177 一線を越える技能
遠くから黄金の竜が向かってくるのが見えた。
大きい、なんてサイズじゃない。体長百メートルはあるだろうか。私が今まで見てきた中で一番の大きさだよ。
強大なのはその外見だけじゃないのは、私の感知範囲に入って分かった。
同時に、想定していなかった事態に気付く。
待って……、五竜、二頭(人)いない?
黄金のドラゴンの頭部に、二人の人型が乗っている。片方はおそらく、神獣化すれば下の竜に結構近い実力になると思う……。
五竜って各々が皇帝みたいな存在で、共闘することはまずないって聞いていたんだけど。
「キルテナ、敵について分かる?」
視線を向けると、彼女は額に汗を浮かべていた。やがてその口がゆっくりと開く。
「……ああ。五竜ヴィオゼームと、……二十将の、シグフィゼ、レギレカだ」
……なるほど、あの恐ろしく強い人型はシグフィゼという人か。
ドラグセンの資料に目を通した際、彼女の名前はとても記憶に残った。ヴィオゼームの最側近にして、その頭脳。そして、二十将の中でも、一、二を争うほどの実力者。
でもまさか、ここまでなんて。……本当に想定以上だよ。
衝撃を受けつつも、私は取り出した通話魔導具を操作していた。相手はもちろん、リズテレス姫だ。
「敵が判明しました。ヴィオゼーム、シグフィゼ、レギレカです。これから接触します」
『シグフィゼまで来てるなんて……! …………、まず一人応援に行ってもらうから、少しの間だけ凌いでちょうだい。……トレミナさん、無理をさせてごめんね』
姫様、焦ってたな……。
無理もないか、ヴィオゼーム派の主力が来ちゃった感じだし。
トレミナ一家だけじゃ絶対に無理な敵だ。その家族に目を向ける。
セファリスは戦う意欲充分に見えるけど、やっぱりどこか気遅れしているようだね。彼女の背中でモアは、……あ、気絶しちゃってる。
一方のキルテナは戦々恐々といった様子。
ドラグセンの中で、コーネルキアと国境の大部分を接しているのがヴィオゼームの領地になる。外界に出て来たキルテナが頼ったのがたぶん彼らだ。その実力は一番分かっているだろう。
それからルシェリスさんは上空で、ああ、下りてきてくれた。
私達を庇うように、武神は前方に立つ。
『リズテレス姫には連絡してくれたみたいだね』
「はい、少しの間凌いでほしいそうです」
『そうか。私が前に出るから皆は援護を頼む』
「ですがルシェリスさんだけでは」
『お前達には危険すぎる。あっちが人型で戦ってくれるわけないんだから。来るぞ』
ズゥーン!
金色の鱗に覆われた巨竜が、私達のすぐ先に着陸した。
……間近で見ると本当に大きい。改めてその迫力と強さが伝わってくる。これが五竜ヴィオゼーム。この一頭だけでも私達が束になって当たらなきゃならないのに……。
頭部に乗っていた女性の一人、シグフィゼがその場で立ち上がった。 朝日に照らされて輝く銀色の髪。知性を感じさせるきっちりとした服装。
彼女は対峙するルシェリスさんを見つめながら口を開いた。
「驚いたな、ヴィオゼーム様の〈雷の息〉が曲げられるとは。武神と呼ばれるだけのことはある。それ以前に攻撃を察知されたこと自体が驚きなんだが。なぜ最上位に進化しないのか知らないが、お前は今日必ず仕留めさせてもらう」
シグフィゼは続いて私達に視線を移してきた。
「人間としてはありえないマナの量だ。特にそっちのどんぐり。お前達はナンバーズだったりするのか?」
「そうよ! 私はナンバーエもがあ!」
私は慌ててセファリスの口を塞いでいた。手遅れだったみたいだけど。
ニヤリと笑った銀髪の知将は、キルテナを見据える。
「覚悟はできているんだろうな、キルテナ。私達はお前でも容赦しない」
明確な敵意を向けられた竜の少女は一歩後ずさり。
この状況じゃ仕方ないよね。圧倒的にこちらが不利だ。
今のまま戦闘に入っちゃいけない。何とかもう少し時間を稼がないと。せめてリズテレス姫が言った応援が到着するまで。
……もう来てくれた。
期待通りの人選だったし、やっぱり彼女は頼りになる。
コーネガルデから高速で飛来した光が私達の前に下り立った。
「感謝して、ト……どんぐり。同期の私が助けにきた」
感謝してもしきれませんよ、チェルシャさん。
天使形の光を纏った美少女は、やけに嬉しそうに私の顔をじろじろと。
「どうしたんですか?」
「またピンチに来られて嬉しい。やっぱりどんぐりは私がいないとダメ。じゃ、早速」
チェルシャさんから分離した光が、私、セファリス、キルテナ、モア、さらに体長三十メートルのルシェリスさんまで覆っていく。
これは敵の攻撃を軽減してくれるチェルシャさんの加護。
今回の助っ人として、全体の防御力を上げられる彼女ほどの適任はいないだろう。私達の身を案じたリズテレス姫らしい判断でもある。
よし、これなら何とかなるかもしれない。
『マスター、私もご助力いたしますわ』
私の精神世界、ジャガイモ畑からトレミナGさんが呼びかけてきていた。
助力、と言いますと?
『実は密かに特訓していた技がありますの。トレミナBにばかりいい格好はさせませんわ』
特訓? 自主的にですか?
どういった技なんでしょう?
『私自身と、マスター周辺の分身達を強化する技ですこと』
…………。大変なものを編み出してきた。
「皆、私のゲインを発動して」
今度は私が現実世界の全員に呼びかける。
モアに〈トレミナゲイン〉を贈った後、キルテナがせがんできたので彼女にはすでに渡してあった。それから、モアの師匠であるルシェリスさんにも。
つまりこの場の全員が習得済みだ。……あ。
セファリスが泣きそうな顔をしていた。
お姉ちゃん、まだ〈ガードゲイン〉に手こずってるんだよね……。
とりあえず準備整いましたよ、トレミナGさん。
トレミナBさんとトレミナ熊さんが見守る中、女王の姿をした私は手の錫杖を掲げた。
『では参ります……。〈トレミナゲイン・五割増し〉! ですわ!』
イモ畑をトンと錫杖で突いた瞬間。
シュイ――――ン!
「何だこれ! マジか!」
『トレミナ、いったい何をした……?』
キルテナとルシェリスさんが揃って驚きの声を上げる。
服の袖を摘ままれるのを感じて振り返ると、不機嫌そうなチェルシャさんの顔が。
「全体の全能力を上げるとか、私に対する冒涜か。このどんぐりめ」
いえ、そんなつもりは……。
技能、勝手に特訓して技能を生み出す。
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