192 やばい兎
キルテナはリビングのガラス戸を開け、勢いよく庭に駆け出す。
「早速私の山脈を見にいってくる!」
これを聞いたチェルシャさんも続いて外へ。
「だったら私も行く。絶対にドラグセンの竜達も狩りに来てるはずだから、私は奴らを狩る。食後の運動にちょうどいい」
この流れは……、ああ、やっぱり。
視線をやるとセファリスとルシェリスさんも椅子から立ち上がっていた。
「キルテナ、近くだからノサコット村にも寄って。トレミナが領主になったって皆に知らせにいくわ」
「私はイルミナとセファシアに会いにいく。守護神獣にもなったのにまだ挨拶もしていなかったからな」
領主の件はともかく、ルシェリスさんが行けばお母さん達はすごく喜ぶと思う。
キルテナの飛行速度なら国の端もすぐだから問題ないけど、一応言っておこうかな。
「皆、明日は大事な式典があるの忘れないで。あまり遅くならないように帰ってきてね」
全員が揃って返事をしたと思った次の瞬間には、もうその姿は庭から消えていた。
代わって上空で巨大生物がはばたく音が聞こえてくる。
コーネガルデの町の人達も結構慣れてきてるとは思うんだけど、それにつけても今日のトレミナ家は騒がしいな、とか絶対思われてるね……。ごめんなさい、これでしばらくは静かになるはずです……。
もう残っているのは私とモアだけだからね。
私と同じ容姿をしたその妹は、まだフライパン片手に食事中だった。中のたまごは一向に減った感じがしない。
チェルシャさん、完全に自分規準で作ったみたいだ。やっぱり、たまご置き場が空になってる。
「モア、それはお昼ご飯の時に一緒に食べよう。おいておけばいいよ。この後は時間もあるし買い物にでもいこうか。モアもほしい物とかあるでしょ?」
「あの、お姉ちゃん、それなら……」
彼女が何か言いかけた時、玄関のベルが鳴った。
私は普段から常に周囲をうっすらマナ感知する癖がつきつつあるので(ジル先生によると熟練騎士とはそういうものらしい)、誰がやって来たかは分かっていた。
なかなか珍しいお客様達だ。いや、そうでもないか。私の影になるって言ってたし。
玄関の扉を開けると、東方風の着物を着た男性、チカゲさんが立っていた。
そして、視線を下に向けると、二人の少女忍者が地面にひれ伏している。
「話は聞きました! 昨日はとても危ない状況だったとか……。主の危機に駆けつけられないとは……。このミカゲ! 一生の不覚!」
「リカゲも! 一生の不覚です!」
狐神の忍者部隊、影月もまだコーネガルデに来たばかりなので、二人にもしばらくは自由にしていてくれていいよ、と言ってあったんだよね。なので彼女達には何の落ち度もない。
とりあえず、家に上がってもらうことにした。
ソファーに座った三人にお茶を出し、私も向かい側に腰を下ろす。
まずチカゲさんがお茶を一口飲んでから。
「ご家族の方々にもご挨拶したかったのですが、どうやら一足違いだったようですね。先ほど、黄金の竜が飛んでいくのを見ました」
父親に続いてミカゲさんとリカゲさんもお茶に手を伸ばす。ずいぶんとしょんぼりしてるね。
「……本当は、分かっているのです。私達が駆けつけたところで、トレミナ様の足を引っ張るだけだと」
「……リカゲも姉上も、弱いのです」
二人共、神獣体はまだ【霊狐】だ。年齢的にも仕方ないと思うんだけど。(キルテナは成長速度が異常すぎるよ)でも、何か力になってあげたいな。
「だったらお二人、コーネガルデ学園に通ってみませんか?」
「学園、ですか……?」
顔を見合わせる狐姉妹。
「はい、私はそこで実技教員をしています。神獣がマナを増やす最も効果的な方法は、やはり稀少肉を食べることですが、それ以外では人型での訓練がかなり有効ですよね?」
「トレミナ様、ご存知だったのですか?」
真っ先に驚きの声を上げたのはチカゲさんだった。
たぶん人間には話してはいけない秘密とかだと思うんだけど、キルテナを見ていて気付いたんだよね。おそらく人型時に鍛えて得たマナは、神獣に戻った時には倍に増える。だから守護神獣は野良神とは別格の強さなんだ。
この話題に、モアもまた「あの」と入ってきた。
「さっき言いかけたことなのですが、私も学園に、通わせてもらえないでしょうか……」
「モアも強くなりたいの?」
「はい……、昨日からずっと言ってきてるんです。もう一人の私が……。私は弱すぎるからもっと鍛えろと……!」
そう言ってモアはカタカタと震え出した。
言ってきてるって、まるで完全に別の人格が形成されてるみたいじゃない?
「モア、もう一人の声がよく聞こえるようになったのはいつから?」
「お姉ちゃんが、レイサリオンに迎えにきてくれた、あの時からです……」
……間違いない、この子を呼び戻そうと私が心の奥深くまで入りこんだからだ。きっとあれがきっかけで本能型モアに人格が芽生えてしまった。
昨日の戦闘、性格が変わったんじゃなく、完全に入れ替わっていたのか……。
どうしよう……もないよね。
……まあ、私の妹らしくていいか。
「ああああああああ! 今も! 今もすごく言ってきています! もっと強くなれと……!」
カタカタ震動が止まらないモア。
その様子を見ながら、ミカゲさんが恐る恐る尋ねてきた。
「トレミナ様、学園に通うって、このやばい兎さんと一緒にですか……?」
「……うん、仲良くしてあげてくださいね」
モア、もう一人の自分にお尻を叩かれて強くなります。
訓練でも出てくるのはあっちなんですけど。
評価、ブックマーク、いいね、感想、誤字報告、本当に有難うございます。










