26 [黒原理津] 入学
私、リズテレスには、ここと異なる世界で生きた記憶がある。
前世の私、黒原理津は孤児として施設で育った。
だけど、自分の境遇を嘆いたことはない。むしろ恵まれていると思った。生まれたのが、長く大きな戦争がない時代の、経済的に豊かな日本という国だったのだから。格差や偏見などはあるが、努力次第でどんな未来も描ける。
大切なのは、しっかり計画を立てること。
私は周囲が呆れるほど用意周到な少女だった、らしい。
それが形となって現れたのは小学四年生の頃。夏休みの自由研究で『若手起業家の傾向と分析』という論文をまとめ、担任教師や同級生達を唖然とさせた。
こんなものを書いた訳は、私が掲げた目標にある。
まず自身が経済面で自立し、その後、暮らしている施設を支援する。
施設は寺社を営んでおり、住職の女性が両方をきりもりしていた。台所事情は厳しく、補助金と檀家の厚意で何とかやっている状態だった。
さて、件の論文発表後、いよいよ計画を実行に移す。中古のパソコンでアプリを開発。マッチングサイトを運用する会社を起こした。
中学二年生になった頃には事業も軌道に乗り、目標は成就に至る。
「母さん、今月分を振り込んだから確認しておいて」
「だからお金は理津の将来のために……、もう言うだけ無駄か。ありがと、大事に使わせてもらうよ。表にあんたの秘書さんが来てたけど、今から?」
法事から帰ってくるや、施設の代表、清川貴子は缶ビールをプシッと開けた。私達子供は彼女を母さんと呼び、まるで大家族のような雰囲気がここの特徴。
私もそんな空気をとても気に入っている。
「ええ、これから出社なの。そうそう、将来といえば」
スマホ片手に動き回りながら、卓上のタブレット端末をトトンと叩く。
「進学先はここに決めたわ」
「ここって、本気? 理津の成績なら高校は選び放題だろうけど、よりにもよってこんなとこ。いじめられたりしない?」
「大丈夫よ。困った時はきっと友人達が助けてくれる」
私が選んだのは都内にある私立高校だけど、少し特殊ではあった。
生徒の多くが各界の有力者の子女。将来を見据え、多方面につながりを築く目的で作られた学校になる。
私が設定した次の目標もまさにそれ。人脈の開拓だった。
そして、計画通りに高校入学を果たす。
これを機に施設を出て一人暮らしすることにした。出発の日は下の子供達が泣き叫んで大変な騒ぎに。施設が大家族ならば、私は一家の大黒柱。「私の家は変わらずにここ。しばらく単身赴任するだけよ」という言葉が、我ながらやたらとしっくりきた。
とにかく母さんが心配しすぎたせいで、私はあたかも、怪物達の巣窟にでも乗りこんでいくように思われていた。
入学から一か月が過ぎたある日の放課後。
「調子乗ってんじゃないわよ! 私がその気になればね! あんたの会社なんて簡単に潰せるんだから!」
言い放ったのは私のクラスメイト、木倉由良。こんなセリフは彼女も口にしたくなかったに違いない。その言い分を少し聞いてあげてほしい。
木倉由良
私、木倉由良は、通販サイト会社を作った父に憧れ、中学時代に自らも起業した。また、巷で学生起業家が流行っていたのも理由として大きい。
だけど、学生で成功するには経験不足を補う何かがないと厳しいのが現実だ。
私には特段なく、会社はあえなく倒産。父に助けてもらっている。
そんな折、この高校の存在を知り、自分を鍛えようと入学を決意。
地元の公立高校に進学予定だった私は、偏差値を15上げるために猛勉強した。
必死の思いで勝ち取った合格だが、気を緩めてはいけない。
ここは怪物達の巣窟だ。
特に警戒すべきは、大手IT企業会長の孫、巨大病院グループ理事長の孫、某大物政治家の孫、世界有数の電機メーカー社長の孫。
同学年となる彼らを私は孫4と名付けた。人の上に立つべく育てられた者達。首席入学も四人の誰かだろうと予想できた。
ところが、首席になったのは黒原理津という何のバックグラウンドもない女。
まあ、勉強だけなら他にもできる子いるか。
同じクラスになったこともあり、私は彼女を意識し始める。
黒原理津は普通ではなかった。家の名前がステータスの半分を占めるこの学校で、自分が孤児であることを隠そうともしない。
にも関わらず、その人気は凄まじかった。休み時間になれば、他クラスどころか上級生まで理津に会いに来る。
確かに成績優秀で顔も割と美人だけど、そこまでもてはやす?
正直面白くなかった。
もちろん一番引っ掛かったのは、学生起業家として成功している点。
モヤモヤが続いたある日の体育でそれは起こった。
理津は当然のように運動神経も良く、この日のバレーでも存分に発揮。プロ選手顔負けのジャンプサーブを連続で叩きこんできた。私狙い撃ちで。
どこにいても、ピンポイントで弾丸サーブが飛んでくる。
チームが惨敗した後、涙目で理津に詰め寄った。泣いてはいないよ。
「黒原さん! なんで私ばっかり狙うの!」
「だって相手の弱点を狙うのがセオリーでしょ。あら、ごめんなさい。弱点なんて言っちゃって」
クスクス笑う理津を見て、モヤモヤが爆発した。
放課後、彼女はなぜか一人スマホをいじって帰る気配がない。
やがて教室に二人きりとなり、ついに私は動いた。
そして、「――簡単に潰せるんだから!」発言に至る。
「そうね、木倉さんの家がその気になれば私の会社なんて……。困ったわ」
顔を曇らせる理津。
美少女が覗かせたその表情で、私は一瞬で罪悪感に襲われた。
ごめん! と謝ろうとした矢先のこと。
理津は口角をくいっと上げ、
「ねえ、どうすればいいかしら?」
教室の出入口に視線を向ける。と同時に、扉が開いた。
「だったら、俺らがその気になれば君のお父さんの会社も簡単に潰せるんだよ、とでも言うしかないでしょ」
そう言ったのは大手IT企業会長の孫、武崎享護だった。
彼を先頭に四人の男女が教室に入ってくる。その顔ぶれに、私は叫ばずにはいられなかった。
「まっ! 孫4!」
「いや、何その呼び名。それよりさっきの発言、取り消さないの?」
一人でも危険な四人から揃って見つめられ、私は硬直。
「……取り消す、取り消します。ごめんなさい」
「はい、これで解決ね。君が理津に咬みつくの廊下で待ってたんだよ、俺ら」
享護はため息交じりで適当な席に座る。
これに私は「どういうこと?」と理津に尋ねていた。
「木倉さん、日頃から私を気に入らないと思っていたでしょ? だからこちらからアプローチして解決を図ったの。バレーの時は悪かったわね」
「そう、だったんだ。解決してくれて、ありがとう……」
つまりは罠にはめられて完全にマウントされたわけだ。でも、私はあまりの状況に頭が回らず、なぜかお礼まで言っていた。
木倉由良 了
以上が由良の言い分、とプラスアルファ。
バレーも含めて、少しやり過ぎたと思う。
彼女は完全にマウントされたように感じたかもしれないけど、私にはそんなつもりはなかった。
木倉由良という人間を、私はとても気に入ってしまったのだから。
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