第36話 マリアの矜持。
マリア・チェービーは震えていた。
未知の恐怖。
カオス・フラグメント。
対峙すれば命はない。
今や剣も握れない。
そんな自分に何ができるのか、だが弱きものとして兵達に任せて逃げ出す事はしたくなかった。
父からも逃げろと言われたが拒んだ。
本土で母は死に、父は閑職に追われるように希望の島に送られて幼い自分を育ててくれた。
何もない島で不自由しないように育ててくれた。
今の帝国は落ちぶれている。
無論王国もだ。
自身を尋問しようとした男は裸に剥いて四肢の自由を奪うと加虐趣味を満たす目的だけで痛めつけてきた。
聞かれても答える気は無かったがこの男にだけは答えないと意地になっていた。
激痛に気絶をして起こされると目の前にいた大男は友であったサンサンを殺したホワイトデーモンだった。
彼は彼のルール。
王国兵の矜持に則って私の剣士としての命を奪い解放した。
まさかホワイトデーモンが帝国にも聞こえてくるあのジン家の男だとは思いもしなかった。
この一年、彼の事を調べると家族や想いを告げた者を守る為に敵対者を過剰に破壊したことから自身を破壊者と呼んでいた。
家族を守る為に希望の島に赴いた彼は、王国兵の規律を無視し、子供を殺した兵士を血祭りに上げ、子供を刺客として送り込んだ男を殺した破壊者。
手口は残忍だがキチンと不義に向かう正義。
この島にいても清廉潔白な良心。
そんな彼ならば弱きものを逃してくれるだろう。
その願いを込めて父と共に書簡を送った。
蟻地獄で破壊された島。
帝国側の落ち度。
せめて生きている人達を逃がしたい。
キチンと伝えればわかってくれる。
国同士が戦っていても民達を守りたい気持ちは一緒。
その気持ちを父と共に送った。
カオス・フラグメントは記述通りならこれより加速し風よりも速く駆け抜けて嵐のように全てを破壊する。
これも破壊者か…と思ったマリア・チェービーは笑ってしまう。
父は今も兵達に民達が逃げる時間を稼ぐように指示している。
作戦などと呼べる物では到底ない。
散開して狙わせ続けて時間を稼ぐ、ただそれだけだった。
そんな時、血まみれの伝令兵が戻る。
よく見ると左腕が無くなっていた。
「どうしました!」
マリアが駆け寄って話を聞くと傷はカオス・フラグメントにやられた物でクオーは書簡を受け取ると帝国の心意気に感謝した後で自身が先に会敵しカオス・フラグメントを倒すと言っていたという。
「まさか…」
「流石はジン家の男…」
「ですがお父様!」
「時間稼ぎにはなる。彼の後は我々が時間稼ぎになる」
マリアはクオーより先に死ぬ気で居たのにクオーが先に死ぬと言い、居ても立っても居られずに馬を駆ると欲望の揺籠、その中心に向けて駆け出していた。
クオー・ジンはズエイに馬を譲ってもらって先に前線基地に着くとソーリック達に事情を説明して「皆さんは少し離れたところでカオス・フラグメントを見て、全てを記して本土に届けてください」と指示を出してから視認可能な嵐を見て笑う。
そこに馬車で追いついたハイクイが「何笑ってんの?」と声をかけるとクオーは「いや…今まで全力で動いた事がね…子供の頃にしかないからね…。全力で動いて破壊できるかを考えていたら楽しくなってしまったんだ」と言って笑う。
それを聞いたハイクイが「へぇ…やったじゃん」と言って一緒に嵐を見て笑う。
「やった?」
「ここは喜ぶところだよクオー」
「そうだねハイクイ」
そこに「お前達」と呆れ声で話しかけたのはダムレイでクオーは意外そうに「ダムレイ?コイヌの墓参り…」と言うと「馬鹿野郎、団員が無茶したらリーダーの俺が付き合うしかないだろ?」と言うし後続の馬車からサンバ達も降りてくる。
「えへへ、クオーがカオス・フラグメントを倒したら旦那がご飯を半年ご馳走にしてくれるって」
