193 恐るべき姉妹
我が家の庭で私は木剣を構えて立っていた。目の前には、グローブをはめてファイティングポーズをとるモア。
この子はしばらくカクカク震動を続けた結果、全てを丸投げした。
つまり、本能型モアの方と交代してしまった。
入れ替わった彼女は、当然のように私に訓練をつけてほしいと言ってきて、現在に至る。
内側に別人格を抱えているといっても、私の場合とは様式が違うみたい。
確認しておいた方がいいよね。
「モア、二つの人格の関係ってどうなっているの?」
「戦闘時以外は完全にあちらが主導権を握っている。だから中から怒涛の如くせっついてたんだ」
「そうなんだ……、ほどほどにしてあげてね」
ちなみに、私の場合はこんな風に他の人格と交代したりはできない気がする。
と思っていると、精神世界から声が上がった。
『マスターは我が強すぎるんだよ。もう絶対的だ』
『言ってみれば、マスターは世界そのものですわ。自分が世界と入れ替わろうなんて途方もないことでしょう?』
トレミナBとGがそう笑い合う。
私、そこまで自己主張は強くないと思うんだけど……。
残る一人、トレミナ熊はジャガイモ畑で静かに座禅を組んでいた。
どうしたの?
『明日、式典の最初にアレを受け取ることが決まっただろう? トレミナに恥をかかせるわけにはいかないからな、今から集中力を高めておくのだ。おそらく……、俺にとって過去最大の戦いになる!』
目を見開くと同時に、熊の耳がピコンと動いた。
……いやいや、じゃあかつての私との戦いはどうなるの。
まあ、中の人達との対話はこれくらいにしておこう。今はモアとの訓練に専念してあげないと。
小さな私はその口元に不敵な笑みを浮かべた。
「私の本能が告げている……。お姉ちゃんとの手合わせが強くなる一番の近道だと!」
本能型モアの本能が言っているならそうなのかな?
おっと、早速試合開始だ。
素早く私の間合いに入ってきたモアが拳を繰り出す。
対するこちらは木剣でガードの構え。
……この感じ、〈振貫〉だ。振動波で木剣を破壊しにくる。
前にルシェリスさんにこの技を見せてもらった後、一応の対応策は考えておいた。
振動波は私のマナを伝わってくるので、要は私側からマナを動かして波を分散させてやればいい。大事なのはタイミングだ。
ヴゥゥゥゥ……ン……。
私の木剣は破壊されることなくモアの拳を受け止めた。
これに、彼女は驚きを隠せない表情に変わる。
試合中に油断はダメだよ。
反撃で振り下ろした剣を、モアは〈流受〉で横に逸らせる。
それも想定済み。
剣を握っているのとは逆の左手で拳を作り、モアのお腹にそっと触れた。
「……私の負けだ、お姉ちゃん。あそこまで綺麗に〈振貫〉を外されるとは……、本当に完敗だ」
潔く負けを認めたモアは、その場で正座で座りこむ。そのままゆっくりと話し始めた。
「……私は、元々はただの本能の塊だ。だから衝動以外の感情で戦う術を知らない。だけど強くなるには今のままではいけないと分かる。殺す殺すと言っているだけではいけないと」
「だったら、殺すじゃなくて、守るって言えばいいんじゃない?」
私の言葉にモアは顔を上げた。
「モアはもうこのコーネルキアの守護神獣なんだから。それに、あっちのモアもバトルモア(彼女はこう呼ぶことにしたよ)が守ってあげなきゃならないでしょ」
「殺すじゃなくて……、守る……」
敵を倒すことだけがその存在意義だった彼女は、噛みしめるようにもう一度私の言葉を繰り返す。
けどバトルモアという呼び名は可哀想だったかな。ちょっと武器みたいだし。
謝ろうとした瞬間、モアはすっくと立ち上がった。
「分かった、これからは守るべきもののために己を鍛える。そっちの方が強くなれそうだ。そして、バトルモアという名は武器みたいでとても気に入った」
……あ、気に入ってくれたならよかった。
