黒い少女
「エリヤ!」
カムラは無意識に声を荒げ、上半身を起こしていた。自分のだした大声の後にやってきた静寂の中、
辺りを見回す。周囲には木々が立ち込めている。目の前には燻ぶった焚火の後。ブランケット代わりのマント。上空を見上げると木々の隙間から空が白んできているのが見えた。
「クソっ!また同じ夢か……」
カムラは独り毒づき、起き上がった。夢の中に出てきた異形の姿のエリヤを見ても妹に対して畏怖や侮蔑の念を持っていないことに安堵した。
服の汚れを手で払い、燻ぶっている焚火を一瞥する。焚火の方に向けて軽く手首を払うと、焚き木が真空に包まれ、弾け、霧散する。仮眠の片づけを終えたカムラは、仕事の報酬をもらうため目的の町に歩を進めた。
必ず妹を生き返らせてみせる
二十日程前、カムラの住んでいる村が魔族に襲われた。カムラはハントや運び屋を生業にしている。条件が合えばボディーガードなども請け負うが、当時はハントで村には不在だった。仕事を終え、村に戻るとすでに村のほとんどが焼け野原と化していた。
村からはなれた場所で村の生き残りの集落を発見した。そこに妹エリヤの姿は無かった。村人に尋ねるとエリヤはケガした村人を治癒し最後まで村で魔族に抵抗したという。その後もう一度村へ戻り妹の捜索を行った。数えきれない村人の遺体の山を選別していく。女性の遺体を発見するたび、身が裂ける想いで確認していく。このままエリヤが見つからない事を願った。しかし、程なくして妹を発見した。村奥の大樹の下で首を切断された姿で横たわっていた。
その後、カムラは妹を生き返らせる為に蘇生能力の持ち主を探す旅にでた。噂を頼りに探索するがどれも話に尾ヒレがついたものでしか無かった。心臓の鼓動が止まった物を衝撃で再鼓動させたり、瀕死の重傷者をごく短期間で完治させたりとういものだ。純粋な蘇生能力の持ち主というものは、とても稀有な存在だ。
妹のを生き返らせる算段に頭を巡らせながら、森の中を歩いていると、茂みの中から男の声がした。
「そこの若いの。ちと話をきいてくれるかのう」
カムラが声の方に振り向くと、とんがり帽子にローブをまといいかにも魔術師然とした老人が茂みからガサガサと姿を現した。
「……|(考え事していたとはいえ、油断はしてなかったはずだぞ……)」
カムラは、自分がこの老人の気配に気づけなかった事を怪訝に思った。この森は、魔獣の棲息地になっておりいつでも対処できるよう、警戒しながら移動していたからだ。
身構えながら体を向けると、老人の隣に和服の少女がならんで立っていた。
少女は二人の間で話が始まる雰囲気を察すると、倒木に腰をかけ袖から黒いお手玉を3つ取り出し回しはじめた。
「じいさん、ナニモンだ?」
警戒を解かず、高圧的に訪ねる。
「そうつっかからんでもよかろう。お主に少し頼み事があってのぅ」
こちらの質問を無視して話をする老人に苛立ち、すぐさま突っ返す。
「生憎、こっちには用事なんてねぇよ。こっちも忙しいんでね」
実際、こんな老人に構っている暇はなかった。しかし、老人は尚も話を続けた。
「実は今、厄介な者に追われていてのう。少し難儀しておる」
「厄介ごとならなおさらゴメンだぜ。だいたい、なんで俺がそんな面倒ごとに首つっこまなきゃいけねぇんだ」
「ふむ、『死者をいきかえらせる』か。お主も随分な厄介ごとをこさえてるようじゃのぉ」
「てめぇ、なんでその事をしってやがる!」
老人の発言に動揺を隠せず、語気を強める。
「ホッホ。ちとお主の頭の中をのぉ。じゃが、それならばますますワシの頼み事を聞いた方が道は開けると思うぞぃ。」
さらに、老人は続ける。
「その厄介者からこの娘を逃がすためにワシが囮になろうと思うのじゃが、一人にさせるのは不安でのぅ。お主が連れて行ってくれぬか」
老人の提案に、少女の動きが一瞬止まった。両手で回していたお手玉が少女の手からこぼれ地面に落下する。落下した黒いお手玉は地面に浸潤し消えていった。
「名をサクヤという」
少女の名を告げられ、半ば話が勝手に進んでいく事にカムラは狼狽する。
「ちょっと待て! その娘を連れていく事が、俺の目的になんの関係があんだよ!?」
冗談じゃない。なんとかカムラはこの話をご破算にしようと抵抗する気でいた。
「だいたい、いきなり現れて知りもしない人間に人一人預けようなんて虫が……」
問答をしている最中、森の方から新たな気配を感じた。
老人も気づいたらしく同時のそちらの方を見る。
「ミ”ィツゲタ”ァ」
そこには、4足歩行の赤い目を持った巨大な魔獣がいた。
「どうやら追いつかれてしまったようじゃのぅ」
老人がつぶやくと同時、魔獣は体全体で溜めを作り首をガクガク震わせ後、口から火炎の吐き出した。炎はものすごい速度で老人とサクヤめがけてとびかかっていく。
カムラは、とっさにサクヤに飛びつき炎を回避した。炎をはいくつかの木々をすり抜け、やがて正面にでくわした木にぶつかりさく裂した。人間の悲鳴ともいえるような音をあげて周囲に爆炎が降りそそぐ。
「ホッホ。それでは二手に別れるとするかのぅ。サクヤを頼んだぞぃ」
「おまえが囮になるんじゃなかったのかよ!?」
「そやつは厄介者の手下じゃ。他はワシが引き受けよう」
暗に目の前の敵はおまえがやれ、と言い残し老人は森の中へ姿を消した。
「クソッ あのじいさん」
カムラは毒づきながら魔獣の方に身構える。
見ると、魔獣はまたも火炎のを吐く予備動作に入っていた。カムラは背中に風の力を集約し魔獣めがけて突進する。50m程の距離を瞬時に詰め、5本の指を鉤爪の形にしアッパーの要領で魔獣のどてっぱらに突き刺した。
魔獣は、苦痛の悲鳴をあげ抵抗をはじめようとするが、どてっぱらにつきさした手のひらから火炎を魔獣の体内に放出するとビクンとのけぞり魔獣の全身が炎に包まれた。魔獣はやがて炭化し、腐りきった倒木のようにどさりと地面に倒れこみ絶命した。
「さて」
カムラはサクヤの方に向かいながら、思慮を張り巡らせる。この娘たちは何者なのか。厄介者とは誰なのか。本当に妹を生き返らせるきっかけになるのか。
サクヤに近づき、見つめあう。気まずい雰囲気がながれる。
とりあえず現状はサクヤを預かるしかない事を認識し、息を吐きサクヤの頭に手をのせて軽く撫でながら挨拶をした。
「俺はカムラだ。よろしくな。サクヤ」
少女はゆっくりと手を払いのけた。
またも気まずい雰囲気がながれる。思えばカムラはこの位の年の人間とおよそ関りがなかったため、どう接すればいいか分からなかった。妹はもう少し年が上だし、頭をなでれば満面の笑顔をみせた。
まぁ、これから少しずつ慣れていけばいいかという考えに至った。
カムラは試しにもう一度頭を撫でてみた。やはりゆっくりと手で払いのけられた。