96 [イルミナ] 私の大好物
私はまだセファシアの自宅前で夕涼みをしていた。
こうやって二人でお喋りするのは、この村で暮らし始めてからの日課になっている。私達は幼なじみだけど、十代の結構長い期間、全く会えない日々が続いた。その時間を取り戻そうとこうしているのかもしれない。
移住から十年以上経った今でも、ちっとも飽きることはないよ。
ねえ、セファシア。
「さすがに毎日こうやってるのも飽きてきたわね」
……ああ、そう。
おや? 誰か慌てた様子で走ってくる。
村長のハルテトさんだわ。お元気ですね。
「トレミナちゃんから匿名で小包が届いたのじゃ!」
「トレミナから、匿名で……? 中身は何なんですか?」
「札束じゃ。一千万ノアあるぞい」
「え! ちょっとすみません!」
小包を受け取って中を確認。添えられた手紙と伝票に目をやった。
『私はノサコット村に縁のある者です。
名乗るほどの者ではありません。
このお金を村のために使ってください。
受取人 ノサコット村村長ハルテトさん
差出人 トレミナ・トレイミー』
名乗るほどの者じゃないって、しっかり差出人欄に名前書いてるじゃない……。おっとりしすぎでしょ……。
村に一千万送りつけるなんて、あの子はいったい何を考えて、いえ、考えてることは分かるわ。
トレミナにとっては、もう村全体が家族のようなもの。
昔からあちこちでかわいがられてきたからね。だから春には全世帯分のおみやげを用意したわけだし。
村のために支出することは、きっと娘には当たり前のことなんだわ。
「そのお金、遠慮なく使ってください、ハルテトさん」
「いいのかの?」
「はい、たぶん来月も届きますから」
「イルミナさんがそう言うなら。共用物の修繕と、来週の夏祭に使わせてもらうわい。ふむ、どうせなら名前をトレミナちゃん祭に変えようかのう」
村長さんは小包を大事そうに抱えながら帰っていった。
見送りつつセファシアはため息。
「トレミナちゃんは本当にいい子ね。セファリスなんて私達にだって一ノアも送ってこないわよ。結構もらってるはずなのに……。でもトレミナちゃん、一千万も村に使って大丈夫かしら。イルミナのところにも相当な額を振りこんでるんでしょ?」
「ええ、うちにも一千万ちょっとね。きちんと言ってはあるのよ。お給料の半分は絶対に貯金しなさい、って。あの子も守ると言っていたわ」
「じゃあトレミナちゃんは今月……」
「四千万以上もらってるわね。まったく、もっと手紙で近況を知らせなさいってのよ」
セファシアは夕焼けの空を見上げた。
おそらく娘の年収を計算しているんだろう。まあ十二をかけるだけなのですぐ済む。それから思い出したように振り返った。
「手紙といえば、私、南方行きの件でセファリスに手紙出したわ」
「私もトレミナに書いたわ。ルシェリスさん達だったら大変だもの」
私達には大恩人(神)とも言える神獣がいる。
祖国を脱出する際、お世話になった巨大兎の一団があって、そのリーダーがルシェリスさんだった。
噂では、南方の空白地帯には、二つの大きな野良神の群れが存在するらしい。内片方が格闘兎【古玖理兎】の集まりみたい。
もしかしたらルシェリスさん達かもしれない。
私はその可能性が高いと思ってる。兎の群れは人間を襲うことがなく、逆に助けたって話もあるようだから。
「トレミナ達とルシェリスさん達が戦うなんてあっちゃいけないわ」
「トレミナが何だって?」
声に目を向けると、トレンソが農作業から帰ってきていた。
あら? あなたもうかない表情ね。どうしたのよ。
「クワの刃が欠けちまってな。直すのは無理かもしれん」
「何百本でも買えるわよ、クワ。はい、娘から今月分の仕送りがあったわ」
通帳を渡すと夫も頭を抱えてしまった。そうなるわよね。
それにしてもトレンソ、夏の日差しをたっぷり浴びていい具合に焼けてるじゃない。やっぱり農家を選んで正解だった。
だってあなた、昔より一層たくましくなったもの。三十歳を超えてからちょっと渋さも加わって、まさに私の大好物……、いえ、好みだわ。
今回のおっとりはベタだったかもしれません。
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