173 [シグフィゼ]中枢、出撃する。
光に包まれたヴィオゼーム様の体が徐々に大きく、なっていく前に私はサッと手を出した。
「お待ちを。竜化を中止してください」
「なぜだ!」
「ここで神獣に戻れば、完全に城が壊れます。ヴィオゼーム様、ご自分(本体)のサイズ、分かっておられます?」
「そうだった……。すまん、うっかりしていた……」
発光が止まったヴィオゼーム様は、むしろさっきより小さくなってしまったように見える。この方のこういうところ、私は嫌いじゃない。
「コーネガルデを壊滅させると仰いましたが、どうなさるおつもりですか?」
「無論、ランギュール砦での借りを返すつもりだ。あの時、俺は死にかけたからな」
「死にかけてませんよ。人型でもあなたを即死させることは不可能ですから。……ですが、あの春の一件は私のミスです。申し訳ありません」
今年の春の時点で、すでにコーネルキアは目に余る存在になっていた。
そこで、進攻のきっかけを作るため、私は秘蔵の手札を繰り出すことに。
かつて厄災と呼ばれていた白黒狼の兄弟は、私自らが秘密裏に勧誘した者達だ。彼らを知るのは私とヴィオゼーム様だけだったし、念を入れて帯同する部隊にも当日まで知らせなかった。
計画を察知されるはずがなかったんだ。
ところが、あちらはまるで予知していたように、被害を一切出さずに阻止してみせた。私達がやったことといえば、せいぜいジャガイモ畑を荒したくらいだろう。
情けないと言う他ない……。
と同時に、認めざるをえなくなった。
計略では相手が上手だということを。
そして、直後のランギュール砦への報復攻撃で、こちらの脅威となるに充分な力をコーネルキアが備えている事実を知り、より慎重に動かなければならなくなった……。
あれは本当に想定外の、神をも脅かす一撃だったと言える。
だが、ヴィオゼーム様ならば同じことが可能だ。
言葉通り敵の軍事拠点を壊滅……、そうだ、あそこにはあの子がいたんだった。
「ヴィオゼーム様、コーネガルデにはキルテナもいますが、……よろしいのですか?」
「…………、あいつが選んだ道だ。構わん」
でしたら私が口を出す問題ではありませんが。
ちなみに、キルテナは勝手に狼達の部隊についていった。コーネルキアの食べ物にずいぶん感動していたので、間違いなくそれが目的だろう。(あの子は酒より断然食べ物だ)
それでも、簡単には自分の意志は曲げない子だから、食欲に負けて寝返ったということはないと思う。
……あの国には、キルテナが引かれるほどの何かがあるのか。
やはりヴィオゼーム様お一人で行かせるのは危険かもしれない。
「ユラーナが五竜様方の攻撃を全く想定していないとも思えませんし、私も共に参ります」
「俺だけでは返り討ちに遭うと?」
ヴィオゼーム様は少しムッとした表情に。
いけない、ここはきちんと主を立てないと。
「そうは申しませんが、ご自身の能力を明かした上に、何の成果も挙げられないままのこのこと帰ってくるのでは、と心配なのです」
「シグフィゼ、お前……」
五百年以上お仕えしてきて薄々気付いてはいたが、私には主を立てるのは無理だな、うむ。
たとえコーネガルデの壊滅がならなかったとしても、最低限の成果は確保したい。
それは、向こうの戦力を把握し、可能な限り削ること。
ナンバーズと呼ばれる実力者達はまだ実態を掴みきれていないので、まずは奴らを引っ張り出し、今回で半数程度は片付けたいところだ。
他にも確認したいことはある。
武神と謳われる【古玖理兎】種、ルシェリス。
最上位種でもないので大したことはないだろうとヴィオゼーム様は仰るが、私はどうも気になる。単独行動が基本の【古玖理兎】が師と仰ぐほどの神獣なのだから。
そして、最も謎に満ちた存在なのが、トレミナ導師――。
「トレミナ導師とは、何者だと思います?」
私としたことが、ついヴィオゼーム様に尋ねてしまっていた。
「奴こそ神獣に違いないだろう。南方遠征を指揮し、兎神達を引き入れたのだぞ。騎士共に大いなる力を授けたという話もある。もしトレミナ導師が人間だったなら、俺は一か月間禁酒してもいい」
ほほう、そこまで仰いますか。
とにかく、できるだけコーネルキア側の戦力を引き出したいのは確か。
ミユヅキ達の運用が始まれば面倒なことにもなる。
こちらも現在動かせる最大戦力で行くか。
あいつは……、よし、自分の部屋にいるな。
謁見の間の隅まで移動した私は、床に拳を当てる。
「ハッ!」
気合の声と共に殴りつけた。
ドッゴ――――ン!
露わになった下の階の部屋では、酒瓶を抱えた少女がベッドで目を丸くしていた。
「アタイの部屋の天井がー! 何やってんだシグフィゼ!」
彼女の名はレギレカ。
バカだが戦闘の才だけはあり、二百五十歳という若さで二十将入りを果たした。
私が直接鍛え上げた教え子でもある。つまり、師匠たる私の命令は絶対。
「今からコーネガルデを攻める。レギレカ、一緒に来い」
「お、おう、分か、りました……」
酒瓶を携えたまま、少女はビョンと上の階、私達の所まで。
まったく、酒なんて持ったまま……、あ、私の手にもウイスキーが。くいっとそれをあおった。
ヴィオゼーム様、何でしょうか?
「……お前、俺には城を壊すなと言っておいて」
私は小さな穴を開けただけです。
その穴を通ってやって来たレギレカは大きなため息。
「シグフィゼの傍若無人ぶりは今に始まったことじゃありませんよ、ヴィオゼーム様……。え? アタイらだけじゃなくヴィオゼーム様まで行くんですか?」
「元々は俺のみで攻撃に向かうはずだった」
「これもう、国を滅ぼしにいく戦力じゃ……」
もちろん、そうなったらなったで構わない。
■シグフィゼのキャラ設定■
ドラグセン、ヴィオ派のブレイン。
二十将の中でもかなり強い方。切れ者で傍若無人。
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