70 トレミナ先生、ドラゴンを押しつけられる
私はリズテレス姫の隣に座った。
このテーブルにいるもう一人、夢中でパンを貪る少女を観察する。本当の彼女は巨大な竜で、今の体は魂を入れて動かしている人型。
ユウタロウさんが言うには、人型とは人形のようなものらしいけど、どう見てもやっぱり人間にしか思えない。
年齢は私と同い年くらい。身長も同じ百五十センチ前後かな。
濃い赤色の瞳に、背中まで無造作に伸びた金髪。
本当にどう見ても人間だ。
それにしても、すごい勢いで食べるな。
「じろじろ見るな。食べづらいだろ」
「そうは見えませんが」
「見えなくても食べづらいんだよ。……お前、マジで人間の子供か?」
「はい、人間です。私は普通の子供ですよ」
「どこが普通だ。どうなってるんだよ、この国は……」
彼女はちらりと姫様に視線を送る。
「コーネルキアはいい国です。ドラゴンさん、守護神獣になったんですか?」
「なるわけないだろ! こんな、う……、話し合い中、だ」
テーブルの下を覗くと、リズテレス姫が彼女にリボルバーを向けていた。
あれはこの前の魔導銃。なるほど、こうやって大人しくさせていたわけか。
でも、隙を見て竜になられたら危なくない?
確か体長四十メートルはあったよ。
「その心配はないわ。彼女が手首につけているリングは魔導具なの。あれがある限り、魂は器から出られない」
姫様は自分の手首の腕輪を見せ、「こっちで制御するのよ」と。
そうか、人型は力が半減する。竜の状態じゃちょっと厳しいけど、今の彼女なら私でも倒せそう。
ドラゴン少女は恨めしそうにリングを睨む。
逆の手で触れようとして、バチッ! と弾かれた。
どうやら自分では外せないみたい。
「我が国に所属してくれないか、現在このキルテナさんと交渉しているのよ。なかなか了解してくれなくてね、困ったわ」
悩ましげな表情で、リズテレス姫は銃口をぐりっと少女に押しつけた。
……これは交渉じゃなくて脅迫だ。
おそらく飴と鞭作戦。
常に命を握りつつ、美味しいパンを与える。
ドラゴンさん、えっとキルテナさんって言ったっけ。
……食べづらくないですか?
私も少しお手伝いしようかな。
パン山に突き刺さったサンドウィッチを取った。
「これ、おすすめですよ。たぶん中のポテトサラダは、パンを卸しているポテリアーノというレストランのレシピをもらって作っています。このサンドウィッチは奇跡の一品です」
「それに気付くとはさすがだな! トレミナ!」
別のテーブルからチェルシャさんが叫んだ。
受け取ったキルテナさんは一口パクリ。
「うまい……。この国の食べ物はドラグセンのものより遥かにうまいな。というより、国民の生活レベルが違いすぎる。コーネルキアは豊かだ」
「じゃあ、守護神獣になってくれますか?」
「それは、……できない」
「この調子よ。本当に困った人、いえ、神獣だわ」
とリズテレス姫は私の顔をじっと見つめる。
……嫌な予感がするよ。
これは結構な確率で現実になる。
なぜなら、今まで何度も経験しているから。
早々に退却した方がよさそう。
「さて、私はそろそろ帰りますね」
「あなたまだパンを食べてないでしょう。トレミナさん、噂は聞いているわよ。先生として素晴らしい才能を持っているようね」
「それほどでもないですし、あくまでも人間相手の話です。神獣は」
「神獣も同じよ。私、これ以上は時間を割けないのよ。チェルシャさんに任せると食べてしまうかもしれないし。お願いね、トレミナ先生」
手首にカシャッと制御リングがつけられた。
……退却、ならず。
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67 トレミナ先生
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戦闘の決着編はやはり人気なのですが、
それよりトレミナがやらかした回が上に……。
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