206 [マチルダ]女王の器
長らくお世話になった主に別れを告げ、私は一路西へと空を飛んでいた。
……ヴィオゼーム様がコーネルキアと停戦した時から予感はあった。だけど、まさかこんなに早く二十将を狙ってくるなんて……。
申し遅れたけど、私の名前はマチルダ。美しい薄ピンク色の鱗が自慢の【災禍怨竜】よ。五竜ブレンギラ様配下の将軍、ザンデュガ様に側近として仕えていたわ。ついさっきまで。コーネルキア王国の精鋭部隊の襲撃を受け、急遽出奔することになったの。
……だって仕方ないでしょ。目の前に立ちはだかっていたのは、最上位の中でもおそらく相当な実力者であろう兎神と、ありえないマナ量の人間(きっと噂の破壊神ね)だったんだから。あんなのセットで来られたらザンデュガ様だって危ういのに、私なんてひとたまりもない。
ザンデュガ様の〈雷の息〉を止められる奴もいたし、あの方も今頃はもう……。自分本位の俗にまみれた主だったけど、それほど悪い神獣ではなかった。ご冥福をお祈りします。
やっぱり私は不忠義者ということになるのかな。
そう罵られたとしても、どうしてもこのブレンギラ領のために命を張る気にはなれない。
地獄のような修羅の森で私が夢見ていたのは、人間からも真に慕われる立派な女王様に仕えること。噂に聞いていたドラグセンはまさにそういう国だった。そこで私は女王様の側近になって、いつしかお姉様と呼ばせていただく仲になって。
しかし、私の理想は脆くも崩れることになった。最初に降り立った地がブレンギラ領だったのが運の尽き。ここは独裁君主(男)が支配する不毛の地だったのだから。どうやら私が噂に聞いていたのはエデルリンデ領のことらしかった。
ああ……、お姉様から『マチルダ、お前の鱗は本当に綺麗ね』と褒めてもらう私の夢が……。
今からエデルリンデ様に再雇用していただけないだろうか。……簡単に主を乗り換えるみたいで印象悪いよね、行きづらい……。
ちなみに、私と一緒に戦場を離脱したもう一人の側近(【滉仙月竜】の彼)は、しばらく野良の森で暮らすと南へ飛んでいった。国家間の争いというものに疲れたようだ。
私はこれからどうしようかな。まだ人型ライフを満喫しきってはいない感じがする。何しろブレンギラ領は不毛の地だったので。
とりあえず下に見える山裾に降りて、何か食べながらどうするか考えよう。
と飛ぶ高度を下げたその時、当の山裾から一人の少女がマナの翼で上昇してきた。金髪を無造作になびかせ、年齢は十二歳くらいだろうか。彼女は私にビシッと指を突きつける。
「止まれ、そこの竜。ここは私の山脈だぞ。……あれ、お前どこかで見たことあるな」
キ、キルテナ……! ……しまった、ここはキルテナ山脈だったんだ。
いや、コーネルキアが一方的にそう宣言してるだけでドラグセンは全く認めてないんだけど。
私はこの子がまだヴィオゼーム領にいた頃に何度か会っている。とにかく自由な子だからあちこちウロウロしていたのよ。(挙句の果てに、コーネルキアに捕獲された)
なんかあの頃より迫力が増した気がする……。
でも十年ちょっとしか生きていない神獣が生意気よ! 教育してあげるわ! ここをマチルダ山脈にしてやる!
私が攻撃態勢を取ったのを見て、キルテナの体が光り始める。
現れた黄金の竜、【煌帝滅竜】がおもむろに前脚を薙いだ。
ゴオオォォォォ! ズダンッ!
