・チェービーとの人脈を手に入れた。
こうなれば二歩も三歩も先に進められる。
金なんて安いものだと思っていた。
だからこそ経営者の顔をしながら「うちのインシンとクラトーンを壊した蟻地獄、帝国側にも被害は出ているがやはり作戦の立案者には落とし前が必要だからな…」と言った後で「クオー・ジン、アンピルの腕は探索団の経営者としてワタクシが責任を持ってウーティップ様にお願い申し上げましょう。治療費も今回のカオス・フラグメントから回収したカケラの代金とハッピーホープの経営者達から集める基金で支払いますから安心してください」と言う。
「その投資はウーティップ殿との人脈作りでございますね?」
「はい。クオー様を通じての関係は良い関係ばかりでございます」
ズエイは必要経費はショークに出させるし、ハッピーホープを守り抜いたとして古参連中にもたかる。そしてカオス・フラグメントから集めたカケラは見たところどれも育ちきっていて即金に変わるものばかりでアンピルの腕に使っても数年は遊んで暮らせる金が手に入る。
そして最大効果は必ず狙う。
「ウーティップ様、如何でしょうか?帝国の良くない噂は商売人の耳には入ってきます。帝都も前線から流れてきた…とされている蟻地獄で汚れてしまったとか…」
ズエイはうそ臭い演技にギリギリ見えないように表情を作って嘆かわしいといった感じで話す。
「何を言っています?」
「いえ、たとえ今正義の貴族達が国の掃除をしても私の耳には蟻地獄の後継麻薬「蜘蛛の糸」が開発完了間際で足りない開発費を補う為にも意図的に蟻地獄が市井にばら撒かれたとか…」
ズエイは手に入れた金を撒いてなんとか情報を手に入れて生き抜こうとしていた。
帝国側の情報収集も怠らない。
そしてマリア・チェービーの耳には蜘蛛の糸の話は入ってきていなかった。
「お父様!?」
マリアに詰め寄られたウーティップは「…本当の話だ」と言う。




