56 初めての料理
使い慣れたはずの我が家の台所。
なのに、イルミナお母さんは緊張で動けずにいた。
「手が震えてフライパンが持てない……!」
「しっかりして。ジル先生が言ってたでしょ。そのお肉は一塊五千万以上するって。二つで一億ノアを超えるんだよ。分かってる?」
「それよ! トレミナがそうやって言い続けるから! ……人にはプレッシャーというものがあるのよ。あんたは知らないでしょうけど」
「知ってるよ。けど思ったよりデリケートなんだね」
面倒だな、私が焼こう。
振り返ってうちの居間を見渡す。
そこには、セファリス、コルルカ先輩、チェルシャさん、第127部隊の七人、の総勢十人が身を寄せ合って座っていた。
ごくごく一般的な家庭の我が家。
居間も決して広くはないけど、どうにか押しこんだ形だ。
騎士団がドラグセンの人達を連行していった後、ジル先生が【黒天星狼】と【白王覇狼】の稀少肉を切り出してくれた。その他の部分は明日以降に回収するということで、先生は水霊魔法で二頭を冷凍。来た時と同様に、風の飛行魔法で帰っていった。
ちなみに、ジャガイモ畑の修復も、明日地霊を扱える騎士達を派遣してくれるとのこと。こちらは一日で済みそうだって。
それを聞いた村の皆も安心した様子で帰宅した。
もう日が沈もうかという時間帯、戦いに参加した全員が私の家に集まった。
「やっぱり納得いかない」
チェルシャさん、まだ言ってるんですか。
「白い方は私とトレミナで倒した。なのに、どうして二頭を十一人で分け合う」
「いいじゃないですか、この二頭はセットみたいなものだし。皆、マナが空になるまで必死に戦ったんですから」
それに、私とチェルシャさんで一頭は無理だと思いますよ。
キッチンのテーブルには、六、七キロの肉がどどんと二つ。
ハンター家系のジル先生によれば、このサイズの神獣の魂を余すことなく引き継ぐにはこれくらい食べる必要があるらしい。
十一人で分担しても、一人あたり一キロちょっと……。
「さすがトレミナ隊長、仲間想いだわ。私、こんなクラスの神獣食べるの初めてよ。ほんと楽しみ!」
そんな風に笑っていられるのも今の内かもしれませんよ、ミラーテさん。
とりあえず調理開始だ。
まずは【黒天星狼】の方から。
包丁をマナで覆い、厚めの一枚肉をスッと切り分ける。
これをシャシャッと十一等分。
「すごい包丁さばき……! まるで匠だわ。あんたいつの間に」
「剣の道は料理の道にも通じる。腕を磨くということは己を磨くということ。それは食材の切り口にもはっきりと現れるんだよ、お母さん」
「言ってることまで匠だわ!」
適当にジル先生の受け売りをしつつ、フライパンに油を引いて焼き始める。
最初はシンプルな味付けがいいかな。
仕上げにパラパラと塩を振りかけた。
「お待たせしました。どうぞ」
チェルシャさんとセファリス、ミラーテさんがほぼ同時にフォークを突き刺す。それからコルルカ先輩。遅れて第127部隊の六人が遠慮がちに。
最後に私が取り、口に運んだ。
狼だからどうかと思ったけど、臭みもなくて柔らかくて、結構普通に食べられるね。と喉の奥に運んだその時だった。
あ、今、マナの絶対量が増えた……。
それに体にも力が溢れてくる感じがする。
すごい、【蛮駕武猪】とは全然違うよ。これが上位の神獣……。
他の皆の反応は、と。
「きゃー! 何これ! たった一切れでこんなに上がるの!」
「むぅ、想像以上だ……。これほど楽に強くなっていいのだろうか」
セファリスとコルルカ先輩にも衝撃だったみたい。
第127部隊の人達も驚いているね。
そして、チェルシャさんは、
「トレミナ! 次は白い方! 早く焼いて!」
興奮気味に急かしてくる。
はいはい、今すぐに。
同じように【白王覇狼】の肉も焼き、食べ比べするために、こちらも塩で味付け。実際に比べてみると、黒狼よりややあっさりの印象だけど、普通に美味しくいただけた。
肝心の上昇率はといえば、マナはさっきほどではないものの、体への効果は今回の方が強いようだ。狼達の特徴に合致しているので、本当にその魂が身に宿っているのかもしれない。
肉の素晴らしさは分かったから、あとはひたすら食べるだけだね。
ここからは調理法や味付けを変えていくよ。
先ほどと異なり、今度は肉を薄くスライス。醤油と砂糖を絡めてフライパンでさっと炒める。黒狼と白狼、二パターン別々に調理。
うん、食欲を誘う香りだ。皆もフォークが止まらないみたい。
「トレミナ! ご飯がほしい!」
「やめておいた方がいいです、チェルシャさん。肉、まだまだありますから」
では次の料理に。
さっきと同じく肉を薄く切り、鍋で沸かした熱湯にスーッとくぐらせる。醤油にレモンを絞ったものにつけて食べてもらうよ。
さっぱりしていて、これも食欲が湧くね。
だからチェルシャさん、ご飯はやめておいた方がいいと……、どうなっても知りませんよ。
さて、皆が食べている間にもう一品。
また薄切り肉を熱湯にくぐらせ、次は氷水へ。冷えた肉にオリーブオイルと醤油をかけ、粒胡椒を散らせば完成。
はい、どうぞ。
それにしても皆、思ったより食べるね。
チェルシャさん、何ご飯のおかわりしてるんですか。
え? 米に合う料理ですか?
うーん、じゃあフライパンで簡単にできるもので。
トントントンッ、ジャッ、ジャッ、ジュ――――……。
「はい、狼の生姜焼きとウルフチョップです」
お腹いっぱいと言いつつも、皆フォークが伸びてる……。
でも、さすがにそろそろ限界かな。持ち帰れるように肉率高めのハンバーグでも作ろう。ソースは数種類あると飽きなくていいかも。
黒白狼の合挽きミンチを作っていると、お母さんが呆然とした顔で。
「あんた、いつ料理を覚えたの……?」
「やだな、料理なんて初めてだよ。これは見様見真似でやってるだけ」
「……それ、見様見真似なの?」
…………?
変なお母さんだね。
予想通り、ハンバーグはおみやげとして持ち帰られることに。
……ただ一人、チェルシャさんだけは全部食べたけど。その体ですごい食べますね……。
だけど、全員満足げ、というか幸せそうな顔に見える。
私も初めて料理に挑戦した甲斐があったよ。
その後、コーネガルデに戻った私の元には、頻繁に神獣の肉が持ちこまれるようになった。
……なんで?
書いていてお腹がすきました。
評価、ブックマーク、いいね、感想、本当に有難うございます。










