54 神をも殺しうる兵器
結局、ユウタロウさんは村人全員に触ることを許した。
やっぱり彼はとても優しい神様だ。
大人も子供も関係なく白いもふもふの毛に体をうずめ、誰もが至福の表情を浮かべている。ほら、あんな小さな子も嬉しそうに、
……いや、あれはコルルカ先輩だった。
あとミラーテさんもいるね。
「こんな機会は滅多にない! 私達の神様と触れ合えるんだぞ!」
「そうよ! 守護神獣様にお触りできる機会なんて一生に一度あるかないか!」
そうですか、節度をわきまえてお触りしてください。
でも、まだ敵が残っていること、忘れてませんか?
見えていないはずがない。
ここからそう遠くない森で、巨大なドラゴンが暴れているんだから。
レゼイユ団長は相変わらず技能を使わず、素手で応戦中。向こうは遠慮なく炎の爪や雷の息で攻撃してきてるね。
団長の纏っているマナは凄まじい量なのでやられることはないと思う。ないと思うけど、なぜ素手? ……捕獲するにしても、技能や武器は使ってもいいのでは?
「まったくだわ。あれは遊んでいるわね。少し手伝ってあげましょう」
そう言ったリズテレス姫に視線を移した。
手伝う? 姫様が?
確かに今日の彼女は、いつもの上等な衣服の上に防具をつけている。デザインは違うけど私と同じ黒煌合金の装備で、年齢も同じ十一歳。なのに、あちらの方が何だかスタイリッシュだ。
おっと、こんなことを考えているとまたどんぐりと言われてしまう。
それよりも、奇妙なのはリズテレス姫のマナだよ。
どんなに感知を研ぎ澄ませてみても、彼女からはマナを使えない普通の人と何ら変わらない印象しか伝わってこない。
だけど、これはおかしい。
以前聞いた話では、彼女は生まれてすぐにマナを錬り始めている。十一年経った現在は相当な腕前になっているはず。
ずっと不思議だったんだよね。
私の心の内を見透かしたように、姫様はフフッと笑った。
「私、普段はマナを扱えないふりをして生活しているのよ。コントロールには自信があってね、高位の魔女である母さんにも気付かれたことはないわ」
「それって息が詰まりませんか? 私は抑えていた時、そんな感じでした」
「ええ。でも、コーネガルデにいる時に発散はしているから大丈夫よ。見せてあげましょうか?」
「え……?」
「私の〈闘〉よ。実力が気になるんでしょ?」
「では、お願いします」
リズテレス姫はさほど気負う様子も見せずにマナを纏っていた。
場のマナを使える者が一斉に振り返る。敵方のドラゴンもこちらを見た。
それも当然だろう。
彼女のマナは、私よりもジル先生よりも、あの竜よりも多いんだから。
なお、私でもレゼイユ団長とユウタロウさんの実力は計れない。この人(神)達とはそれほどの開きがある。
姫様は私が会った人間の中で、二番目の実力者ということだ。
付け足すと、マリアンさんをも超えている。
周囲の人達に聞いた話だと、〈錬〉は毎日集中力の限界までできるものでもないらしい。それをやってしまうと他のことが手につかなくなっちゃうんだって。集中力を使い切るわけだからまあそうなるよね。なので真面目な人でも、限界の半分程度、一日一時間くらいの〈錬〉が一般的。
でも、きっとリズテレス姫は十一年間、毎日二時間以上は錬っているはず。
「私は人より集中力を保てるの。前世では怪物と呼ばれたものだわ。そんな私から見ても、トレミナさんは怪物なのよ。心配しなくても、学園を卒業する頃には私を超えているはずだわ」
いえ、全く心配していません。ジャガイモ農家には充分なマナの量です。……ううん、充分ではないか。今日は危うく死ぬところだった。
せめてあそこのドラゴンくらい強くならないとジャガイモ畑は守れない。
「そういえば姫様、団長を手伝うってどうするつもりですか? 魔法で援護とか?」
というのも、見たところ彼女は武器らしき物を持っていない。
「これを使うわ。マリアンさんから性能を試してほしいと頼まれているの」
リズテレス姫が腰の後ろから取り出した器具に、私は思わず首を傾げていた。
それの名前は知っている。
銃、だ。
火薬を使用して鉄の弾を飛ばすという、何とも微妙な武器。
元は神獣に対抗するべく開発されたものらしいけど、期待したほど効かなかったという残念な歴史がある。
ああでも、これより大型の大砲と呼ばれる武器なら〈戦狼〉を、ギャン! と鳴かせるくらいはできるみたい。そのクラスの野良神だったら追い払えるから、配備されている町もあるって聞くね。
とにかく、銃の方はマナを使えない人に向けたら危ないって程度の何とも微妙な武器だ。
「そんな物、役に立つんですか?」
「私が以前いた世界では、銃はとても恐ろしい兵器だったのよ。それに、これは時間を掛けて開発した魔導銃。火薬の代わりに火霊魔法が、銃身には電磁加速用の雷霊魔法が付与されているわ。そして……」
と姫様は拳銃の真ん中部分をカシャッと開けた。
レンコンみたいに穴がいっぱいあるよ。
「これはリボルバーと呼ばれるタイプよ。穴に銃弾を装填するの。ちなみに、この弾も黒煌合金の特別製で、爆発系の火霊魔法が施されているわ」
え、じゃあ銃弾自体が魔導具では?
それを使い捨てにするんですか?
リズテレス姫はドラゴンの頭部に向かって拳銃を構える。
「最後に、同じ爆発系の火霊戦技を使うわ。火霊よ、銃弾に宿れ」
そう唱えると、引き金に指を。
ドド――――――――ンッッ!
竜の顔付近で激しい爆発。
空気の震動がこちらにまで伝わってきた。
今、撃った瞬間にはもう向こうで爆発が起こっていた。
あんなの避けようがない。
しかもすごい威力。ドラゴンは倒れたまま起き上がれないでいる。
……銃は、とても恐ろしい兵器だった。
しばらくして、姫様は「まあ使えそうね」と呟いた。
「魔導研究所の最終目標は、神をも殺しうる兵器の開発よ。まだ先は長いわ」
そうですか? 一歩手前くらいまで来てる気がしますが。
トレミナは普通の銃で撃たれても結構大丈夫です。
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