183 〈天槍〉
九尾の狐を前にしたシグフィゼはすぐに後方に跳んで距離を取った。
この反応に、ミユヅキさんはちょっと得意げだ。まるで幼女姿のけらけら笑う様が目に浮かぶよう。
『トレミナ、早くわらわの毛に掴まるのじゃ』
彼女が私の心に直接語りかけてきていた。
言われるままに、大狐の体に飛びつく。
即座にミユヅキさんは空中へと離脱。着地したのはキルテナ達のいる戦場だった。
すると、今度はヴィオゼームが急いで後方へと跳ぶ。それまでの威風堂々とした姿とは打って変わってだ。
『愉快愉快、竜共はわらわの恐ろしさを知っておるようじゃのう』
心の中に幼女の高笑いが響き渡る。
実際に、この状況でのミユヅキさんは恐ろしく厄介な存在だと思う。純粋な戦闘力では、彼女は最上位神獣の真ん中ほどらしい。
だけど、毒属性だけ群を抜いて高いレベルにあるんだとか。なぜなら彼女は五百年間ひたすらそこばかり鍛えているから。
どんな神獣にも通用する最凶クラスの毒。
これを持つミユヅキさんの一番力を発揮できるポジションが、誰かの戦闘補助なんだよね。多種多様な毒への対応で、相手はまともに戦えなくなる。
私達が合流している間に、シグフィゼもこちらに戻ってきていた。金銀二頭の巨竜が警戒の面持ちで様子を窺う。
きっとこれは、避けたかった事態、だろう。
彼らも九尾の狐がコーネルキアに捕縛された情報は掴んでいたはず。
だからこそ、実戦投入される前に先手を打って攻めてきた。
だからこそ、リズテレス姫は敵の嫌がるミユヅキさんを早々と守護神獣にして送りこんできた。
『ということは、もうあの誓約書に署名したんですね?』
私の言葉に、意気揚々としていたミユヅキさんの心はどんより曇った。
『……あんな難解な魔法文書を作れるとは。その道に通じておるわらわでも解除に何百年かかることか……。トレミナ、そちは知っておったのか?』
『はい、私はあれこそコーネルキア最大の武器だと思っています』
コーネルキアで秘密保持に用いられている誓約書の雛形は、全てリズテレス姫自らが作成していた。姫様は前世で似たような仕事をしていて大の得意らしい。何だっけ、プログラミングとか言ったかな?
ジル先生によれば、この世界と異界の技術が融合した誓約書は鉄壁とのこと。
つまり、サインしてしまえば破ることは不可能になる。
『じゃが、わらわはいつの日か必ずこの呪いを解いてみせる。その時、コーネルキアは我がものとなるのじゃ』
『何百年か先の話ですね。案外、その頃には心変わりして、もうどうでもよくなってるかもしれませんよ?』
『ありえないのじゃ』
そうかな、早くも変わり始めてる気がするけど。半分強制にしろ、今回助けにきてくれたし。
おかげで敵を退かせることができそうだ。
私は九尾の背中から皆に呼びかけた。
「もう大丈夫だよ。これであっちは引き上げるだろうから」
「引き上げる? ……そんなの、許すわけないでしょ」
そう言ったのはセファリスだった。
……何となく、〈合〉マナで伝わってきてたけどね。お姉ちゃん、すごく怒ってる……。かつてないほどにマナが高まってきてる……。
セファリスの周囲では空気が、パチ、パチ、と音をたてて弾けていた。
彼女は瞳孔の開いた目でシグフィゼを捉える。
「あんた、何、私の妹を殺そうとしてんの?」
……今回のお姉ちゃんはやばい気がする。
いつもならおかしなことになっても、結局は私の方が余裕があるから止められたり助けられたりするけど。今日は、……その自信がない。
私のマナが残り少ないからというだけじゃなく、完全に質が量を凌駕してしまっている。
お願いだから無茶しないでよ。
そのセファリスはキルテナの前脚の上に立っていた。
「キルテナ、やって」
『おう。私もなんかイライラしてるからな。思いっ切り投げるぞ。今のセファリスならいけるだろ』
キルテナはセファリスの全身を包むようにマナ玉を作る。
『行け! 〈セファリスボール〉!』
体長七十メートルの竜は、言葉通り全力で人の入ったボールを投げた。
……ああもう、これ以上ないってくらいの無茶だ。
標的にされたシグフィゼはとっさに〈水の爪〉で氷の盾を構築。
セファリスは双剣を前に出してこれに突っこむ。難なく砕いて突破した。
「うなれ魔剣! 〈天槍〉!」
二本の剣から発生した炎と雷がセファリスの体を覆う。姉は煌く一筋の流星と化した。
衝突の瞬間、銀の竜は不自然に停止。
『なんじゃ、気付きおったか』
ミユヅキさんが残念そうに呟いていた。
ともかく、結果としてセファリスの必殺技はシグフィゼを直撃。巨体を弾き飛ばして大地に沈めた。
お姉ちゃんも属性の修行を始めていて、二本の剣と同じ火と雷を同時に進めている。
なので、あの〈天槍〉はまだ未完成の状態だ。それであれほどの威力だから、修行を終えたら〈トレミナキャノン〉を超えるんじゃないかな(怒りマックス時なら)。末恐ろしい姉だよ。
それより、さっきシグフィゼはまた人型になって回避しようとしていた。
『ミユヅキさん、読んでいたんですか?』
『わらわもよく使う手じゃからの。こっそり毒マナを這わせておいたが勘のいい奴じゃ。人型になっていたら即死させてやったものを』
……さすが卑怯の権化。
確かに、この上なく厄介な神獣だ。
ミユヅキは味方になると頼もしい(?)神獣です。
それにしても、クズなキャラは書いていてなぜかとても楽しい。本当のクズは出てきませんけど。ノンストレスを心掛けています。
あと、さりげなくコーネルキアの秘密が明らかに。(誓約書)前世からの長い伏線をようやく回収できました。
あと、〈天槍〉はセファリスのメイン技になっていきます。
割と盛り沢山な回でした。
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