174 [ユラーナ]何の因果で私が孤児に!
もう通い慣れたコーネガルデの騎士団本部。ここには、リズテレスが私達のために用意してくれた部屋がある。
私達というのは、国王夫妻の養女である私ユラーナと、テーブルを挟んだ向かいに座る少年だ。
こうしていると、前世のことをすごく思い出す。
……この部屋はあの生徒会長室にそっくりだから。
「僕の定位置はこのテーブルの上だったんだけどね」
目の前の少年が柔らかく笑った。
彼は前世ではハムスター。現世では創国の守護神獣となったユウタロウ。ずいぶん出世したものだわ……。
私はお気に入りのクッションを膝に乗せた。
これもまるで前の世界から持ってきたみたいに、私が使っていたものとそっくり。
「……何から何まで復元されていて気持ち悪い」
「きっとリズにとって、会長室での時間は大切な思い出なんだよ」
あの女はやっぱりどこかずれている気がする。
当のリズテレスは近頃忙しいらしく、あまりここに顔を出さなくなった。
キオゴードも全く帰ってこないし、この部屋は私とユウタロウのだべり部屋になりつつあるわ。
「じゃあ、ミーナさんも休憩してきて。夕方に迎えにきてくれればいいから」
私がそう言うと、侍女の彼女は手早くお茶とお菓子をセッティング。
「ではそのようにいたしますが……。ユラーナ様、何かありましたらすぐにお呼びください」
心配するような眼差しを向けてきた。
ここは騎士団本部で、目の前には守護神獣。これほど安全な場所もないと思うんだけど。
でも、仕方ないのかもしれない。
ミーナさんは、私の実の母親なんだから。
彼女は産んですぐの私を孤児院の前に置いた。
今から八年ほど前のことになる。
それからしばらくして、国の王女が孤児院に視察でやって来た。まだ幼いのによく出来た姫様だ。と思っていたら、彼女は私が寝かされている籠の前で足を止めた。
「私と同じ真っ白な髪、運命を感じる。この子を私の妹にするわ」
ニヤーと浮かび上がったその笑みを見て、私は瞬時に気付いた。
こいつ……、理津だわ!
そうして私はリズテレスの手で無事回収されることに。
養子ながらコーネルキアの王女となって半年が過ぎた頃だった。物陰から視線を感じる。
メイドになったミーナさんがじっと私を見つめていた。
リズテレスに調べてもらったところ、彼女は少し前に孤児院を訪れ、自分が母親だと名乗り出たらしい。育てられる目途がついたから私を引き取りたいと。
ところが、私はすでに国王夫妻の養女に。
呆然としながら帰っていったそうだ。
「メイドとして潜入するなんて。何が目的か、はっきりさせないと」
リズテレスはそんな風に言ったけど、目的なんて私には分かっていた。
生まれた瞬間から意識がある私は事情を知っている。
ミーナさんは恋人だった男性とかけおち同然で実家を出た。しかし、出産目前になって男性が失踪。たった一人でミーナさんは私を産んだ。
そして、決断を迫られる。当時の彼女には収入がなく、所持金もわずかだった。自分が生きていくことすらままならないのに、赤子を育てられるはずがない。
結果、私は孤児院に預けられる。
何の因果で私が孤児に! と心の中で叫ばずにはいられなかったが、ミーナさんを恨む気持ちにはなれなかった。
私は全てを見ていたから。
夜明け前、孤児院の玄関に私を置くミーナさん。
その顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
「ごめんね……、こうするしか、ないの……。……本当に、ごめんね、ユラーナ……」
一時間以上はそうしていただろうか。
周囲が明るくなり始めた頃、ようやく彼女は立ち上がった。
去り際、もう一度こちらを振り返る。
「ユラーナ……、絶対に、迎えにくるから……!」
何となく、彼女は必ず約束を守る気がした。
――さすがにお城まで追いかけてくるとは思わなかったけど。
それでも、ミーナさんがこれ以上近付いてくることはないと分かっていた。
自分の想いより私の幸せを優先した人なのだから。
私は王女として生きた方がいいと考えるだろうと。
案の定、さらに半年が過ぎても、ミーナさんは物陰から見守っているだけだった。
こんな時はこちらからアプローチするべきだと、どこかの無駄を嫌う女が言ってたわ。
ミーナさんを私の侍女にしてもらえるようにお願いした。
彼女は突然の人事に驚いたものの、二つ返事で快諾したらしい。
約一年ぶりに私を抱き上げた時のミーナさんの顔を、私はたぶんずっと忘れないだろう。
――――。
あれから七年近く経つけど、ミーナさんが私に母親だと名乗る気配は一向にない。彼女が侍女に徹するというのなら、私はそれを尊重する。
ただし、今のところは、だ。
生徒会長室もどきを出ようとするミーナさんを、私は呼び止めた。
「今日も二人で夕食にしましょ」
「いつも申し上げていますが、私はユラーナ様の侍女ですので……」
「いいじゃない。ずっと一緒にいるんだから、もう私達は親子みたいなものよ」
「…………、はい、ユラーナ、様」
扉を閉めるミーナさんの目には輝くものが。
今はこれが精一杯。
でも、いつかは……。
この世界で私に最初の愛をくれた人。
私はあなたが誇りに思える娘になるわ。そして、この人が私の母だと、皆の前で堂々と言う。
扉の閉まる音を確認し、私はソファーの上で座禅を組んだ。
心を整え、マナを錬り始める。
毎日の見慣れた光景のはずなのに、ユウタロウが感心したように。
「ユラって、意外と努力家だよね」
「意外と、は余計。リズほどは無理にしても、私だって周りから一目置かれる存在になりたいのよ」
「……意外と、もうなってるかもよ」
「ん? 意外と、何だって?」
次話からトレミナです。
嵐が、来ます。
完全新作ファンタジーの投稿を始めました。
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