8 逸材の怪物
一回戦が終わった後、第二から第十闘技場で行われている試合を見にいった。
どこも観客の数は私の時よりずっと少ない。
一通り回って第一闘技場に戻ると、客席の人はガクッと減っていた。
もちろん姫の姿もない。
もし来ていたのが騎士の人達なら忙しいだろうし、最初の一試合だけ見ようという人が多かっただけかもしれない。
何にしても、次は私も学生らしい試合ができそうだ。
二回戦までまだ一時間以上あるため、客席で小腹を満たすことに。買っておいたポテトサラダのサンドウィッチを取り出す。
試合が進むにつれ休憩時間は短くなる。のんびりできるのは今だけだと思う。
同級生達の試合をぼんやり見つつ、マナを錬っては調え、錬っては調え。
たまに指先に集めてみたり、丸めて宙に浮かべてみたり。
ああ、今のは〈集〉と〈離〉という技術。〈調〉の次の段階で、三年生の後期くらいから取り組むんだって。
錬気法もこの辺りまで進めば、攻撃戦技の習得が可能になるらしい。
いわゆるマナを利用した必殺技。
セファリス始め、憧れている子が多いけど、私はいらないかな。
ジャガイモ農家に必殺技は必要ないよ。マナ自体は作業に役立つから助かるけど。きっと何十年経っても私の腰はまっすぐだ。
老後に思いを馳せていると、いつの間にか周囲に人が多くなってきた。
さらに私を囲んで人だかりが。
一人の女性騎士が声を掛けてきた。
「さっきの試合、見たわよ。噂通り、あなたは別格だってすぐに分かったわ。今もすごくマナを抑えているでしょ?」
「え、はいまあ。あの、もしかして皆さん、私を見に……?」
「もちろんそうよ。姫様に見い出された逸材で、団長以来のマナ怪物なんて聞いたらチェックせずにはいられないわ」
「……逸材。……怪物」
「何より、あのジル様があなたの教育係になるために、わざわざ学園に入ったんだもの。気になるじゃない」
彼女は「じゃ次も頑張って」と人だかりの中へ。
……ちょっと待って、思考を整理しないと。
姫に見出された、というのはその通りだし、怪物も前に聞いた。
そう、ジル先生だ。先生は私のために先生になった、ってこと?
どうしてそこまで?
これを指示したのって、間違いなく……。
人の壁が開き、一斉に敬礼。現れたのは、
「もうすぐ二回戦よ。この後も期待しているわ、トレミナさん」
リズテレス姫だ。
とりあえず、考えるのは後にしよう。
今は試合に集中しないと、相手の子が危険だ。
確かなことは、私はすごく注目されているということ。
対戦相手は気の毒としか言いようがない。大ギャラリーがセットされたステージで戦う羽目になるんだから。緊張するなという方が無理だ。
私? 当然、見られてるって意識はあるよ。でも、体は普通に動くし、マナの質にも変化なし。なので緊張はしていないと思う。
これまで緊張した経験がないから、よく分からないけど。
ただ、相手の子もずっとガチガチというわけでもない。
私との試合はこういうものだと心構えして来るから、二回戦、三回戦、と進むにつれてマナは平常に。
試合をこなし、勝ち上がってきてる分、闘争心の方が上回ってる感じもする。
四回戦の子は、もう学園での手合わせとそう変わらない印象だった。
そして、五回戦。
向こうはとても大きな男子だ。身長は百八十センチ近くあると思う。
その巨躯もさることながら、彼のマナが目を引いた。
結構プラス方向に高まっている。
経験感知ってマナの共鳴によるものだから、何となく相手の思考が伝わってきたりするんだ。たぶん彼は、「この大観衆の前で一位を倒し、名を上げる!」的な野心を抱いている。
……いいんだけど、少し大人げないと思う。
私の身長は百五十センチもないし。
ほら、騎士の先輩方も引き気味だ。
まあでも、実際の実力はこの体格差以上に大きく開いている。
男子生徒のロングソードのような木剣をサッとかわし、横に回りこむ。
足払いで巨体を空中に浮かせた。
すかさず拳でみぞおちを強打。
最後に、気絶した彼の頭に優しく手を添え、たんこぶができないように保護。
一連の動作はやっぱり五秒ほどだけど、目の肥えた観衆達にはしっかり見えたと思う。うん、またスタンディングオベーション、拍手の嵐だ。
なんか、さすが逸材! とか、さすが怪物! とか聞こえるけど……。
もちろん、リズテレス姫も満足げに手を叩いている。
あの、私の卒業後の希望進路、
ジャガイモ農家なんですけど、……大丈夫、ですよね?
次話、トーナメント決勝です。対戦相手はやはり……。
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