199 [コルルカ]ブレンギラ領の実態
ミラーテさんの行き過ぎた行動があったものの、とりあえず食糧が手に入ったので町の広場で昼食にすることにした。
ハムや野菜の挟んであるパンを一口齧ったエレオラが硬直する。
「こんなもん、パンじゃねえ……」
確かにすごく硬くて味気ない。コーネガルデ一とも言えるパン職人の娘としては、到底許せるものではないのだろう。
しかし、ニルレイアも少し食べただけでパンを置いていた。
「なんか野菜もしなびてる。いくら私の家が貧乏でも、ここまで不味いものは食べたことないよ」
「一番マシそうなお店で買ってきたんだけどね……。あ、これは大丈夫なはずよ」
とミラーテさんは取り出した包みを開ける。
「キルテナ様が比較的美味しいと言っていた、豚肉を串に刺して焼いただけのやつ、よ。味はヴィオゼーム領より劣るかもしれないけど」
うむ、味付けも塩のみだから素材そのままの味だ。だが、豚肉自体が……。これは家畜もきちんと餌をもらってないんじゃないだろうか?
私達が進まない食事を進めていると、いつの間にか周囲に子供達が集まってきていた。じーっと私達の食べる様子を見つめてくる。
「コルルカ、これは……」
クランツが判断を仰ぐような視線を寄こす。
……そうだな、この状態では食べづらいし仕方ないだろ。
「……一緒に、食べるか?」
私がそう声をかけると、子供達の顔が一斉に輝いた。
我が隊の学生二人が不味いと言ったパンを、誰もが美味しそうに頬張る。
周辺にいた子供達もこれを見て次々に集まってきた。その数はどんどん増え……。
待て待て! 本当にどんどん来る!
私達の昼食用だからそんなにないぞ!
「わ、私もっと買ってくるわ!」
ミラーテさんが慌てて駆けていった。
彼女が買い出しに行っている間にも私達を取り囲む子供の数はさらに増え、数十人にまで。いや、これ百人以上いないか? もうちょっとしたイベントだ……。
すると、ニルレイアがスプーンを持って立ち上がった。
「私、歌おうかな」
「いらん……、この子達が欲しいのは食糧だろ」
期待に満ちた子供達の眼差しに急かされて広場の入口に目を向ける。
運よくちょうどそこにミラーテさんが姿を現した。しかし、彼女は一人ではなく、背後に数人の若者をひき連れている。
「さっきボコボコにした人達がまだ倒れていたから、買った食べ物を運んでもらったわ」
……つまり、殴り倒した輩を叩き起こして荷物持ちの子分にしたと。
自業自得ではあるが、こいつらも大変なのに絡んだものだ……。ここは部隊長として、一応謝っておいた方がいいだろうか。
子供達に食べ物を配る若者達の、リーダーらしき女性に足を向けた。
「私の仲間が手荒な真似をしてすまなかったな」
「いや、そもそも私らが……、って、子供……?」
誰が子供だ。むっとしてそう言おうとした矢先、ミラーテさんが私の後ろへ。
「口に気を付けなさい! この人、小さいけど私より強い、コー……、騎……、…………。強い人なんだから!」
今、明らかにコーネルキアの騎士と言いそうに……。
この人はまったく……、よくこれで以前は部隊を率いていたな。
驚きの目で見てくるリーダーの彼女に対し、私は話を再開させる。
「とにかく私は子供ではない。少なくともここにいる子達よりはずっと年上だ。それで、この子達は全員浮浪児なのか?」
「浮浪児もいるけど、多くは普通に家があるよ。でも、親の稼ぎが少ないから、日中はこうやってお腹を空かせて町に出てきちゃうの」
「そこまでひどい状況とは……。それにしても、ずいぶんとお前達になついているな」
「私らも元はこの子らと同じだったからね」
「それが今や犯罪集団か?」
「同年代でつるんでるだけだよ……。……ただ、お金を持ってそうな人がいたからちょっと借りようと……」
それ、返す気ないだろう。
だが、ブレンギラ領の民がこれほど困窮していたのは驚きだ。この地の舵取りは五竜ブレンギラを始めとした竜達が完全に握っているらしいが。
「守護神獣は何かしてくれたりしないのか?」
「竜神様? あの方々は私らを守ってくださっているんだから、それだけでも感謝しないと」
リーダーの女性は何かに疑問を抱く様子もなく、当然のようにそう述べた。
私が言葉を失っているとメイティラ様が「あのね」と口を挿んできた。
「世界には守護神獣が本当の神みたいに君臨してる国が結構あるのよ」
私だってそれは知っているし、私自身も国のために戦ってくれる守護神獣様方を敬っている。
けれどやはり、その神が政治経済あらゆる実権を握り、民を完全に支配するのは違う気がしてならない。
うーむ、人間でも神のように振る舞っている奴はいるが……。
結局私は、いや、コーネルキアという国は、治める人と神獣に恵まれているということなのだろう。だから、この地の現状が許せない。
南のヴィオゼーム領や南東のエデルリンデ領の助けを借りれば、人々はもっとまともな暮らしが送れるはずだ。助けは借りているのかもしれんが、それが全く皆に行き渡ってない。
……これは直接問い正す必要があるな。
五竜ブレンギラ、お前は本当に民のことを思っているのか?
「クランツ、ターゲットの元へ行くぞ」
「……コルルカ、分かってる? ターゲットは五竜じゃなくてその配下の将軍だよ」
……そうだった。まあ、この領地を支配する一角には違いない。
私は夢中でパンを食べる子供達に視線をやり、それから、先ほどのリーダーの女性の方に向き直った。
「あと少しでお前達を取り巻く世界は一変する。それまで頑張るんだぞ」
「え……、それってどういう……?」
すぐに分かるだろう。
おそらくこのブレンギラ領はドラグセンの中で最初にコーネルキアの一部となる。
リズテレス姫は当然この地の有り様を承知していて、救援の準備も進めているはずだから。
心配なのはトレミナだ。
もしこの現状を知れば絶対に黙っていない気がする。
あいつはおっとりしているが、自分の許せないことは断固として譲らない。そのことに関しては思い切った行動にも出たりするし。
…………、……む。
……トレミナ、領主として直接乗りこんできたり、しないよな?
あいつの家、家族だけでも相当な戦力だからな……。
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