208 [ユラーナ]黒幕
コーネルキアが五竜ブレンギラ領に攻撃を開始して一か月が経ったわ。
すでに配下の将軍は二人(二頭)討ち取っている。このタイミングで相手方から停戦協議の申し入れがあった。あちらはなんとブレンギラ本人が直々にやって来るらしい。その代わり、こちらにも国王様夫妻とその養女である私の出席を求めてきた。
……いや、どうしてリズテレスじゃなくて私?
このことを彼女に尋ねたら、どうやら全て計画の通りだそうで、「安心して私に任せてちょうだい」と満面の笑みで返してきたわ。
……不安しかない。前世も含めて私はこれまで彼女に色々と利用されてきたけど、今回はかつてない大変な事態に巻きこまれている気がする……。そういえば私この前、総司令官に任命されたような……。
リズテレスの差配で協議の場は王都から遠く離れた大草原の真ん中に作られることになった。周囲には半径数キロメートルに渡って民家一つないわ。
簡易的に作られた青空会場にて、設置された長テーブルの片側に国王アルゼオン様、王妃フローテレス様、そして私が着席していた。
私達の他には、協議の進行を担当するジルさん、メイド服を着たシエナさんはじめ特務魔女部隊の皆がいる。
私と王様達の緊張が伝わったのか、ジルさんがこちらに視線を向けた。
「何の心配もありませんよ。仮にブレンギラが神獣化しても、私とシエナさん達とで皆様をお守りします」
「……やっぱり不安です、相手は千年以上力を蓄えた神クラス中の神なんですから」
私の言葉を聞きつけたシエナさんが慣れない手つきでお茶の入ったカップを差し出してきた。
「大丈夫ですって! 私達の合同防御魔法なら神の攻撃だって防げます!」
「まあ、向こうが(神獣化して)攻撃を仕掛けてくる暇なんてないでしょう」
そう言ってジルさんは、少し離れた所に設営された大きなテントを見つめる。
私も彼女と一緒にテントを眺めた。中の様子は全く見えないが、あそこに何が準備されているのかは聞かされている。
「本当に、頼んだからね……」
私がこう呟いた約五分後、草原の中を遠くから一台のきらびやかな馬車が走ってくるのが見えはじめる。到着するとそこから下りてきたのは一人のほっそりした男性だった。
……結構意外だわ。向こうは体格を自由に選べるんだから、もっとがっしりした体つきだと思ったのに。
間違いなく彼が五竜ブレンギラで、その人型形態だろう。身長も百八十センチないくらいで威圧感もないけど、その体に秘めたマナは大変なものを感じる。おそらく現状でもジルさんより少し多いくらいかな。ということは神獣化すれば今の倍。やっぱり五竜はとてつもない怪物だったわね……。
ブレンギラが下りると、馬車は来た道を引き返して帰っていった。
これがこの世界の恐ろしいところだ。目の前にいるのはたった一人の男性だが、彼は(以前の世界で言えば)何万もの軍隊と主力の軍事兵器を合わせたような戦力を備えているんだから。
椅子に座ったブレンギラはまず私の顔をじっと見つめてきた。
「あなたがユラーナ姫様で、間違いありませんか?」
「はい、私がユラーナです……」
それだけ尋ねると彼はアルゼオン様と挨拶を交わして会話に入った。
……本当にこの人(神)はリズテレスの言った通りの感じだわ。
彼女は自分とブレンギラは似ている部分があると話していた。
『効率重視で物事を考え、世界をシンプルに捉えるところよ。無駄や隙がないようにも思えるけど、思考がシンプルなだけにその行動は読みやすい。私にもそういう部分があるからね。でも、私はそれだけじゃなくてきちんと愛を知っているわ』
あの女は恥ずかしげもなく平気で愛とか口にするのよ……。
