28 [黒原理津] 終焉1
「最近ブログのアクセス数が普通じゃない、何これ……」
「それがこの生徒会の影響力。新しい会計長は面白いって話題なのよ」
「会社を再建しなくても食べていけそう、人気ブロガーとして」
私と由良が他愛ない会話をしているのは生徒会長室。
生徒会は他に会議室と応接室を有しているので、普段の仕事はそちらでこと足りる。よって、この部屋は私の自室となっており、結構私物が溢れている。
由良もお気に入りのクッションを持ちこみ、ソファーの一つを自分専用に変えた。
ちなみに、卓上の檻にいるハムスター、勇太郎はもう一人の常連のペット。
飼い主の彼が軽くノックをして入ってきた。
「二人共早いね。ただいま勇太郎ー、会いたかったよー」
猫撫で声でハムスターと触れ合う享護。
武崎享護は一見チャラいイケメンだけど、その実、頭の切れる優等生。だけど、その実、一番の親友はハムスターで、趣味が漫画執筆という二重ギャップの持ち主だった。
彼の深層を知るのは、学校でも私と由良しかいない。
「あんたのファンが今の姿を見たらドン引きよ」
「ブログに書かないでよ由良……。俺は理津の前で自分を偽りたくないんだ」
「言いつつ心臓バクバクなのバレてんのよ、この奥手が。ねえ、勇太郎」
由良が「お手」と指を出すと、勇太郎はそこに前足を乗せた。それから、報酬としてヒマワリの種一個を受け取る。
「そうだ、練習してた技が完成したんだ。見て、お手ローリングお手!」
勇太郎は享護の号令に合わせて、指にタッチ、くるりと横回転、もう一度タッチ。今回はヒマワリの種を二個獲得した。
可愛い仕草に由良は歓声を上げる。
けれど、どうも私は納得がいかない。
「パフォーマンスへの正当な対価になっていないわ。お手一回を種一個に換算するなら、今のは種四個、最低でも三個はあげないと」
「言われてみればそうね、ブラック飼い主だわ」
享護は勇太郎を檻に戻しながらため息をついた。
――十二月。
今年最後のテストも終わり、私は学年一位を取った。
入学以来、この座は守り続けている。
ちなみに由良は八百番台だった。この学校の生徒達は概ね優秀なので、彼女は常にその辺りをうろうろ。
「由良、職務やブログで忙しいのは分かるけど、もう少し勉強しなよ」
「やってる。この学校が変なのよ。それに最下位の享護に言われたくない」
そう、享護は最下位である。孫4の中で。
しっかり「学年では十一位だって」と反論した。
向かい合ったソファーから、互いに言葉を飛ばす由良と享護。間にある机では、勇太郎が専用の運動場で体を動かしている。
会長室おなじみの光景に、私はついクスリと。
「享護はあの微妙な漫画をやめれば学年二位にはなれると思うの」
「微妙って理津……。やめないし、冬休み中に新作に掛かるよ。ファンタジー要素を入れたいんだけど、主人公の国の名前が決まらなくて。理津、選んでよ」
享護からタブレット端末を受け取り、さっと目を通す。
「作風も全く分からないけれど、コーネルキアね」
「相変わらず即決だね。コーネルキアか、じゃあこれで」
「そんなことより理津、さっき自分には絶対に勝てない的なことをさらりと言ったわね。大体、あんたのハイスペックぶりは何?」
由良が執務机に詰め寄ってきた。享護も興味ありげな視線。
仕事の手を止め、ゆっくりと体を背もたれに預けた。
「私には、人より得意だとはっきり言えることがあるわ。自己管理、よ」
私は小学生の一時期、頻繁に市民図書館に通っていた。
哲学書、文学書、さらには兵法書まで、あらゆるジャンルの本を読み漁った。先人達から得たかったものは、人生を計画通りに進めるためのヒント。やがて、複数の文献で共通して重要視されているものに気付く。
それは、自分を知るということ。
簡単なようで非常に難しい、まさに人生の命題。
だけど、取り組む価値はある。自身を見極めた上で計画を練れば、齟齬が生じる確率は格段に下がるだろう。
小学校低学年にして自分との対話を始めた。
この過程で体得したのが、緻密な自己管理能力だった。
やるべきことに優先順位を付け、それに応じて時間を配分する。仕事や学業においても同様で、常に自分の能力を把握し、適切に振り分けるのがポイント。
黙って話を聞いていた由良。まだ釈然としないらしい。
「だったら運動神経の良さは? どのスポーツもまるで経験者じゃない」
「あれも自己管理の成果よ。私は日頃から体と向き合い、力のコントロールに努めているわ。これはあらゆる競技に通じる。成長期でもある体は常に変化するから、日々のアップデートは欠かさないように心掛けているの」
「アンドロイドか。あんた、人生の楽しみをバッサリいってるわね」
「そんなことないわよ。会社を大きくするのは楽しいし」
高校進学に伴い、経営する会社は取引先が一気に増えた。来年から新プロジェクトやサービスが続々始動するとあって、現在は火を吹く忙しさ。
私も由良とお喋りする一方で、仕事はきちんとこなしている。
スマホを操作しながらつい笑みが。
「計画通りに物事が進むのは心地いいわ」
「腹黒さがにじみ出てるわよ。と、もうこんな時間。理津、行きましょ」
私達が帰り支度を始めると、「どこへ?」と享護。
「木倉家のホームパーティーに招かれているの。打ち合わせも兼ねてね」
私の会社と由良父の会社はすでに提携関係にある。由良の家に何度も泊まりに行っているので、私生活でもつながりは深い。
ちなみに、今日は十二月の二十四日、クリスマスイブだった。
一年でも指折りの、孤独が身に沁みる日。部屋に一人取り残されることになった享護は、親友のハムスターと戯れている。
「イケメンのくせにイブにボッチ……、なかなか趣のある風景ね。ところで享護、うちのパパは理津を養子にしたいと思ってるわ」
唐突な由良の発言に、彼は眉をひそめた。
「理津を欲しがってるのはあんただけじゃないってことよ。この女はあちこちにパイプをつなぎまくってる。もう争奪戦ね」
「そういうお話はいくつかいただいているわ」
私が相槌を挿むと、由良は「奥手のままじゃ負けるわよ」とビシリ。
享護は手の中を覗いた。
勇太郎に無言で何か語りかけているように見える。
「……由良、俺もパーティーに行っていい?」
「どうぞ。ママに連絡しておいてあげる」
発破をかける形になった由良は、思わずため息。
私の視線を受け、足早に部屋を出る。
本音を言えば、由良には享護の恋路なんてどうだっていいに違いない。むしろ、うまくいったらいったで全然面白くない。
それでも、わざわざお節介を焼いたのは……。
「あんたが姉になるのだけは断固阻止する!」
やっぱり、背に腹は代えられないということね。
「たとえ来世でも! 理津の妹には絶対になりたくない!」
次話、リズテレスの現世ラストです。
ちなみにトラックではありません。
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