176 特大破壊砲 対 武神
ルシェリスさんは小箱を握っていた手に力を込めた。
パキッと砕ける音がした直後。
ウ――――ッ! ウ――――ッ!
ウ――――ッ! ウ――――ッ!
家の外で大音量の警報が鳴り響いた。
大音量なのも当然。小箱の破壊を受けて、町中に設置された魔法具が一斉に鳴り出したんだから。
「……まずいな、これは私が対処した方がよさそうだ」
何かに気付いたルシェリスさんが、庭へと続くガラス戸に歩いていく。
私も椅子から立って後を追った。
「まずいって、どういうことですか?」
「あちらは全て吹き飛ばすつもりだな」
「全て、とは?」
「全てだよ。このコーネガルデの町まるごとだ」
……確かにそれはまずい。
庭に出たルシェリスさんはすぐに空に向かって跳んだ。
私が見上げた時には、彼女はもう体長三十メートルの黒兎の姿に。東の方角へと空を渡っていく。
「私も行ってくるね」
と振り返った私の手に、飛んできた鎧が綺麗に収まった。続いて小手、脛当て、剣、最後にリボルバーが。
投げてくれたのはセファリスだった。
「装備はいるでしょ! 緊急時でもおっとりね!」
言いつつ彼女も自分の武具を装備する。
「お姉ちゃんも行くわ!」
「人間は装備なんてあって面倒だな! もちろん私も行くぞ!」
だし巻きたまごを口に放りこみ、キルテナも駆け出てきた。
家に一人残されたモアは、戸惑った様子でおろおろと。
「わ、わ、私は……。私は……」
ここにいた方が安全だし、もし五竜がいるならこの子は……。でもなぜか、今回は一緒に来てもらった方がいい気がする。
「モア、おいで」
「は、はい……!」
パジャマ姿のままのモアを、私は背中におんぶした。
キルテナがマナの翼で飛び立ち、続いてセファリスが〈ステップ〉で宙を駆け上がる。それを追いかけて私も魔法の足場で空へ。
上空で町を見回す。
やっぱり、皆出て来てるね。
騎士団本部の屋上に、リズテレス姫とジル先生、ミユヅキさんを抱えたレゼイユ団長。(皆でミユヅキさんを取り調べてたのかな)
公園の上空には闇を纏ったロサルカさん。(朝の散歩中だったのかも)
飲食店街の上空にはパンを齧りながらチェルシャさん。(間違いなく朝ご飯中だったと思う)
リオリッタさんは自宅の屋根の上に。その隣の家の屋根にはライさんが。(二人、お隣同士だったんですか?)
警報は町の人達に、というより、力のある者に向けての意味合いが強い。なので、他にもあちこちで外に出ている騎士達の姿を見ることができた。
私はポケットから通話魔導具を取り出す。
ここは……、やっぱりリズテレス姫だ。
「姫様、五竜が来ます。まずはルシェリスさんと私達で何とかしてみます」
『分かったわ、お願いね。接触したら向こうの特徴を教えて。キルテナさんなら名前も知っているかもしれない』
「分かりました。すぐに連絡します」
『よく私に伝えてくれたわね。今回はトレミナさんがおっとりしてなくて助かったわ』
通話が終了した。
……すみません、ついさっき、おっとり装備を忘れました。
この敵はただ全員で撃退すればいいという相手じゃない気がした。たぶん、こちらの手の内をどこまで明かしていいとかあるはず。
私は五竜を見たことはないけど、想像通りの実力なら、……よほどの準備をしないと確実に仕留められる保証はないだろうから。
私達が追いついた時には、ルシェリスさんはコーネガルデから一キロほど離れた草原まで跳んでいた。その地表から、さらに一キロほど上空に浮かんでいる。
……脚の周りで風が渦巻いてる。〈風兎跳〉だ。
彼女が静かに見据えるのは東の遥か彼方。
やがて、空の一点がキラッと光った。
セファリスとキルテナの身の毛がよだつのが伝わってきた。
二人だけじゃない、きっと私も同じ状態だ。
モアに至ってはもう気絶する寸前。
……信じられないくらいのマナが込められた攻撃が来る。本当にコーネガルデを灰にできるほどの一撃が。
「お姉ちゃん、モアをお願い」
背中の妹を預けると、私はマナの大玉を作った。
とルシェリスさんがちらりとこちらを見る。精神通話で語りかけてきた。
『トレミナ、私が対処すると言ったろ』
『ですが』
『心配ない。大きいだけの直線的な力なら、私はどうとでもできるさ。分かるだろ?』
『まさか、あれを……?』
星のように微かだった輝きは、すぐにその正体を現した。
雷の特大破壊砲。
ジゴゴゴゴゴ――――――――ッ!
これに対し、ルシェリスさんも直径十メートルはあろうかという雷球を生成。完成した〈雷錬弾〉を放った。
それでも、飛来する電磁砲に比べればあまりにも小さい。
二つの雷がぶつかる。
わずか一瞬の膠着ののち、雷球の方があえなく弾けた。
……すごい、こんな一瞬だなんて。
この時、私に芽生えたのは感動にも似た感情だった。
ルシェリスさんが〈雷錬弾〉を撃ったのは読み切る時間を稼ぐためだ。つまり、あのゼロコンマ数秒で事足りたということ。
彼女はすでに〈水の拳〉を発動し、態勢を整えていた。
破壊砲が衝突する瞬間、前脚をスッと動かす。
ギュオンッッ!
水の流れに誘導されるように雷は針路を変更。雲の隙間に消えていった。
……そうか、〈流受〉は本来、〈水の拳〉とセットで使うように編み出された技だったんだ。
直撃すれば都市一つを消滅させる神技を、最低限のマナで凌いでしまった。
やっぱり、この兎神は武神と呼ぶ他ない……。
本日、書籍1巻が発売になります。
コミックも配信スタートです。
どうぞよろしくお願いします。
私の所にも、ついさっき献本が届きまして、
とりあえず仏壇にお供えしておきました。
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