リズテレスによればブレンギラは統治者として決して無能なわけではなく、領民達が苦しい生活を強いられているのには別の理由があるという。それは彼が己の目的以外には全く興味を向けず、人間に関して言うなら徹底的に無関心だからだ。
今、こうしてブレンギラを前にしているとその通りだとよく分かる。
彼はアルゼオン様との会話の合間も、確認するようにあちこちに視線をやっていた。進行を務めるジルさん、さらにはメイドを務める魔女達一人一人を念入りに。
チェックが済むと彼は傍らに設置されたテントに目を向けた。
「失礼でなければ、あちらには何があるのか教えていただけますか?」
これを受けてジルさんがメイド達にテントの入口を開けるように指示。
「ささやかながら宴の準備を整えています」
確かに中には人がおらず、料理や飲み物が並べられているだけだった。
それらを興味なさげに一瞥したブレンギラは不意に席を立つ。
「せっかくですが遠慮しておきましょう。協議はここまでです」
「それはつまり、交渉決裂ということでしょうか?」
ジルさんが尋ねると彼は表情を変えることなく言った。
「ええ、今からここにいる全員を殺しますので」
会談前と同様にブレンギラは私に視線を寄こす。
「最も警戒していたのは黒幕であろう得体の知れないユラーナ姫様でしたが、何のことはない、事前の情報通り少しマナが使えるだけの人間の子供でした。まあ、頭の方はよく回るのでしょうが。それよりよほど怖いのはあなたです」
と彼はジルさんを指差した。
「人とは思えないマナ量に、戦闘経験も相当なものですね。また、周囲にいるメイド達も実力者ばかり。ナンバーズと呼ばれる者達もいるのでしょうが、私を相手にするには準備が足りませんでしたね」
活舌よく喋っていたブレンギラだったが、ここで一旦言葉を切った。眉をひそめてぐるりと私達の顔を見回す。
彼の予想ではこの段階で私達は慌てふためき、恐怖にゆがんだ表情をしているはずだったんだろう。しかし、私や皆の頭に浮かんでいた言葉は共通してたった一つ。呆れた、この一言だけ。
だって、ブレンギラは事前にリズテレスに見せられたシナリオ通りに行動し、ほぼそこに書かれた通りのセリフを喋ったんだから。
「交渉決裂だそうですよ」
ジルさんが無人のテントに向かってそう言った瞬間、これがスパーンと勢いよく上空に舞い上がった。現れたのはリズテレスと、〈認識擬装〉を解除したミユヅキさん、そして特務親衛部隊の隊員達。
鎧姿のリズテレスが微笑むとその体から黒いマナが溢れ出す。
「はじめまして、コーネルキア王国第一王位継承者のリズテレスです。ご心配には及びません。こちらの準備は万端ですので」
この時になって初めてブレンギラの表情が焦ったものに変わった。彼も全てを理解したんだと思う。
そう、その女が黒幕よ!
本日、ジャガ剣のコミック3巻が発売になります。
お察しの方もおられるでしょうが、残念ながら商業ジャガ剣はこれにて終わりとなります。
残念ではありますが、たぢま先生がジャガ剣らしい賑やかなラストで締めてくださったので、コミックの方はこれで割と満足だったりします。
皆さん、ジャガ剣コミック、よろしくお願いします。
まとまりのいい手頃な分量の漫画になっていると思います。
それで、小説の方なのですが、私は決意を固めました。
ジャガ剣はこの小説家になろうで完結まで書きます。
小説や漫画を買ってくださった方々に申し訳ないですし、私にとって初めての商業作品でもありますので最後までいくと決めました。
……ただ、かなりのスローペースになりそうです。
今年はあと一回、いえ、何とか二回は投稿したいと思います。
来年のどこか辺りからはどうにか月一ペースで……。
おそらく完結までに数年かかります。
皆さん、これからも末永くよろしくお願いします。
ジャガ剣がラストまで読めるのは、小説家になろうだけ。










