75 どんぐりを巡る戦い
キルテナは新しい抑制リングをあっさり受け入れた。相変わらずうざい一面は時々覗かせるが、少しだけ素直になった気もする。
夜のランニングにも付き合ってくれるようになったし。
……文句たらたらだけどね。
「マジだるすぎる。今日もあんなに走るのか?」
「いつもと一緒、一時間走るよ。キルテナ、よそ見しないで。人にぶつかったら大怪我させちゃうから」
「……お前、自分が毎日何キロ走ってるか気付いてるか?」
「え? そういえば考えたことなかったな」
「おっとりしすぎだろ」
計算してみたところ、私は毎晩五十キロほどランニングしていた。
考えてみれば結構な距離だ。
キルテナの不満も、もっともと言えるかもしれない。帰りに大量の夜食を買わされるから、対価は充分に払ってると思うけど。
そんな感じで新たな同居人との生活にも慣れつつあった。
もちろん、本来の同居人の存在を忘れたわけじゃないよ。
忘れたわけじゃないけど、ここに彼女が帰ってきたらどうなるかまでは想像していなかった。
学園が始まって二十日目、ついにその日が。
「ただいま! 会いたかったわトレミナ! お姉ちゃんよ!」
部屋の扉を勢いよく開けたセファリス。キルテナを見て硬直した。
なお、竜族の少女は姉のベッドに結構私物を持ちこみ、完全にこれを私物化してしまっている。ここで暮らしていると一目で分かる状況だ。
セファリスは崩れるように膝をついた。
「……恐れていた事態が現実に。トレミナに、新しいお姉ちゃんが……」
たった二十日でお姉ちゃんを更新したりしないよ。
「この子はレゼイユ団長が捕獲したあのドラゴンだよ。ちなみに私と同い年」
キルテナを押しつけられた経緯を話し、リングのせいで離れられないことを説明した。もうキルテナの方にはセファリスについて教えてある。
「しっかし、聞いてたより妹依存症だな。トレミナも大変だ」
と彼女はベッドからベッドへびょんと跳び、座る私に上からおぶさってきた。これを見た姉の目が吊り上がる。
「何してるの! 引っつきたいのは私! どれだけ我慢したと思ってるのよ!」
そう言いながら私に抱きついてきた。
お姉ちゃん、まずはお風呂へ。髪もバリバリだよ。
すると、今度はキルテナが牙を剥く。
「私のどんぐりに汚い手で触るな!」
「私のどんぐりよ! 渡すもんですか!」
私はどっちのものでもないし、それ以前にどんぐりでもない。本当に困った人達だ。でも、こういう時の解決法は古来より決まってる。
「二人共、ケンカするなら闘技場でやるといいよ」
決闘の噂は瞬く間に広がった。
学生達から騎士達へ。寮から移動する間に観覧希望者がどんどん増え、大人数のギャラリーを伴って演習場に入った。
レゼイユ団長の弟子であるセファリス。
そして、捕獲されたドラゴン少女キルテナ。
現在話題の二人が戦うとあって、大注目の一戦となった。
第一闘技場――。
「じゃあ、試合を始めるよ。まずはルールを説明するね」
審判は私が務める。キルテナと二十メートル以上離れられないので仕方ない。それに、これは私が言い出した試合。しっかり責任を持って執り行うよ。
「絶対に相手を殺さないこと。危ない時は私が止めに入るからね。あとは実戦と同じ、真剣勝負だよ。準備はいい?」
完全装備のセファリスは慣れた手つきで双剣を抜く。
「人型だけど竜の刺身にしてやるわ」
だから殺しちゃダメだって。
対するキルテナは普段通りの格好で、鎧も装備していない。
「おいおい、私は神だぞ。身を守る防具など必要ない。神たる所以を見せてやる! 〈竜闘武装〉!」
キルテナのマナがズズズッと動き出す。
手の部分が爪のような形に変わり、さらに頭部と尻尾が生えた。少女は竜形のマナに包まれていた。
たぶん竜族って牙や尻尾を使った神技もあるんだよね。
人型でどうやるんだろうと思っていたけど、足りない部位はマナで作っちゃうわけか。私の〈プラスソード〉と発想が似てるかな。
神の戦闘態勢を見たセファリスは、特に慌てる様子もなく〈闘〉。
やっぱりお姉ちゃん、二十日前よりすごく強くなってる。
元々、黒白狼の稀少肉を食べた段階で、もう多くの騎士を超える力になっていた。今回の訓練では何度も守護神獣と戦い、その魂と融合してきたんだろう。今の実力は、きっとナンバーズにだって届く。
お姉ちゃん、本当にすごく成長したね。あと、ちょっと背伸びた?
正直、キルテナとどちらが強いのか、私にも分からない。それくらい拮抗してる。だけど、私はセファリスが勝つと信じている。
応援はブーストかかっちゃうからできないけど、頑張って。
セファリスが勝てば、キルテナ世話係が二人に増えるんだから。
トレミナ、ちょっと腹黒くなっています。
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