207 トレミナ領主の初仕事
特務コルルカ部隊がコーネガルデに帰還してから一週間が経過した。
配下の将軍を倒したということは、コーネルキア王国とブレンギラ領は本格的に戦争状態に入ったということだ。だけど、向こうからコーネルキアに攻めてくる心配はないと思う。
危ないのは一番近いトレミナ領だけど、境界である自分の山脈に赴いたキルテナの話によれば、逆にブレンギラ領の竜達が次々に投降してきている状況らしい。彼女は「キルテナ軍団を作ってるから楽しみにしてろ」とか言ってたね。トレミナ領としても助かるし、今まで竜族はキルテナ一人(一頭)だけだったから同族の仲間ができるのは喜ばしいことかもしれない。
それで私はといえば、コーネガルデのマイホームでいつもと変わらない生活を送っている。
学園で教師をしたりジル先生から勉強を教わったりしている以外の時間は、ほぼ家の庭で家庭菜園をいじっていた。これが私本来の姿な気がする。
菜園の中には私以外にもう一人、モアが一緒に入って作業を手伝ってくれていた。
「……お姉ちゃん、この辺りでいいですか?」
「うん、どれでもいいから抜いてみて」
言われるままに小さな私が目の前のジャガイモの茎に手をかける。引っこ抜くと土の中から直径二十センチほどのジャガイモが四つ連なって出て来た。
「こんなのが収穫できました」
「数はもうちょっと増やしたいけど、大きさはまあまあかな」
私達のやり取りに、菜園の外で眺めていたセファリスが呆れたような視線を送ってくる。
「どこがまあまあよ、ありえないサイズじゃない」
「この大きさでもちゃんとしっとりホクホクで美味しいイモだよ」
「知ってるわよ、近頃は毎日食べているんだから……」
菜園の土は私の〈地霊耕起〉の魔法で耕したものだ。初めて使った時とは違い、私はもうこの魔法をコントロールできる。周囲を地盤沈下させないのはもちろんのこと、地属性に変換したマナを土の中にそこそこ上手に配合できるようになってきた。それはこんなキャベツのような大きさのジャガイモがわずか数日で作れるほどに。
まだ目指す高みには辿り着いていないけど、どうにか間に合った感じだ。
そう、私にはこの〈地霊耕起〉を急いで仕上げなきゃならない理由があった。たぶんもう今日辺り……、ちょうど戻ってきたね。
鎧姿のライさんとリオリッタさんが門を開けて庭に入ってくるところだった。
「お二人共、ご無事で何よりです」
私がそう声をかけると、まずリオリッタさんが笑顔を弾けさせた。
「ふっふっふ、見事にブレンギラ配下の将軍を討ち取ったわ!」
コルルカ先輩達が帰ってきてすぐに、入れ替わりで今度はリオリッタさん達が出発していた。
意外なことにリオリッタさんが、ぜひ行かせてほしいと志願したんだとか。何でも、ナンバーズが今のメンバーに固定されて以来、彼女は追い詰められていたらしい。口を開けば「このままじゃ私、皆からナンバーズ最弱の人って呼ばれる……」と呟いていたそうなので。
「でもこれでもうそうは呼ばれない! 私だって二分の一だけど剣神になったわ!」
高らかにこう宣言したリオリッタさんに、セファリスは訝しむような眼差し。
「本当はほとんどライさんにやってもらったんじゃないですか?」
「……否定はしないけど、私も結構頑張ったわよ」
これに対して、ライさんはその美しい顔にいつもの穏やかな微笑みを湛える。
「うん、リオも一応しっかり戦ったよ。リオの毒属性は神クラスにもそれなりに有効だから」
「私の取り柄はそれだけだしね……」
ライさんは今回剣神になれたのかもしれないけど、別にあまりそこにはこだわってない気がする。ともかく、二人が無事に任務を達成できてよかった。
そして、これでブレンギラ領の将軍は半分にまで減った。リズテレス姫の予想によればいよいよ五竜ブレンギラ自身が動くはず。私も準備に入らなければならない。
「じゃあお姉ちゃん、私はトレミナ領の本拠地に向かうからこっちのことはよろしくね」
「普通にノサコット村に帰省するって言えばいいじゃない。こっちはルシェリス母さんがいれば姫様達のバックアップは充分だし、私も一緒に行くわよ」
セファリスの発言を受けて、掘り起こしたジャガイモの土を払っていたモアがこれを一つ手に取って立ち上がった。
「わ、私も行きます……! このジャガイモを持って……!」
リオリッタさんが首を傾げながら持参した冷却箱を前に出す。
「何をするつもりなの? トレミナちゃんにこの神の稀少肉を調理してほしかったんだけど(本当は売り払ってお金に換えたかったんだけど)」
「あ、ではその肉を料理してから出発します。実はブレンギラ領の現状を知ってから計画していたことがありまして」
あの地に暮らす人々は本当に日々の生活にも困っている。私は領主になったってその力で特別何かしようなんて考えていなかったけど、そうもいかなくなった。できることがあるならやらないと。リズテレス姫も、いかにも私らしいと背中を押してくれた。
私はモアの手からジャガイモを受け取る。
「トレミナ領はブレンギラ領に軍事侵攻してその領地を奪い取ります。このジャガイモの力で」
領地経営に関する諸々のことはコーネルキア本国の方で引き続きやってくれているので、これが私の領主としての初仕事になる。










