85 コーネルキアの至宝
理事長室にて。私がソファーに腰を下ろすと、正面にジル先生が座ってきた。
私達の前にコーヒーのカップが置かれる。
淹れてくれたのはなんとリズテレス姫だ。
姫様自ら、恐れいります。わあ、いい香り。
テーブルのチョコレートを一つ摘まみ上げ、口へと運ぶ。それからコーヒーを飲むと、幸せなハーモニーが生まれた。
紅茶も美味しいけど、この余韻は出せない。もう一個チョコを。
私の様子を見ていたジル先生もコーヒーを一口。
「〈トレミナゲイン〉のマナ消費量は、一般ゲインの約二倍。効果はゲイン全種を同時に使った時とほぼ同等です」
「はい、そのように作りました」
「通常のゲインと重ねて使用することができます」
「別の技能になっているのでそうですね」
「そして、〈トレミナゲイン〉は騎士団全員に配布されます」
「使ってもらえるんですか。お役に立ってよかったです」
私はチョコレートを一つ摘まみ上げ、口へと運んだ。それからコーヒーを。
静寂が流れた。
あ、先生、今ため息をつきました? 最近多くないですか?
あまりよくないですよ。ため息一回ごとに幸せが逃げていくって言いますし。コーヒーを飲む前にチョコを食べればいいんじゃないですかね?
とリズテレス姫が先生の隣に座る。小さく息を吸いこんだ。
「おっとりにもほどがある! 国全体で見ればどれだけの戦力強化になったかということよ!」
国全体……、規模が大きすぎてピンとこないです。
またため息ですか、先生。
「黒狼と戦った第127部隊を思い出してみなさい。もし彼らがあの時、〈トレミナゲイン〉を使えたらどうなっていましたか?」
確か、私達が参戦する前は、ミラーテさん率いる第127部隊が【黒天星狼】の足止めをしてくれていたよね。七人共〈全〉の状態で、もちろんゲインも全て使って。黒狼の方は本気じゃなかったけど、足止めできていたのは事実だ。
もし全員が〈トレミナゲイン〉を使えていたなら、【黒天星狼】は本気を出さざるをえなかったはず。それでも部隊は善戦していたに違いない。
「そう、つまり通常の部隊でも〈トレミナゲイン〉があれば守護神獣に対抗できるということです。ちなみに、当時の第127部隊は通常より少し劣るくらいでした。指揮官もミラーテでしたしね」
先生、ひどいです。
立ち上がったリズテレス姫が自分の執務机へと歩いていく。
その前でくるりと振り返った。
「おっとりにははっきりと言わないとダメね。〈トレミナゲイン〉の導入により、二百を超える部隊が守護神獣と渡り合えるようになるわ」
姫様は私にビシリと指を突きつけた。
「コーネルキアは約二百頭の守護神獣を手に入れたも同然なのよ!」
一頭しかいなかった私達の国に、いきなり二百頭も……。
「大変なことじゃないですか」
「だからそう言っているでしょう……。あなたならもしかしたら、と思って依頼しましたが、まさかここまでの全強化技能を作ってくるとは。おそらく世界初の成功例です。姫様、運用法をしっかり決めておかないと」
ジル先生が視線を送ると、リズテレス姫は「ええ」と頷いた。
「トレミナさん、〈トレミナゲイン〉の伝授はあなたにも手伝ってもらうことになるけど、大事なお願いがあるの」
お願いされたのは、人に渡す〈トレミナゲイン〉は新たに結晶を作れないよう制限をかけてほしいということ。
うん、そういうこともやろうと思えばできる。門外不出の技なんかはそうやって外部に漏れないように守ってるらしいから。
このゲインはそこまでするほどのものですか? と尋ねたら、世界初の全強化がどれほど貴重か、二人からしつこいくらい懇切丁寧に説明された……。
その辺の道場の秘技なんて比じゃない、と。
……その辺の道場主さんに失礼ですよ。
「じゃあ、騎士の皆さんへの配布は、私と先生、姫様でやるんですか?」
リズテレス姫は少し考えた後に、閃いたように顔を輝かせた。
「父さんと母さんにもお願いするわ。どうせならコーネルキアの至宝ということにして、騎士達には正式な場で伝授しましょ」
〈トレミナゲイン〉さん、あなた、王国の至宝になりましたよ。
今回はおっとり全開にしてみました。
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