53 国を救った勇者
地平線に現れたのは真っ白な毛玉だった。
……大きい、しかもすごくもふもふだ。まさかあれが。
私達の前に停止したのは、体長二、三十メートルはあろうかという巨大なリス。その愛らしい瞳が私を捉え、挨拶でもするように一度まばたきした。
間違いない、コーネルキア唯一の守護神獣、ユウタロウさんだ。
彼の背から、同じく真っ白な髪の美少女が顔を出す。
「トレミナさん! 無事ね!」
地面に降り立つや、リズテレス姫は私を抱き締めた。
待ってください、姫様。チェルシャさんが恐ろしい眼で睨んできます。
「はい、姫様にいただいた装備のおかげで何とかなりました。剣と、あと防具類もそうですよね? マリアンさんと結託……、協力なさったのでは?」
「その通りよ。さらに言えば、あなたを販売店に連れていってくれるようセファリスさんにお願いもしてあったわ」
姉を見ると、あっちはスッと目を逸らした。
「……連れていけば、私の装備一式トレミナが買ってくれるって」
確かに買ってあげた。私の行動まで読んでいるとは……。
「姫様に見通せないことなんてあるんですか?」
「もちろんあるわ。今回の一件がそうよ。これはドラグセンが長い年月を費やして準備してきた作戦だから」
リズテレス姫の話によると、森に潜伏しているのはドラグセンの隠密部隊らしい。彼らの任務は、表向き野良神の狼達を運用してコーネルキアの村や町を破壊して回ること。
その後、自国の野良神を追討する、という名目でドラグセン本軍が国境を越え、進攻を開始する手筈になっていたんだって。
それはつまり、戦争の始まり、開戦だ。
「けれど、企ては頓挫した。トレミナさんが敵を足止め、討伐までしてくれたおかげでね。奴らが標的に選んだ最初の村にあなたがいてくれたのは幸運だったわ。さもなければ、隠密部隊の動きを捕捉できなかったかもしれないし、軍の進攻も許していたかもしれない」
「そうなんですか。幸運でしたね」
「今はまだドラグセンと戦争するわけにはいかないのよ。こちらの備えは万全とは言い難い。回避できたのは本当に幸運だったわ」
「そうなんですか。本当に幸運でしたね」
「だから、トレミナさんは国を救った勇者ということよ。その栄誉を称え、王都にあなたの石像を、コーネガルデには銅像を作るわね」
……石像銅像のダブル。
しかも設置されるのは田舎の村じゃなく、国の二大拠点……。
コルルカ先輩、お姉ちゃん、羨ましそうな目で見ないで。
喜んで譲るよ。
「遠慮しておきます。私一人の力じゃありませんし、チェルシャさんが助けに来てくれなきゃ死んでいました」
「そうだわ。チェルシャさんはあなたの村だと知って、即座に飛んでくれたそうなのよ」
と姫様は仰っていますけど、チェルシャさん、本当ですか?
「べ、別に。ただ一人の同期に死なれたら困る。それだけ。……それだけ!」
美少女はやや顔を赤らめた。また怒らせてしまったみたい。
そうだ、像なんかよりジャガイモ畑を元に戻すの支援してくれないかな。
あちこち焼き払われていたり、氷漬けになっていたり、岩山ができていたり、と散々な有様だ。一番大きな穴はチェルシャさんのキャノンによるものなんだけど。
相談すると、リズテレス姫は快諾してくれた。
「じゃあ、村の代表者と話をするわ」
「お願いします。えーと、村長さんは……」
村長さんと年配の村人達がユウタロウさんの前に集まっていた。
一様に膝をつき、祈るような仕草。
どうしたんだろう、と思っていると姫様が。
「建国時、ユウタロウはたった一頭で全国土の野良神を倒して回ったの。何年も掛かったそうよ。あの年代の方達はそれをよく覚えているのね」
そうか、ユウタロウさんは正真正銘この国の守護神獣なんだ。
彼がいなければ、ノサコット村もなくなっていたかもしれない。
リスの神様を見上げた。
「ユウタロウさんのおかげで今の私がいるようです。私もお礼を言います。本当にありがとうございます」
するとユウタロウさんはググーと顔を下げ、私の前に。
これは、触っていいよ、と?
白く柔らかな毛に手をうずめる。
次の瞬間、私は本能の赴くままに抱きついていた。
なんて、もふもふなんだ……。
私、死ななくてよかった。
村長さん、羨ましそうな目で見ないでください。
これだけは絶対に譲れません。
トレミナ、もふもふ好きが発覚する。
前世はハムスターのユウタロウ。
転生組で一番苦労しているのは彼ですが、
その分、一番得をしているのも彼です。
コーネルキアでは完全に神扱い。
そして、神獣の寿命は千年以上あります。
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