突然出現した巨大な炎の爪が、上から被さるように私に襲いかかる。なす術なくはたかれ、勢いよく地面に落下した。
……こ、この子、マナを抑えてたんだ。同格とは思えないこの攻撃力……。
そして、さっきのは気のせいじゃなかった。
大地に伏す私の前にキルテナが降り立つ。睨みつけてくるその眼差しはまるでヴィオゼーム様だった。
射抜かれた私の口は無意識に動いていた。
「参りました……、マチルダ山脈にしようとしてごめんなさい……」
「マチルダ? そうだお前、ザンデュガのとこのマチルダだったな。……ああ、ということはコルルカ達が接触したのか」
黄金の竜は少し考える仕草をした後にため息をつく。
「行く所、ないんだろ? ここにいていいよ」
「え、いいんですか?」
「構わないよ、他にもいるから」
「他にも……?」
キルテナが顎で指すと、森の中からぞろぞろと人が出て来た。人間ではなく、いずれも神獣の人型だ。……しかも、全員知っている顔だわ。
ブレンギラ領の元同僚達が決まり悪そうな表情で並んでいた。
「あんた達! てっきりやられたと思っていたのにキルテナ山脈に逃げこんでいたのね! 私も偉そうなこと言えないけど!」
「どうせなら私の軍団を作ろうと思ってさ。ここにいる全員、入りたいそうだ」
キルテナがそう言うと、竜神の人型達は一斉に片膝をついた。
……私だけじゃない。皆、感じ取っているんだわ。この子の中に芽生え始めた女王の器を。
私に視線を移してきたキルテナは言葉を続ける。
「まだブレンギラ領から流れてきそうだから、もう少ししたらまとめてコーネルキアの守護神獣にしてもらおうと思ってる」
「敵だった私達をですか?」
「私も元は同じ立場だったし。この前も王国を乗っ取ろうとしてた狐神を守護神獣にしてたから、全然いけるはずだ。誓約書にサインさせられるかもしれないけど」
コーネルキアは生活水準が高いし守護神獣と人間との関係も私の理想に近い! 人型ライフを満喫できる!
……いえ、そんなこと抜きにしても私はキルテナに魅かれている。この子の成長速度……。お姉様とは呼べそうにないけど、いずれヴィオゼーム様をも凌ぐ、私の想像を遥かに超えた女王になる予感をさせられるわ。
キュイ――――ン。
人型になった私は黄金の竜神に向かって片膝をつく。
「私をあなたの側近にしてください」
「いきなり側近とかあつかましいだろ……。まあ、今後の活躍次第だな」
皆さん、今年も大変お世話になりました。
おかげさまで、小説、コミックを出せた年になりました。
非常に心苦しいのですが、またしばらく「なろう」への投稿をお休みさせていただきます。
メイデスの方、もう次に取りかからなくてはならなくて……。
来年もどんな年になるか全く予想できませんが、とにかく頑張ります。よろしくお願いします。
『トレミナの年越し IN 異空間』
どうやら今回から私達は何でもありの異空間で新年を迎えることになったらしい。
場所がどこであれ、家族が揃って年越しできるのは有難いことだ。
ちなみにマイホームごと転移してきているので、窓の外さえ見なければ普段の日常と変わらないよ(外は何だかモヤモヤした空間が広がっている)。
リビングに目をやると、セファリス、キルテナ、モア、ルシェリスさんの四人がすでにテーブルについていた。皆の前にはおそばをセッティング済み。
年越しそばは天ぷらそばにしてみたよ。
キルテナが怪訝な顔でどんぶりを覗きこむ。
「この天ぷらそば……、どうもおかしい」
「…………? エビの天ぷらと野菜のかき揚げが乗った、普通のおそばだと思いますが……?」
同様にどんぶりを眺めていたモアが首を傾げると、セファリスがかき揚げにお箸を入れた。
「……このかき揚げ、ほぼジャガイモで構成されてるわ」
…………、バレたようだ。
あのかき揚げは刻んだジャガイモが九割を占めている(残りの一割はにんじんとたまねぎ)。おそばにどうにかジャガイモを入れようと苦心した結果、こうなった。
「イモに執着しすぎだろ……」
言いつつキルテナがかき揚げに齧りつく。
セファリスとモアもおそばを食べ始めたが、ルシェリスさんはどうも食が進まない様子。ぼんやりと窓の外のモヤモヤを眺めている。
ふむ、心の中もモヤモヤしてるみたいだね。おそば伸びますよ。
やがてルシェリスさんはポツリと呟いた。
「……私(兎)の年が暮れていく。……今年も最終進化できなかった」
すると、キルテナが勢いよく椅子から立ち上がった。
「来年は私(竜)の年だ! キルテナ軍団もできたし!」
「だけどキルテナ、作者はしばらくお休みを宣言したよ」
私の言葉に、竜の少女はゆっくりとこちらを振り返る。
「再開はいつだ……?」
「とにかくメイデス2巻はまだ文字数0だからね。〆切まで所要時間の倍貰ったみたいだから、早く仕上がればその辺りで書くつもりみたい。でも未来のことは分からないって」
「早く仕上がればまったりお酒を飲んでそうな気がする……。とりあえず頑張れと伝えてくれ」
「分かった」
こんな作者と小説ですが、来年もどうぞよろしくお願いします。










