185 ドラゴンプリンセス
最初に気付いたのはミユヅキさんだった。
『来たようじゃの。追加の援軍じゃ』
続いて私や他の皆も感知した。
セファリスが「ひっ!」と短く悲鳴を上げる。姉のこの反応は仕方ないにしても、彼女が来たのは私とチェルシャさんにとっても想定外と言えた。
リズテレス姫、本当にいいんですか? 私達人間側戦力の上限を敵に教えることになっちゃいますよ?
ヴィオゼームとシグフィゼもすでにコーネガルデの方角を向いていた。
そのままそちらから目を離せないでいる。
彼らの反応も仕方ないと思う。何百年と生きている最上位神獣でさえ、あれだけのマナを纏った人間を感知するのは初めてかもしれないから。
今回も彗星の如く飛来したレゼイユ団長は、マナを全開モード〈全〉の状態にしていた。
まっすぐ私達の所へ、……来るのかと思いきや頭上を越えていく。
標的はルシェリスさんと交戦中のレギレカだった。その上空で急停止した団長は双剣を抜く。
「風霊よ、剣に宿ってください。秘技! 〈ウインドウェーブ・クロス〉!」
放たれた巨大な十字の斬撃が一角竜を直撃。
レゼイユ団長はさらに力の放出を続ける。
上から風の十字架に押さえつけられたままのレギレカは身動きがとれない。
この間に団長は双剣をしまい、両手を掲げた。そこに直径五十センチほどのマナ玉が。しっかり手のマナとも接合させてる。
あれはまさか……。
「〈レゼイユキャノン〉です!」
ですよね。だけど、まっすぐ飛ばせないのでは?
と見ていると、レゼイユ団長はマナ玉を持って降下していく。
一角竜の巨体に乗り、
「これなら絶対に外しません! ぜあっ!」
力いっぱいボールを叩きつけた。
「ギオォォォォォォォォ!」
衝撃波と同時にレギレカの絶叫が響き渡る。
……〈キャノン〉を近接技として使った。確かにあれなら確実に当てられる。
私も今度からシグフィゼのような相手には直にボールをぶつけよう。
ゼロ距離で高密度のマナ玉を食らったレギレカ。すぐにその体が光に包まれる。
巨竜が消失するや、慌てた様子で少女が走り出て来た。
こちらに向かって必死に駆けるレギレカを、レゼイユ団長は双剣を振り上げて追いかける。
「こら! 神獣に戻れです! 肉をよこしなさい!」
「なななな何だこの人間! マジ怖いっ!」
神クラスも全力で逃げ出すとは、さすが我らが破壊神……。
これを見ていたシグフィゼがため息をつく。
「しょうがない子だ。ヴィオゼーム様、お願いします」
私達の前にいた黄金竜はひとっ飛びでレギレカの元へ。
即座にレゼイユ団長を踏み潰そうと〈火の爪〉を発動。この攻撃を彼女は片手の〈オーラウェーブ〉で軽々薙ぎ払った。
……団長が〈全〉でやって来たのは、やっぱり五竜との戦闘を想定してだったんだ。
一瞬の攻防の合間にレギレカも主人の体に上がっていた。頭の天辺に辿り着くと安堵の息を吐く。
「百年ぶりくらいに、死ぬかと思った……」
配下を回収したヴィオゼームがこちらに戻ってくる。
続いてレゼイユ団長も私達に合流。彼女はマナを〈闘〉に下げながら私の顔をじっと見つめた。
いつものことだからもう慣れたよ。
でも、まさかリズテレス姫がレゼイユ団長を送りこんでくるなんて。これは、相手を退かせるんじゃなく、この場で倒せということなのかな。
私の顔を凝視していた団長がやがてぽつりと。
「騎士トレミナ、なんか熊っぽくなってませんか?」
え、分かるんですか?
と尋ね返そうとしたその時、シグフィゼが声を上げた。
「今、トレミナと言ったか? どんぐり、まさかお前がトレミナ導師なのか?」
……バレてしまった。ここまで頑張ってどんぐりで通していたのに。
私が何か答えるまでもなく、シグフィゼは確信したようだ。
「ふふ、そうか、やはりと言うべきだろうな。お前がトレミナ導師なら納得だよ。ちなみに聞いておくが、トレミナ……、人間なのか?」
「……人間です」
近頃少し自信がなくなってきたけど、たぶんまだ人間、……だと思う。
すると突然、ヴィオゼームが雄叫びを上げた。
場にいるレゼイユ団長以外の私達五人(頭)は一斉に体を硬直させる。
そうなったのは耳をつんざく雄叫びのせいじゃなく、彼のマナを感じたからだ。そして、理解した。
……ヴィオゼーム、全然本気を出していなかった。
彼がマナを解放したのはほんの一瞬のこと。その後は一転して落ちこんだ雰囲気が伝わってくる。
シグフィゼが上機嫌でペシペシと主人の頭を叩いた。
「ふふふふ、これで一か月間、あなたの酒は私のものです。トレミナ、気分がいいのでこちらからも一つ情報を提供してやる。私はお前と結構本気で戦っていた。人型に逃げるなど不本意な真似もしてしまったしな。その私とヴィオゼーム様の実力差は倍ほど開いている」
つまり、ヴィオゼームは半分の力で戦っていたということだね……。
リズテレス姫は分かっていたんだ。五竜を退かせるには、レゼイユ団長とミユヅキさん、国トップの攻撃力と補助能力が必要だって。
通話魔導具での会話で姫様、焦ってたわけだよ。もしヴィオゼームが最初から実力を出していたら危なかった……。
視線をやると、気分がいいと言っていたシグフィゼもどんよりした空気を纏っていた。
「……まあ、そちらにキルテナがいた時点で、結局私達は退くことになると思っていたが。口では突き離すようなことを言っていても、やっぱりこの方は娘に甘い……」
…………、娘?
全員の視線がキルテナに集まった。
『おう、ヴィオゼームは私の親父だ』
……そういうことはもっと早く教えて。
だったら、キルテナも姫様じゃない。
今回はタイトルバレしていますが、ここまで結構匂わせてきたのでいいかなと思いました。
親子でも神獣は修羅の世界。
ヴィオゼームは娘に甘々な設定です。
次話でこのシリーズは終局です。
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