2 姫との出会い
観光のつもりが、そのままセファリスと一緒に学園へ入学することになった。
九歳にして人生の計画が崩れていく音を聞いた気がした。
ゲートを抜けた先には、信じ難い光景が。
「街だ。壁の中に街がある。……王都より大きい」
「ここが王国の守護者、要塞都市コーネガルデです。あなた方の学園の他、騎士団本部、宿舎や訓練施設、あと魔導研究所など、とにかく色々あります。王都にあるものは大体揃ってますね。ないのは城くらいですか、ははは。学生にしろ商人にしろ、都市に出入りする者には守秘義務がありますので後で説明しますよ」
案内役の話を聞きながら思った。
大変な所に来てしまったと。
コーネガルデ学園は四年制で、一学年の生徒数は約千人。入学者は国中から集まってくる。年齢はバラつきがあり、一年生は十代前半が多い。
私とセファリスはかなり若い方になる。
学生には国の機関で働く者と同等の給与が支払われ、私達も受け取ることに。九歳と十歳にして毎月十七万ノアの収入を得た。
ノアは世界の統一通貨。王都で買ったポテトは二百ノアだった。
あり余るおこづかいで買い物に走る姉に、私はこう言うしかなかった。
「お姉ちゃん、成金みたいだよ。少しは自重して」
でも、それも休日ぐらいで、普段は寮と学校の往復で一日が終わった。
学園の授業は大きく四つに分類された。
年齢別の教養座学、戦術やマナを学ぶ専門座学、様々な実技、錬気法の実践。
四つ目、錬気法とは生命や力の源であるマナを操る技術。私達はマナを認識する段階からなので、それにほぼ一年を費やす。
生徒達にはこれが一番の苦行になった。なんせ、形的にはひたすら瞑想するだけなのだから。つい居眠りしてしまう子も。
「はぁ、真面目にやらないと来年泣くことになるのに」
教師のこぼした言葉が気になった。
それより、私にとっては瞑想よりも実技の方が辛かった。何をやっても誰にも勝てない。木剣を使った手合わせも、かけっこも遠投も、年上はもちろん同年齢の生徒にも全く敵わなかった。最初は意識しないようにしていたが、一か月、二か月と経つ内に段々と耐え切れなくなり……。
ある夜、私は持てるだけの荷物を手に部屋を出た。
考えてみれば、当然の現状だ。
同級生達は騎士を志すだけあって私よりずっとアクティブだし、姉同様に自主練を積んできている者もいる。そもそもこっちは望んで入学したわけじゃないし、卒業しても騎士になるつもりはない。
言い訳ばかり頭に浮かぶ。消せない感情を誤魔化すように。
……悔しい。
初めて芽生えた気持ちだった。
ゲートに向かっていたはずが、街のベンチで動けなくなってしまった。
「あなた、大丈夫?」
顔を上げると、そこには、初日に見掛けた白い髪の少女が。
隣に座ってきた彼女は、まず自分のことを話し始めた。驚いたことに少女はこの国の姫で、コーネガルデにはよく来るのだという。
それから気付けば、私は誘導されるようにここに至る経緯を話していた。
「そう、でもこうしている時点で答は出ているんじゃない? 少し待ってて」
と場を離れた姫は程なく戻ってきた。手に何か持っている。
「フライドポテトを買ってきたわ。ジャガイモはあなたの故郷のものよ」
受け取った私はそれをじっと見つめた。
確かにもう答は出ていた。自然と口が動く。
「……私、もうちょっと頑張ってみます。ジャガイモも頑張ってるし」
「え? ええ、あなたならできるわ。……故郷を思い出して、奮起してほしかっただけなんだけど。ジャガイモが……? 頑張っている……? まあ、ここは結果良しとするべきね」
姫は無理矢理何かを呑みこもうとしているようだった。申し訳ないことを言ってしまったかもしれない。
やがて彼女は態勢を立て直した。
「一つ、いいことを教えてあげる。あなたにはきっと錬気法の才能があるわ。私はそういうのが分かるの」
「私に才能なんて、あるはずないです。全てにおいておっとりなんですから」
「まさにそれこそあなたの才能。私の見極めが正しければ、あなたの精神は並外れて強靭よ。これは錬気法ではとても重要なこと。二年生になれば世界が一変するはずだわ。私の名はリズテレス。いずれまた会いましょ、トレミナさん」
そう言い残し、リズテレス姫は去っていった。
世界が、一変する?
信じ難いけど、……信じてみたい。
私もとりあえず寮へ戻ることに。
門限をずいぶん過ぎての帰宅。
と、建物全体がやけに騒がしい。
猛獣でも入りこんだのか、物が散乱し、ガラスも割れていた。寮母さんが「よかったトレミナさん! あれを何とかして!」と叫ぶ。
すると、扉を蹴破ってセファリスが。
私を見るや、涙を散らしながら抱きついてきた。
「お姉ちゃんをおいて出ていくなんて! 二度とやめて! 分かったわね!」
「うん、お姉ちゃんがどうしようもないってことはよく分かったよ」
絶対に帰れない理由もできた。
次話、早速世界が一変します。
お読みいただき、有難うございます。
どうぞごゆっくりお楽しみください。