36 怪物の帰郷
私達は大量の肉と共に北上を続けた。
道中、町に立ち寄った際には、子供だけの旅を心配されたりお菓子をもらったりした。コルルカ先輩は憤慨していたけど、話がややこしくなるので堪えてもらうことに。
大猪二頭の後は野良神に遭うこともなく、順調に旅路を進む。
やがてジャガイモの農作地帯に入った。
何とも心が躍る。
今はまだ春の植えつけ前だけど、私には青々広がるジャガイモ畑が見えていた。
ちなみに、残念ながらコーネルキアの主要農産物は大麦だ。
国が一手に買い上げ、ビールやウイスキーを製造する。それらは世界中に輸出され、莫大な富を生んでいた。
コーネルキアは国家でありながら、まるで巨大な商人のようだとよく言われる。
言い得て妙だ。異世界は商業が盛んで、転生者の人達はとりわけそれを得意としているようなので。
そうして生み出された富で造られたのがコーネガルデになる。
などと考えている内に見えてきたよ。私のノサコット村が。
まず広場でおみやげを配ることにした。
「おみやげって、あなた……、それを村中に配るつもり?」
そう言ったのは私のお母さん、イルミナだ。
「え、うん、そうだよ。全世帯分、八十六個ずつあるから」
「火炎板と冷却箱をそんなに……、いったい、いくらするの……? しかも、冷却箱の中に入っているのは神獣のお肉、なのよね?」
うっかりしていた、と言うしかない。
火炎板は六万ノア、冷却箱は四万ノア、そして神獣の肉が十万相当。
足すと各世帯の一か月の収入に匹敵する。こんなものを村中にバラ撒くなんて、どう考えても普通じゃないよね。
ここ数日、異常なこと続きで、感覚が麻痺していたみたい……。
「お姉ちゃんは言ったわよ。絶対にやり過ぎだって」
「外国ではこんな魔法具を所持しているのは貴族くらいらしいぞ。この国に貴族はいないがな」
セファリスとコルルカ先輩は完全に他人事だ。
広場に集まった村の皆の視線が私に。
…………。
私はゆっくりと馬車の御者台に乗った。
「魔法具は返品して、肉は売りさばいてくる。ごめん、今日のことは忘れて」
すると、村の人達は大慌てで次々に駆け寄ってきた。
「わしのとこはもらうぞ! トレミナちゃんが買ってきてくれたんじゃ!」
「うちもいただくわ! トレミナちゃん! ありがとうね!」
「俺ももらう! ありがとう! 嫁が喜ぶよ!」
「私の家もよ! 神獣のお肉なんて初めてだから楽しみ!」
よかった、皆、喜んでくれて。
そうだよね、魔法具はあって困るものじゃないし。
神獣の肉は稀少肉じゃなくても、食べれば病気が早く治ったりするらしいし。何より【蛮駕武猪】だからとても美味しい。
あ、忘れるところだった。
「皆の冷却箱に入りきらなかった肉、百キロほど残ってるんだ。このままじゃ傷んじゃうし、どうしよう」
途端に静まりかえる。
……やっぱり、さすがにこれは迷惑だったか。
「…………、……収穫祭、……収穫祭じゃ! 皆の者! 準備せい!」
「そ、そうね! 秋の、春の収穫祭! 春の肉祭よ!」
このまま広場で祭をすることになった。
まだ種イモも植えてないけど収穫祭だ。
とにかく肉が無駄にならずに済んでよかった。
全員が忙しげに動き始める。
いや、さぼっている二人がいるよ。
コルルカ先輩とセファリスが少し離れた所でお喋り中。
何を話しているんだろう。マナで聞き耳。
「トレミナはなんだ、村人を魅了する特殊能力でも備えているのか?」
「うちの妹、皆から可愛がられているんですよ。農作業を嫌がらずに手伝うし、見た目はどんぐりみたいでほっこりするし。去年帰省した時、私すごく責められたんですから……。一人で独占して、って。トレミナは皆のアイドルなんです」
……そうだったんだ。全然気付かなかった。
私がアイドルって、ピンとこないにもほどがある。けどそういえば、昔からよくお菓子とかもらったっけ。
あと、私ってそんなにどんぐりに似てるかな。
ん? お母さん、何?
「トレミナ! あんなにたくさんの魔法具を買うお金! どこから出したの! まだ学生なのに!」
「まあ、色々あって。学生だけど騎士にもなったし」
「騎士! あなたまだ十一歳でしょ!」
「……うん、史上最年少騎士だって」
これでお母さんが納得するはずもなく、祭の後、一晩かけて説明する羽目に。もちろん、お父さんのトレンソも一緒にね。コルルカ先輩がもうちょっと上手く援護してくれたら助かったんだけど、場が混乱するだけだった。
そう、先輩は村にいる間はうちに泊まることになったよ。明日からの作業に向けて、すごく張り切っていた。
――翌日。
村をぐるりと囲む畑に種イモを植えていくんだけど、その前にまず整備して耕さなきゃならない。これがなかなか大変。
どこから来たのか、大きな岩が転がっていたりする。
お父さんと体格のいい大人四人で抱え持ち、じりっじりっと運んでいる。お父さんも三十歳を超えたばかり。筋力も体力も、村で五本の指に入る自信があると言っていた。
でも、辛そうだな……。
手伝いたいけど、うーん……。
と隣で見ていたコルルカ先輩が。
「私が代わろう。それなら一人で大丈夫だ」
「いくら騎士でも無理だ。そんな小さな体で」
「む、身長のことはタブーだと言っただろ、トレンソさん。まあ任せてくれ」
先輩は大人達からひょいと大岩を取り上げた。
重そうな素振りも一切なく、普通に歩いていく。
「最近の騎士はすごいって話だが、コルルカさんは怪物だな……」
「何を言う。本当の怪物はあなたの娘だ」
「それなんだがな、俺はまだ信じられないんだ。あのおっとりした子が……」
「論より証拠だな。トレミナ、見せてやれ。どうせいずれ分かるんだ」
確かにその通りだ。
分かるなら早い方がいい。その分、いっぱい手伝えるし。
私がコルルカ先輩から岩を受け取ると、お父さんは膝から砕けた。
石置き場に人がいないことを確認。
大岩をグイーンと振り回し、
よいしょー、
と天高く放り投げた。
ゴッ! ズズゥゥン……。
落下の衝撃で岩は粉々に。同時に、大地が少し震動した。
うん、いい感じに細かくなってくれた。割る手間が省けたね。
お父さん、どう? 私、役に立つでしょ?
……お父さん?
呆然自失の父。
その状態のまま、口だけがうわ言を呟くように動いた。
「……俺の、娘が、……怪物になって帰ってきた」
村のアイドル、怪物になって帰郷する。
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