「キロギー」
「俺達、家族、クオー、家族」
「サンバ」
「まあ付き合うしかないって」
「ボラヴェン」
「本当、仲間で家族なんだから付き合うって」
「ウーコン」
「クオーが倒したら俺とハッピーホープを練り歩こうよ」
「アンピル」
「俺が翻弄してクオーが攻撃がいいって」
「マリクシ」
「えへへ、役に立たなくてもクオーと居たいよ」
「インニョン」
「本当。家族だもんね」
「ケーミー」
「とりあえずチビ達は旦那に任せたから大丈夫だよ」
「イーウィニャ」
皆がニコニコと集まってきてクオーは驚いてしまうとハイクイが「何?意外?」と質問をする。
クオーは仲間を見て「…こんな死地に君達みたいな若者が来るなんて」とアンピルが「だってクオーが倒すんでしょ?俺はそれを見届けるだけだよ」と笑い、キロギーも「ね!ご馳走って何だろう!クオー頑張ってよね!」と声をかける。
クオー弟分に思えてしまうアンピルとキロギーを見ては嬉しそうに笑うと「百人力だ!クオー・ジン!全力を持ってカオス・フラグメントを破壊する!」と言って赤く光った。
クオーの光を見てイーウィニャが「クオー、張り切り過ぎ」と言って皆で笑うとハイクイは「どうする?待つ?行く?」と聞く。
「待つよ。帝国側で戦うのは良くないからね」
「ふーん、じゃあお昼にしようよ。ソーリックにご飯貰おうよ。イーウィニャとボラヴェンとアンピルで貰ってきてよ」
ここでボラヴェンが「ダムレイ!なんか来るよ!」と驚いた顔をして「なんか女の人!」と言うとすぐに馬に乗ったマリア・チェービーがやって来た。
これにはクオーが目を丸くして「マリア・チェービー!?」と声をかけると息を切らせたマリアが「クオー様、ご無事でしたか、それに皆様も」と言う。
クオーが馬に乗ったマリアに驚いていると後ろでボラヴェンが「何あのお姉さん」と言いハイクイが「クオーにお似合いの相手、帝国人」と説明をする。
ハイクイの説明が聞こえていたクオーは「ハイクイ、マリア殿に失礼だよ」と言うとハイクイは「そう?クオーが心配で来たんじゃない?」と当然のように返す。
クオーは困り顔で「マリア殿、帝国の矜持は見せてもらいました。貴方はウーティップ殿の元に戻られて避難されるがいい」と言うとマリアは首を振って「いえ、帝国は蟻地獄の罪を償いませんがチェービー家として…この島の領主として罪を償い責任を持ちます。死ぬのは私が先です」と返す。
頭を抱えたクオーは「それによくカオス・フラグメントの横を駆けてきて…」と言うと「我が兵は腕を失いましたが私は無傷でした」と自慢げに語るマリア。
ここでハイクイが「ん?待った。何で兵士はやられてお姉さんは無傷なの?」と聞き、そのままマリアの返答を待たずに「兵士はどうなったの?何で腕が?」と聞く。
「嵐の横を抜けた時に腕を襲われたと…」
「…腕ってソイツ、カケラ持ち?お姉さんは?」
「確かに伝令兵には万一の時に逃げられるように大亀の甲羅を持たせて…、私は戦えぬ身なのでカケラは…」
この説明で何となく理解できたハイクイは「クオー、アイツ本当にカケラに反応するんだ」と言い、そのまま「呼ぼう。クオーなら出来るよね?」と言った。
ハイクイの言葉にクオーは驚きを口にしながらも「出来る」と返したがマリアを見て「だが彼女の退避の時間」と続けたが「サンバ,お姉さんも守って」とハイクイが言うとサンバは「任せろ」と言ってガッツポーズを取った。
「どの道今から帰すのは危ないよ。こっちの兵士に預けても何されるかわからない」
クオーはハイクイを見てため息をつくと「仕方ない」と言い「皆、離れてくれ」と言って魔神の身体を発動させた真っ赤な光を纏うクオーを見てハイクイが「本気のクオーを初めて見た。綺麗だね」と言った。




