4 千人抜きからの独走
よかった。私、ちゃんと〈錬〉できてたんだ。
でも皆のマナって、……こんなものなの?
そう、予想外の状況だった。マナを使えば、誰でもこれくらいできると思っていたんだから。実際には、私のマナ量は群を抜いていたらしい。
少し考えてみた。
まず、私の〈錬〉と皆の〈錬〉は同じものと想定。
えーと、私はいつも大体八時間ほど寝る。
うん、それくらいは寝てる。
そして残りの十六時間はずっと錬りっぱなし。
これに対して、他の生徒は二時間錬るのが限度、だよね。
え? ちょっと待って、じゃあ……。
……私、八倍速で高まっていたってこと?
この考察はあながち的外れでもなかったかもしれない。
体力テストで私が出した記録は、全て学年トップに輝いてしまったので……。
私は最下位から同学年千人を抜き去り、独走する羽目になった。
二年生以降は実技と錬気法の修行が統合され、一日の大半がこの授業になる。マナに覚醒していない生徒には非常に辛く、五十人ほどが学園を去った。
なお、私にも新たに辛いことが。
怖がってクラスメイト達が手合わせに応じてくれない。
手合わせは重要だ。
腕を磨くためなのはもちろん、経験感知の習得にも欠かせない。
経験感知とは、向き合った相手の力量がおおよそ分かるというもの。直感とマナの共鳴によるもので、実戦を重ねる必要があった。
こうなった責任はジル先生にも大いにあり、彼女が相手をしてくれることに。
だけど、私にとっては幸運だったと言える。
先生は学園の一期生で、学生時代から騎士も兼務していたらしい。教員の中でも腕が立つことから、実技の多くを任されている。
それは手合わせをしてみてすぐに分かった。
ジル先生はクラスを指導しつつ、片手間で私の打ちこみを軽々いなす。
「この国の首席騎士を知っていますか? 私の同級生の女性なのですが、バカで変態のマナ怪物です。トレミナさんはよく似ていますよ。あ、マナ怪物の部分がです。急ぎ〈調〉の修練に入りなさい」
〈調〉とは、マナをコントロールする技術のこと。科目としては三年生から本格的に取り組むものだ。
でも、私がクラスメイトと手合わせするには必要になる。
「〈調〉の習得は時間が掛かりますよね」
「あなたには人より時間があるでしょう。錬ってばかりいないで調えるのです」
「なるほど。やってみます」
「それから、もちろん経験感知も必須です。学年末に間に合わなければ、あなたは屍の山を築くことになりますよ」
「やめてください。先生のせいで私、本当に怪物扱いですから」
少し困ったところもあるけど、ジル先生に見てもらえたのはやっぱり幸運だったと思う。先生は放課後も、よく私につき合ってくれた。
木剣を交える内に、何となく先生のマナが感じ取れるように。
経験感知が身についたようだ。
夏には先生が随時纏うマナの量を変え、それに合わせる練習に入った。
「これほど早く仕上がるとは。あなたの一番の長所は真面目にコツコツ訓練を続けるところですよ。トレミナさんのトレはトレーニングのトレですね」
私には分からないセンスだけど、先生が褒めてくれるのは珍しい。
夏休みが明けると、私もクラスメイトとの手合わせが許された。
しっかりマナを対戦相手とほぼ同量に調節する。
それでも誰にも負けなかった。
皆が同級生を相手にしている間も、さらに夏休み中も、私はひたすらジル先生と打ち合っていた。戦闘技術の面でも一歩抜けた実感があった。
でも、手合わせを終えたクラスには安堵感が広がったみたい。
トレミナもそこまで怪物じゃない。
いや、これは自分達が上達して差が埋まってきたのでは?
二年生初日の凄まじい記録も偶然に違いない。
人とは都合のいいように解釈するものだと、ジル先生は言った。
一方で、私も安堵していた。
上でも下でも、独走は嫌だった。
私がトップ集団に吸収され、ようやく怪物説も下火になってくれた。
よし、このまま目立たず穏やかな学生生活を送ろう。そして穏やかに卒業し、村に帰ってジャガイモを作る。
騎士にはならないのか?
うん、騎士は危険の伴う仕事だから。
安全で安定した仕事があるなら、迷いなくそっちを選ぶ。
私は少しマナが使えるジャガイモ農家として生きていくよ。
もう変に注目されることなく、静かに過ごせば夢は叶うはず。
ところが、再燃させる事態が。
「別々の山になっちゃったわね。お姉ちゃん頑張るから、トレミナも負けちゃダメよ。決勝で会いましょ!」
この姉のせいで。
最大の年間行事、学年末トーナメントが開幕する。
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