実は、本能なんかに人格を与える結果になって、本当にどうなるかと思ったんだよね。だけど、いい方向に作用してくれたようで一安心だ。
きっとこの子はこれからどんどん強くなる。
目指す場所がはっきりしたバトルモアは「もう一戦頼む!」と。
「いいよ。でもその前に順番ね。じゃ、二人は一緒にかかってきて。神技も使っていいから」
私が視線を向けると、傍らでのんびり観戦していた狐姉妹が途端に硬直した。
「わ! 私達もですか!」
すると、チカゲさんも微笑みながら娘達に目をやる。
「二人共、お相手してもらいなさい。先ほどの手合わせを見て分かったでしょう。トレミナ様は非常に高度な戦闘技術をお持ちです。必ずお前達の勉強になります。あ、トレミナ様、できましたら娘達に対してもその妹さんのように接してあげてくれませんか?」
「そうですトレミナ様! 配下の私達のことはミカゲ、リカゲとお呼びください! その方が影として認められたようで嬉しいです!」
「だったらそうさせてもらおうかな。ミカゲ、リカゲ、どんな手を使ってもいいからね。さあ、来て」
「どんな手、でもですか……?」
姉妹で顔を見合わせると確認するように互いに頷いた。
ん……? 何かまずいこと、言ってしまったかもしれない。
二対一の手合わせが始まった。
ミカゲとリカゲは息ぴったりの連携で早速攻撃を仕掛けてくる。
その武器は忍者らしい独特なものばかりだ。巨大な手裏剣を投げてきたり、巨大な鎖鎌で絡め取ろうとしてきたり。
待って、明らかに服に忍ばせておけない物が次々に出てくる。
戦闘を継続しながら、私はチカゲさんに視線を送った。
察した彼はニコリと笑う。
「色眼鏡ではありますが、娘達には他の守護神獣に負けていないと思うところがありまして。それは、次元の裏ポケットと呼ばれる異空間を自在に使えることです。とにかく生活が便利になりますので、この子達もこれだけは必死に練習していました。……あと、私も親心から少し破壊力の高い物を持たせています」
最後にボソッと気になることを言いましたね。
その言葉が嘘ではないとすぐに分かった。
リカゲが両手を前に差し出す。
「いつでもどこでもお弁当が食べられるのです! トレミナ様! リカゲのとっておき参ります!」
現れた直径二十センチほどの玉を五つ、ポポポンとこちらに投げてきた。
あれは……、危険だ。
トレミナ熊、瞑想中にごめん。手伝って。
『むぅ、仕方ないな』
神技〈雷壁〉、展開。
雷の防壁を構築した直後、五つの玉が空中で輝く。
ドドドドド――ン!
そこそこ大きな爆発が連鎖して起こった。
「トレミナ様! ミカゲもとっておき参ります!」
姉の方は私の頭上高くまで跳んでいた。手を伸ばした先に直径十メートルほどの大岩が出現する。
もちろん重力に従って私めがけて落下してきた。
こんな物体まで……。避けたら庭が壊滅する。
神技〈風薙ぎ〉、発射。
ギュルルルルルルルル!
螺旋状に放った風が岩石を周りから削っていく。
砕く作業が完了すると、無数の小石が庭に降り注いだ。
……熊の操作力のおかげで何とかなった。というより、私の方が神技を使っちゃったし。
胸を撫で下ろしていると、狐姉妹がシュタタタッと駆けてきた。
私の前で共に片膝をつく。
「さすがトレミナ様! 神技を使えるようになったって本当だったんですね!」
「リカゲ達の最大忍術をあっさり破るとは! さすがトレミナ様!」
異空間から危険物を出しただけに見えたけど、忍術だったのか……。
どうやら私は実力を読み違えていた。
この子達は弱くなんかない。たぶん二人で協力すれば、並の守護神獣ならもう倒せると思う。
恐るべき姉妹だ。
とりあえず、これでモアが物騒なことを言わなくなったので作者としても一安心です。
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