19 〈トレミナボール〉
例により、二回戦まで結構な時間がある。
また観客席で軽食を、と思ったんだけど、そうできない事態に。
クランツ先輩を倒してから、私は一段と注目されるようになった。どこに行っても周囲に人だかりができる。
いくらおっとりしていても、この状況では食べづらいよ。
それに、静かに考えたいこともあるんだ。
なので一旦演習場を出ることにした。
敷地の壁づたいに歩いていくとベンチがあった。周りには人の気配もない。
緑が多くて気持ちいいし、ここにしよう。
ベンチに腰掛け、ポテトサラダのサンドウィッチを取り出す。
そう、一昨日に続き二度目の登場。売ってるパン屋がお気に入りなんだよ。これ以外にも美味しいのがたくさん。ジャガバターを包んだボリューミーなやつとか、ベーコンポテトを乗せたピザっぽいやつとか。
店主で職人のおじさんとも仲良くなって、私はもう完全に常連だ。
お店の名前は『パン工房 エレオラ』。おじさんによると、一人娘の名前を付けたらしい。
……たぶん、あの三年のエレオラさんの家だよね。
彼女はスラムのチンピラじゃなかったわけだ。とりあえず、トーナメントが終わったら姉のことを謝りにいこう。
と思っている内にサンドウィッチを食べ切った。
静かに考えたかったのはパン屋のことじゃない。
この後の試合についてだ。
学年二位をやっつけたんだから決勝までは余裕、というわけでもないんだよ。
クランツ先輩との戦いを見て、皆きっと対策を練ってくる。
私相手で絶対に避けたいのが近接戦。だから、動きを阻害した上で、遠くから攻撃を仕掛けてくるはず。結局クランツ先輩と同じ戦法なんだけど。
厄介なのは攻撃技能より足止めの方だったりする。先輩の〈地障縛〉みたいにかなりのマナを込めてくると思うんだよね。
どんな拘束であれ攻略が大変だし、毒系なんて怖いのもある。属性の代わりに毒術をマナにすりこんでくるのが毒系技能で、麻痺や幻覚などを引き起こす。
まあ、拘束でも毒でも、マナも時間も消耗させられるのは間違いない。
せめて私も遠距離攻撃が使えればな……。
目の前にマナの玉を浮かべた。
これが飛んでいってくれたらいいんだけど。
私ができるのは、体から離したマナを維持する〈離〉まで。その先の、念じてマナを飛ばす〈放〉は未習得だ。
じーっとマナ玉を見つめる。
動け、動け。
飛べ、飛べ、飛んでみせてよ。
……ダメか。もうっ。
ペシッと玉を叩いた。
するとマナ玉は空中を転がるように移動を開始。
演習場の壁に接したその時、
ボコッ!
と大きな穴を開けた。
しまった……、あれに結構マナを込めてたみたい。あとで弁償しよう。
ジル先生に、反抗期ですか? とか言われそうだけど……。
けど今の、どうして飛んだんだろ。
もう一度マナ玉を作ってみる。
そして指先で……。おっと、横は危ない。上方向へ。
下からそっと触れてみた。
玉は空高く昇っていき、やがて青色に紛れて見えなくなった。
ふむ、直接触って意思を注入すれば飛ぶようだよ。
あれ? じゃあ私、〈気弾〉撃てるんじゃない?
〈気弾〉とは、掌からマナの塊を放つ無属性の戦技である。
斜め上に手をかざし、強く念じた。〈気弾〉出ろ。
掌からにゅーっと出てきたのは見慣れたマナ玉。
飛んでいくことなく、その場で浮かんでいる。
えー……、なんでだよ。
手で払った玉は演習場の壁へ。
ボゴッ! とさっきより一回り大きな穴を開けた。
……あ、強く念じたから。……弁償しよう。
またマナ玉を製作し、眺めながら熟考。
私、習得度が中途半端だ。接触で飛ばしても、このスピードじゃ確実に避けられるし。うーん、どうしたものか……。んん?
ふと、マナ玉を手に取る。
……これ、投げたらいいんじゃない?
――さあ、二回戦だ。
早速あの技を試してみるよ。〈気弾〉ならぬ〈気投げ〉。
こんなものは戦技にもなっていない。一旦マナ玉を作り、さらに投げなきゃならないから、明らかに〈気弾〉より時間と労力を要する。
でも、私の場合はそれほどマイナスにならないと思う。
まず、マナを動かす速度には自信があるから玉の形成は一瞬。
そして、投げるという動作は全身の筋肉を使う。体に纏っているマナの力をかなり上乗せできるはず。
私の〈気投げ〉、結構強いんじゃないかな。
二回戦の審判はジル先生だった。
「おや? トレミナさん、剣は構えないのですか?」
「はい、これで構いません。いつでも始めてください」
「よく分かりませんが、いいでしょう。では――」
始め! の合図と同時に、右の掌にマナ玉を構築。
全身のマナを投擲動作に最適化。
一方、対戦相手の四年生男子は、やっぱり足止めにくる模様。
「水霊よ――」
させませんよ。
こっちは無詠唱で、もう準備も万端。
あとは投げるだけです。
よいっ、しょっと。
ドッシュ――――――――ッ!
私の放った剛速球は相手の腹部に命中。
勢いは止まらず、彼の体をさらって闘技場の壁に叩きつけた。
開始二秒の決着に、満員の観客席はシーンと。
……結構強い、どころじゃなかった。
これは、完全に力をセーブしなきゃならなかったやつだ……。……あの人、大丈夫かな? 生きてる、……よね?
倒れた彼の方を見ていたジル先生が、くるりと振り返った。
「安心なさい、生きています。それにしてもトレミナさん、恐ろしい戦技を編み出しましたね。〈気弾〉に全身の力を上乗せするとは……。あなたの〈放〉が完璧なら、彼の体は二つになるところでした」
「……未熟でよかったです」
「しかし盲点だった技ではありますね。新戦技として認定してあげますよ。名称は何にします? 〈デッドボール〉ですか? 〈殺人球〉もいいですね」
「お任せします……」
結局、この新戦技は〈トレミナボール〉という名で正式に登録された。
後に続くトレミナシリーズの、記念すべき第一号となる。
この世界では過去に食の大革命が起こっていて、
現代日本の料理が世界中に広まっています。
日本特有の総菜パンを作るパン屋もいたる所に。
後々本編でもきちんと説明します。
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