29 [黒原理津] 終焉2
華やかなイルミネーションが点灯を始めた夕暮れの街。
私は少し前を歩く由良と享護を見つめていた。
この二人は、大勢いる他の友人とは少し違う。
もちろん千五百人の友人達はそう呼んで支障ない。頻繁に連絡を取り合う子もいるし、会えばお茶をする子もいる。
ただわずかに、歪のような隔たり。
どうも周囲の目に私は得体の知れない存在と映るらしい。未知なるものは人を引きつけると同時に、無意識に警戒心も生む。
見えない壁を感じていた。
けれど、由良と享護、二人との間に壁はない。
由良は元々、遠慮がない性格。私をそういうものと割り切っている。享護は思考が柔軟で、漫画のヒロインに恋するように私を想ってくれている。
今日は初めて人に、自己管理のことを話したけど、やはり二人は変わらない。これはもう、友人を超えたと言っていいんじゃないかしら?
計画にはないものだった。
自分には一生縁のないものと諦めてもいた。
まさか私に、親友ができるなんて。
「早く来なさいよ理津。私が享護とカップルに見られ……、何笑ってんの?」
振り返った由良が怪訝な顔を見せる。
「ふふ、思いがけないクリスマスプレゼントをもらったものだから」
「どうせまたくだらないものでしょ?」
「そんなに自分を卑下するべきじゃないわよ」
「私か! あげた覚えないんだけど!」
「あなた達二人よ。私の大切な親友ということ」
ストレート過ぎたかもしれない。由良と享護が固まってしまった。
「ま、まあ、俺は理津とさらに深い関係になりたいんだけど」
「照れ隠しに何を口走ってんのよ。エロいわね」
「違う! そういう意味じゃなくて普通に恋人同士に!」
「恋人になれば必然的に肉体関係も持つことになるわ。私は無駄が嫌いだから、そうなるのはきっと早いでしょうね」
淡々と語りながら横を通り過ぎると、二人は再停止。
いたずらな微笑みと共に「冗談よ」と言うと、由良が「あんたの冗談は笑えないのよ!」と叫んだ。
体と向き合うまでもなく、私には自覚がある。
今、自分は相当うかれていると。
親友という想定外の贈り物。
そして、家族へのクリスマスプレゼントもすでに郵送を済ませてある。あとは貴子サンタがうまくやってくれるだろう。皆の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
「腹黒会長がまた腹黒く笑ってるわよ」
「いや、これは純粋に嬉しい時の笑い方だ。そうだ由良、俺一旦帰宅するよ。先に勇太郎を帰してあげたいし、手ブラで行くわけにもいかないだろ」
ペット用のキャリーバッグを眺めながら享護。
「いい心掛けね。パパは手強いから隙を見せない方が賢明だわ」
「別に由良との結婚の許しをもらいに行くわけじゃ……、理津、どうかした?」
私は歩みを止めていた。
というより、足が進まなくなった。
「それが、よく分からないのよ」
こう答えるしかなかった。先ほどまでの高揚感は完全に失せ、止めどない不安のようなざわつきが胸の内を支配している。
駆り立てられたように、進行方向に視線を巡らせる。
自分達の他に、作業着姿の女性が一人いた。
路肩に車を寄せ、工具箱を手に営業していない空き店舗へ。
「あの人が何だっての?」
由良の声が遠くに聞こえる。
私は集中力を総動員してざわつきの正体を探っていた。これまでの人生で、ただの一度も感じたことのない焦燥感。
一度も感じたことのない……?
まさか!
それは、日々自分との対話を続けた私だから、読み取れた兆しなのかもしれない。生物としての本能でのみ察知できる兆し。
生命の絶対的危機。
すでに女性は店の勝手口の前に。ドアノブに手を掛けている。
それをくるりと回した瞬間、
ボワッ!
溢れた炎が扉ごと彼女を吹き飛ばした。
同時に、建物自体が膨張したかと思うと、
ドン――――――――ッ!
破裂するように爆発。
爆風は下校中の私達を直撃した。
私は宙を漂いながらも、おおよその状況を掴んだ。
おそらく配管の劣化などが原因でガスが漏れ、店内に充満していたのだろう。季節柄、空気が乾燥していて静電気が発生しやすい。
些細なことで引火する。
作業着の彼女は間違いなく即死。そして、私達も……。
壁に叩きつけられた後、すぐに頭を起こした。
まず目に入ったのは、倒れている享護の姿。
向こうもどうにか顔を上げ、私を視界に捉える。けれど、焦点は定まっていない。比較的爆発に近かったため、彼は重体だった。
その口が僅かに動く。
声は聞こえなかったが、「……理津」と私の名前を呼んだのが分かった。
やがて、享護の瞳から光が消えた。
キャリーバッグを出た勇太郎がよろよろと歩いてくる。
毛に血が滲み、息も絶え絶えの状態。享護の手に寄りかかると、そのまま動かなくなった。
一人と一匹の死を、私は静かに見つめた。
自身にも間もなく、その時が訪れると知っていたから。
私の胸には、深々と鉄材が刺さっていた。
かろうじて心臓は外れた……、でも長くない。
意識を保つのも一分が限界ね。
これほど私が冷静でいられるのはもちろん、備えがあるゆえ。
人はいつ死ぬか分からない。
社員の生活に責任を負う者として、自分に代わる新たな執行部の人選は済ませてあった。会社に関する権利はそちらに移譲される。残した事業計画書を参考に経営を継いでくれるだろう。
その他の個人資産は全て母さんに渡る手筈。投資などで結構な額になっているので、施設の方も心配ない。
計画通りに進め、計画通りに終える完璧な人生。
のはずなのだが……。
……こんなに早く死にたくなかった。まだまだ、生きたい……。
頬を一筋の涙がつたう。
どんなに変わっていても私は人間。当然の感情だった。
一度呼吸を挿むと、ゆっくり立ち上がった。
残された時間でまだやるべきことがある。
流れ出る血と一緒に、全身の力が抜けていく。壁で体を支えつつ、少しずつ歩みを進めた。
辿り着いたのは、気を失っている由良の元。
彼女の背中に手を当て、ぐっと力を込めた。活法という柔道の蘇生術を応用した技になる。由良は一発で目を覚ました。
「うっ、いったい何が……。理津! あんたそれ!」
「……由良、早くここを離れて。時間がない……、あれが、爆発する前に」
視線で指したのは燃え盛る炎の中。ガスボンベが転がっている。
「享護は、亡くなったわ。私のことも、気に、しなくていい……。いずれにしろ、もう助からないから」
ところが、由良は私の腕を自分の首に回し、一緒に連れて行こうと。
「バカ! 人は理屈や損得だけじゃないの! 理津も結局はそうでしょ!」
その通りだった。私は今、人間的感情に支配されている。
だがしかし。
危機察知能力をきちんと管理し、あらゆる事態を想定していればこうはならなかった。要は、そもそもの人生計画と備えが甘かったせいである。
現に由良を助けるという最後の計画も狂ってしまった。
そして、終焉を告げる再度の爆発。
直前に、私は心に誓った。
次の人生があるなら、さらに綿密に計画を立て、より徹底した備えをする。
もう二度と、大切なものを失わないで済むように。
転生するのは四人と一匹です。
次話、リズテレスの転生になります。
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