37 大地の女神
私の怪力を聞きつけて、村の皆が集まってきている。
注目を浴びるのはトーナメント大会で大分慣れた。あれに比べれば人はずっと少ないし、あまり気にもならなくなってきたよ。
「トレミナは初めから全く気にしてないだろう。マナで分かるぞ」
「私もマナで分かりましたよ。先輩、岩を運ぶの無理してたでしょ」
「……騎士の、プライドだ」
見栄をはったわけですね。
コルルカ先輩は岩を受け取る際、〈闘〉以上のマナを纏っていた。強敵と対峙した時の仕様だ。
たぶんお父さんが小さいって言っちゃったから。うちのお父さんはそういうデリカシーがない。先輩は繊細なんだよ。
口には出さず、心の中で思うだけにしておかないと。先輩は小さいって。
「お前今、私のことを小さいと思っただろ」
「やっぱりさすがに敏感ですね。心の中で呟くのは許してください」
「人には各々譲れないものがある。ところで、セファリスはなぜ来ない?」
「逃げたんだと思います。お姉ちゃん、土いじり嫌いだから」
「なんて奴だ……。だが、私がいれば問題ない。秘策がある」
とコルルカ先輩は背負っていたメイス(黒煌合金の棍棒)を抜いた。
「こいつには地面を隆起させる魔法が宿っている。大盾ともう一つ、何としても手に入れたかったものだ。そのために貯金もしてきた。あとは学年末トーナメントで決勝まで上がれれば自力で買えるはずだったのに……。トレミナが……、二年生なのにトレミナが出てくるから!」
ちょっと涙目で先輩は天を仰いだ。
だから二百万ノア貸してあげた、いえ、差しあげたじゃないですか。
それに、クランツ先輩が相手でも簡単じゃなかったと思いますよ。
けど、地面を隆起させる魔法、か。
戦闘で使うなら、壁を築いて攻撃を防いだりとか? クランツ先輩の〈地障縛〉みたいに足止めもできるのかな?
何にしろ、コルルカ先輩は防御重視だね。
「それで、その棍棒でどうするんです?」
「畑を耕すんだ。大地の表面だけを持ち上げるイメージでやれば上手くいくに違いない。まあ見ていろ」
メイスを構えた先輩。
気合の声と共に地面を叩いた。
ボッッフッ!
周囲半径十メートルくらいの土が、一瞬浮き上がった。
しゃがみこんだ私は手で触って確認。
わ、本当にクワを入れたみたいになってる。少し耕し足りないけど。こんなことができるなんて、地属性の魔法……、すごい。
このペースで叩いていけば、明日には村中の畑を終えられるかも。
先輩、どんどんいきましょう。
「どうやら成功のようだな。じゃあ、あとはトレミナがやってくれ」
「私が? 無理ですよ、一度も使ったことないのに。お姉ちゃんのを見て分かってますよ。魔導具は制御できるようになるまで時間が掛かるって」
「うむ、課題はイメージの確立にある。が、お前ならその点は心配ないはずだ」
「なぜです?」
「お前はずっと土を耕してきたからだ。思い出せ! 培ってきた農業の経験を!」
農業の、経験……。
先輩からメイスを受け取り、私は静かに瞳を閉じた。
そして、頭の中に思い浮かべる。
土にクワを入れた感触を。
耕し終えた畑が一面に広がる景色を。
……よし、いける。
目を開いた私は、メイスをそっと地面に触れさせた。
力は必要ない。
畑は敵じゃないんだ。
ジャガイモ畑は……、私自身だ。
魔法の発動と同時に、大地が波うった。
ザザザザザァ――――――――…………。
土の漣は周囲へ周囲へと広がっていく。
立っていた村の人達を優しく跳ね上げた。
不思議な感覚だ。本当に私と大地が一体となったような。
気付けば目の前には、見渡す限りふんわりと空気を含んだ畑が。
頭から土を被ったコルルカ先輩が、それを払いながら。
「込めたマナの量に加え、思いの強さがこの奇跡の光景を生んだ」
ここで不意に地中から腕が現れ、私の足を掴んだ。
あ、お父さんだ。
「……トレミナ、お前は……、神か」
「何言ってるの。それよりお父さん埋まってたんだね。他に生き埋めの人がいないか確認しないと。窒息しちゃう。マナを使って――」
「その心配はなかろうて……」
耕された畑の上を、白髭をたくわえた老人が歩いてくる。村長さんだよ。
彼は震える手で土をすくい上げた。
「……この、優しさに満ち溢れた畑が、人の命を奪うはずない……。
トレミナちゃんは……、……大地の女神じゃ……」
うん、でも土は土だからね。
急ごう、窒息しちゃう。
ちなみに、前話の村人A(最初に喋った人)も村長です。
ブックマークが2000を超えました。
信じられないほど沢山の人に読んでいただいているんだと、改めて実感。
本当に有難うございます。
今後も一生懸命書いていく所存です。
これからもよろしくお願いします。










